日本財団 図書館




1999年(平成11年)

平成11年長審第28号
    件名
作業船大潮漁船浪丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成11年11月30日

    審判庁区分
地方海難審判庁
長崎地方海難審判庁

保田稔、安部雅生、原清澄
    理事官
山田豊三郎

    受審人
A 職名:大潮船長 海技免状:四級小型船舶操縦士
B 職名:浪丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
大潮・・・ほとんど損傷なし
浪丸・・・操縦設備や機関室囲壁を圧壊、のち廃船、船長の妻が左鎖骨骨折、肋骨骨折及び頭部打撲傷

    原因
大潮・・・見張り不十分、船員の常務(新たな危険)不遵守(主因)
浪丸・・・見張り不十分、船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

    主文
本件衝突は、大潮が、見張り不十分で、新たな衝突の危険を生じさせたことによって発生したが、浪丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年1月6日08時30分
佐賀県呼子港
2 船舶の要目

船種船名 作業船大潮 漁船浪丸
総トン数 4.9トン 0.8トン
登録長 11.70メートル 7.11メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 280キロワット
漁船法馬力数 18
3 事実の経過
大潮は、船体中央からやや前方に操舵室を設け、佐賀県呼子港やその北方周辺の島々の港湾工事関係者の送迎に専ら従事するFRP製作業船で、レーダーや自動操舵装置の装備はなく、A受審人が1人で乗り組み、同県鎮西町駄竹漁港から同漁港北方沖合の向島まで、現場監督を送る目的で、船首0.50メートル船尾1.40メートルの喫水をもって、平成11年1月6日08時20分呼子港内の名護屋浦奥名護屋大橋東端から南方約300メートルの係留地を発し、駄竹漁港に向かった。
ところで、呼子港港界内の波戸漁港北方海域には、呼子港加部島防波堤灯台(以下「加部島灯台」という。)から290度(真方位、以下同じ。)880メートルの陸岸を基点として、これから084度の方向に750メートルばかり延びる、基本水準面上の高さが約5メートルの防波堤が存在し、この防波堤の陸岸寄りのところには、基点から170メートルのところを中央とする幅40メートルの水路(以下「船通し」という。)を設け、小型船が南北に通航できるようになっていた。しかし、船通しは、小型船が通航する際、その幅が狭いうえ、防波堤が長くて高いため、仮にレーダーを使用しても防波堤の反対側の状況を把握することが困難であり、また、往々にして機関音が高く他の小型船の音響信号などが聞き取りにくいことがあり、互いに認識できないまま接近するという状況が生じることがあるところであった。
他方、A受審人は、全速力で航行しても、船首方の水平線が穏れないようにトリムタブを調整していたものの、操舵室右舷側に設けた操縦席で操船すると、右舷船首約15度から左舷船首約30度までの前方に、最大500メートルばかりの範囲の海面が見えない死角を生じ、立って操船しても眼高がほとんど変わらないことや天窓がないことなどから、高さが低い小舟などが死角に入る前に、前方や転針方向の見張りを十分に行う必要があることを承知していた。
発航後、A受審人は、操縦席に腰掛けて操舵に当たり、08時27分加部島灯台から137度780メートルの地点で、機関の回転数を常用の毎分2,000にかけて20.0ノットの速力とし、針路を船通しに向く307度に定めたとき、左舷船首14度1,380メートルのところに、波戸漁港の防波堤を替わして北上する浪丸を視認でき、その後、同船が自船に先行して無難に船通しに達する状況となったが、漫然と進行していたため、この状況に気付かないまま続航し、同時29分浪丸が船通しに達したことにも気付かず、その後同船を見ることができなくなった。

08時29分少し過ぎA受審人は、船通しまで100メートルの地点に達したとき、機関の回転計を見ながら速力を13.0ノットに減じて進行し、同時29分半船通しに達したとき、右舷船首37度120メートルのところに、北上する態勢の浪丸を再び視認できるようになったが、船通しに達するまで先行する同船に気付いていなかったこともあって、前方をいちべつしたのみで防波堤の北側に他船はいないものと思い込み、転針方向の他船の有無を確認するなど、周囲の見張りを十分に行うことなく、浪丸に気付かないまま右転した。
こうして、A受審人は、針路を344度に転じたとき、浪丸に向首することとなって同船が船首部の陰に入り、その後、同船と新たな衝突の危険を生じさせたことに気付かず、機関の回転計を見ながら増速中、08時30分加部島灯台から307度900メートルの地点において、速力がほぼ20ノットに戻ったとき、同一針路のまま、大潮の船首が、波丸の船尾中央やや左舷寄りに後方から平行に衝突した。

当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の中央期で、日出時刻は07時25分、日出方位角は117度であった。
また、浪丸は、船体の船尾寄りに設けた機関室囲壁の後方を操縦場所とし、主として一本釣り漁業に従事する和船型のFRP製小型遊漁兼用船で、レーダーや自動操舵装置の装備はなく、B受審人が同人の妻と2人で乗り組み、いさき漁の目的で、船首0.30メートル船尾0.60メートルの喫水をもって、同日08時24分波戸漁港を発し、呼子港北方沖合の松島周辺の漁場に向かった。
発航後、B受審人は、波戸漁港防波堤突端を付け回したのち、08時27分加部島灯台から268度750メートルの地点で、機関の回転数を調整して6.0ノットの速力とし、針路を船通しに向く016度に定めたとき、右舷正横後7度1,380メートルのところに、名護屋浦から船通しに向けて高速力で航行する大潮を視認できる状況であったが、この方向を見ていなかったので同船を認めず、妻に機関室囲壁前の甲板上で操業の準備に当たらせ、自らは操縦場所の右舷側に腰掛けて操舵に当たり、同時28分船通しまで200メートルの地点に達したとき、弁天瀬戸や名護屋浦などから出航する他船はいないかと右舷後方を振り返っていちべつしたが、太陽の光が海面に反射してまぶしかったためか、大潮が接近しつつも徐々にその方位が後方に変わり、自船の後方から無難な態勢で船通しに向かっていることに気付かず、その後、後方を振り返ることなく進行した。
08時29分B受審人は、船通しに達したとき、針路を344度に転じ、機関をほぼ全速力前進にかけて8.0ノットの速力とし、その後、大潮が防波堤の陰となって見ることができない状況で続航中、妻が操業の準備を終えて後方を見渡し、他船はいないと言いながら機関室囲壁後方に戻ってきたので、同人を自らの左舷側に前方を向いて腰掛けさせ、雑談を交わしながら進行した。
08時29分半B受審人は、船通しに達した大潮を再び見ることができ、その後、同船が自船に向首して急速に接近し、新たな衝突の危険が生じた状況となったが、船通しを通航する前に大潮に気付かなかったうえ、妻が後方からの他船はいない旨話していたことから、接近する他船はいないものと思い、周囲の見張りを厳重に行っていなかったので、この状況に気付かず、衝突を避けるための措置をとらないまま、同一の針路、速力で続航中、前示のとおり衝突した。

衝突の結果、大潮は、ほとんど損傷を生じなかったが、浪丸は、操縦設備や機関室囲壁を圧壊し、のち廃船処分された。また、B受審人の妻Cが、左鎖骨骨折、肋骨骨折及び頭部打撲傷などを負った。

(原因)
本件衝突は、佐賀県呼子港港界内の波戸漁港北方海域において、両船が見通しの悪い狭い船通しを無難に通過したのち、ともに北上する際、大潮が、見張り不十分で、先行する浪丸に対し、新たな衝突の危険を生じさせたことによって発生したが、浪丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。


(受審人の所為)
A受審人は、佐賀県呼子港港界内の波戸漁港北方の狭い船通しを通航しようとする場合、防波堤の反対側海域の見通しが十分でなかったから、同海域の他船の有無を把握できるよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、船通しに達するまで浪丸に気付かなかったこともあって、船首方をいちべつしたのみで同海域に他船はいないものと思い込み、機関の回転計を見ながら増速していて周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、先行する浪丸に対し、新たな衝突の危険を生じさせたことに気付かないまま進行して同船との衝突を招き、同船の機関室囲壁などを圧壊し、Cに骨折などを負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

B受審人が、佐賀県呼子港港界内の波戸漁港北方の船通しを通過して北上中、周囲の見張りを厳重に行っていなかったので、大潮の存在に気付かず、同船との衝突を避けるための措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
しかしながら、同人の所為は、自船が船通しを通過してから大潮が船通しを通過するまで、同船を見ることができない時間があったうえ、同船が船通し通過後に短時間のうちに増速しながら急接近したことに徴し、同人の職務上の過失とするまでもない。


よって主文のとおり裁決する。

参考図






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION