日本財団 図書館




1999年(平成11年)

平成11年横審第13号
    件名
旅客船第二十六鳥羽丸岸壁衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成11年9月17日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

長浜義昭、猪俣貞稔、吉川進
    理事官
岩渕三穂

    受審人
A 職名:船長(当時乗船中) 海技免状:六級海技士(航海)(履歴限定)
B 職名:船長 海技免状:五級海技士(航海)(旧就業範囲)
C 職名:機関長(当時乗船中) 海技免状:六級海技士(機関)(機関限定・旧就業範囲)
D 職名:機関長 海技免状:六級海技士(機関)(機関限定・旧就業範囲)
    指定海難関係人

    損害
島羽丸…船首水線上に破口、乗客20人が衝突の衝撃で転倒し、骨折や打撲傷等
岸壁…擦過傷

    原因
主機遠隔操縦装置の油圧配管の点検不十分、操船・操機不適切(着桟前の減速措置不十分)

    主文
本件岸壁衝突は、主機遠隔操縦装置の油圧配管の点検が不十分であったこと、及び着桟前の減速措置が不十分で、減速逆転機の後進への切替えが不能となったまま進行したことによって発生したものである。
運航管理者が、乗組員に対し、運航の安全を確保するための指導を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
受審人Aを戒告する。
受審人Cを戒告する。
受審人Dを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年12月21日10時51分
三重県島羽港佐田浜市営船乗場
2 船舶の要目
船種船名 旅客船第二十六鳥羽丸
総トン数 56トン
全長 23.36メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 456キロワット
3 事実の経過
(1) 就航航路等
第二十六鳥羽丸(以下「鳥羽丸」という。)は、三重県鳥羽市が一般旅客定期航路事業の認可を受け、鳥羽港の中之郷及び佐田浜両市営船乗場(以下、市営船乗場を「桟橋」という。)と、同市の島嶼(しょ)である坂手島、菅島、答志島及び神島との間を結ぶ定期航路に就航する、予備船1隻を含めた市営定期船7隻のうちの1隻で、06時30分中之郷桟橋から坂手漁港に回航したのち、同漁港と鳥羽港との間の定期航路に4往復半、次に鳥羽港と答志島との間の定期航路に2往復、その後再び鳥羽港と坂手漁港との間の定期航路に5往復半就航し、20時30分中之郷桟橋に回航し、翌朝まで係留するスケジュールで運航されていた。
(2) 船体構造等
鳥羽丸は、平成2年4月に進水した、旅客定員255人の全通一層甲板型FRP製旅客船で、船体中央部に機関室を配し、その前部、後部及び上部が客室構造物で、前後部各客室の床面は、上甲板より0.7メートル下がったところに位置していた。上甲板下には、船首から順に、船首倉庫、前部客室の下部、機関室、後部客室の下部及び舵機室が配置され、前後部各客室の下が空所となっていた。上甲板上には、船首から順に、船首甲板、客室構造物及び船尾甲板が配置されてた。船尾甲板には、右舷側に便所が設けられ、左舷側の後部遊歩甲板とを結ぶ階段の下に錨索の結ばれていない錨1個が固縛して収納されていた。遊歩甲板が、上甲板上1.25メートルの位置にあり、船首側から順に、操舵室、前部遊歩甲板、続いて中央部客室の上部及び煙突で中断された後、後部遊歩甲板となっていて、前部遊歩甲板上層に設けられた屋根の上に救命浮器が設置されていた。
客室構造物は、船首から2.9メートル及び20.9メートルの間に位置し、前部客室に定員58人のベンチシート式椅子(いす)席が船横方向2列に、機関室の真上に位置する中央部客室に定員35人の立席が、後部客室に定員50人のベンチシート式椅子席が船横方向2列にそれぞれ設けられ、これら客室のほか、前部遊歩甲板上を定員45人の立席、後部遊歩甲板上を定員67人の立席に当てていた。中央部客室は、床面が上甲板と同じ高さで乗降口を兼ねて、左右両舷中央部に乗降口引戸と、前後部各客室、前後部各遊歩甲板を結ぶ階段が、それぞれ設けられていた。
操舵室には、中央に操舵テーブルが右舷側に主機遠隔操縦装置の操縦スタンド(以下「操縦スタンド」という。)がそれぞれ装備されていた。操舵テーブル後面に右舷側から順に汽笛制御装置、舵輪及び船内放送装置が、同テーブル上面に右舷側から順に舵角指示器、エンジンテレグラフ、マグネットコンパス及びレーダーがそれぞれ配置され、また、操縦スタンド上面には主機回転計、主機ガバナ指示計、減速逆転機の前進(緑色)、中立(白色)、後進(赤色)各表示灯、各種警報表示灯等が、同スタンド左側面には前後進切替ハンドル(以下「クラッチハンドル」という。)が、後面にはガバナハンドル、調相弁ハンドル、主機危急停止ボタン、警報ブザー等がそれぞれ配置されていた。
(3) 主機、主機遠隔操縦装置及び減速逆転機
主機は、昭和精機工業株式会社製造の6LAHK-STl型と称する、定格回転数毎分1,900の過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関で、機関室中央に備え付けられ、YX-180と呼称する油圧クラッチ内蔵の減速逆転機(以下「クラッチ」という。)を船尾側に取り付けてプロペラ軸に接続していた。
主機には、主機遠隔操縦装置が付属していて、操舵室の操縦スタンドのガバナハンドルとクラッチハンドルにより、増減速及びクラッチの切替えを制御するようになっていた。
クラッチは、一定方向に回転する主機の入力を受け、前進用歯車又は後進用歯車を選択してプロペラ軸の回転方向を切り替えるもので、歯車選択のための前後進切替弁の軸を中立位置から前進側、後進側に各々最大45度の操作角度で回転するようになっていた。
クラッチの遠隔制御(以下「クラッチリモコン」という。)は、操縦スタンドでのクラッチハンドルの操作を静油圧式の油圧回路を通して前後進切替弁に伝えるもので、クラッチハンドルを取り付けた起動部、前後進切替弁に接続された受動部、起動部と受動部の両シリンダ出口の前進側と後進側とを相互につなぐ2本の油圧配管(以下「油圧配管」という。)で構成され、起動、受動両部とも直径30.18ミリメートル(以下「ミリ」という。)のピストンを有し、ラックアンドピニオン機構で動作を変換するようになっていた。
起動部は、クラッチハンドルを中立位置から前後進両側に最大45度ずつ回転させてピストンを動かし、シリンダから前後進ともに各10.5ミリリットルの油量を移動させるもので、本体のピニオンから上の部分が内容量約200ミリリットルの作動油タンクとなっていて、ピストン中央部には同タンクとの補給穴とチェック弁を設け、後進側油圧配管内が負圧になると作動油が補給されるようになっていた。
受動部は、油圧配管を通して移動してきた作動油をシリンダ内のピストンで受け、その動きを出力軸の回転とし、同軸がリンクを介して前後進切替弁を回転するもので、同軸の回転を中立、前進及び後進の各位置に相当するリミットスイッチで検出し、クラッチの状態を操縦スタンドの表示灯で表示するようになっていた。
起動、受動両部のピストンは、作動油の温度変化ないしはピストンのOリングからの漏れで対応する位置のずれを生ずることがあるが、調相弁ハンドルを操作して、起動部に内蔵された調相弁を開いて同部ピストン両側のシリンダを共通とし、クラッチハンドルを動かして受動部のピストン位置に起動部のピストン位置を合わせることにより、ずれを修正することができた。
また、クラッチは、前後進切替弁の前進または後進の操作角度各45度のうち、標準的に中立位置から前後ともに各16度の角度を超えれば、嵌入(かんにゅう)動作するようになっており、クラッチハンドルの中立から前進側または後進側に各24度回転させた位置にそれぞれ溝が設けてあり、その位置を目安にハンドル操作することができるようになっていた。
(4) 各受審人の就労体制及び船長、機関長各職の引継ぎ状況
鳥羽丸は、船長職をとるB、A両受審人、機関長職をとるD、C両受審人、及び甲板員2人の合計6人の乗組員が専属で配置されており、船長、機関長及び甲板員の3人が乗り組んで運航されていて、各職ごとの乗組員がそれぞれ連続する2日間、06時10分から20時30分まで乗船し、次の連続する2日間休暇をとる就労体制で、船長及び機関長の交代日が同じくならないように配乗されていた。
乗船勤務を終えた際に引継ぎ事項があれば、もう1日乗船する船長ないし機関長に伝言を頼むなり、次の船長ないし機関長の自宅に電話を入れるなり、操舵室内の黒板に書き置くなりして伝達されていた。
各2人の船長及び機関長各職の業務分担には、差異はないものの、慣習的にB、D両受審人が中心になって入渠(にゅうきょ)時の監督等保船整備を行っていた。
A受審人は、平成9年4月以来、2日交代で船長として乗り組み、本船の運航に従事しており、12月20日06時10分から21日20時30分までの予定で乗船勤務に就いた。
B受審人は、同年4月以来、2日交代で船長として乗り組み、本船の運航に従事していたところ、12月19日20時30分2日間の乗船勤務を終えて下船した。
C受審人は、同年4月以来、2日交代で機関長として乗り組み、本船の機関の運転管理に従事しており、12月21日06時10分から22日20時30分までの予定で乗船勤務に就いた。
D受審人は、本船の就航以来2日交代で機関長として乗り組み、機関の運転管理に従事していたところ、同年12月20日20時30分2日間の剰働務を終えて下船した。
(5) 指定海難関係人
E指定海難関係人は、鳥羽市の所有する定期旅客船に船長として27年ほど乗船したのち、平成7年4月運航管理者に選任され、以来鳥羽丸ほか6隻の同旅客船の運航及び旅客輸送の安全に関する業務全般を統括していたが、機関に異状があったとき、機関長が直接修理業者に修理を発注し、修理完了後に報告を受ける修復整備手順をとっていたものの、このことを黙認しており、また、着桟前に機関の後進テストを行うなど、不測の事態に備えて着桟前の減速措置を十分に行う操船方法をとるよう船長に指導しておらず、乗組員に対し、運航の安全を確保するための指導を徹底していなかった。
(6) 船体振動等
推進器は、直径1.35メートル、ピッチ0.96メートル、翼数3枚の固定ピッチプロペラで、主機回転数の3.5分の1で回転し、全速力前進が機関回転数毎分1,700で13.0ノット、半速力前進が毎分1,300で10.0ノット、微速力前進が毎分900で7.0ノット、極微速力前進が毎分550で4.3ノット、中立が毎分550で、危険回転数の範囲が毎分1,500ないし1,600であったが、毎分1,000以上になると船体振動が激しく、その影響で船体各所の小ねじの緩みなどの不具合が起こることがあった。
(7) 油圧配管
油圧配管は、内径4ミリ外径8ミリの銅管で、金属製帯板により前後進両側2本を一定の間隔で束ねて船体構造物に直接固定し、操縦スタンドから前部客室下の空所及び機関室下部を経て、距離約15メートル、高低差約4メートルのクラッチまで敷設されていた。
ところで油圧配管は、受動部から0.57メートル起動部寄りの、金属製帯板で主機関据付架台に固定された前後進両側の接触部分が、長さ約70ミリにわたって、推進器に起因する船体振動により、長期間、互いに擦れ合って摩耗し続け、徐々に肉厚が減少していた。
また、起動、受動両部の前後進両側にエア抜弁が設置されていて、油圧配管に漏油があった際には、同弁に油圧ポンプを連結して圧力を加えるなどすれば、目視により漏油箇所を容易に発見できるようになっていた。
(8) 油圧配管の破孔(はこう)の進行状況と各受審人の対応
鳥羽丸は、平成9年8月中旬、船体振動で互いに擦れ合い肉厚が徐々に減少していた油圧配管のうち、後進側油圧配管にピンホール程度の破孔を生じ、クラッチハンドルを後進側に操作すると、同配管の圧力上昇で破孔から作動油が漏洩(ろえい)し、受動部ピストンが起動部ピストンに同期して後進側に移動せず、その位置が前進側にずれた状態(以下「位相ずれ」という。)を生じ、一方、クラッチハンドルを前進に操作するたびに起動部の後進側シリンダに戻る同油が少ないために作動油タンクから補給されるので、同タンクの油量が減少するようになった。
B受審人は、そのころ、発航前点検で作動油タンクを点検し油量が減少していることに気付き、D受審人にクラッチリモコンの点検を指示し、自らも前部客室下の空所内の油圧配管を目視により点検したが、漏洩箇所を特定できず、その後も2回ほど点検したものの異状を発見することができないまま、約1週間ごとに約30ミリリットルずつ補油を繰り返し、かつ、位相ずれが多くなるたびに調相弁を開いて修正しながら、また、幾度となくD受審人に修理業者による点検修理を督促しながら運航を続けた。
D受審人は、作動油が減少することをB受審人から8月中旬に告げられ、機関室内の油圧配管を目視により3回ほど点検したが、作動油がほぼ透明であることもあって漏洩箇所を特定することができず、同油の減少が緩慢であったことから、油面が起動部のピニオンより上にあるよう補油しながら運航すれば大丈夫と思い、C受審人と連携して油圧配管のエア抜弁から油圧をかけるなどして詳細な点検を行うことなく、後進側油圧配管に破孔が生じていることに気付かず、そのまま運転を続けると、いずれ破孔が拡大してクラッチリモコンによる機関操作が不能となることに思い及ばなかった。
D受審人は、その後一度修理業者に助言を求めただけで、原因がわからず、修理するに至っていなかったことから、E指定海難関係人に作動油が減少することを報告せず、さらに修理業者による点検修理をB受審人から指示されたものの、目視による点検で異状が見付からなかったことと、起動部のピニオンまで油面が減少することがなかったこととから、依然修理業者に点検修理を発注しないまま、運航を続けた。
C受審人は、作動油が減少することと位相ずれが生ずることとをB受審人から告げられ、機関室内の油圧配管を目視により点検したものの、漏洩個所を特定することができず、作動油タンクが操舵室に備えられていたことから、船長の管轄で、船長が補油しながら運航するものと思い、D受審人と連携してエア抜弁から油圧をかけるなどの方法で油圧配管の詳細な点検を行うことなく、後進側油圧配管に破孔が生じていることに気付かず、そのまま運転を続けると、いずれ破孔が拡大してクラッチリモコンによる機関操作が不能となることに思い及ばず、E指定海難関係人に異状の報告を行うこともしなかった。
A受審人は、同乗したD受審人から点検したものの漏油個所を特定できなかったことを引き継ぐよう言われて作動油が減少することを知り、作動油タンクの油量を時々点検し、位相ずれが多くなるたびに調相弁を開いて修正しながら運航を続けていた。
クラッチリモコンは、A、B両受審人によって作動油の補油と位相ずれの修正が繰り返され、前後進切替弁の操作角度も最低限度を超えていたのでクラッチの嵌入・離脱がクラツチハンドルの操作どおりに作動していたが、12月初旬には破孔がさらに拡大し、1日に2ないし3度の位相ずれの修正を要するようになり、補油もほぼ毎日行われ、同月19日には発航前検査時と、運航終了時の2回数ミリリットルずつの補油が行なわれたものの、依然漏洩箇所の詳細な点検措置がとられなかった。
(9) 佐田浜桟橋
鳥羽丸等鳥羽市営定期船の着桟する佐田浜桟橋は、北方に延びる長さ約200メートルの鳥羽港東防波堤(以下「東防波堤」という。)と、西側の陸岸とで囲まれた小型船舶用船溜(だま)りに、同防波堤基部より西方に延びる長さ約135メートルの岸壁(以下「岸壁」という。)から約10メートル離して、岸壁にほほ直角に設置された浮桟橋3基のうちの中央の長さ約20メートル幅約8メートルの浮桟橋が当てられ、連絡橋を介して岸壁と連絡されていた。
(10) 衝突に至る経過
鳥羽丸は、中之郷桟橋に係留中のところ、C受審人ほか1人が乗り組み、同月21日06時10分機関を始動し、同時35分A受審人が乗船し、当日の運航を開始した。
A受審人は、離桟間際に乗船したこともあって、作動油の検油を行わないまま、とりあえず位相ずれの調整を行って坂手漁港に回航し、同漁港で再び同調整を行い、06時45分同漁港発から鳥羽港との間を4往復半定時運航したあと、鳥羽港と答志島間の航路につき、09時54分答志漁港に入港した。
A受審人は、答志漁港入港時に位相ずれを認めたので、停留中に3回目の調整を行い、10時15分同漁港を折り返し、途中和具漁港に寄せ、乗客65人を乗せ、船首0.6メートル船尾2.2メートルの喫水をもって、10時30分同漁港を発し、佐田浜桟橋に向かった。
A受審人は、出港操船に引き続いて船橋当直につき、10時35分和具漁港入口付近で入港する漁船を避けるためにクラッチハンドルを後進に操作し、後進側油圧配管の破孔からの作動油の漏洩により位相ずれを生じながら辛うじてクラッチが後進に切り替わったものの、全速力後進としたのち、再びクラッチハンドルを前進側に操作したところ、さらに拡大した破孔から同配管内に空気が侵入し、起動部の後進側への操作が受動部に伝達されにくくなり、クラッチの後進切替えが不能な状況になったが、このことに気付かないまま、全速力前進とし13.0ノットの対地速力で、菅島水道を西航し、同時45分少し前東防波堤灯台から072度1.1海里の地点において針路を256度に定め、同灯台の北方に向け手動操舵により進行した。
A受審人は、10時50分少し前東防波堤灯台から002度145メートルの地点において、佐田浜桟橋に向けてゆっくりと左転を開始し、機関を半速力前進とし、行きあしを逓減(ていげん)しながら続航した。
A受審人は、10時50分東防波堤から305度90メートルの地点において、佐田浜桟橋北端まで240メートルに近付いたとき、210度に向首し、12.0ノットの前進行きあしで進行中、作動油の減少量と位相ずれを調整する回数が以前より増えてることを知っていたが、答志漁港で位相ずれを調整したことと、それまでクラッチリモコンが後進不能となることがなかったことから大丈夫と思い、同桟橋に接近する前に、その作動を確認する意味も含めて、機関を一旦後進にかけるなと不測の事態に備え時間的、距離的余裕をもって安全に同桟橋に接近できるよう速力を十分に減殺することなく、いつもと同じように微速力前進に減じただけで続航した。
A受審人は、佐田浜桟橋の西側に入船左舷付けで係留する予定で、船首にC受審人を、後部に甲板員をそれぞれ配置し、着桟が終了するまで着席しておくよう船内に放送を流し、10時50分半わずか過ぎ8.9ノットの行きあしで同桟橋北端に70メートルに接近したとき、機関を極微速力前進に減じて進行し、同時51分少し前7.7ノットとなった行きあしで同桟橋北端に25メートルに接近したとき、針路を岸壁に直角となる165度とし、クラッチハンドルを中立として続航した。
A受審人は、10時51分わずか前6.5ノットの行きあしとなり、操舵室が佐田浜桟橋北端に並航して岸壁まで30メートルに接近したとき、クラッチハンドルを後進に操作したところ、後進側油圧配管の破孔から作動油が漏れて位相ずれを生じていたことと、同配管内に空気が進入していて起動部の操作が受動部に伝達されなかったことから、クラッチが後進に嵌入せず、船体振動等に変化がないことから後進に切り替わらないことに初めて気付き、あわてて何回か同ハンドルを中立と後進とに切り替える操作を行ったものの、機関が後進にかからず、行きあしを減殺することができないまま岸壁に向かって進行し、船内放送により安全確保をするよう乗客に通知する余裕もないまま、10時51分東防波堤灯台から204度240メートルの地点において、165度に向いた鳥羽丸の船首が機関中立で5.0ノットの行きあしのまま、佐田浜桟橋取付け部の岸壁に直角に衝突した。
当時、天候は晴で風力4の北北西風が吹き、潮候はほぼ高潮時であった。
衝突の結果、鳥羽丸は船首水線上に破口を、岸壁に擦過傷をそれぞれ生じ、船体はのち修理され、下船準備のため乗降口のある中央部客室付近に集まっていた乗客20人が衝突の衝撃で転倒し、骨折や打撲傷等を負った。
(11) 事後の措置
E指定海難関係人は、本件後、鳥羽市所有の旅客船全船に対して、発航前の点検結果及び異状を点検結果報告書の提出によって確実に運航管理者に報告させることを乗組員に改めて指導し、異状があれば、直ちに乗組員と協議、検討して措置を講じることとし、着桟前に後進テストを行って、クラッチリモコンの作動を確認するとともに、着桟時の行きあしを十分に減殺する操船方法をとることを船長に指導し、油圧配管の点検を行い、油圧配管と金属製帯板との間にパッキンを挿入し、鳥羽丸については、推進器による振動を防止するため、ハイスキュードプロペラに換装した。

(原因)
本件岸壁衝突は、発航前点検など主機の運転管理にあたって、主機遠隔操縦装置の作動油の減少を認めた際、同装置の油圧配管の点検が不十分で、後進側油圧配管に破孔が生じたまま運航されたこと、及び佐田浜桟橋に着桟する際、着桟前の減速装置が不十分で、クラッチの後進への切替えが不能となったまま同桟橋に向けて進行したことによって発生したものである。
運航管理者が乗組員に対し、運航の安全を確保するための指導を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
A受審人は、佐田浜桟橋に着桟する場合、主機遠隔操縦装置の作動油の減少量と位相ずれを調整する回数が以前より増えたことを知っていたのであるから、着桟前に機関の後進テストを行うなどして、不測の事態に備えて着桟前の減速措置を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、答志漁港で位相ずれを調整したばかりであったことと、それまで同装置が後進不能となることがなかったことから大丈夫と思い、着桟前に機関の後進テストを行うなどして、不測の事態に備えて着桟前の減速措置を十分に行わなかった職務上の過失により、行きあしを減じないまま同桟橋に接近し、同桟橋の至近でクラッチハンドルを後進に操作したものの、同装置が後進に作動しない状況となっていて、後進にかからず、行きあしを減殺することができないまま進行し、同桟橋取付け部の岸壁との衝突を招き、鳥羽丸の船首を圧壊し、岸壁と擦過傷を生じさせ、乗客20人に骨折等を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C受審人は、D受審人と交互に2日交替で。鳥羽丸の機関長として機関の運転管理に従事し、発航前点検で主機遠隔操縦装置の作動油が減少していることを船長から告げられた場合、D受審人と連携し油圧配管に圧力をかけて漏洩箇所を探すなど同装置の油圧配管を十分に点検すべき注意義務があった。しかし、C受審人は、作動油タンクが操舵室に備えられていたことから、船長が保守管理するものと思い、作動油の減少の続く同装置の油圧配管をD受審人と連携して十分に点検しなかった職務上の過失により、同装置の後進側油圧配管に破孔を生じていることに気付かないまま運航が続けられ、同装置が後進に作動せず、岸壁との衝突を招き、前示の船体損傷等及び乗客負傷を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
D受審人は、C受審人と交互に2日交替で鳥羽丸の機関長として機関の運転管理に従事し、発航前点検で船長から主機遠隔操縦装置の作動油が減少することを告げられた場合、C受審人と連携して油圧配管に圧力をかけて漏洩箇所を探すなど同装置の油圧配管を十分に点検すべき注意義務があった。しかし、D受審人は、幾度か目視により油圧配管の点検をして異状を発見できなかったことと、漏洩量が微量であると思ったことから、油面がピニオンまで低下しないよう補油しておれば大丈夫と思い、作動油の減少の続く同装置の油圧配管をC受審人と連携し十分に点検しなかった職務上の過失により、同装置の後進側油圧配管に破孔を生じていることに気付かないまま運航が続けられ、同装置が後進に作動せず、岸壁との衝突を招き、前示の船体損傷等及び乗客負傷を生じさせるに至った。
以上のD受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
E指定海難関係人は、運航管理者として鳥羽市の島嶼と鳥羽港との間の定期旅客船の運航管理に携わる際、乗組員に対し、運航の安全を確保するための指導が十分でなかったことは、本件発生の原因となるが、本件後に発航前の点検結果及び異状を点検結果報告書の提出によって確実に運航管理者に報告させることを乗組員に改めて指導し、異伏があれば、直ちに乗組員と協議、検討して措置を講じる体制を確立するなどして運航管理体制を強化したほか、着桟前の後進テストの励行を指示するなど、同種事故の再発防止に努めた点に徴し、勧告するまでもない。
B受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION