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1999年(平成11年)

平成10年広審第108号
    件名
漁船第七十八盛勝丸岸壁衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成11年9月28日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

杉崎忠志、黒岩貢、横須賀勇一
    理事官
弓田邦雄

    受審人
A 職名:第七十八盛勝丸船長 海技免状:五級海技士(航海)(履歴限定)
B 職名:第七十八盛勝丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(履歴限定・機関限定)
    指定海難関係人

    損害
盛勝丸…船首部に亀裂をともなう凹損
岸壁…衝突部のコンクリートがわずかに損傷

    原因
操船・操機不適切(変節油圧装置の作動油圧の点検不十分)

    主文
本件岸壁衝突は、可変ピッチプロペラ変節油圧装置の作動油圧の点検が不十分であったことと、同プロペラ遠隔操縦装置の作動確認が不十分であったこととにより、前方の岸壁に向かって進行したことによって発生したものである。
受審人Bを戒告する。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年8月23日08時31分
境港
2 船舶の要目
船種船名 漁船第七十八盛勝丸
総トン数 127トン
全長 37.30メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 882キロワット
回転数毎分 420
3 事実の経過
第七十八盛勝丸(以下「盛勝丸」という。)は、昭和60年4月に進水した、はえなわ漁業(べにずわいがに)に従事する中央船橋型鋼製漁船で、主機として株式会社赤阪鉄工所製のDM26KFD型と称するディーゼル機関を備え、推進器としてかもめプロペラ株式会社製の翼数4枚、右旋回、直径2,600ミリメートル(以下「ミリ」という。)、基準ピッチ1,560ミリの油圧変節式可変ピッチプロペラ(以下「CPP」という。)を装備し、操舵室の主機操縦台から主機回転数、クラッチ嵌脱(かんだつ)及びCPP翼角(以下「翼角」という。)をそれぞれ制御することができるようになっていた。
操舵室の主機操縦台には、主機回転計及び翼角計などの各計器、主機回転数制御及びフォロアップ方式の翼角操縦の各ダイヤル、ノンフォロアップ方式の翼角操縦押しボタン式、主機危急停止用、クラッチ嵌脱及びCPP操作位置切替えなどの各スイッチ並びに主機操縦位置、クラッチ嵌脱及びCPP前後進変節の各表示灯が備えられていたほか、主機、クラッチ及びCPP変節油圧装置(以下「変節油圧装置」という。)の油圧低下などの警報装置がそれぞれ組み込まれ、平素、翼角の遠隔操縦操作は、翼角操縦押しボタン式スイッチを使用せず、翼角操縦ダイヤルによって行われていた。
ところで、CPP装置は、主機の回転方向を一定に保ったまま翼角を変化させることにより前進及び後進の広い範囲にわたって任意に速度を増減するために設けられたもので、CPP遠隔操縦装置及び変節油圧装置などで構成されていた。また、CPP軸系は、船首側から給油軸、次いで変節軸を内蔵した直径220ミリ、長さ4,090ミリのプロペラ軸及びCPP翼を取り付けたハブ本体からなっていた。
変節油圧装置は、機関室後部の床下にある作動油タンクからこし器を経て電動歯車式の油圧ポンプにより吸引加圧された作動油が、電磁弁で切り換えられて前進側又は後進側の給油管に導かれ、給油軸の外側に固定された給油筒を経て回転する同軸内の前進側又は後進側の油穴を通り、同軸後部にあるサーボシリンダ内のピストンの前進側又は後進側に送られ、ピストンに連結した変節軸を前後に動かして翼角を変節させるようになっており、変節時の作動油圧が約50キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)、無変節時の同油圧が約10キロで、それぞれの同油圧を点検することができるよう、同ポンプの近くに最大目盛150キロと15キロの圧力計各1個が設けられていた。
A受審人は、平成6年12月から船長として盛勝丸に乗り組み、9月から翌年6月までの操業期間中、鳥取県境港を基地として日本海の大和堆周辺の漁場に赴き、1航海が7ないし10日間のべにずわいがに漁に従事しており、全速力前進時の翼角を最大16度主機回転数を毎分420として航行し、入出港時には乗組員を所定の配置に就かせ、自ら操舵室で操舵、操船にあたっていた。
B受審人は、現船舶所有者のR有限会社が同6年2月に盛勝丸を購入したとき、機関長として乗り組んで同船を函館港から境港に回航したのち、同年12月から再び機関長として乗り組み、機関の運転と保守管理を担当していたもので、毎年7月から8月にかけての休漁期間中、主機及び発電機駆動用ディーゼル機関のピストン抜き整備を2年ごとに、それらの吸・排気弁及び燃料噴射弁などの整備を1年ごとにそれぞれ行いながら、年間5,000ないし6,000時間主機を運転して操業に従事していたところ、変節油圧装置の油圧ポンプが経年のうちに歯車、前後部の各軸受及びポンプケーシングなど各部の損耗が進行し、いつしか作動油圧が次第に低下するようになったものの、定期的に同装置付圧力計で同油圧の点検を行っていなかったので、このことに気付いていなかった。
盛勝丸は、同9年6月29日操業を終え、翌30日05時00分基地である境港に帰港して休漁となり、同年7月中旬から島根県八束郡美保関町にあるS株式会社に入渠して船体及び機関を整備したのち、翌8月21日出渠して引船により曳航(えいこう)され、空倉のまま船首1.7メートル船尾4.0メートルの喫水をもって、境港の魚市場前東側岸壁に船首を南方に向け、船首及び船尾から各2本の係留索をとって右舷付けで係留した。
翌々23日07時30分ごろB受審人は、係留中の盛勝丸に乗り組み、クレーン車を同船に横付けしてかにかごなどの漁具を積み込むため、魚市場の屋根が邪魔にならない地点まで主機をかけて岸壁移動する旨の連絡をA受審人から受けていたことから、先ず船内電源を確保して主機始動空気槽を充填(じゅうてん)するため発電機駆動用ディーゼル機関を始動したのち、いつものように機関室上段の前部に設置された主配電盤の遠隔発停スイッチで変節油圧装置の油圧ポンプを起動し、08時ごろ警報装置の電源を投入のうえ機側で主機を始動して各部の点検を終え、操舵室に主機操縦位置を切り換えることとしたが、それまで変節油圧装置の油圧低下警報装置が作動したこともなく、同室で操船にあたっていたA受審人や漁労長から翼角の操作に異常があるとの連絡も受けていなかったので問題はあるまいと思い、変節油圧装置付圧力計で作動油圧の点検を十分に行うことなく、同時10分同操縦位置を切り換えた。
A受審人は、9月1日から解禁となるべにずわいがに漁の出漁準備の目的で、B受審人ほか6人とともに盛勝丸に乗り組み、魚市場前東側岸壁に沿って176度(真方位、以下同じ。)の船首方向に船体を約25メートル移動するため、08時15分ごろ入出港配置を令し、操舵機の作動を確認したのち、船首に3人、船尾に2人及び機関室にB受審人をそれぞれ配置してすべての係留索を解き放ち、操舵室で操船するにあたり、同年6月30日漁期終了時の入港操船以来CPP遠隔操縦装置を操作していなかったがそれまで翼角の変節操作に異常がなかったので大丈夫と思い、同操縦装置の作動確認を行うことなく、主機をかけて岸壁移動を開始することとした。
こうして、A受審人は、08時30分少し前クラッチを嵌合(かんごう)して主機を回転数毎分270翼角操縦ダイヤルを前進5度とし、魚市場東側岸壁と直角に連なった45メートル前方の水産事務所前岸壁に向け、約2.0ノットの極微速力で前進を開始した。
08時30分半少し過ぎA受審人は、移動予定地点の少し手前で翼角操縦ダイヤルを0度に操作したところ、回転中のCPP翼が水流による圧力を受けていたうえ作動油圧の著しい低下により翼角が変節されず、行きあしが落ちないので、急いで同ダイヤルを後進一杯としたが、翼角が少しも変化しないのを認め、同時31分わずか前危険を感じて左舵一杯をとるも効なく、盛勝丸は、なおも前進のまま進行し、08時31分境水道大橋橋梁灯(L1灯)から130度380メートルの水産事務所前岸壁に、原針路、原速力のまま、船首がほぼ直角に衝突した。
当時、天候は晴で風力2の西南西風が吹き、潮候は下げ潮の中央期であった。
衝突の結果、盛勝丸は、船首部に亀裂をともなう凹損を生じ、のち修理され、岸壁は、衝突部のコンクリートがわずかに損傷した。

(原因)
本件岸壁衝突は、主機をかけて境港の魚市場前東側岸壁沿いに移動する際、変節油圧装置の作動油圧の点検が不十分で、油圧ポンプの歯車ポンプケーシング及び軸受などの損耗が進行し、同油圧が著しく低下していたことと、CPP遠隔操縦装置の作動確認が不十分で、変節油圧装置の同油圧が著しく低下した状態で岸壁移動が開始されたこととにより、同移動中に翼角を前進から後進に変節できず、前進行きあしのまま前方の岸壁に向首進行したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
B受審人は、CPP装置の保守管理にあたる場合、変節油圧装置の作動油圧の低下により翼角の変節が不能とならないよう、主機操縦位置を操舵室に切り換える前に同装置付圧力計で同油圧の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、それまで同装置の油圧低下警報装置が作動したこともなく、同室で操船にあたっていたA受審人や漁労長から翼角の変節に異常があるとの連絡も受けていなかったので問題はあるまいと思い、同油圧の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、同油圧が著しく低下していることに気付かず、主機をかけて岸壁移動中、翼角の変節が不能となって岸壁への衝突を招き、盛勝丸の船首部に亀裂をともなう凹損を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、出漁準備中、漁具の積込みのため主機をかけて境港の魚市場前東側岸壁沿いに移動する場合、漁期が終了してしばらくCPP遠隔操縦装置を使用していなかったから、岸壁移動を開始する前に同操縦装置の作動確認を行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、それまで翼角の変節操作に異常がなかったので大丈夫と思い、同操縦装置の作動確認を行わなかった職務上の過失により、岸壁移動中、翼角の変節が不能となって岸壁への衝突を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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