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1999年(平成11年)

平成10年神審第124号
    件名
貨物船大全丸貨物船第二十八神宝丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成11年8月27日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

工藤民雄、佐和明、米原健一
    理事官
竹内伸二

    受審人
A 職名:大全丸次席一等航海士 海技免状:四級海技士(航海)(旧就業範囲)
B 職名:第二十八神宝丸船長 海技免状:四級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
大全丸…右舷沖央部外板に亀裂を伴う凹損、バラストタンクに浸水
神宝丸…左舷船首部に凹損

    原因
大全丸、神宝丸…狭視界時の航法(速力)不遵守

    主文
本件衝突は、大全丸が、視界制限状態における運航が適切でなかったことと、第二十八神宝丸が、視界制限状態における運航が適切でなかったこととによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年5月16日02時10分
和歌山県市江崎沖合
2 船舶の要目
船種船名 貨物船大全丸 貨物船第二十八神宝丸
総トン数 499トン 199トン
全長 74.43メートル 57.84メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 1,471キロワット 735キロワット
3 事実の経過
大全丸は、北海道から京浜または阪神方面へ小麦などの輸送に従事する船尾船橋型の鋼製貨物船で、船長D及びA受審人ほか3人が乗り組み、小麦1,400トンを載せ、船首3.00メートル船尾4.30メートルの喫水をもって、平成9年5月12日10時30分北海道網走港を発し、神戸港に向かった。
D船長は、発航後、船橋当直を自らを含めてA受審人及び一等航海士の3人による単独4時間交替の3直制として本州東岸沿いに西行し、越えて同月16日00時00分紀伊半島南端の潮岬灯台から180度(真方位、以下同じ。)2.4海里の地点で、針路を290度に定めたとき、当直交替のため昇橋していたA受審人に当直を引き継ぐこととし、同人に対し、視界が制限される状況となったときや不安があるときには速やかに報告するよう指示して降橋した。
こうしてA受審人は、単独で船橋当直に就き、引き継いだ290度の針路とし、機関を全速力前進にかけ、11.1ノットの対地速力で、航行中の動力船の灯火を表示して自動操舵により進行した。
01時34分ごろA受審人は、市江埼南方の転針予定地点の2海里ほど手前でレーダーを見たとき、予定針路線付近に数隻の反航船の映像を認めたので、同一針路のまま同也点を通過し、間もなく霧模様となって視程が1.5海里以下に狭められる状況となり、D船長から視界が悪くなったら早めに報告するよう指示を受けていたが、しばらくは自分で操船しても大丈夫と思い、同船長に視界が悪くなったことを報告せず、また霧中信号を行うことも、安全な速力とすることもしなかった。
A受審人は、01時48分市江埼灯台から192度4.4海里の地点で、自動操舵のまま312度の針路に転じて進行するうち、02時02分ごろ視程が更に狭まり約300メートルになったが、レーダー監視に気をとられ、なおもD船長に報告しないでいるうち、同時04分同灯台から231度3.8海里の地点に達したとき、3海里レンジとしたレーダーで右舷船首5度2.0海里に反航する第二十八神宝丸(以下「神宝丸」という。)の映像を初めて探知した。
その後、A受審人は、神宝丸の方位がほとんど変わらず、同船と著しく接近することを避けることができな状況となったことを知ったが、速やかに針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも、必要に応じて行き脚を停止することもせず、左転によって同船を右舷に替わそうと思い、02時06分同船が右舷船首5度1.3海里に接近したとき、自動操舵のまま10度左転し、302度の針路として続航した。
そして、A受審人は、レーダーを監視しているうち、神宝丸の映像がレーダーの中心部に寄ってくるので不安を覚え、02時09分半少し前操舵を手動に切り替えて左舵20度をとって回頭中、右舷方近距離に同船の紅、白2灯を視認し、なんとか船尾方に替わせるのではないかと考えて回頭を続けたが及ばず、02時10分市江埼灯台から246度4.3海里の地点において、大全丸は船首が270度を向き、約10ノットの対地速力となったとき、その右舷中央部に神宝丸の船首が後方から75度の角度で衝突した。
当時、天侯は霧で風力1の南西風が吹き、潮候は下げ潮の初期にあたり、視程は約300メートルであった。
また、神宝丸は、最大舵角70度までとることのできるシリングラダーを装備した船尾船橋型の鋼製貨物船で、B受審人及びC指定海難関係人ほか1人が乗りり組み、GFクレーと称する袋入石粉678トンを載せ、船首2.60メートル船尾3.75メートルの喫水をもって、同月15日14時45分広島県福山港を発し、京浜港東京区に向かった。
B受審人は、発航後、船橋当直を自らを含めて乗組員3人による単独4時間交替の3直制として瀬戸内海に続き紀伊水道を南下し、23時55分紀伊日ノ御埼灯台から180度2.9海里の地点において、昇橋した当直員の認定を受けレーダー級海上特殊無線技師の資格を有するC指定海難関係人に当直を引き継ぐこととしたが、視界が狭められれば適宜報告してくれるものと思い、具体的に視程を明示し、視界が制限される状況になったときには確実に報告するよう指示することなく、当直を委ねて降橋した。
こうしてC指定海難関係人は、単独で船橋当直に就き、引き継いだ140度の針路とし、機関を全速力前進にかけ、0.5ノットの対地速力で、航行中の動力船の灯火を表示して自動操舵により進行した。
翌16日01時15分ごろC指定海難関係人は、田辺港西方沖合に達したころ、霧のため視程が0.5ないし1海里に狭められる状況となったが、良くなったり悪くなったりしていたことから、この程度なら大丈夫と思い、速やかにB受審人に報告することなく、霧中信号を行ったり、また安全な速力に減じたりする措置がとられないまま続航した。
C指定海難関係人は、01時20分番所鼻灯台から250度5.2海里の地点に達したとき、行会い船との会合を避けるつもりで少し沖出しすることとし、自動操舵のまま5度右転し、145度の針路としてレーダーの監視に当たって進行した。
01時52分C指定海難関係人は、市江埼灯台から276度5.4海里の地点に達したとき、6海里レンジとしたレーダーで、左舷船首7度6.0海里に大全丸の映像を初めて探知し、間もなく同船が西行して反航することを知り、このころ視界が急激に狭められ、視程が約300メートルになったが、なおもB受審人に報告しないで続航した。
こうして神宝丸は、02時04分市江埼灯台から258度4.4海里の地点に達したとき、大全丸が左舷船首7度2.0海里に接近し、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが、B受審人は報告が得られず、昇橋してレーダー監視に当たることができなかったので、この状況に気づかず、速やかに針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも、必要に応じて行き脚を停止することもできないまま進行した。
その後、C指定海難関係人は、手動操舵に切り替えてレーダーを見ているうち、大全丸の映像がレーダーの中心部に寄ってくるので、02時07分半両船間の距離が0.8海里になったとき、右転して同船を左舷に替わそうと思い、針路を160度に転じて左舷前方を見張っていたところ、同時09分半左舷船首近距離に大全丸の白、白、緑3灯を認め、汽笛で長音1回を吹鳴した後、急いで右舵50度をとり、機関を全速力後進にかけたが及ばず、神宝丸は、船首が195度を向いたとき、約8ノットの対地速力をもって、前示のとおり衝突した。
自室で休息していたB受審人は、汽笛音で目覚め、間もなく衝撃を感じ、急いで昇橋して衝突を知り、事後の措置に当たった。
衝突の結果、大全丸は右舷中央部外板に亀裂を伴う凹損を生じてバラストタンクに浸水し、神宝丸は、左舷船首部に凹損を生じたが、のちいずれも修理された。

(原因)
本件衝突は、夜間、両船が霧のため視界が制限された紀伊半島西岸市江崎沖合を航行中、西行する大全丸が、安全な速力とせず、レーダーにより前路に認めた神宝丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また必要に応じて行き脚を停止しなかったことと、東行する神宝丸が、安全な速力とせず、レーダーにより前路に認めた大全丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また必要に応じて行き脚を停止しなかったこととによって発生したものである。
神宝丸の運航が適切でなかったのは、船長が、無資格の船橋当直者に対して視界制限時の報告についての指示を十分に行わなかったことと、同当直者が、船長に対して視界制限時に報告を行わなかったこととによるものである。

(受審人等の所為)
A受審人は、夜間、霧のた視界が制限された市江埼沖合を西行中、レーダーで前路に認めた神宝丸と著しく接近することを避けることができない状況となったことを知った場合、速やかに針路を保つことができる最小限度の速力に減じ、また必要に応じて行き脚を停止すべき注意義務があった。ところが、同人は、左転によって同船と右舷を対して航過できるものと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また必要に応じて行き脚を停止しなかった職務上の過失により、全速力のまま進行して神宝丸との衝突を招き、大全丸の右舷中央部外板に亀裂と凹損を、また神宝丸の左舷船首部に凹損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、夜間、紀伊半島西岸沖合を東行中、無資格の部下に船橋当直を行わせる場合、視界が制限される状況となったとき、自ら操船の指揮がとれるよう、視界が狭められたときの報告について、具体的に視程を明示し、視界力制限される状況になったときには確実に報告するよう指示すべき注意義務があった。ところが同人は、視界が狭められれば適宜報告してくれるものと思い、視界が狭められたときの報告について、具体的に視程を明示し、視界が制限される状況になったときには確実に報告するよう指示しなかった職務上の過失により、視界が制限される状況となったとき報告が得られず、自ら操船の指揮をとることができないまま進行して大全丸との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C指定海難関係人が、夜間、市江埼沖合を航行中、視界が制限される状況となった際、船長に報告しなかったことは、本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。

参考図






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