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1999年(平成11年)

平成11年横審第23号
    件名
漁船和丸貨物船オラン ベラニ衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成11年8月20日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

長浜義昭、勝又三郎、吉川進
    理事官
小金沢重充

    受審人
A 職名:和丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
和丸…船首部を圧壊、船長が歯槽骨折等、甲板員が頭部挫創等
オ号…左舷側中央部外板に擦過傷

    原因
和丸…居眠り運航防止措置不十分、船員の常務(新たな危険)不遵守(主因)
オ号…見張り不十分、警告信号不履行、船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

    主文
本件衝突は、和丸が、居眠り運航の防止措置が不十分で、新たな衝突のおそれを生じさせたことによって発生したが、オラン ベラニが、見張り不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年7月14日06時03分
愛知県三河湾
2 船舶の要目
船種船名 漁船和丸 貨物船オラン ベラニ
総トン数 4.2トン 5,615.00トン
全長 100.17メートル
登録長 11.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 2,500キロワット
漁船法馬力数 90
3 事実の経過
和丸は、刺網漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人ほか1人乗り組み、操業の目的で、船首0.3メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、平成9年7月13日17時30分愛知県福江漁港を発し、その北方沖合約4海里の三河湾内の漁場に至って車えび漁を行い、翌14日03時30分操業を終え、04時00分同県西幡豆漁港に寄せて水揚げをすませ、05時45分帰途についた。
ところで、A受審人は、13日までの5日間夕刻に出港して徹夜で刺網漁を行い、翌朝西幡豆漁港で水揚げしたのち帰港し、09時ごろから15時ごろまで休息する就労状況で連日操業を行っていて、当時疲労が蓄積していたうえ、更に13日が日曜日であったこともあって、就寝中に電話や訪問客の応対などで度々起こされ、十分な睡眠がとれていなかった。
こうしてA受審人は、西幡豆漁港発進時から単独で船橋当直にあたり、05時53分少し前佐久島東灯標から047度(真方位、以下同じ。)3.7海里の地点で、東ノ島灯浮標を左舷側に通過したころ、針路を188度に定め、機関を全速力前進にかけ21.0ノットの対地速力として手動操舵で進行し、そのころ、連日の徹夜操業による疲労と、睡眠不足の状態であることを感じていたが、20分足らずで福江漁港に入港するので、居眠りすることはあるまいと思い、水揚げ前から休息させていた甲板員を見張りにつけて2人当直とするなど居眠り運航防止の措置をとることなく続航し、その後いつしか居眠りに陥った。
A受審人は、05時58分居眠りしたまま、舵輪がわずか左にとられた状態で徐々に左回頭を始め、同時59分少し前佐久島東灯標から078度2.5海里の地点で、183度に向首したとき、右舷船首9度2.0海里に自船と進路の交差する態勢で東航するオラン ベラニ(以下「オ号」という。)を初めて視認することができる状況であったが、このことに気付かなかった。
A受審人は、06時01分少し前175度に向首してオ号が右舷船首10度1.0海里に接近し、この針路のままで進行すれば、前路約1,100メートルをオ号が無難に航過する状況であったところ、依然左転が続いていたので、オ号と新たな衝突のおそれを生じさせたが、居眠りを続けていて、速やかに舵を中央に戻すなと同船を避ける措置をとらないまま続航し、06時03分佐久島東灯標から109度3.0海里の地点において、突然衝撃を感じ、原速力のまま、136度に向首した和丸の船首が、オ号の左舷側中央部に、後方から70度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力2の北北西風が吹き、潮候はほぼ低潮時で、視程はもやのため約3海里であった。
また、オ号は、船尾船橋型の鋼製貨物船で、船長Bほか中国人及びインドネシア人19人が乗り組み、合板4,254トンを載せ、船首6.12メートル船尾7.15メートルの喫水をもって、同月12日16時48分鹿児島港を発し、愛知県蒲郡港に向かった。
B船長は、翌々14日05時37分佐久島東灯標から206度4.5海里の地点において、針路を057度に定め、機関を全速力前進にかけ13.1ノットの対地速力とし、自ら操船指揮にあたり、一等航海士を見張りに、操舵手を手動操舵にそれぞれつけて進行した。
B船長は、05時59分少し前佐久島東灯標から126度2.5海里の地点に達したとき、左舷船首45度2.0海里に自船と進路の交差する態勢で南下中の和丸を初めて視認することができる状況であったが、左方の見張りを十分に行っておらず、このことに気付かなかった。
B船長は、06時01分少し前無難にかわる態勢で和丸が左舷船首52度1.0海里に接近し、その後その接近状況から衝突のおそれがあることを認めることができる状況であったが、依然同船に気付かず、警告信号を行うことも、右転するなど同船との衝突を避けるための措置をとることもしないまま続航し、同時02分少し前左舷船首56度0.5海里に接近した和丸にようやく気付き、同時03分少し前和丸が左舷船首至近に接近したとき、初めて衝突の危険を感じ、右舵一杯を令したものの及ばず、原速力のまま、066度に向首して前示のとおり衝突した。
衝突の結果、和丸は、船首部を圧壊し、オ号は、左舷側中央部外板に擦過傷を生じたが、のちいずれも修理され、A受審人が歯槽骨折等を、和丸甲板員Cが頭部挫創等をそれぞれ負った。

(原因)
本件衝突は、三河湾において、南下する和丸と東航するオ号との進路が交差する際、和丸が、居眠り運航の防止措置が不十分で、無難に航過する態勢のオ号に対し、徐々に左転して新たな衝突のおそれを生じさせたことによって発生したが、オ号が、見張り不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
A受審人は、水揚げを終え福江漁港に向けて三河湾を南下する場合、連日の徹夜操業で疲労し、かつ、睡眠不足の状態であることを感じていたのであるから、居眠り運航とならないよう、操舵室で仮眠中の甲板員を起こして2人当直とするなど、居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。しかし、同人は、20分足らずで入港するので、居眠りすることはあるまいと思い、居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により、手動操舵で進行中、居眠りに陥り、舵輪がわずか左にとられた状態で徐々に左回頭を続け、進路が交差するも無難にかわる態勢のオ号に対して新たな衝突のおそれを生じさせ、同船を避ける措置をとることなく進行して衝突を招き、和丸の船首部を圧壊し、オ号の左舷側中央部外板に擦過傷を生じ、A受審人が歯槽骨折等等を、C甲板員が頭部挫創等をそれぞれ負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。

参考図






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