日本財団 図書館




1999年(平成11年)

平成10年横審第99号
    件名
貨物船ブライトステイト貨物船サンマテオ衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成11年9月30日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

長浜義昭、半間俊士、西村敏和
    理事官
関隆彰

    受審人
A 職名:ブライトステイト水先人 水先免状:伊良湖三河湾水先区
    指定海難関係人

    損害
ブ号…左舷船首上部に破口
サ号…左舷側船尾上部を圧壊

    原因
ブ号…動静監視不十分、横切りの航法(避航動作)不遵守(主因)
サ号…警告信号不履行、横切りの航法(協力動作)不遵守(一因)

    二審請求者
受審人A

    主文
本件衝突は、ブライトステイトが、動静監視不十分で、前路を左方に横切るサンマテオの進路を避けなかったことによって発生したが、サンマテオが警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作が適切でなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年11月10日17時56分
愛知県三河湾湾口付近
2 船舶の要目
船種船名 貨物船ブライトステイト 貨物船サンマテオ
総トン数 36,120トン 11,248トン
全長 224.00メートル 130.39メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 7,205キロワット 4,413キロワット
3 事実の経過
ブライトステイト(以下「ブ号」という。)は、船尾船橋型の鋼製ばら積貨物船で船長Cほか中国人船員26人が乗り組み、穀物57,073トンを載せ、船首11.60メートル船尾11.78メートルの喫水をもって、平成9年10月3日15時50分(現地時刻)アメリカ合衆国ニューオリンズ港を発し、越えて11月10日16時52分(日本標準時、以下同じ。)伊勢湾第1号灯浮標の東方約3海里の水先人乗船地点に達し、A受審人ほか伊良湖三河湾水先区水先人1人を乗せ、愛知県衣浦港に向かった。
ところで、伊良湖水道航路の北側海域において、同航路に出入航する船舶は伊勢湾第3号灯浮標(以下「第3号灯浮標」という。)を左舷側に見て航過したのち、所定の針路に向けるよう、海上保安庁が航行安全指導を行っており、また、本州南・東岸水路誌と海上交通情報図(伊勢湾)には、知多湾内の諸港に出入港する船舶に対して、第3号灯浮標付近と師崎水道南側海域とを南北に結ぶ針路線、及び渥美湾内の識港に出入港する船舶に対して、同航路の北方2海里付近に広がる水深8.6メートルの浅洲(以下「浅洲」という。)の北側を迂(う)回して同灯浮標と尾張野島灯台(以下「野島灯台」という。)東側海域とを結ぶ針路線が、三河湾湾口海域の推薦航路としてそれぞれ記載されていた。
A受審人は、乗船後、野島灯台西方沖合で同乗の水先人と水先業務を交代する予定で、ブ号の嚮導(きょうどう)に単独であたり、動力船及び巨大船の表示する各灯火を掲げ、C船長在橋のもと、一等航海士を補佐に、操舵手を手動操舵にそれぞれ就け、機関を港内全速力前進にかけ、南南東方に流れる潮流に抗し、10.0ノットの対地速力で伊良湖水道航路を北上し、17時41分少し過ぎ同航路を出航し、第3号灯浮標を左舷側0.5海里に離して航過するつもりで針路を種々調整しながら進行した。
A受審人は、17時45分野島灯台から197度(真方位、以下同じ。)4.4海里の地点に達したとき、第3号灯浮標が左舷側0.5海里に近付いたので、浅洲の西方を1,000メートル以上離して航過する次の針路に向け、325度の針路からゆっくりと右転を開始し、同時46分336度に向首したとき、右舷船首48度4.0海里に、サンマテオ(以下「サ号」という。)の白、白2灯を初認し、その後同船が前路を左方に横切る態勢で西航するのを認めた。
A受審人は、17時47分半野島灯台から201度4.1海里の地点において、針路を350度に定めて続航し、同時49分サ号の白、白、紅3灯を右舷船首33度2.8海里に認めたころ、マスト灯の間隔が若干狭まったので、同船が小角度の左転をしたことを知った。
A受審人は、浅洲の水深より浅い喫水の船舶のなかには、野島灯台東側海域と第3号灯浮標との間を直航する船舶があることを日ごろ見受けていたので、17時49分半野島灯台から203度3.8海里の地点で、右舷船首33度2.7海里にサ号の白、白、紅3灯を認め、その後その方位にほとんど変化がなく衝突のおそれがある態勢で互いに接近したが先ほど浅洲の北側でサ号が小角度の左転をしたことから、野島灯台東側海域より同灯浮標に直航する針路法をとって自船の船尾方を航過するものと思い、自船の全長を勘案してレピータにより慎重にサ号の方位変化を測定するなど、動静監視を十分に行わなかったので、このことに気付かず、機関を後進にかけるなどしてサ号の進路を避けないまま進行した。
A受審人は、17時52分少し過ぎ野島灯台から208度3.4海里の地点において錨を師崎水道に向け355度として続航し、同時54分半わずか過ぎサ号が右舷船首27度1,100メートルに接近したものの、依然衝突の危険に気付かないまま、マスト灯の開き具合の変化から同船が更に左転を続け、自船の船尾を航過するものと思い込みながら、予定よりやや東方に位置している自船の船位を調整するため、左舵15度を命じて短音2回を吹鳴したのち、ふと前方を見ると、左転を続けるものと思っていたサ号が右転していることに気付き、ようやく衝突の危険を感じ、同時55分わずか過ぎ自船の左回頭が始まる前に短音1回を吹鳴して右舵一杯としたものの、及ばず、17時56分野島灯台から215度2.8海里の地点において、原速力のまま、010度に向首したブ号の左舷船首が、サ号の左舷側船尾に、前方から60度の角度で衝突した。
当時、天候は曇で風力2の北風が吹き、視界は良好で、潮候は下げ潮の中央期に当たり、衝突地点の北東側海域には南西方に流れる、また、同地点の南側海域には南南東方に流れる、それぞれ約0.8ノットの潮流があった。
ブ号は、舵中央とし、機関を停止や後進に種々使用し、折からの潮流により南南東方に圧流されながらゆっくりと右回頭を続け、18時02分野島灯台から204度2.4海里の地点で船首を097度に向けて浅洲に座洲した。
また、サ号は、船首船橋型の鋼製自動車運搬船で、B指定海難関係人ほか日本人船員1人フィリピン人船員18人が乗り組み、自動車264台を積載し、船首5.25メートル船尾6.73メートルの喫水をもって、同月10日16時20分愛知県三河港を発し、京浜港横浜区に向かった。
B指定海難関係人は、一等航海士を補佐に、操舵手を手動操舵にそれぞれ就け、出港時から引き続いて操船指揮にあたり、野島灯台東側海域から第3号灯浮標の北方海域に直航する針路法で西航し、17時44分少し前同灯台から091度1,250メートルの地点に達したとき、針路を228度に定め、機関を全速力前進にかけ、折からの潮流に乗じて16.3ノットの対地速力で進行し、同時46分左舷船首24度4.0海里にブ号の白、白、緑3灯を初認し、しばらくして巨大船の表示する緑色閃(せん)光灯を掲げた同船が前路を右方に横切る態勢であることを知った。
B指定海難関係人は、17時49分ブ号の白、白、緑3灯を左舷船首25度2.8海里に認め、浅洲の北側で前路の漁船を避けるために小角度の左転を開始し、同時49分半野島灯台から203度1.1海里の地点において針路を221度としたとき、左舷船首18度2.7海里にブ号の同灯を認め、その後その方位にほとんど変化がなく衝突のおそれがある態勢で互いに接近したが、前路を右方に横切る態勢のブ号がそのうち避航するものと思い、原針路のまま続航した。
B指定海難関係人は、17時51分野島灯台から208度1.6海里の地点で、ブ号が左舷船首17度2.0海里に近付いたとき、針路を2度調整して223度にしたものの、針路を保持して進行し、その後もブ号が自船を避けなかったが、やがて避航するものと思い、警告信号を行わないまま進行した。
B指定海難関係人は、17時54分半わずか過ぎ左舷船首21度1,100メートルに認めたブ号がなおも避航しないまま間近に接近したので、衝突を避けるための協力動作をとることとしたが、大角度の右転をするなどの措置をとらず、同船初認後に自船が小角度の左転をしたことから、右舷を対してかわすこととして、操船信号を行わないまま左転し、同時55分214度に向首して、ブ号が左舷船首12度800メートルに接近したとき、ブ号が右転したように感じ、あわてて右舵一杯に切り返し、次に至近に迫ったブ号の舷灯が緑灯から紅灯に変わるころ左舵一杯としたものの、及ばず、原速力のまま、250度に向首して、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、ブ号は、左舷船首上部に破口を生じたものの、座洲による損傷はなく、引船によって引き下ろされ、サ号は、左舷側船尾上部を圧壊し、のちいずれも修理された。

(原因)
本件衝突は、夜間、三河湾湾口付近において、両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近中、ブ号が、動静監視不十分で、前路を左方に横切るサ号の進路を避けなかったことによって発生したが、サ号が、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作が適切でなかったことも一因をなすものである。

(受審人等の所為)
A受審人は、夜間、ブ号を嚮導し、三河湾湾口付近を北上中、前路を左方に横切る態勢のサ号を認めた場合、衝突のおそれがあるかどうかを判断できるよう、同船の動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、同船が浅洲の北側で小角度の左転をしたことから、第3号灯浮標に直航する針路法をとって自船の船尾方を航過するものと思い、自船の全長を勘案してレピータにより慎重にサ号の方位変化を測定するなど、動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、同船と衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず、同船の進路を避けることなく進行して衝突を招き、ブ号の左舷船首上部に破口を生じさせ、サ号の左舷側船尾上部を圧壊させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、夜間、三河湾湾口付近を西航中、前路を右方に横切る態勢のブ号と間近に接近した際、大角度の右転をするなどの措置をとらず、左転して、のちに右転し、衝突を避けるための協力動作が適切でなかったことは本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、勧告するまでもない。

よって主文のとおり裁決する。

参考図






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION