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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年2月13日07時33分 姫川港 2 船舶の要目 船種船名 貨物船第八天社丸 総トン数 698トン 全長 71.80メートル 機関の種類
ディーゼル機関 出力 1,176キロワット 3 事実の経過 第八天社丸(以下「天社丸」という。)は、昭和59年9月に進水し、主に水砕スラグ、石灰石、スクラップなどの国内輸送に従事する船尾船橋型貨物船で、A、B両受審人のほか5人が乗り組み、水砕スラグ2,041トンを積載し、船首4.37メートル船尾5.19メートルの喫水をもって、平成9年2月9日22時55分大分県大分港を発し、新潟県姫川港に向かった。 天社丸は、上甲板に長さ40.8メートル幅9.0メートルの倉口1個を有し、同甲板船首部に揚錨機を、その真下の第2甲板の甲板長倉庫に出力30キロワットの揚錨機油圧ポンプ駆動用電動機(以下「揚錨機用電動機」という。)をそれぞれ備え、同倉庫へは、揚錨機の左舷後方にあるコンパニオン出入口の風雨密扉から階段を経て階段室に至り、同室前壁に取り付けられた同扉から出入りするようになっていた。 また、階段室の船体中央寄りの側壁には、風雨密扉力取り付けられていて、船倉第2甲板前部の通路に出入りすることができるようになっていたが、航海中、コンパニオン出入口の同扉のみ閉鎖し、同室から甲板長倉庫及び船倉に至る両扉を開放のままとしていた。 機関室は、上下2段に分けられており、下段中央に主機として、株式会社新潟鉄工所製6M31AFTE型と称する、直結の潤滑油ポンプ及び冷却清水ポンプを備えたディーゼル機関を装備し、軸系に同鉄工所が製造したMGN2501V型と称する逆転減速機を、主機の前部に増速機を介して航海用の三相交流225ボルト容量60キロボルトアンペアの主機駆動交流発電機を、主機の左舷側に入出港用の同225ボルト容量120キロボルトアンペアの補機駆動交流発電機(以下「主発電機」という。)を、上段左舷側にある主配電盤の後方に停泊用の同225ボルト容量30キロボルトアンペアの補機駆動交流発電機(以下「停泊用発電機」という。)をそれぞれ備えていた。 主機及び逆転減速機は、操舵室に株式会社新潟鉄工所製A―M型と称する電気・空気式主機遠隔操縦装置を設け、同室から主機回転数制御、逆転減速機の前進、中立及び後進の各操作を1本の操縦ハンドルで行うことができるようになっていた。 ところで、船内の交流電源は、主配電盤にある各発電機の気中遮断器から同盤に設けられた揚錨機用電動機、船尾係船機用電動機、操舵機、主機冷却海水ポンプ及び変圧器などの各遮断器を経て船内各所に給電されていた。 また、主機遠隔操縦装置の電源は、変圧器で変成された100ボルトの交流電力を同装置内の整流器により直流24ボルトに変換し、主機回転数制御、逆転減速機の前進、中立及び後進などの各電磁弁に給電するようになっており、交流電路に過大電流が流れ、気中遮断器が引き外されて船内の交流電源が喪失した際には、直ちに同装置の無電圧警報ブザーが吹鳴するとともに、蓄電池を電源とする直流24ボルト電路に停電信号が送られ、瞬時に蓄電池の直流電源で同装置をバックアップするようになっていた。 B受審人は、4ないし5箇月乗船して約2箇月休暇の就労形態で、所属会社の船舶に機関長として乗り組み、機関の運転と保守管理に従事していたもので、同8年11月に天社丸に乗り組んで間もなく、ほかの船舶で揚錨機用電動機の絶縁抵抗が低下して同電動機が焼損する事故が発生し、同会社からカーゴランプなどで同電動機を加熱するよう指示されたところから、同電動機の両側に500ワットの同ランプを置いて指示通りの措置をとった。 ところが、B受審人は、天社丸がセメント製造の原料として用いられる水砕スラグの輸送にたびたび従事していて、鉄鉱石を高炉で溶融した鉄以外の成分に加圧水を噴射して急激に冷却処理した同スラグには多量の水分が含有しており、このため密閉した倉内の湿度が上昇することを知っていたが、航海中はカーゴランプで揚錨機用電動機を加熱しているので問題はあるまいと思い、甲板長倉庫に湿気が浸入して同電動機の絶縁抵抗が著しく低下することのないよう、階段室から船倉及び同倉庫に通じる両風雨密扉を閉鎖するなど、同電動機の絶縁抵抗の低下防止について十分に配慮することなく、両扉を開放したままとしていたので、同倉庫内の塩分を含む雰囲気のもとで長年使用されていた同電動機が絶縁抵抗の低下により短絡などを生じるおそれのある状況となった。 こうして、天社丸は、関門海峡を通過して日本海を北上中、低気圧の接近に伴って海上がしけ模様となったことから、同9年2月11日01時20分から翌12日02時00分まで島根県美保湾において荒天避難したのち、主発電機を運転し、姫川港に向けて航行を再開した。 ところで、姫川港は、ほぼ東西に伸びる陸岸に建設された堀込式の地方港湾で、北東方向に1,100メートルばかり突き出た西防波堤が港口に設けられていた。 同月13日07時10分ごろA受審人は、姫川港西防波堤灯台(以下「西防波堤灯台」という。)から352度(真方位、以下同じ。)1,130メートルの地点で、入港に備えて昇橋したとき、着岸時刻に余裕があったことから機関が既に約4ノットの極微速力前進に減じられ、港口に向首しているのを認め、船橋当直に就いていた一等航海士と同当直を交代して自ら手動操舵にあたり、同時14分ごろ同航海士に入港スタンバイを命じ、しばらくして船首に同航海士及び甲板長が、操舵室の主機遠隔操縦装置台にB受審人がそれぞれ配置に就いた。 07時20分A受審人は、西防波堤灯台から064度560メートルの地点に達し、同灯台を右舷正横に見たとき、極微速力のまま針路を同灯台から174度660メートルにある無線塔に向首する206度に定めて進行し、同時24分少し過ぎ同灯台から137度360メートルの地点で再び右転し、西防波堤の中央部付近に取り付けられた黄色い三角点に向く257度として続航した。 07時25分A受審人は、西防波堤灯台から157度325メートルの地点において舵を中央に戻し、逆転減速機を中立として惰力で進行中、同時26分ごろ同灯台から173度320メートルの地点に至ったころ、船首配置に就いていた乗組員が揚錨機を運転しようと、コンパニオン出入口近くにある揚錨機用電動機の遠隔発停スイッチを投入したところ、同電動機に短絡を生じて瞬時に過大電流が電路に流れ、主発電機の気中遮断器が引き外されて船内の交流電源が喪失し、主機遠隔操縦装置の無電圧警報ブザーが吹鳴して同警報表示灯が点灯したものの、すぐにこの事態を理解できず、しばらくして西防波堤に並行する針路にしようと左舵をとったとき、舵角指示器が動かないのを認め、このまま進行すれば西防波堤に衝突するおそれがあったが、同電源が回復すれば操舵可能になるから大丈夫と思い、速やかに投錨したり、逆転減速機を後進に入れるなどして行きあしを止める措置をとることなく、B受審人に、無人となっていた機関室に急行して同電源を回復するよう命じた。 その後、A受審人は、船内の交流電源がなかなか回復しないことから、急ぎ操舵スタンドの切替えスイッチで非常操舵に切り替えて操作したが、依然操舵できずにいるうち、西防波堤まで約100メートルとなったところで、船首配置に就いていた乗組員にマイクで投錨を命じたが、緊急投錨を要する旨の意志が伝わらず、「入れろ、入れろ」と同人が連呼したところから、ようやく右舷錨が投下されたものの、既に西防波堤が目前に迫っており、危険を感じた乗組員がブレーキ操作をしないまま船首部から避難したので、投錨の効果はほとんどなく、また、このとき主機遠隔操縦装置の操縦ハンドルを後進に操作したが、直ぐに逆転減速機が後進作動しなかったので、あきらめて同ハンドルを中立に戻した。 一方、機関室に急行したB受審人は、非常灯が点灯し、主発電機の気中遮断器が引き外されているのを認め、船内の交流電源を回復させようとして投入操作を繰り返したが、同遮断器を投入できず、停泊用発電機を始動し、同発電機の同遮断器の投入を試みたものの、これも果たせなかった。 天社丸は、逆転減速機を中立とし、舵を中央のまま、徐々に速力を減じながら進行し、07時33分西防波堤灯台から220度530メートルの地点において、船首を257度に向け、約1ノットの惰力をもって、西防波堤に前方から37度の角度で衝突した。 当時、天候は曇で風力4の北西風が吹き、港内は穏やかで、潮候は下げ潮の初期であった。 衝突の結果、天社丸は、船首部が圧壊して水線上の外板に幅30センチメートルの破口を生じたが、姫川港で揚錨機用電動機の巻替え修理を行ったのち、向島ドックに回航して船体修理が行われ、西防波堤は、衝突部のコンクリートがわずかに損傷した。
(原因) 本件防波堤衝突は、水砕スラグを輸送する際、揚錨機用電動機の絶縁抵抗の低下防止についての配慮が不十分で、航海中、階段室から船倉及び甲板長倉庫に通じる両風雨密扉が開放のまま放置され、積荷から発する湿気が同倉庫に浸入し、同電動機の絶縁抵抗が著しく低下したことと、姫川港入港操船中に船内の交流電源力喪失した際、行きあしを止める措置が不適切で、前進行きあしのまま前方の西防波堤に向首進行したこととによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、姫川港入港操船中に船内の交流電源が喪失した場合、かなりの前進行きあしがあったから、速やかに投錨したり、逆転減速機を後進に入れるなどして、行きあしを止める措置をとるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、同電源が回復すれば操舵可能になるから大丈夫と思い、速やかに行きあしを止める措置をとらなかった職務上の過失により、そのまま前方の西防波堤に向首進行して衝突を招き、天社丸の船首部を圧壊させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B受審人は、揚錨機用電動機の保守管理にあたる場合、積荷の水砕スラグには多量の水分が含有していることを知っていたのであるから、甲板長倉庫に湿気が浸入して同電動機の絶縁抵抗が著しく低下することのないよう、階段室から船倉及び同倉庫に通じる両風雨密扉を閉鎖するなど、同電動機の絶縁抵抗の低下防止について十分に配慮すべき注意義務があった。しかしながら、同人は、航海中はカーゴランプで同電動機を加熱しているので問題はあるまいと思い、同電動機の絶縁抵抗の低下防止について十分に配慮しなかった職務上の過失により、航海中、両扉が開放されたまま放置され、船倉の湿気が同倉庫に浸入して同電動機の絶縁抵抗が著しく低下し、入港操船中に同電動機が短絡して船内の交流電源の喪失を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海灘審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |