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1999年(平成11年)

平成11年横審第55号
    件名
漁船新生丸貨物船カエデ衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成11年12月14日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

猪俣貞稔、勝又三郎、長浜義昭
    理事官
葉山忠雄

    受審人
A 職名:新生丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
新生丸・・・左舷側後部の機関室及び船員室に破口、浸水、左舷側に横転して漂流、廃船
カエデ・・・球状船首に軽微な擦過傷

    原因
カエデ・・・見張り不十分、横切りの航法(避航動作)不遵守(主因)
新生丸・・・居眠り運航防止措置不十分、警告信号不履行、横切りの航法(協力動作)不遵守(一因)

    主文
本件衝突は、カエデが、見張り不十分で、前路を左方に横切る新生丸の進路を避けなかったことによって発生したが、新生丸が、居眠り運航の防止措置が不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年1月20日07時01分
八丈島東方沖合
2 船舶の要目

船種船名 漁船新生丸 貨物船カエデ
総トン数 19トン 13,539トン
全長 20.45メートル 155.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 5,884キロワット
漁船法馬力数 190
3 事実の経過
(1) 新生丸の構造及び設備
新生丸は、平成3年10月にまぐろはえ縄漁業用として建造されたFRP製漁船で、船体中央部に操舵室があり、操舵室上の右舷側にアッパーブリッジ、操舵室下に機関室、操舵室と船首楼との間に8個の魚倉、機関室後方の上甲板下に船員室及び炊事場兼食堂が配置されていた。
操舵室内には、前面に右舷側より主機遠隔操縦装置コンソール、ジャイロコンパス、操舵スタンド、レーダー及び魚倉温度計の順で配置され、左舷側と右舷後部に2箇所の上甲板への出入口、右舷側天井にアッパーブリッジへの出入口として縦横各0.45メートルの開口が設けられていた。

操舵室からの前方見通しは、同室とほほ同じ高さの船首楼による船首方の死角が左右両舷に各25度ずつあり、同死角を補うために、常時作動しているレーダーによる見張りを行うか、あるいはアッパーブリッジで視覚による見張りを行う方法がとられていた。
アッパーブリッジは、長さ0.96メートル幅0.90メートル高さ0.98メートルの小部屋で、同ブリッジには、主機遠隔操縦用レバー及びGPSプロッタが設置され、コントローラ式遠隔操舵装置を引き込んで操船することができ、四囲に設けられたガラス窓のうちの右舷側の窓が開閉可能で、床面にあたる出入口の開口部には、船橋当直者が座ることができるよう、取り外し可能な板が置かれていた。
船員室には、左右両舷側及び中央部に各1組の2段ベッドが縦方向に配置され、操舵室後方にあるベッドを使用しているA受審人を除く乗組員5人が船員室に居住し、B指定海難関係人が左舷側上段のベッドを、機関長Cが同下段のベッドをそれぞれ使用していた。また、同室には前部左舷に機関室へ通じる、及び後部左右両舷に炊事場兼食堂へ通じる3箇所の各出入口が設けられており、船員室から上甲板へ出るには、後部の出入口から約0.7メートル高い炊事場兼食堂に入り、その後部右舷にある高さ約1メートルの階段を昇って船尾甲板に至る経路をとるようになっていた。

また、海上における人命の安全のための国際条約の改正に伴い、GMDSS(海上における遭難及び安全に関する世界的な制度)の関連設備として、アッパーブリッジデッキ左舷側の水圧センサー式自動離脱装置付き架台に取り付けられた浮揚型極軌道衛星利用非常用位置指示無線標識(以下「EPIRB」という。)及び携帯式の捜索救助用レーダートランスポンダ(以下「レーダートランスポンダ」という。)が備えられていた。
このほかに、船体がFRP製であることから、直径約30センチメートルの金属製円盤を中心線で直角に交差させたレーダーリフレクタをレーダーマストの頂部に装備していた。
(2) 新生丸の操業状況
新生丸は、まぐろはえ縄漁業の承認を受け、6月及び7月の休漁期を除き、日本近海の太平洋で1航海約25日間の操業をするもので、水揚地を市場の値動きによって適宜選んでいた。

こうして、平成11年1月6日10時00分岩手県船越漁港を発し、越えて10日早朝伊豆諸島東方沖合の漁場に至って操業を開始し、18日7回目の操業を行い、漁模様が思わしくなく、臨時検査受検の予定もあって、まぐろ約6トンを獲って今回の漁を切り上げ、帰途についた。
(3) 新生丸の船橋当直体制
A受審人は、出入港時や漁場における操船にあたり、漁場往復の航海中は、自らが船橋当直に入らず、適宜昇橋して航海状況を把握することにし、単独3時間交代の同当直を、B指定海難関係人を含む2人の甲種甲板部航海当直部員として認定を受けた者と、C機関長を含む無資格の乗組員3人との計5人に輪番で行わせ、同当直以外を休息時間としていた。
(4) カエデの構造及び設備
カエデは、昭和57年9月に建造された船尾船橋型の鋼製ケミカルタンカーで、船首から125メートル後方に船橋楼があり、その前方に23個の貨物槽が設けられていた。

操舵室内には、前面中央にジャイロコンパスのレピータ、前部に右舷側より順にエンジンテレグラフ、操舵スタンド、1号レーダー、自動衝突予防援助装置及び2号レーダーが、中央部に海図卓、同卓上の右舷側にGPS表示器がそれぞれ配置されていた。
操舵室からの前方見通しは、同室内中央前面に立ったとき、船首部ブルワークによる死角があり、本件発生当時の喫水状態では、正船首方約170メートルのところで新生丸がマストも含めて同死角に入る状況であったものの、同死角も同室を左右に移動することにより補うことができ、それ以外に死角はなかった。
(5) カエデの運航形態及び航海状況
カエデは、Rマリン株式会社(以下「Rマリン」という。)が、船舶所有者から借り受け、大韓民国の船員配乗会社所属の乗組員を配乗して運航管理し、不定期船として世界各港間における化学品や油脂等の輸送に従事していた。

(6) カエデの船橋当直体制
船橋当直は、0時から4時までを二等航海士、4時から8時までを一等航海士、8時から12時までを三等航海士がそれぞれあたる4時間交代の三直制で、各直に操舵手1人を配し、2人当直体制をとっていた。
(7) 本件発生に至る経過
新生丸は、A受審人、B指定海難関係人ほか4人が乗り組み、船首1.6メートル船尾2.4メートルの喫水をもって、水揚げのため、平成11年1月18日22時00分北緯30度05分東経142度45分の地点を発進し、千葉県銚子漁港へ向かった。
A受審人は、漁場発進時から船橋当直につき、翌19日00時00分B指定海難関係人と同当直を交代し、以降順次5人の乗組員に同当直を行わせ北上していたところ、20時00分北緯31度38分東経142度07分の地点において、昇橋して船位を確認し、再び船橋当直者に同当直を委ね、自身は操舵室後方のベッドで休息した。

B指定海難関係人は、漁場を発進したのち、19日00時及び15時からの船橋当直を行い、それ以外の時間は休息して操業時の疲れを十分に癒(いや)したのち、翌20日06時00分北緯32度59.3分東経141度38.9分の地点で、前直者と交代して船橋当直につき、針路を345度(真方位、以下同じ。)に定め、機関を全速力前進にかけ、8.4ノットの対地速力とし、折からの海流により2度ほど左方に圧流されながら自動操舵で進行した。
B指定海難関係人は、入直時からアッパーブリッジの開口部に渡した板に座り、後部の囲壁に背をもたせた姿勢で見張りを行っていたところ、外洋を航行していることもあって、気の緩みから間もなく眠気を催したが、居眠りすることはあるまいと思い、身体を自由に動かすことができない同ブリッジから一段下の操舵室に降りて、身体を動かしながらレーダー見張りをするなり、同室ウイングに出て外気に当たるなり、洗面するなど、居眠り運航の防止措置をとることなく、窓を閉めた狭い同ブリッジの中に座ったまま船橋当直を続けているうち、いつしか居眠りに陥った。

B指定海難関係人は、06時54分半北緯33度06.6分東経141度36.2分の地点に達したとき、左舷船首53度2.0海里のところに東行中のカエデを視認し得る状況で、その後前路を右方に横切る同船と方位がほとんど変わらず、衝突のおそれのある態勢で互いに接近したが、依然、居眠りをしていて、このことに気付くことができずに続航した。
B指定海難関係人は、その後も居眠りを続け、自船を避けないで接近するカエデに対し警告信号を行うことも、更に間近に接近して速やかに大角度の右転をするなど衝突を避けるための協力動作をとることもできないまま進行中、07時01分八丈島東方約87海里の、北緯33度07.5分東経141度35.8分の地点において、新生丸は、カエデの球場船首前方に生じた船首波の高圧部分に押されて急激に船首が328度に向き、原速力のまま、その左舷側後部にカエデの船首が、前方から65度の角度で衝突した。

当時、天候は晴で風力3の西風が吹き、視界は良好で、付近海域には南南西方に流れる約0.5ノットの海流があり、日出時刻は06時35分であった。
休息中のA受審人は、衝撃で目覚め、ただちに昇橋したところ、左舷外に突出させたはえ縄用ラジオブイの竿をカエデの左舷側外板に擦りながらかわっていくのを認めて衝突したことを知り、その後機関室への浸水により左傾斜が増大したので、転覆の危険を感じ、EPIRBの電源を入れ、膨張式救命いかだを投下し、レーダートランスポンダを同いかだに積み込み、乗組員に救命胴衣を着用させ、姿の見えないC機関長を捜すなど、事後の措置にあたった。
また、カエデは、船長D、一等航海士Eほか韓国人、中国人及びミャンマー人船員18人が乗り組み、糖蜜7,000トンを載せ、船首5.25メートル船尾7.50メートルの喫水をもって、同月16日11時30分(現地時刻)台湾の台中港を発し、八丈島南方約17海里沖合を東進し、カナダのバンクーバー港に向かった。

E一等航海士は、越えて20日04時00分(日本標準時、以下同じ。)北緯32度59分東経140度42分の地点で、操舵手と2人で船橋当直につき、06時00分北緯33度06.3分軽141度19.0分の地点において、自動操舵で針路を083度に定め、機関を全速力前進にかけ、折からの海荒により2度ほど右方に圧流されながら、13.9ノットの対地速力で進行した。
E一等航海士は、06時54分半北緯33度07.4分東経141度34.0分の地点に達したとき、右舷船首29度2.0海里に北上中の新生丸を視認し得る状況で、その後前路を左方に横切る同船と方位がほとんど変わらず、衝突のおそれのある態勢で互いに接近したが、低高度の太陽がほぼ同船の方向にあったにもかかわらず、サングラスを使用するなり、作動中の1号レーダーを活用するなりして周囲の見張りを十分に行わず、このことに気付かなかった。
E一等腕毎士は、その後も、操舵手を朝の船橋の清掃にあたらせ、自身はGPSにより07時の船位測定を行っていて、新生丸の進路を避けないまま続航中、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。

E一等航海士は、07時01分少し過ぎ船位測定を終え、偏位を調整するため針路を081度として前方を見たところ、新生丸を左舷側極めて至近に初認し、異常を感じてD船長に電話でその旨を報告した。
D船長は、自室で就寝中にE一等航海士より電話連絡を受けて昇橋し、新生丸と異常接近して漁具を損傷させたおそれがある旨の報告を受け、船尾方に遠ざかる同船を双眼鏡で見たものの、浸水により傾斜していることが分からず、遭難信号を発する様子もなかったことから、大丈夫と思い、ただちに引き返して同船の状況を確認するなどの救助に必要な手段を尽くさないまま航海を続け、のちカエデの船首擦過痕(こん)から採取された塗料等と新生丸の船体から採取された塗料等とを海上保安庁が分析し、その結果等により衝突の事実を知らされた。
(8) 損傷の状況

衝突の結果、新生丸は、左舷側後部の機関室及び船員室に破口を生じ、浸水して復原力を喪失し、衝突地点付近で左舷側に横転して漂流し、のち引船によって千葉県館山港に引き付けられたものの、廃船とされた。
カエデは、球状船首に軽微な擦過傷を生じたのみであった。
(9) 救助の状況
新生丸のEPIRBから発信した遭難衛星信号は、07時21分衛星通過時刻に海上保安庁業務管理センターにおいて受信されたものの、その後船体がEPIRBの自動離脱装置が設置してある左舷側を下にして横転した状態で漂流したことから、同装置の作動限界深度4メートルより浅い水面下約3メートルに留まって自動的に離脱浮上せず電波が水中で減衰し、次の衛星通過時以降、受信されなかった。
新生丸の乗組員5人は、C機関長を見つけることができないまま、横転する前に救命いかだに移乗し、レーダートランスポンダを発信しながら漂流していたところ、翌21日17時ごろ捜索中の僚船によって発見され、無事救助されたが、衝突時に破口付近の船員室左舷側のベットで休息中であったと思われるC機関長(昭和30年10月30日生)は、海上保安庁が付近海域を捜索したが、発見されず、行方不明となった。


(原因)
本件衝突は、八丈島東方沖合において、両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近中、東行するカエデが、見張り不十分で、前路を左方に横切る新生丸の進路を避けなかったことによって発生したが、北上する新生丸が、居眠り運航の防止措置が不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。


(受審人等の所為)
B指定海難関係人が、水揚げのため銚子漁港に向け八丈島東方沖合を北上中、アッパーブリッジで船橋当直にあたり、眠気を催した際、同ブリッジが狭くて身体を自由に動かせず、居眠りに陥りやすい状況であったのであるから、操舵室に降りて作動中のレーダーを監視しながら身体を動かすなど、居眠り運航の防止措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、勧告しない。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。


よって主文のとおり裁決する。

参考図






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