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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年5月16日06時05分 福島県四倉港 2 船舶の要目 船種船名 漁船第5辰己丸 遊漁船弘明丸 総トン数 4.94トン 4.8トン 全長
17.50メートル 登録長 11.50メートル 機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関 出力 36キロワット
280キロワット 3 事実の経過 第5辰己丸(以下「辰己丸」という。)は、固定式刺し網漁業に従事するFRP製漁船で、A及びB両受審人ほか1人が乗り組み、操業の目的で、船首0.3メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、平成10年5月16日04時30分福島県四倉港を発し、同港内の沖南防波堤南方付近の漁場で操業したのち、05時45分帰途についた。 ところで、四倉港は、陸浜北部から南東方へ延びる北防波堤及び沖北防波堤、東側にある東防波堤とこれに接続して南へ延びる沖防波堤並びに陸浜南部から南東方へ延びる沖南防波堤とに囲まれた内方に位置し、北から順に第2、第1及び第3船だまりとなっており、第3船だまりの岸壁に魚市場が設置されていた。四倉港入口から第3船だまりに向かう水路は、東防波堤から北側50メートル及び沖北防波堤から南側20メートルまでに干出岩などの岩礁が散在し、東防波堤から西側20メートルまでに干出浜が存在して最狭可航幅40メートルの水道(以下「狭い水道」という。)となり、四倉港入口西方180メートルに第2船だまりの入口があり、また同入口から南西方向へ第1及び第3両船だまりに向かう狭い水道があった。 漁場から帰航した四倉港を係留地としている漁船は、第3船だまりの魚市場に漁獲物を揚げたのち、各船だまりの係留岸壁に向かうのが常であった。 A受審人は、四倉港に入航するに当たり、B受審人が20数年間僚船の船長をしていて操船に熟練しているから任せても安全に入航することができるものと思い、特に右側端に寄って航行するよう指示することなく、港内に入ったら減速するよう指示しただけで、自らは操船しないでB受審人に操舵操船を任せ、同人の右舷側に乗組員1人を配置して機関制御レバーの操作に当たらせ、B受審人の後ろで見張りに当たった。 06時00分B受審人は、四倉港東防波堤灯台(以下「東防波堤灯台」という。)南方180メートル付近において、出航する数隻の漁船を見たので、行きあしを止めてそれらの出航を待ったのち、同時02分同付近を発進し、同時04分東防波堤灯台から000度(真方位、以下同じ。)40メートルの地点で、針路を272度に定めて手動操舵とし、機関を半速力前進にかけ、6.4ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行し、狭い水道の右側端に寄って航行しないで、その左側端を続航した。 06時04分半B受審人は、東防波堤灯台から294度100メートルの地点に達したとき、左舷船首16度230メートルに出航する弘明丸を初めて視認し、その後同船が衝突のおそれのある態勢で接近したが、第2船だまりに向かって狭い水道の左側端を航行しているように見えたので、同船が自船とは右舷を対して替わるものと思い、このことに気付かないで、警告信号を行わず、間近に接近したとき、機関を停止するなどして衝突を避けるための協力動作をとることもなく、同一針路、速力で進行中、同時05分わずか前左舷船首至近に迫った弘明丸を認め、衝突の危険を感じ、左舵をとって後進一杯にしたが及ばず、06時05分東防波堤灯台から281度190メートルの地点において、辰己丸は、速力が3.0ノットに落ち、船首が214度に向いたとき、その右舷側後部に弘明丸の船首が前方から53度の角度で衝突した。 当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の初期であった。 また、弘明丸は、FRP製遊漁船で、船長Cが1人で乗り組み、釣り客12人を乗せ、遊漁の目的で、船首0.2メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、同日06時00分四倉港の第1船だまりを発し、東京電力株式会社広野火力発電所北側付近の釣り場に向かった。 ところで弘明丸は、機関をかけて速力が4.0ノットを超えると船首の浮上により船首方に死角が生じ、速力が10.0ノットになると操船者が操舵室内の操舵位置から前面の窓越しに前方を見たとき、正船首から左右各舷15度の範囲が死角となり、前路を見通すことができない状況となるので、港内を航行する際には、4.0ノット以下に減速するなどして船首死角を補う操船を行う必要があった。 C受審人は、第1船だまりの出入口を航過し、06時04分半東防波堤灯台から268.5度318メートルの地点で、針路を069度に定めたとき、右舷船首7度230メートルに前路を左方に横切る態勢で入航する辰己丸を初めて視認したが、平素、入航船とは左舷対左舷で航過していることから、そのうち同船が自船とは左舷を対して替わるものと思い、狭い水道の右側端に寄ることなく、機関を全速力前進にかけ、9.4ノットの速力で手動操舵により進行した。 C受審人は、その後辰己丸と衝突のおそれのある態勢で接近したが、船首死角を補うために減速するなどして動静監視を十分に行うことなく、これに気付かず、同船の進路を避けないまま続航し、06時05分わずか前東防波堤灯台から281度200メートルの地点に達したとき、針路を四倉港入口に向く087度に転じて進行し、弘明丸は原針路、原速力のまま前示のとおり衝突した。 衝突の結果、辰己丸は、右舷側外板に破口を伴う損傷を生じ、A受審人が頸椎捻挫などで1箇月の入院加療、B受審人が肋骨骨折で3週間の安静加療及び乗組員Dが左膝靭帯損傷で3箇月の通院加療を要する負傷をそれぞれ負い、弘明丸は、船首部に破口を伴う損傷を生じた。
(原因) 本件衝突は、四倉港において、出航する弘明丸が、狭い水道の右側端に寄って航行しなかったばかりか、動静監視不十分で、前路を左方に横切る辰己丸の進路を避けなかったことによって発生したが、入航する辰己丸が、狭い水道の右側端に寄って航行しなかったばかりか、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも因をなすものである。 辰己丸の運航が適切でなかったのは、船長が操船者に対して狭い水道の右側端に寄って航行するよう指示しなかったことと、操船者が同水道の右側端に寄って航行しなかったこととによるものである。
(受審人の所為) C受審人は、四倉港の狭い水道を出航中、前路を左方に横切る態勢の辰己丸を認めた場合、衝突のおそれの有無を判断できるよう、船首死角を補うために減速するなどして同船の動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、そのうち同船が自船とは左舷を対して替わるものと思い、動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、辰己丸の進路を避けないまま進行して同船との衝突を招き、辰己丸の右舷側外板及び弘明丸の船首部外板にそれぞれ破口を伴う損傷を生じさせ、辰己丸の乗組員3人を負傷させるに至った。 以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B受審人は、四倉港の狭い水道を入航中、前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で間近に接近する弘明丸を認めた場合、機関を停止するなどして衝突を避けるための協力動作をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、同船が自船とは右舷を対して替わるものと思い、衝突を避けるための協力動作をとらなかった職務上の過失により、弘明丸との衝突を招き、前示の損傷及び負傷を生じさせるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 A受審人は、四倉港に入航する場合、狭い水道でも弘明丸と安全に航過できるよう、B受審人に狭い水道の右側端に寄って航行するよう指示すべき注意義務があった。しかるに、同人は、B受審人が20数年間僚船の船長をして操船に熟練しているから任せても安全に入航することができるものと思い、右側端に寄って航行するよう指示しなかった職務上の過失により、弘明丸との衝突を招き、前示の損傷及び負傷を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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