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1999年(平成11年)

平成11年横審第22号
    件名
旅客船第二十二鳥羽丸岸壁衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成11年12月17日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

西村敏和、半間俊士、吉川進
    理事官
岩渕三穂、藤江哲三

    受審人
A 職名:第二十二鳥羽丸船長 海技免状:六級海技士(航海)(旧就業範囲)
    指定海難関係人

    損害
船首部に凹損、岸壁に軽損、乗客2人が右膝関節内骨折や肋骨骨折、18人が打撲傷などを負い、5日から4週間の通院加療

    原因
主機遠隔操縦装置の調相弁確認不十分、減速逆転機の作動確認不十分、一般旅客定期航路事業者の着桟操船における安全対策不十分

    主文
本件岸壁衝突は、航行中に主機遠隔操縦装置の位相調整作業を行った際、調相弁の確認が不十分で、同弁が閉鎖されなかったこと、及び、着桟態勢に入る際、減速逆転機の作動確認が不十分で、減速逆転機が後進に切り替わらない状態となったまま進行したことによって発生したものである。
一般旅客定期航路事業者が、所有船舶において発生した同種事故の先例を踏まえ、着桟前に減速逆転機の後進作動確認を行うよう周知徹底するなど、着桟操船における適切な安全対策を講じなかったことは、本件発生の原因となる。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年11月24日07時29分
三重県鳥羽港
2 船舶の要目
船種船名 旅客船第二十二鳥羽丸
総トン数 87.98トン
全長 23.95メートル
幅 5.20メートル
深さ 2.15メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 169キロワット
3 事実の経過
(1)事業の概要
指定海難関係人R市は、昭和29年の周辺諸島との合併を契機に、それまで各島に就航していた公営・民営の各旅客定期航路事業を統合し、翌30年同市が事業者として海上運送法に基づく一般旅客定期航路事業(以下「定期航路事業」という。)の免許を受け、鳥羽港と神島、菅島、答志島及び坂手島とを結ぶ5航路で同事業を営み、同市所有の第二十二鳥羽丸及び第二十六鳥羽丸なと旅客船7隻(1隻は予備船)により、1日92便を運航して約3,000人の通勤・通学客などを輸送し、離島住民の生活を支える公営交通機関として重要な役割を担ってきた。

(2)運航管理規程及び運航管理体制
R市は、定期航路事業を運営するにあたり、旅客輸送の安全を確保するため、運航管理者の選任等を管理する組織、運航管理の実施基準並びに事業者及び運航者が遵守すべき事項等を盛り込んだ運航管理規程を定め、更に同規程に基づいて運航基準、作業基準及び事故処理基準を定めて、運航基準航路、運航中止基準、離着桟時における作業要領、事故発生時の処理要領など、運航実務面における具体的な基準を策定していた。そして、R市長は、運航管理規程に基づいて同事業の代表者となり、同事業を同市定期船課に運営させ、船長経験者を運航管理者に選任して、船長の職務権限に属する事項以外の、配船、船員の配乗及び旅客の乗下船時の作業の統括並びに運航に関する情報の収集及び船長に対する助言・勧告を行うこと等の事項を統括させていた。

一方、定期船課では、運賃収入と三重県からの補助金とによる独立採算制をとって定期航路事業を運営しており、同課課長が、同事業に関する予算、運営、議会対策及び渉外事務のほか、旅客船の運航管理を含めた業務全般を統括し、そのうち、同課所属の運航管理者が運航管理業務を担当しており、同課長は平成8年4月から同職に就き、また、運航管理者は、旅客船の船長職を長年勤めたのち、平成7年4月R市長から選任され、運航管理規程に基づいて運航管理業務を行うとともに、事故防止に資するため、海難その他の事故例について調査研究し、乗組員に対する安全教育や現場指導を実施することが求められていた。
(3)乗組員の勤務体制
定期船課は、課長及び運航管理者のほか臨時職員を含めて48人の職員を擁し、このうち40人が船員で、第二十二鳥羽丸には、常時、船長、機関長及び甲板員の3人を乗り組ませることにしている関係で、各職ごとに2人ずつの計6人を配乗し、同船が管島桟橋を運航拠点にしていたことから、同島の居住者をこれに当てていた。

このため、第二十二島羽丸には、船長職にA受審人のほか1人が配乗されていたが、両者間において職務上の上下関係はなく、同受審人は、昭和54年R市職員として採用されて以来、定期船課に配属され、同市所有の旅客船の甲板員として乗り組み、昭和57年11月の第二十二鳥羽丸の就航に伴って同船の甲板員として転船し、昭和60年4月から同船の船長職に就いていた。
また、乗組員の勤務時間は、4週間で160時間としており、1日を始発便出航時刻の20分前から最終便到着時刻の20分後までとし、前後20分間を始業・終業点検に当て、各職ごとに2日間連続して乗船勤務し、それに続く2日間は公休などで下船する勤務体制を採り、船長と機関長が同一日に交替することのないように割り振りし、乗組員の交替に伴って引き継ぎに支障を生じないようにしていた。
(4)就航航路

第二十二鳥羽丸は、鳥羽港(佐田浜及び中之郷)―菅島間、鳥羽港―坂手島間及び鳥羽港―答志島桃取間の3航路に就航しており、このうち菅島―佐田浜間は、航程約3海里、所要時間18分の航路で、07時10分菅島桟橋発の始発便から、19時03分同桟橋着の最終便まで1日16便を運航し、翌朝の始発まで同桟橋に係留する運航形態を採っていた。
(5)桟橋の状況
ア 菅島桟橋
菅島桟橋は、菅島漁巷内に設置された長さ23.0メートル幅6.0メートルの浮桟橋で、岸壁に対して平行に設置され、歩廊橋によって岸壁と連絡しており、第二十二島羽丸は、同船の推進器が左旋単暗車で、後進にかけると船尾を右に振る傾向があることから、通常は入り船右舷着けされているが、同桟橋着の最終便だけは、翌日の始発便の出航操船を容易にするため、出船左舷着けされていた。
イ 佐田浜桟橋

佐田浜桟橋は、鳥羽港佐田浜岸壁の東端から北方に延びる長さ約200メートルの鳥羽港東防波堤によって囲まれた船だまりにあり、長さ約135メートル及び岸壁方位線が真方位075度の同岸壁に設置された3基の浮桟僑のうち、中央に設置された長さ23.0メートル幅8.0メートルの浮桟橋で、同岸壁から約9メートル離れて直角に設置され、同防波堤の基部から西方約70メートルのところに、幅2.3メートルの歩廊橋が架設されて同岸壁と連絡しており、第二十二鳥羽丸は、通常は入り船右舷着けされていた。
(6)船体及び機関
ア 旅客室
第二十二鳥羽丸は、昭和57年10月に進水した旅客定員300人の船首船橋型FRP製旅客船で、上甲板の旅客室は、前部、中央部及び後部の3室があり、前後部旅客室は椅子席で長椅子が設置され、中央旅客室は立席となって両舷側に出入口があり、その上部の暴露甲板は全て立席となっており、出入口のある中央旅客室から階段によって前後部旅客室及び暴露甲板に通じていた。

各旅客室の定員は、前部旅客室が64人、後部旅客室が63人、中央旅客室が28人及び暴露甲板が145人となっており、立席の周囲にはそれぞれ手すりが設置されていた。
イ 操舵室
操舵室は、前部旅客室の上部にあり、船首端から3.1メートル後方のところに操舵室前面があって、同室中央部に操舵スタンド及びマグネットコンパスが、右舷側に主機遠隔操縦装置の操縦スタンドが、左舷側にレーダー及びGPSプロッタが、右舷後部に船内指令装置がそれぞれ設置されていた。
操縦スタンドの左側には、前後進切替ハンドル(以下「クラッチハンドル」という。)があり、中立位置から前後進側ともそれぞれ40度の角度まで操作ができるようになっていた。また、同スタンド上面には、減速逆転機の前進(緑灯)、中立(白灯)及び後進(赤灯)の各位置を示す表示灯、主機回転計、ガバナ指示計などが、同スタンド前面には、調相弁ハンドル、ガバナハンドル、危急停止ボタンなどが組み込まれていた。

ウ 機関室
機関室は、中央旅客室下部の上甲板下にあり、同室中央部には、主機として、ヤンマーディーゼル株式会社製造の6MA型と呼称する、定格回転数毎分900のディーゼル機関が据え付けられ、船尾側に同社製のY26−R型と呼称する油圧クラッチ内蔵の減速逆転機(以下「クラッチ」という。)を取り付けて、推進器軸と接続していた。
また、主機に付属する主機遠隔操縦装置は、ヤンマーディーゼル株式会社製造のTQ形と呼称されるもので、操縦スタンドのクラッチハンドルとガバナハンドルの操作により、クラッチの切り替えや増減速を制御するようになっており、クラッチハンドルを操作することによって、静油圧式の油圧回路を介して前後進切替弁に伝える構造で、同ハンドルを備えた起動部と前後進切替弁に接続された受動部とを2本の油圧配管によって連結し、両部ともピストンシリンダを有し、ラックアンドピニオン機構で動作を変換するようになっていた。

起動部は、クラッチハンドルを中立位置から前後進側いずれかに操作すると、ピストンが動いてシリンダから作動油が移動し、油圧配管を介して受動部のシリンダ内のピストンで油圧を受け、その動きによって前後進切替弁を回転させ、更にその回転をリミットスイッチで前進、中立及び後進のいずれかを検出し、クラッチの作動状態を操縦スタンド上面の表示灯で表示するようになっていた。
(7)主機遠隔操縦装置の位相調整作業
主機遠隔操縦装置の起動部及び受動部の各ピストンは、ピストンの油圧シールの内部漏れによる作動油の移動ないしは作動油の温度変化に伴う膨張収縮により、それぞれ対応する位置にずれ(以下「位相ずれ」という。)を生じることがあり、クラッチハンドルの所定の位置でクラッチが嵌入(かんにゅう)・離脱動作をしなくなることがあるため、位相調整作業(以下「調相作業」という。)を行う必要があった。

調相作業は、クラッチハンドルを中立表示灯が点灯する位置で止め、調相弁ハンドルを操作して起動部に内蔵された調相弁を開放し、同部のピストン両側のシリンダを共通としたうえで、クラッチハンドルを所定の中立位置まで操作し、続いて前進、中立、後進、中立と順次操作して、起動部のピストンの中立位置を受動部のピストンの中立位置に合わせたところで、調相弁ハンドルを操作して同弁を閉鎖することによって、位相ずれを修正することができるようになっていた。
(8)第二十六鳥羽丸事故後の対応
ア 海上運送法に基づく命令
R市長は、平成9年12月21日に発生した第二十六鳥羽丸の佐田浜岸壁への衝突事故ののち、翌10年1月21日付けでT運輸局長から事故の再発防止対策(以下「安全対策」という。)を講じるよう、海上運送法第19条第2項に基づく命令を受け、同市助役を委員長とする事故対策委員会を開催するなどして、事後処理対策などについて検討を行い、また、運航管理者は、新たに点検結果報告書を作成し、乗組員が毎日発航前に同報告書の検査項目に基づいて検査を行い、毎月1回同報告書を提出させるなどの安全対策を取りまとめ、同年2月18日付けで同市長から同局長宛に同対策の実施について報告するとともに、乗組員に指導文書を配付して同対策の周知徹底を図った。

イ 安全教育の実施
R市では、安全教育の一環として、運航管理者及び副運航管理者を、S海運支局が主催した運航管理者を対象とした講習会に出席させたものの、乗組員については、勤務の関係上、公休日ないしは勤務時間を超過して出席させることになって諸手当を支給する必要があり、近年の乗客数の減少に伴う運賃収入の減収により、定期航路事業の累積赤字が膨らんでいる状況にあることから、経費面での制約があって部外で実施される講習会などに参加させておらず、一方、運航管理者は、乗組員を対象とした内部研修会、各船に赴いて行う現場指導などを実施しておらず、必要に応じて乗組員に指導文書を配布することによって周知していただけで、乗組員に対する安全教育が十分に実施されていない状況にあった。
ウ 着桟操船における安全対策

各旅客船よ、佐田浜桟橋に着桟操船するにあたり、同桟橋が岸壁に対して直角に設置されている関係上、佐田浜岸壁に向首する態勢で進入することとなり、桟橋に横着けするために後進をかける地点から船首方向の岸壁までの距離が約20メートルで、着桟位置における船首と岸壁とはわずか約9メートルと、前方に余裕水域が少なく、機関が後進にかからないなどの不測の事態が発生した場合には、そのまま岸壁に衝突する危険性があることが、第二十六鳥羽丸岸壁衝突事故により明らかとなった。そのため、着桟前にクラッチの後進作動確認をすることや過大な行きあしで進入しないことなど、着桟操船における適切な安全対策を講じる必要があった。
しかしながら、R市では、第二十六鳥羽丸の事故原因が、主機遠隔操縦装置の配管に生じた破孔(はこう)からの油漏れにより、クラッチが後進作動をしなかったことによるものであり、同装置の点検整備面の問題であるとして捉(とら)えていたことから、点検整備を十分に行うことで同種事故の再発が防止できるとして、点検結果報告書を作成して発航前の検査を励行するよう指導したほか、同装置の配管を加圧検査し、船令の古い順に更新するとともに、定期検査時にクラッチの開放検査を行うなど、主として点検整備について当面の安全対策は講じたものの、着桟前にクラッチの後進作動確認をするなど、着桟操船における適切な安全対策を講じないまま運航が続けられた。

(9)本件発生に至る経緯
A受審人は、平成10年11月20日の終業時に、操舵装置の舵輪軸からの油漏れがあったので、相船長と機関長に同箇所の点検・修理が必要であることを引き継いで下船し、24日06時48分第二十二鳥羽丸に乗船し、間もなく機関長及び甲板員が乗船したが、同日は船長と機関長が同時に交替することになり、前船長から同点検・修理の実施状況について引き継ぎを受けていなかったことから、同受審人が自ら確認することにし、機関が始動されたのち、舵輪を回して舵輪軸周りの点検を行い、油漏れがないことを確認するとともに、日誌に同点検・修理を完了した旨の記載があることを確認した。
ところで、A受審人は、日ごろから始発便の発航前に調相作業を行っていたほか、運航中に位相ずれを生じた場合は桟橋係留中に同作業を行っており、機関を始動したのち、操縦スタンド内部の作動油の油量を点検し、クラッチハンドルを中立の位置から、前進、中立、後進、中立と順次操作し、実際にクラッチを嵌入・離脱させ、中立表示灯の点灯時及び前後進作動時における同ハンドルの位置から位相ずれの有無を確認し、その上で位相ずれが生じている場合は、前示した手順で調相作業を行っていたが、これまで航行中に同作業を行ったことはなかった。

07時00分ごろA受審人は、舵輪軸からの油漏れの確認に続いて位相ずれの確認作業に取りかかろうとしたところ、既に乗客が乗船を始めており、ここで同作業を行うとクラッチを前後進に入れた際、船体が前後に移動して乗客に危険を及ぼすおそれがあるため、発航前に同作業を行うことを取り止め、船内を巡視して救命設備や消防設備の検査を行って異状がないことを確認し、係留索をシングルアップとして発航準備を終えた。
第二十二鳥羽丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、旅客104人を乗せ、船首1.55メートル船尾2.20メートルの喫水で、同受審人が単独で発航操船にあたり、船尾索1本を残して機関を後進にかけ、船首が右に振れて菅島桟僑から離れたところで同索を放ち、07時10分同桟橋発の始発便として定刻に発し、クラッチハンドルを前進に入れて同時30分鳥羽港佐田浜桟橋着予定で同桟橋に向かった。

A受審人は、クラッチハンドルを前進に入れたとき、同ハンドルが所定の前進作動位置の少し手前でクラッチが嵌入し、機関が前進にかかって前進表示灯が点灯したことから、位相が後進側にずれていることを知り、菅島漁港を出てから航行中に調相作業を行うことにした。
07時12分A受審人は、菅島港北防波堤灯台から316度(真方位、以下同じ。)160メートルの、菅島漁港を出た地点において、基準針路の253度に定め、機関回転数毎分900の全速力前進とし、10.0ノットの速力で、菅島の北方沖合に設置されたのり養殖施設の南側を約100メートル隔てて、同施設に沿って手動操舵により進行した。
07時13分A受審人は、菅島港北防波堤灯台から272度420メートルの地点において、周囲に他船を認めなかったので調相作業を始めることにし、機関を全速力前進にかけたまま、左手で舵輪を握り、右手で調相弁ハンドルを操作して同弁を開放し、続いてクラッチハンドルを前進一杯の位置に入れ、中立、前進、中立、後進、中立の位置に順次切り換え、再び同ハンドルを中立から前進一杯の位置に戻したが、航行中に同作業を行ったことで、のり養殖施設に接近しないよう周囲の見張りに気をとられ、一連の同作業を全て終えたものと思い、調相弁ハンドルを操作して同弁を閉鎖しなかった。

A受審人は、30秒足らずで調相作業を終えたものの、その後も調相弁ハンドルの位置の確認も、同作業終了後に位相ずれが修正できたか否かの確認も行うことなく、同弁が開放されたままの状態で続航し、07時18分半、鳥羽港東防波堤灯台(以下「東防波堤灯台」という。)から082度2,720メートルの地点において、のり養殖施設の西端を替わしたところで、針路を265度に転じ、更に同時25分半、同防波堤灯台から069度580メートルの地点に達して、針路を257度に転じて進行した。
07時27分半A受審人は、東防波堤灯台から347度80メートルの地点において、左舵20度をとって大きく左回頭し、同時28分少し前、同灯台から287度50メートルの地点において、針路を192度に転じ、機関回転数毎分700の半速力前進とし、8.0ノットの速力に減じて、佐田浜桟橋北東端の支柱を船首目標として着桟態勢に入ったが、これまでも同桟橋に着桟するにあたり、機関が後進にかからないなど不測の事態に備えてクラッチの後進作動確認を行ったことはなく、調相作業を行ったことで位相ずれが修正され、所定の位置でクラッチが作動するものと思い、クラッチの後進作動確認を行わなかったので、調相弁が開放された状態となってクラッチの遠隔制御ができず、機関が前進から中立又は後進に切り替わらない状態で、乗客に対して着桟終了まで席を立たないように船内放送して続航した。
A受審人は、いつもの操船方法で桟橋に接近し、07時28分少し過ぎ、東防波堤灯台から217度110メートルの地点において、桟橋北東端までの距離が約100メートルとなったとき、機関回転数毎分600の微速力前進とし、7.0ノットの速力に減じ、同時28分半、同距離が約50メートルとなったとき、徐々に左転して歩廊橋の南端に向け、更に機関回転数毎分400の極微速力前進として、5.0ノットの速力に減じ、桟橋と約20度の角度をもって入り船右舷着けの着桟態勢をとって進入した。
こうして、A受審人は、クラッチの遠隔制御ができないことに気付かないまま桟橋に進入し、同時29分少し前、東防波堤灯台から205度195メートルの地点において、佐田浜岸壁までの距離が約40メートルとなったところで、船体が桟橋と約3メートル隔てて平行になるよう左舵5度をとり、クラッチハンドルを中立にし、間もなく船首が桟橋北東端を替わって同岸壁まで約30メートルとなったとき、同ハンドルを後進に操作したが、機関が後進にかからず、とっさに位相ずれがあるものと思い、急いで調相作業をやり直そうとして、同ハンドルを中立に戻し、調相弁ハンドルに手をかけたところ、同弁が開放されたままであることに気付き、直ちに同弁を閉鎖してクラッチハンドルを後進に操作したが、乗客に対して手すりなどに掴(つか)まるよう指示する暇もなく、クラッチが中立に切り替わったものの、機関の後進作動に至らず、07時29分東防波堤灯台から201度230メートルの地点において、165度を向いた第二十二鳥羽丸の船首が、約5ノットの行きあしのまま佐田浜岸壁に直角に衝突した。
当時、天候は晴で風力3の北西風が吹き、潮候は上げ潮の末期であった。
衝突の結果、第二十二鳥羽丸は、船首部に凹損を生じ、岸壁に軽損を生じさせたが、のちいずれも修理され、下船準備のため出入口のある中央旅客室などに立っていた乗客が、衝突の衝撃で転倒するなどし、そのうち2人が右膝関節内骨折や肋骨骨折を、18人が打撲傷などを負い、5日から4週間のいずれも通院加療を要した。
(10)本件発生後の対応
ア 海上運送法に基づく命令
T運輸局では、R市営の旅客船が相次いで佐田浜岸壁に衝突し、多数の乗客が負傷したことを重視して、平成10年12月25日付けで同局長からR市長に対し、再度、海上運送法第19条第2項に基づく命令を発し、緊急措置として「再発防止対策委員会」(仮称)を設置し、抜本的な安全対策について検討するよう命じた。

これを受けて、R市では、「R市営定期船事故再発防止対策検討委員会」(以下「検討委員会」という。)を設置して安全対策について検討することにし、平成11年1月20日付けでR市長からT運輸局長に対し、その旨を報告した。
イ 検討委員会における検討
R市長は、市長直属の機関として、平成11年2月18日学識経験者、海事関係者、関係行政機関等から構成される検討委員会を設置し、T運輸局長から検討を命じられた事項について諮問した。
検討委員会では、更にその下部組織として、学識経験者等のほか、運航実務経験者及び乗組員を加えた「安全管理ワーキンググループ」及び「安全運航ワーキンググループ」を設けて、抜本的かつ具体的な安全対策の検討を行うことにし、同委員会を延べ8回、両ワーキンググループを延べ14回開催して検討を重ね、同年7月30日委員会報告書、安全管理マニュアル及び安全運航チェックリストを取りまとめ、R市長に答申した。

ウ 安全対策の実施
R市長は、検討委員会の答申を踏まえ、運航管理規程の再検討、安全管理・安全運航の徹底、安全教育・訓練の充実、管理部門と現場との安全運航等に関する意志疎通の徹底を図るための方策など、各種安全対策を実施する旨をT運輸局長に報告するとともに、関係職員に対して一層の安全運航に取り組むよう指示した。
これを受けて、定期船課では、全船の乗組員を対象とした研修会を開催するとともに、現場での実船指導などを行い、発航前の検査、着桟前のクラッチの後進作動確認の励行など各種安全対策の周知徹底を図り、各船においては、安全対策を励行するとともに、毎日各船が中之郷桟橋に着桟した機会に乗組員が定期船課に赴き、運航管理者に対して現状報告を行うなどして相互の連携を密にし、事故の再発防止に努めることとした。また、新たに運航管理者を選任し、運航管理体制及び運航管理業務の充実強化を図った。


(原因)
本件岸壁衝突は、R市菅島から始発便として発航し、鳥羽港佐田浜桟橋に着桟するにあたり、航行中に主機遠隔操縦装置の位相調整作業を行った際、調相弁の確認が不十分で、同弁が閉鎖されなかったこと、及び、同桟橋に着桟態勢に入る際、減速逆転機の作動確認が不十分で、減速逆転機が後進に切り替わらない状態となり、行きあしを止めることができないまま、同桟橋付近の岸壁に向首進行したことによって発生したものである。
一般旅客事業者が、第二十六鳥羽丸において発生した同種事故の先例を踏まえ、着桟前に減速逆転機の後進作動確認を行うよう周知徹底するなど、着桟操船における適切な安全対策を講じなかったことは、本件発生の原因となる。


(受審人等の所為)
受審人Aは、R市菅島から始発便として発航し、鳥羽港佐田浜桟橋に着桟するにあたり、発航時に主機遠隔操縦装置に位相ずれがあることを知り、航行中に位相調整作業を行った場合、調相弁の閉鎖を確認すべき注意義務があった。しかしながら、同人は、のり養殖施設に接近しないよう、周囲の見張りに気をとられ、同弁の閉鎖を確認をしなかった職務上の過失により、同弁が開放され、減速逆転機が後進に切り替わらない状態であることに気付かず、行きあしを止めることができないまま、桟僑付近の岸壁に向首進行して衝突を招き、第二十二鳥羽丸の船首部に凹損を、岸壁に軽損をそれぞれ生じさせ、乗客20人に骨折や打撲などを負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

指定海難関係人R市は、一般旅客定期航路事業者として、第二十六鳥羽丸において発生した同種事故の先例を踏まえ、主機遠隔操縦装置の点検装備について当面の安全対策は講じたものの、着桟前の減速逆転機の後進作動確認を行うよう周知徹底するなど、着桟操船における適切な安全対策を講じなかったことは、本件発生の原因となる。しかしながら、同指定海難関係人は、本件後に学識経験者、海事関係者等から構成されるR市営定期船事故再発防止対策検討委員会を設置し、抜本的かつ具体的な安全対策について検討を行い、その検討結果を踏まえ、運航管理体制の充実強化を図るとともに、全船の乗組員を対象とした研修会を開催して、着桟前の減速逆転機の後進作動確認を行うよう周知徹底するなど、着桟操船における適切な安全対策を講じ、関係職員が一丸となって旅客輸送の安全に努めていることに徴し、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。






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