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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成11年1月19日03時00分 玄界灘 2 船舶の要目 船種船名
貨物船文祥丸 総トン数 468トン 全長 76.696メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
1,029キロワット 3 事実の経過 文祥丸は、船尾船橋型の貨物船で、A受審人及びB指定海難関係人ほか3人が乗り組み、機械類150トンを載せ、船首2.4メートル船尾3.5メートルの喫水をもって、平成11年1月18日10時50分広島県土生港を発し、長崎県佐世保港に向かった。 A受審人は、船橋当直を自らを含め、B指定海難関係人及び一等航海士による単独の4時間3直制に定めていた。 A受審人は、関門海峡を通航して九州北東岸沖合を西行し、同日23時50分ごろ福岡県筑前大島北東方沖合に差し掛かったとき、B指定海難関係人に当直を引き継ぎ、自室で休息した。 その際、A受審人は、B指定海難関係人に対して筑前大島の北方沖合から佐賀県馬渡島の北方沖合に向かう239度(真方位、以下同じ。)の予定針路線を海図に引いてあるので同針路線に沿って航行するよう指示したが、経験が豊富だから、特に指示をしなくても支障はあるまいと思い、同針路付近に多数の漁船が存在するときには、直ちに報告するように指示しなかった。 B指定海難関係人は、単独で船橋当直に就いて玄界灘を西行し、翌19日02時00分小呂島港西防波堤灯台から122度5.3海里の地点で、船位が海図記載の予定針路線から北側にあることを知っていたものの、針路を239度に定めて自動操舵を使用し、機関を全速力前進にかけ、12.1ノットの対地速力で進行したところ、同時15分ごろ左舷前方の2ないし4海里付近に明るい灯火を点灯して操業している5ないし6隻の漁船群を認め、接近するにしたがって、同漁船群がわずかずつ針路付近に移動してくるのを知ったが、A受審人に対して状況報告をしないまま続航した。 B指定海難関係人は、02時28分半小呂島港西防波堤灯台から184度5.7海里の地点に達したとき、同漁船群が針路上に移動してきたことから、自動操舵のまま10度右転して針路を249度として進行し、同時39分少し過ぎ烏帽子島灯台から359度3.9海里の地点において、漁船群を替わし終えたことから、再び自動操舵のまま原針路の239度に復して続航したものの、ガブ瀬に向首していることに気付かず、船位の確認が十分に行われないまま進行中、03時00烏帽子島灯台から297度3.9海里の同瀬に、原針路、原速力のまま乗り揚げた。 当時、天候は曇で風力2の南東の風が吹き、潮候は下げ潮の末期であった。 乗揚を知ったA受審人は、直ちに昇橋して事後の処理に当たった。 乗揚の結果、船底外板に亀裂を伴う凹傷を生じ、二重底の一部に浸水したが、同日07時50分自力離礁して佐賀県唐津港に向かい、のち修理された。
(原因) 本件乗揚は、夜間、玄界灘の小呂島南方沖合から烏帽子島北方沖合に向かって西行中、多数の漁船により針路付近が妨げられて予定の針路から離れた際、船位の確認が不十分で、ガブ瀬に向かう針路のまま進行したことによって発生したものである。 運航が適切でなかったのは、船長が無資格の乗組員に対し、予定針路を告げて単独の船橋当直を行わせるに当たり、同針路付近に多数の漁船が存在するときには、直ちに報告するように指示しなかったことと、船橋当直者が、針路付近に多数の漁船が存在する状況報告をしなかったこととによるものである。
(受審人等の所為) A受審人は、夜間、玄界灘において、無資格の乗組員に対し、予定針路を告げて単独の船橋当直を行わせる場合、同針路付近に多数の漁船が存在するときには、直ちに報告するように指示すべき注意義務があった。しかるに、同人は、特に指示をしなくても支障はあるまいと思い、指示をしなかった職務上の過失により、船橋当直中の乗組員から針路付近に多数の漁船が存在する報告が得られず、予定針路から離れてガブ瀬に向首した際に船位の確認を行うことができずに進行して、乗揚を招き、船底外板に亀裂を伴う凹傷を生じ、二重底の一部に浸水させるに至った。 B指定海難関係人は、夜間、単独で船橋当直に当たって玄界灘の小呂島南方沖合から烏帽子島北方沖合に向かって西行中、多数の漁船が針路付近に移動してくるのを知った際、A受審人に状況報告をしなかったことは、本件発生の原因となる。 |