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1999年(平成11年)

平成11年横審第64号
    件名
漁船第三十八光秋丸漁船第八大濤丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成11年10月5日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

西村敏和、半間俊士、吉川進
    理事官
岩渕三穂

    受審人
A 職名:第三十八光秋丸漁ろう長 海技免状:五級海技士(航海)(旧就業範囲)
B 職名:第八大濤丸船長 海技免状:五級海技士(航海)(旧就業範囲)
    指定海難関係人

    損害
光秋丸・・・船首部に凹損
大濤丸・・・左舷船首部に凹損、同中央部の機関室コンパニオンなどに損傷

    原因
大濤丸・・・動静監視不十分、各種船間の航法(避航動作)不遵守(主因)
光秋丸・・・動静監視不十分、警告信号不履行、各種船間の航法(協力動作)不遵守(一因)

    主文
本件衝突は、両船が沖合底びき網漁業に従事中、揚網を終えた第八大濤丸が動静監視不十分で、えい網中の第三十八光秋丸の進路を避けなかったことによって発生したが、第三十八光秋丸が、動静監視不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Bを戒告する。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年5月17日06時30分
千葉県犬吠埼南方沖合
2 船舶の要目

船種船名 漁船第三十八光秋丸 漁船第八大濤丸
総トン数 75トン 67トン
全長 30.66メートル 30.22メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット 735キロワット

3 事実の経過
第三十八光秋丸(以下「光秋丸」という。)は、沖合底びき網漁業に従事する、可変ピッチプロペラを装備した鋼製漁船で、船長C及びA受審人ほか3人が乗り組み、やりいか漁の目的で、船首2.0メートル船尾3.0メートルの喫水をもって、平成10年5月17日00時40分千葉県銚子漁港を発し、相前後して出漁した僚船とともに同県犬吠埼南方沖合約25海里の通称井戸場漁場に向かった。
ところで、光秋丸は、船首楼甲板を有する船首船橋型の沖合底びき網漁船で、船体中央部から船尾にかけての漁ろう甲板には、船尾にスリップウェイやギャロースなどを備えるほか、トロールウインチ(以下「ウインチ」という。)やホイスト(吊揚機)などの漁ろう機械が設置されており、揚網時には、船橋後方の船首楼甲板上に設置されたウインチ操作盤のところで、操船及びウインチの遠隔操作を行うことができるようになっていた。

また、光秋丸が従事する沖合底びき網漁業は、オッターボード(拡網板)を利用した1そうびきの底びき網漁で、網口の袖網、中間部の身網及びコッドエンド(袋網)から成る網丈が約45メートルの漁網を使用し、袖網に長さ約100メートルの網ペンネント及び手綱をとり、それにオッターボードを取り付け、その先にひき索として直径18ミリメートルのワイヤロープを連結した漁具を使用していた。そして、投網作業においては、低速で前進しながら船尾から漁網を投入し、次いで網ペンネント、手綱及びオッターボードを順次投入して、ひき索を水深の約3倍繰り出して漁網を着底させ、同作業に約10分を要して、水深155メートルから200メートルのところを約3ノットの対地速力でえい網する操業形態を採っていた。
C船長は、発航操船に続いて船橋当直に就き、航行中の動力船の灯火(以下「航海灯」という。)を表示し、機関回転数毎分400及び翼角前進16度の全速力前進にかけ、9.5ノットの対水速力(以下、対水速力については「速力」という。)として、犬吠埼を替わしたのち井戸場漁場に向けて南下し、03時10分同漁場まで約6海里となったところで、A受審人と船橋当直を交替して降橋した。

03時50分A受審人は、犬吠埼灯台から182度(真方位、以下同じ。)22.9海里の漁場に到着し、自ら操船及び操業の指揮を執り、C船長ほか乗組員全員を漁ろう甲板での投網作業に当たらせ、航海灯及びトロールにより漁ろうに従事していることを示す緑、白2灯(以下「漁ろう灯」という。)を表示したほか、漁ろう甲板を照明する500ワットの作業灯10灯などを点灯して、投網準備に取りかかったが、先着した第八大濤丸(以下「大濤丸」という。)がすでにえい網を開始していたほか、僚船2隻がいずれも同灯台から181度23.2海里の水深160メートルのところで投網していたことから、僚船が投網を終えるのを待って、自船も同地点付近で投網することにし、僚船に接近しないよう、減速して同地点に向けて南下した。
A受審人は、大濤丸から無線で潮流などの情報を入手し、04時00分前示投網地点に達して、機関回転数毎分400及び翼角前進10度として5.0ノットの速力で前進しながら投網を始め、ひき索を500メートル繰り出し、漁具の全長を約650メートルとして漁網を着底させて投網作業を終え、同時10分犬吠埼灯台から181度23.9海里の地点において、針路を200度とし、機関回転数毎分370及び翼角前進13度として、南西風と流速約2ノットの北東方に流れる黒潮の影響を受けて、左方に20度ばかり圧流されながら3.0ノットの対地速力で、自動操舵によってえい網を開始したとき、6海里レンジとしたレーダーにより、右舷船首32度2.3海里のところに大濤丸を、同船の左舷船尾方0.5海里のところに僚船1隻を、更にその後方にも僚船1隻をそれぞれ探知し、いずれも160メートルの水深帯を220度方向にえい網していることが確認できたので、同じ水深帯をえい網することを避けるため、しばらく200度の針路のままでえい網し、170メートルの水深帯に達したところで、同水深帯を200メートル等深線に沿うように南下した。
04時30分A受審人は、犬吠埼灯台から181度24.9海里の地点において、前路に陸側に屈曲した200メートル等深線が存在し、水深が探くなるところに差しかかったので、大きく右転して一旦240度方向に向け、その後は序々に左転しながら同等深線に沿うようにえい網し、このころ日出となったので各灯火を消灯して、黒色鼓形形象物を掲げた。
05時00分A受審人は、犬吠埼灯台から184度25.9海里の地点に達して、大濤丸などの南側を0.5海里隔てて同方向にえい網するため、潮流の影響を考慮して右に5度当て舵をとって針路を225度に定め、この先逆潮となって流速が増すことが予想されたので、機関回転数毎分380に上げて3.0ノットの対地速力を維持し、右舷船首5度2.2海里のところの大濤丸などの動静を監視しながらえい網を続けた。

06時05分A受審人は、犬吠埼灯台から188度28.6海里の地点において、右舷船首5度2.0海里のところで大濤丸が揚網を開始したことを知り、その動静を監視していたところ、しばらくしてオッタボードが船尾のギャロースに吊り下げられ、やがて同船の船首が風潮流に落とされ、左に回頭して自船の前路に向いたのを認め、同船は間もなく揚網を終えて操縦性能に制限のない状態となるので、同船がその後投網作業に取りかかって自船と接近することになっても、同船の方でえい網中の自船を避けてくれるものと思い、同時25分同灯台から189度29.5海里の地点において、大濤丸が右舷船首2度850メートルに接近したとき、自船も揚網作業に取りかかることにし、船員室のベルを鳴らして乗組員に揚網を開始することを伝えた。
間もなくA受審人は、ウインチ操作盤のところで自ら遠隔操作による操船及びウインチ操作を行うため、操舵及び翼角の操作を遠隔に切り換え、見張員を配置せずに船橋を離れ、船橋後部の出入口から船橋楼甲板に出て同操作盤のところに赴き、船尾方向を向いて合羽を着用していたとき、06時27分犬吠埼灯台から189度29.6海里の地点において、方位が変わらず530メートルのところに迫った大濤丸が、自船の前路を左方に横切り、衝突のおそれのある態勢で接近したが、同船に対する動静監視を十分に行っていなかったので、このことに気付かず、警告信号を行うことも、無線を活用して同船に避航を促すこともしなかった。

こうしてA受審人は、ウインチ操作盤の前で船尾方向を向いて合羽を着用しているうち、大濤丸が、自船の進路を避けないまま、わずかな行きあしをもって衝突のおそれのある態勢で間近に接近したが、依然として同船の動静監視を十分に行っていなかったので、速力を減じるなどして同船との衝突を避けるための協力動作をとらずにえい網を続け、06時30分犬吠埼灯台から189度29.7海里の地点において、光秋丸は、原針路、原速力のまま、その船首が、大濤丸の左舷船首部に前方から15度の角度で衝突した。
当時、天候は曇で風力5の南西風が吹き、視程は約5海里で、潮流は流速約2ノットの北東流があった。
また、大濤丸は、沖合底びき網漁業に従事する、可変ピッチプロペラを装備した鋼製漁船で、B受審人が漁ろう長を兼務してほか4人が乗り組み、やりいか漁の目的で、船首1.2メートル船尾3.5メートルの喫水をもって、同日00時40分銚子漁港を発し、僚船とともに井戸場漁場に向かった。

ところで、大濤丸は、船体構造、漁ろう設備、漁具の構造及び操業形態などが、光秋丸とほぼ同様のものであり、船橋後方のウインチ操作盤のところで、操舵、翼角及びウインチのほかホイストの遠隔操作を行うことができるようになっていた。
B受審人は、発航操船に続いて船橋当直に就き、航海灯を表示し、機関回転数毎分380及び翼角前進16度の全速力前進にかけ、10.0ノットの速力で進行し、犬吠埼を替わしたのち針路を井戸場漁場に向けたところで甲板員と同当直を交替して休息をとり、同漁場に接近したところで再び同当直に就いた。
03時25分B受審人は、犬吠埼灯台から181度23.2海里の漁場に僚船より先に到着し、自ら操船及び操業の指揮を執り、乗組員全員を漁ろう甲板での投網作業に当たらせ、航海灯及び漁ろう灯を表示したほか、漁ろう甲板を照明する500ワットの作業灯4個などを点灯し、機関回転数毎分360及び翼角前進10度として5.0ノットの速力で前進しながら船尾から投網を始め、ひき索を500メートル繰り出し、漁具の全長を約650メートルとして漁網を着底させ、03時35分犬吠埼灯台から182度23.7海里の地点において、針路を220度に定め、機関回転数毎分360及び翼角前進13度とし、風潮流を正船首わずか右方から受けて3.0ノットの対地速力で、160メートルの水深帯を自動操舵によってえい網を開始した。

04時30分B受審人は、日出となったので各灯火を消灯して黒色鼓形形象物を掲げ、6海里レンジとしたレーダーにより後続する僚船の動静を監視し、その後、潮流の流速が増して2.8ノットとなった対地速力で少し左方に圧流されながらえい網を続けた。
06時05分B受審人は、犬吠埼灯台から191度30.1海里の揚網予定地点に達し、揚網作業を開始するに当たり、レーダーにより後続する3隻の動静を確認したところ、右舷船尾方0.5海里のところに1隻、左舷船尾方1.0海里のところに1隻、更にその後方の左舷船尾10度2.0海里のところに光秋丸が、いずれも自船と同方向及び同速力でえい網しているのを認め、自船は揚網に約20分を要することから、自船に近い2隻は揚網中に通過するものの、最後尾の光秋丸は、揚網を終えるまでに接近することはないと思い、自らは引き続き船橋において操船に当たり、機関長をウインチ操作盤に就けてウインチの操作に、他の乗組員全員を漁ろう甲板での揚網及び漁獲物の処理作業に当たらせ、翼角前進5度に下げて減速し、ウインチを駆動してひき索の巻き揚げを始めた。

B受審人は、ひき索の巻き揚げを始めたことにより、自船の行きあしがなくなり、やがて少し後方に下がり始めたので、自船に近い2隻の動静に注意するとともに、ひき索の方向を確認しながら操船に当たり、しばらくしてオッターボードが船尾に揚がり、これを取り外してギャロースに吊り下げこのころ右舷船首方向から風潮流を受けていたので、船首が徐々に左に回頭するようになったことから、手動操舵に切り換えて両舷から出た索などが正船尾方向から揚がるように操船し、手綱及び網ペンネントを巻いて両袖網の先端がスリップウェイに揚がったところで、翼角を0度として少し前進がかかった状態とし、操舵及び翼角の操作を遠隔に切り換え、見張員を配置せずに船橋を離れ、機関長と交替してウインチ操作盤に就き、同所で操船及びウインチなどの遠隔操作に当たっていたところ、しばらくして後続する2隻が自船の右舷側を通過したことを確認したものの、光秋丸のことは気にも止めずに作業を続行した。
B受審人は、ウインチを操作して袖網をワーピングエンドで左右交互に巻き込み、身網を漁ろう甲板上に取り込む作業を続けるうち、更に船首が風潮流に落とされて左に回頭し、揚網が進むにつれてわずかな前進の行きあしがつき、船首が060度を向いて光秋丸と針路が交差する態勢となったが、揚網開始時に同船とは約2海里離れていたので接近することはないと思い込み、06時25分犬吠埼灯台から190度29.8海里の地点において、左舷船首13度850メートルのところに自船の前路を右方に横切る態勢でえい網中の光秋丸が接近していたが、同船の動静監視を十分に行っていなかったので、このことに気付かなかった。

06時27分B受審人は、船首が060度を向いてわずかな行きあしをもったまま、コッドエンドがスリップウェイに揚がって揚網を終え、操縦性能を制限する漁具を用いて漁ろうに従事している状態から、同制限のない状態となったとき、方位が変わらずに530メートルのところに接近した光秋丸と衝突のおそれが生じていたが、ウインチ操作盤の前で船尾方向を向いたままホイストの操作に従事し、同船の動静監視を十分に行っていなかったので、このことに気付かず、早期に翼角を前進にかけて右転するなり、後進にかけて行きあしを止めるなどして同船の進路を避ける措置をとらずに進行した。
こうして、B受審人は、光秋丸の進路を避けないまま続航中、ホイストの操作に専念していて、依然として同船の動静監視を十分に行っていなかったので、間近に接近した同船に気付かず、コッドエンドをデリックで吊り揚げてウインチ後方の胴間に移動し、チャックを開放して漁獲したやりいか約100キログラムを甲板上に落としたとき、大濤丸の船首が060度を向き、わずかな前進の行きあしをもって前示のとおり衝突した。

衝突の結果、光秋丸は、船首部に凹損を、大濤丸は、左舷船首部に凹損及び同中央部の機関室コンパニオンなどに損傷をそれぞれ生じたが、のちいずれも修理された。

(原因)
本件衝突は、千葉県犬吠埼南方沖合の漁場において、両船が沖合底びき網漁業に従事中、揚網を終えて操縦性能に制限のない状態となった大濤丸が、動静監視不十分で、えい網中の光秋丸の進路を避けなかったことによって発生したが、光秋丸が、動静監視不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。


(受審人の所為)
B受審人は、千葉県犬吠埼南方沖合の漁場において、沖合底びき網漁業に従事中、揚網を開始するに当たり、左舷船尾方向に自船と同方向にえい網中の光秋丸を認めた場合、右舷船首方向から風潮流を受けながら、行きあしがほとんどない状態で揚網を続けると、自船の船首が風潮下に落とされて左転し、揚網を終えて操縦性能に制限のない状態となるころには、同船と針路が交差するおそれがあったから、衝突のおそれについて判断することができるよう、同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、光秋丸との距離及び同船のえい網速力からして、自船が揚網を終えるまでは同船と接近することはないと思い、船橋を離れてウインチ操作盤のところでウインチやホイストの操作に専念し、同船に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、揚網が進むにつれて自船の船首が左転して同船と針路が交差し、揚網を終えて操縦性能に制限のない状態となったとき、わずかな行きあしをもって、えい網中の同船と衝突のおそれのある態勢で接近していることに気付かず、早期に機関を前進にかけて右転するなど、同船の進路を避ける措置をとらないまま進行して衝突を招き、大濤丸の左舷前部に凹損及び同中央部の機関室コンパニオンなどに損傷を、光秋丸の船首部に凹損をそれぞれ生じさせるに至った。


以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、千葉県犬吠埼南方沖合の漁場において、沖合底びき網漁業に従事中、揚網を開始するに当たり、右舷船首方向に揚網中の大濤丸を認め、同船がオッターボードを揚収し、その後同船の船首が左転して自船の前路に向いたのを認めた場合、衝突のおそれについて判断することができるよう、同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、大濤丸は間もなく揚網を終えて操縦性能に制限のない状態となるので、えい網中の自船の進路を避けてくれるものと思い、同船に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、同船が自船の進路を避けずに衝突のおそれのある態勢で接近していることに気付かず、警告信号を行うことも、無線を活用して避航を促すこともせず、間近に接近して速力を減じるなど、衝突を避けるための協力動作もとらないままえい網を続けて衝突を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。


よって主文のとおり裁決する。

参考図






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