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1999年(平成11年)

平成10年神審第66号
    件名
貨物船第二十八三幸丸漁船住吉丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成11年5月11日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

佐和明、工藤民雄、西林眞
    理事官
竹内伸二

    受審人
A 職名:第二十八三幸丸船長 海技免状:五級海技士(航海)(旧就業範囲)
B 職名:住吉丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
三幸丸…左舷側外板に擦過傷
住吉丸…船首部が大破

    原因
三幸丸…居眠り運航防止措置不十分、船員の常務(避航動作))不遵守(主因)
住吉丸…見張り不十分、船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

    主文
本件衝突は、第二十八三幸丸が、居眠り運航の防止措置が不十分で、漁ろうに従事して停留中の住吉丸を避けなかったことによって発生したが、住吉丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aの五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年11月20日13時35分
大阪湾北部
2 船舶の要目
船種船名 貨物船第二十八三幸丸 漁船住吉丸
総トン数 419トン 9.7トン
全長 72.54メートル
登録長 16.60メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット
漁船法馬力数 15
3 事実の経過
第二十八三幸丸(以下「三幸丸」という。)は、主として兵庫県尼崎西宮芦屋港を基地として鋼材の輸送に従事する船尾船橋型貨物船で、A受審人ほか3人が乗り組み、鋼材1,000トンを載せ、船首3.00メートル船尾3.70メートルの喫水をもって、平成8年11月18日09時20分千葉県木更津港を発し、大阪港に向かう航行の途中、時間調整のため、翌19日17時00分乗組員全員の自宅がある徳島県橘港に入港着岸し、翌々20日08時30分同港を発して大阪港に向かった。
A受審人は、橘港入港後自宅に帰って休息をとり、同月20日07時ごろ起床して帰船したもので、睡眠を十分にとっており、発航後引き続き操船に当たり、08時50分ごろ一等航海士に当直を任せて降橋し、09時30分ごろから自室で休息した。
11時35分A受審人は、友ヶ島灯台から346度(真方位、以下同じ。)1.2海里の地点に達したとき、再び昇橋して単独当直につき、針路を040度に定めて自動操舵とし、機関を引き続き全速力前進にかけ、折からの潮流によって約2度右方に圧流されながら10.8ノットの対地速力で進行した。
A受審人は、当時漁船や航行船が付近に見当たらず、慣れた海域を航行中で、天気が良く暖かかったことから気が緩み、操舵スタンド後部に置いた背もたれ付きのいすに腰を掛けて当直に当たっていたところ、113時00分関西国際空港飛行場灯台から342度4.0海里の地点に差し掛かったころから眠気を催し始めた。そして、そのままいすに腰を掛けて当直を続けると居眠りに陥るおそれがあったが、睡眠か十分にとれていたことから居眠りすることはないと思い、いすから離れて外気に当たったり、スイッチが切られていた居眠り防止装置を活用したりするなど、居眠り運航防止の措置をとることなく、引き続きいすに腰を掛けて当直を続けたところ、いつしか居眠りに陥った。
13時29分半A受審人は、堺浜寺北防波堤灯台(以下「北防波堤灯台」という。)から269度7.0海里の地点に達したとき、ほぼ正船首方向1海里のところに、ゆっくりとした速力で南下中の住吉丸を視認でき、同時30分には同船が停留状態となったことを認めることができる状況であったが、居眠りしていてこのことに気付かないまま大阪湾北部を北上した。
13時33分半A受審人は、正船首方向500メートルに近づいた住吉丸が、トロールによる漁ろうに従事していることを鼓型形象物を掲げ、停留して揚網していることを視認できたが、依然居眠りを続け、同船を避けないまま原針路、原速力で続航中、13時35分北防波堤灯台から275度6.3海里の地点において、三幸丸の船首が、住吉丸の右舷船首部にほぼ直角に衝突した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の中央期であった。
A受審人は、衝撃音で目を覚まして衝突を知り、事後の措置に当たった。
また、住吉丸は、法定の音響信号設備を装備していない底引き網漁業に従事するFRP製漁船で、B受審人ほか甲板員1人が乗り組み、同日05時30分大阪府阪南港を発し、同港北西方の漁場に至り、06時ごろから前部のマストにトロールによる漁ろうに従事していることを示す鼓型形象物を掲げて操業を開始した。
ところで、B受審人の行う底引き網漁は、石桁(けた)網漁業と称し、両側に錘(おもり)として石を固定した長さ約1.5メートルの桁に袋網を付けたもの4個をそれぞれワイヤで引くもので、約30分問かけて曳網したのち、機関を中立にして4個を一緒に巻き上げ、網を船内に入れて漁獲物を取り込み、直ちに投網のうえ曳網を開始し、曳網中は同人が見張りを兼ねて操舵に当たり、甲板員が魚の選別作業に従事していた。
こうして、B受審人は、当日十数回の曳網作業を繰り返したのち、13時00分北防波堤灯台から289度6.6海里の地点において、針路を180度に定めて自動擦舵とし、機関をほぼ全速力前進にかけて3.0ノットの対地速力で曳網を再開した。
B受審人は、漁ろうに従事する自船を航行船が避けてくれるものと思い、曳網中も周囲の見張りを十分に行わないまま魚の選別作業を手伝っていたところ、13時29分半右舷船首40度1海里のところに来航する三幸丸を視認できる状態となったが、これに気付かないまま、同時30分前示衝突地点付近においで機関のクラッチを切り、停留して揚網を開始した。
B受審人は、揚網作業とそれに続く漁獲物を船内へ取り込む作業に気を奪われ、依然周囲の見張りを行わないまま、13時33分半三幸丸が避航の気配を見せないで500メートルばかりに接近したが、これに気付かず、速やかに機関を使用して三幸丸との衝突を避けるための措置をとることなく作業を続けていたところ、同時35分少し前、揚網中に船首が左方に振れて130度を向いたとき、右舷正横至近に相手船船首を初めて認め、急いで船尾甲板上に設けられていた主機遠隔操縦装置で機関を全速力後進にかけたが及ばず、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、三幸丸は左舷側外板に擦過傷を生じたのみであったが、住吉丸は船首部が大破し三幸丸に阪南港まで曳航され、のち修理された。

(原因)
本件衝突は、大阪湾北部において、大阪港に向け北上中の三幸丸が、居眠り運航の防止措置が不十分で、漁ろうに従事して停留中の住吉丸を避けなかったことによって発生したが、住吉丸が、見張り不十分で、衝突のおそれがある態勢で接近する三幸丸との衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
A受審人は、単独の船橋当直に当たって大阪湾を北上中、いすに腰を掛けていて眠気を催した場合、居眠り運航とならないよう、いすから離れて外気に当たるなど、居眠り運航防止の措置を行うべき注意義務があった。ところが、同人は、睡眠が十分にとれていたことから居眠りに陥ることはないと思い、いすから離れて外気に当たるなど、居眠り運航防止の措置を行わなかった職務上の過失により、居眠り運航となり、停留状態で揚網作業中の住吉丸を避けずに進行して同船との衝突を招き、三幸丸の左舷側外板に擦過傷を生じさせ、住吉丸の船首部を大破させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B受審人は、大阪湾北部において底引き網漁に従事する場合、周囲の見張りを厳重に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、魚の選別作業と揚網作業とに気を奪われ、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、衝突のおそれがある態勢で接近する三幸丸に気付かず、機関を使用するなどして衝突を避けるための措置をとらず、同船との衝突を招き、前示のとおり両船を損傷させるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。

参考図






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