日本財団 図書館




1999年(平成11年)

平成10年広審第36号
    件名
貨物船雄成丸貨物船妙宝丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成11年5月11日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

織戸孝治、釜谷獎一、杉崎忠志
    理事官
川本豊

    受審人
A 職名:雄成丸船長 海技免状:四級海技士(航海)
B 職名:妙宝丸船長 海技免状:五級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
雄成丸…球状船首先端等に凹損
妙宝丸…左舷後部に破口

    原因
雄成丸、妙宝丸…狭視界時の航法(速力)不遵守

    主文
本件衝突は、雄成丸が、視界制限状態における運航が適切でなかったことと、妙宝丸が、視界制限状態における運航が適切でなかったこととによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年4月6日09時40分
三重県大王埼南西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 貨物船雄成丸 貨物船妙宝丸
総トン数 430トン 199トン
全長 55.70メートル
登録長 56.53メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット 625キロワット
3 事実の経過
雄成丸は、主に瀬戸内海及び太平洋沿岸の国内各港間の液体化学薬品の輸送に従事する船尾船橋型ケミカルタンカー兼油タンカーで、A受審人ほか5人が乗り組み、空倉のまま、船首1.2メートル船尾3.4メートルの喫水をもって、平成9年4月5日16時15分大阪港を発し、京浜港に向かった。
A受審人は、船橋当直を単独4時間3交代制に定め、自らは8時から12時及び20時から24時の時間帯の当直に当たることとしており、翌6日07時45分大王埼灯台から228度(真方位、以下同じ。)25.8海里の地点で当直に就き、針路を054度に定め、自動操舵により、機関を全速力前進にかけて10.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
08時50分A受審人は、霧により視界が狭められる状況となったので、自動吹鳴装置による霧中信号を開始するとともに航行中の動力船の灯火を表示し、折から視界が悪化したことを知って昇橋した機関当直中の機関長を見張りに就けて続航した。
09時13分大王埼灯台から219度10.6海里の地点で、A受審人は、船首右舷4度7.7海里のところに妙宝丸のレーダー映像を初認し、以後同船をレーダー監視しながら進行した。
A受審人は、09時32分大王埼灯台から212度7.5海里の地点に達したとき、船首右舷3度2.1海里のところに妙宝丸のレーダー映像を見るようになり、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況であることを知ったが、妙宝丸が自船の船首方を左に何とか航過するものと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めることもしないまま続航中、同時36分ごろ船首方近距離に接近した妙宝丸のレーダー映像を見て、衝突の危険を感じ、機関を中立として惰力で進行中、同時40分少し前船首少し右力約100メートルのところに同船を視認し、全速力後進、右舵一杯とするも及ばず、雄成丸は、09時40分大王埼灯台から208度6.4海里の地点において、船首が約064度を向き、その船首部が妙宝丸の左舷後部にほぼ直角に衝突した。
当時、天候は霧で風力2の南西風が吹き、視程約100メートルで、潮候は下げ潮の末期であった。
また、妙宝丸は、主に瀬戸内海、博多港及び京浜港の各港間の鋼材輸送に従事し、ベッカーラダーを装備する船尾船橋型貨物船で、B受審人、C機関長ほか2人が乗り組み、鋼材562トンを積載し、船首2.2メートル船尾3.4メートルの喫水をもって、同月5日14時30分京浜港東京区を発し、広島県呉市天応に向かった。
ところでB受審人は、船橋当直を単独4時間3交代制に定め、時計の0時から4時の間を機関員に、同8時から0時の間をC機関長に担当させ、同4時から8時の間を自らが当たることとしていた。
C機関長は、翌6日07時55分大王埼灯台から078度11.5海里の地点で当直に就き、航行中の動力船の灯火を表示したまま針路を240度に定め、自動操舵により、機関を全速力前進にかけて11.0ノットの速力で進行した。
08時55分大王埼灯台から152度3.5海里の地点に至り、C機関長は、霧により視界が狭められる状況となったので、機関を半速力前進に減速するとともに船内電話によりB受審人にその旨を連絡して、霧中信号を手動により適宜吹鳴しながら7.0ノットの速力で続航した。
電話連絡を受けたB受審人は、直ちに昇橋してC機関長を見張りに当たらせて操船指揮に就き、09時20分反航船を替わすため操舵を手動操舵に切り替え、針路を10度右に転じ、同時22分原針路の240度に戻して航行中、同時30分船首わずか左2.7海里のところに雄成丸のレーダー映像を初認したので、同船との航過距離を拡げるつもりで再度針路を10度右に転じ、同時32分大王埼灯台から203度5.6海里の地点に達したとき、原針路に復し、以後同船をレーダー監視しながら進行した。
B受審人は、原針路に復したとき、雄成丸のレーダー映像を船首左舷3度2.1海里のとごろに認めるようになり、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況であることを知ったが、前示のとおり自船が右方に寄ったから雄成丸と左舷を対して何とか航過できるものと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めることなく続航中、同時40分少し前船首少し左方約100メートルのところに同船を視認し、右舵一杯、機関を全速力後進とするも及ばず、妙宝丸は、約334度を向首してほぼ原速力のまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果、雄成丸は、球状船首先端等に凹損を、妙宝丸は、左舷後部に破口を生じたが、のちいずれも修理された。

(原因)
本件衝突は、雄成丸及び妙宝丸の両船が、霧により視界制限状態となった大王埼南西方沖合を航行中、東行する雄成丸が、レーダーで前路に探知した妙宝丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかったことと、西行する妙宝丸が、レーダーで前路に探知した雄成丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかったこととによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、霧により視界制限状態となった大王埼南西方沖合を東行中、船首右方に妙宝丸のレーダー映像を認め、同船と著しく接近することを避けることができない状況となったことを知った場合、針路を保つことができる最小限度の速力に減じ、また、必要に応じて行きあしを止めるべき注意義務があった。しかるに、同人は、妙宝丸が自船の船首方を左に何とか航過するものと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかった職務上の過失により、妙宝丸との衝突を招き、雄成丸の球状船首先端等に凹損を生じさせ、妙宝丸の左舷後部に破口を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、霧により視界制限状態となった大王埼南西方沖合を西行中、船首左方に雄成丸のレーダー映像を認め、同船と著しく接近することを避けることができない状況となったことを知った場合、針路を保つことができる最小限度の速力に減じ、また、必要に応じて行きあしを止めるべき注意義務があった。しかるに、同人は、自船が右方に寄ったから雄成丸と左舷を対して何とか航過できるものと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかった職務上の過失により、雄成丸との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。

参考図






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION