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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年5月4日13時25分 横須賀港第3区の三笠公園沖 2 船舶の要目 船種船名
旅客船しーふれんど2 総トン数 19トン 全長 17.40メートル 全幅
6.40メートル 単胴幅 1.50メートル(中央) 1.60メートル(左右舷) 機関の種類
ディーゼル機関 出力 838キロワット 3 事実の経過 (1) 船体構造及び推進装置 しーふれんど2(以下「し号」という。)は、平水区域における旅客定員90人の軽合金製旅客船で、上甲板下は、左右両舷胴の間に長さがその半分にあたる中央胴を取り付けた、いわゆるハーフトリマランタィブで、各胴はそれぞれ機関室になっており、上甲板上は、船首から順に、透明アクリル製風防窓で囲まれた天井付きの前部遊歩甲板、客室及び後部暴露部の遊歩甲板が設けられ、いずれも両舷側通路で結ばれ、各所の出入りが自由にできるようになっており、操舵室は、客室の天井前部に位置し、その後部は周囲に手すりを設置した立席用スペースで、乗客乗降口は上甲板左舷後部に設けられていた。 推進装置は、三菱重工業株式会社製MJ505と称するウォータージェット推進器3基が、各機関室にそれぞれ装備され、中央機は前進推力のみで航行中の増速に使用され、操舵操船は左右両舷機に付いているステアリングノズル及びリバースバケットで簡単に前後進、回頭及び横移動ができ、別にステアリングホイールも設置されていたが、通常は使用されていなかった。 (2) 受審人及び指定海難関係人 A受審人は、昭和63年6月有限会社R(以下「R社」という。)に入社し、港湾作業に従事する作業船に乗組むほか、マリンレジャー関係のレスキュー業務に就いていたところ、平成7年7月同社が横須賀(三笠)―猿島間の旅客船不定期航路事業の許可を受け、これを運営することになったとき、同僚数人とともに交替で、し号の船長職をも執るようになった。 B指定海難関係人は、海上自衛隊に入隊し、護衝艦に乗艦したほか航海実務教官を歴任して退官後、プレジャーボート保管業務に携わり平成6年2月からR社の海務部長として勤務し、横須賀(三笠)―猿島間の旅客船不定期航路事業を運営することとなって運航管理者に選任され、船長の職務権限に属する事項以外の船舶の運航及び旅客輸送の安全に関する業務全般を統括していた。 (3) 横須賀港(三笠)―猿島間不定期航路事業 ア 事業の概要 横須賀(三笠)―猿島の航路(以下「猿島航路」という。)は、横須賀港第3区の三笠園桟橋と同港第5区の猿島桟橋間を結ぶ往復総航程3.4キロメートル(約1.8海里)で、標準運行時刻表に従い、三笠発08時30分を第1便として毎時30分に、猿島発08時45分を第1便として毎時45分にそれぞれ出航し、17時00分猿島発の最終便までの往復9便が毎日運航され、その他に行楽シーズンなどで乗客が多いときには、臨時便として他船を使用するうえ、標準運行時刻表とは別に連続ピストン運航が行われていた。 イ 三笠園桟橋 三笠園桟橋は、三笠公園のある陸岸の南端と新港さんばし南西端とを結ぶ陸岸(以下「南西岸」という。)にあって、横須賀港西防波堤灯台(以下「西灯台」という。)から244度(真方位、以下同じ。)1,092メートルの地点を基部として、041度方向に延びる長さ30メートルの幅4メートルのト社専用のもので、その先端から42メート隔てたところに三笠公園側陸岸からT字状に50メートル延びた波除堤が築造されていた。新港さんばし北端から同南西端までの距離は310メートルで、波除堤先端と新港さんばしとの間隔は120メートル、三笠園残橋と新港さんばしとの間隔は南西岸上で95メートルとなっていた。 三笠園桟橋に着桟するには、新港さんばし沿いに入航し、南西岸手前で右回頭したのち、三笠園桟橋の基部から12メートルのところに設けられた乗降用タラップの位置に、し号の左舷後部にある乗降口をあわせるよう原則的に出船左舷着け行われていた。 ウ 猿島桟橋 猿島桟橋は、西灯台から122度840メートルに位置し、猿島南西端から305度方向に設置された長さ50メートルのものであった。 工 運航基準航路 運航基準航路は、三笠園桟橋から適宜新港さんばし沿いに横須賀港南第8号灯浮標(以下、灯浮標の名称については、「横須賀港南」を省略する。)の北側を通り、第5号灯浮標の南側を経て猿島桟橋に向かう針路線の折り返しで運航されていた。 オ 猿島航路開設に伴う事前準備 し号は、平成4年に宮城県石巻市において建造され、同7年5月にR社が借入して猿島航路に就航させたもので、同市から横須賀港に回航後、R社では同船に合わせた三笠園、猿島両桟橋の整備に加え、同船のウォータージェット推進装置の構造、システム、油圧系統、リバースバケット、ステアリングノズル、ミートクラッチ等の取扱いを習熟させることとして、A受審人ほか数人の船長予定者に対して三笠園―猿島間の航行操船、両桟橋の離着桟操船訓練などを2箇月にわたって行った。 (4) 運航管理の状況 ア 運航管理者等の勤務体制 運航管理規程に基づき、運航管理者は、船舶が就航している間はR社三笠営業所に勤務し、職場を離れるときは、同営業所所属の副運航管理者と常時連絡できる体制をとっていた。 イ 乗客の乗下船作業 運行管理規定に基づく作業基準に従い、陸上、船内双方に乗客誘導担当者をそれぞれ置き、乗客の誘導を行うこととしていた。 ウ 事故処理基準 運航管理規定基づく事故処理基準に従い、非常連絡表、医療機関連絡表、官公署連絡表など作成し、連絡事項、船長及び運航管理者のとるべき措置など詳細に定めていた。 エ 始業前各種点検状況 B指定海難関係人は、毎日始業前にミーティングを開き、当日の作業予定、乗客の状況、機関整備点検状況等を周知徹底するとともに、チェックリストを活用して、船内及び陸上の設備・装置の発航前点検及び各便ごと船内巡検などを行わせていた。 オ 乗組員に対する安全教育実施状況 B指定海難関係人は、運行管理規定の熟知徹底、安全点検の実施、操船訓練の実施、膨張式救命筏(いかだ)の展張訓練の実施、防火・非常操舵、総員退船訓練の実施ほか外部研修会参加など運航管理者の権限として随時行っていたが、操船技術的な面、船内における乗客の安全確保の面などについては、船長の職務権限に属する事項として各船長の自主的な対応に委(ゆだ)ねていた。 (5) 本件発生に至る経過 し号は、A受審人ほか2人が乗り組み、旅客定員90人のところ、大人70人小人33人を乗せ、船首0.80メートル船尾0.95メートルの喫水をもって、平成10年5月4日の第10便復航として、13時20分猿島桟橋を発し、三笠園桟橋に向かった。 これより先、当日はゴールデンウィーク後半に入り、早朝から多数の乗客が三笠園核橋の外まで行列して待機し、運航時刻表どおりのダイヤでは捌(さば)き切れない状況であったことから、始発便を15分早めて、ピストン運航が行われることとなり、A受審人は、始発便から乗客誘導担当者として乗船し、9往復を済ませたのち、12時50分前任船長と交替して船長職を執り、運航に当たった。 A受審人は、猿島桟橋を離桟後、徐々に両舷機の機関回転数を毎分2,300(以下「毎分」を省略する。)まで上げ、更に中央機を起動してほぼ17.0ノットの速力で運航基準航路に沿った針路で航行し、13時22分50秒西灯台から245度550メートルの、第8号灯浮標北側の地点を通過したとき、針路を新港さんばしに沿う237度とし、中央機を停止するとともに両舷機の機関回転数を1,500に下げ、8.0ノットの速力で進行した。 A受審人は、左舷側に新港さんばしを約50メートル隔てて更に機関回転を下げながら入航し、13時24分35秒南西岸から50メートル手前に至り、波除堤を右舷側に50メートル離して航過し、機関回転数を1,100として、右回頭して着桟態勢に入ることとしたが、三笠園桟橋には多数の乗客が待機しているのを認め、着桟を急ぎたい気持ちも相まって、乗客が定員一杯で惰力が増加する状況であったものの後進にかければすぐ停止するであろうと思い、十分に減速措置をとらずに、両舷機のリバースバケットを後進に操作し、機関回転数を200ばかり上げ、1,300としたところ、減速が意の如(ごと)くならず、初めて行きあしが強いことに気付き、中立から再度後進に操作してみたが、速力が十分に落ちないまま同桟橋に直角に向首する状況となり、13時25分西灯台から244度1,080メートルにあたる、同桟矯の乗降口に、ほぼ319度を向いた左舷胴先端部が、右舷胴先端部とともに、6.0ノットの速力で、041度の同桟橋線に対し、後方から82度の角度で衝突し、更に船尾が左に振れて南西岸に接触した。 当時、天候は晴で風力2の北風が吹き、潮候は下げ潮の中央期であった。 衝突の結果、し号は左舷胴前部外板及び右舷胴先端部外板にそれぞれ凹損を生じたほか船首部の透明アクリル板、風防用窓枠など破損したが、のち修理され、下船準備のため座席を離れ、左舷船尾遊歩甲板付近にいた乗客が衝撃で転倒し、そのうち17人が全治1ないし2週間の骨折、打撲などを負った。 (6) 事後対策 R社では、更に旅客輸送の安全確呆を図るため、次のとおり改善策を講じることとした。 ア 三笠園桟橋に入港着桟する際、後進チェック位置を明確にした。 イ 同桟橋上に着桟時の操舵目標用フラッグポールを新設した。 ウ 同桟橋に大型ゴムタイヤフェンダーを2個設置した。 工 風向によっては入船右舷着けを可能にするため、右舷船首部に乗降ロを新設した。 オ 船長―甲板員(乗客誘導)間専用のインターホーンを新設した。 力 船内放送を通じて乗客に対して必要事項の伝達を徹底することにした。 キ 乗組員に対する安全教育及び訓練も徹底することにした。
(原因) 本件桟橋衝突は、猿島航路に就航中、定員一杯の乗客を乗せた状態で、横須賀港第3区の三笠園桟橋にほぼ180度右回頭して出船左舷着けで着桟する際、減速措置が不十分で、回頭中同桟橋に向首進行したことによって発生したものである。
(受審人等の所為) A受審人は、猿島航路に就航中、定員一杯の乗客を乗せた状態で、三笠園桟橋にほぼ180度右回頭して出船左舷着けで着桟する場合、安全に回頭できるよう、十分に減速措置をとるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、三笠園桟橋には多数の乗客が待機しているのを認め、着桟を急ぎたい気持ちも相まって、乗客が定員一杯で惰力が増加する状況であったものの後進にかければすぐ停止するであろうと思い、減速措置を十分にとらなかった職務上の過失により、回頭しきれないまま同桟橋に船首が直角に向首する状況で進行して衝突し、17人の乗客を負傷させたほか左舷同前部外板及び右舷胴先端部外板にそれぞれ凹損を生じさせ、船首部の透明アクリル板、風防用窓枠などを破損させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して、同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。 B指定海難関係人が、操船技術的な面、船内における乗客の安全確保の面などについては、船長の職務権限に属する事項として各船長の自主的な対応に委ねていたことは遺憾であるが、毎日始業前にミーティングを開き、船内及び陸上設備・装置等の発航前点検、各便ごと船内巡検を行っていたこと、乗客の安全確保に関し、陸上、船内双方に乗客誘導担当者を置いていたことなどに徴し、本件発生の原因とするまでもない。
よって主文のとおり裁決する。 |