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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年10月6日10時18分 三重県津港 2 船舶の要目 船種船名
貨物船翔陽丸 総トン数 497トン 全長 76.22メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
1,323キロワット 3 事実の経過 翔陽丸は、左回りの可変ピッチプロペラを備えた船尾船橋型の鋼製貨物船で、A受審人ほか4人が乗り組み、鋼材1,460トンを載せ、船首3.48メートル船尾4.60メートルの喫水をもって、平成10年10月4日15時30分京浜港横浜区を発し、翌5日06時40分三重県津港伊倉津地区に至り、津港伊倉津防波堤灯台(以下「防波堤灯台」という。)から330度(真方位、以下同じ。)850メートルの地点で錨泊し、翌6日10時00分抜錨して日本鋼管津製作所1号岸壁(以下「1号岸壁」という。)の最奥部に向かった。 ところで、1号岸壁は、長さ420メートルで、南側の長さ250メートル部分が幅170メートルの入江の東岸となっていて、西岸側の水深が浅く、当時同岸壁北側に艤装中の大型船(以下「艤装船」という。)が係留し、かつ、同岸壁北隣のドックに大型のクレーン船が接岸していた。 本船には操船装置として、オートパイロット、バウスラスタ、及びジョイスティックによる操船支援制御システム(以下「ジョイスティック装置」という。)が装備されており、バウスラスタは、原動機がディーゼル機関の固定ピッチプロペラ式で、同機関が補助発電機の原動機としても使用されることから、操作手順として、船橋コンソール右舷側にある切替スイッチでスラスタモードとし、次に、同コンソール左舷側にあるスラスタ制御盤により、モード表示灯を確認し、起動ボタンを押して原動機をかけ、運転表示灯を確認したうえ、回転計の付いたスラスタ操縦盤で操作するようになっていた。また、ジョイスティック装置は、可変ピッチプロペラ、オートパイロット及びバウスラスタを1本のレバー操作により総合的に制御して離着岸操船するもので、スイッチ、操作及び制御各ユニットからなり、原動機がスラスタモードに選択されていれば移行可能であるものの、レバーを操作してバウスラスタの回転数が検出されなければ警報を発する機構になっていた。 A受審人は、本船に船長として2回目の乗船中で、1号岸壁への着岸経験が豊富で、同岸壁周辺の水路事情に詳しく、今回事前に代理店からクレーン船の存在等の情報を得ていて、着岸操船時にバウスラスタの使用が必要であることを知っており、また、操船装置の操作方法についても熟知していた。 こうしてA受審人は、単独で入港操船にあたり、手動操舵で、可変ピッチプロペラの翼角を種々操作しながら進行し、10時10分半防波堤灯台から285度1,400メートルの地点で艤装船のほぼ中央に向く158度に定め、翼角を4度とし、2.5ノットの対地速力でジョイスティック装置により入船左舷着けする予定で、船首配置の一等航海士に右舷錨用意を命じて続航した。 A受審人は、10時16分防波堤灯台から274度1,250メートルの地点で、針路を1号岸壁の南端に向首する186度に転じて翼角を0度とし、ジョイスティック装置に切り替えることとして、原動機を補助発電機モードからスラスタモードにしたものの、操船に気を取られ、運転表示灯を確認するなり、スラスタ操縦盤を操作してみるなりしてバウスラスタの作動確認を行わず、原動機を起動していないことに気付かないまま、ジョイスティック装置に移行し、同装置の作動確認をも行わないまま、前進惰力で進行した。 A受審人は、左舷ウイングに出てジョイスティック装置の操作ユニットにつき、右岸に寄って入江に進入することとし、10時17分少し過ぎ右転操作を行ったところ、バウスラスタの回転数が検出されないことにより警報ブザーが鳴ったが、その原因がわからないまま、急ぎ操舵室内に戻り、ジョイスティック装置を解除し、行きあしを止めるために翼角を後進10度に、次に翼角を後進一杯の15度としたことから、推進器の回頭作用により右回頭し、同回頭を抑止するためにスラスタ操縦盤を操作して、初めてバウスラスタの原動機を起動していなかったことに気付いたものの、起動や投錨する間もなく、翔陽丸は、10時18分防波堤灯台から268度1,280メートルの地点において、214度に向首し、1.0ノットの行きあしで、1号岸壁の対岸の浅瀬に乗り揚げた。 当時、天候は晴で風力1の南東風が吹き、潮候は下げ潮の末期であった。 乗揚の結果、船底に擦過傷を生じ、のち引船の来援を得て引き下ろされ、自力で1号岸壁に着岸した。
(原因) 本件乗揚は、津港において、操船水域が制限された入江奥の1号岸壁に着岸するにあたり、操船装置を切り替えた際、その作動確認が不十分で、バウスラスタの原動機を起動しないまま、ジョイスティック装置を操作し、警報が出たので、急ぎ同装置を解除して行きあしを止めるために機関を後進にかけたものの、推進器による回頭作用を抑止するためにバウスラスタを使用することができず、右回頭して同岸壁対岸の浅瀬に向首、進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、津港において、操船水域が制限された入江奥の1号岸壁に着岸するにあたり、操船装置を切り替えた場合、スラスタ操縦盤を操作してみるなりして同装置の作動確認を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、操船に気を取られ、操船装置の作動確認を十分に行わなかった職務上の過失により、バウスラスタの原動機を起動していないことに気付かないまま、ジョイスティック装置を操作したところ、警報が出たので、急ぎ同装置を解除し、行きあしを止めるために機関を後進にかけたものの、推進器による回頭作用を抑止するためにバウスラスタを使用することができず、右回頭して同岸壁対岸の浅瀬に乗り揚げ、船底に擦過傷を生じさせるに至った。 |