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1999年(平成11年)

平成10年横審第105号
    件名
漁船第八健幸丸漁船忠清丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成11年6月10日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

長浜義昭、勝又三郎、西村敏和
    理事官
葉山忠雄

    受審人
A 職名:第八健幸丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
B 職名:忠清丸船長 海技免状:二級小型船舶操縦士(5トン限定)
    指定海難関係人

    損害
健幸丸…シューピース及びプロペラ軸にそれぞれ曲損
忠清丸…右舷側後部及び機関室囲壁を圧壊、浸水して転覆、のち廃船、船長が肋骨骨折等

    原因
健幸丸…見張り不十分、各種船間の航法(避航動作)不遵守(主文)
忠清丸…音響信号不履行(一因)

    主文
本件衝突は、第八健幸丸が、見張り不十分で、漁撈に従事中の忠晴丸を避けなかったことによって発生したが、忠清丸が、有効な音響による信号を行うことができる手段を講じず、避航を促す音響信号を行わなかったことも一因をなすものである。
受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年3月22日06時44分
三重県神島南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船第八健幸丸 漁船忠清丸
総トン数 13トン 4.42トン
登録長 16.8メートル 10.48メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
漁船法馬力数 160 70
3 事実の経過
第八健幸丸(以下「健幸丸」という。)は、機船船曳(ひき)網漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人が船長として1人で乗り組み、カタクチイワシ漁の操業開始に備えての魚群探索をする目的で、平成10年3月22日06時20分三重県答志漁港を発し、同県神島南方沖合の漁場に向かった。
A受審人は、06時25分神島灯台から258度(真方位、以下同じ。)3.6海里の地点に達したとき、針路を129度に定め、機関回転数毎分1,500にかけ、14.0ノットの対地速力で、船尾方からの風浪により船首を左右に約15度ずつ振りながら、手動操舵で進行した。
A受審人は、06時33分周囲を見まわして神島から南西方に拡延する瀬で操業中の漁船約10隻を左舷側に認めたものの、ほかに操業中の漁船を見かけなかったので、操舵室右舷前面の窓枠より下方に設置された魚群探知器を見て魚群探索を開始した。
A受審人は、魚群探索を開始したときに風が強く操業中の漁船が少なかったことから、更に沖合の鯛島礁周辺で操業する漁船はいないものと思い、その後周囲の見張りを行わず、06時40分少し前神島灯台から196度3.0海里の地点に達したとき、ほぼ正船首1海里に忠晴丸を視認することができる状況であったが、このことに気付かないまま、魚群探知器の監視を続けて続航した。
A受審人は、忠晴丸がその後漁撈(ろう)に従事していることを示す形象物を掲げていないものの、白色のスパンカーを船尾マストに揚げ、前部甲板の左舷側にある揚網機に甲板員を配し、ほぼ停留状態で底刺網の揚網を行っており、漁携に従事していることが明らかな同船を視認でき、同船と衝突のおそれのある態勢で接近したが、依然魚群探索を続けていて、このことに気付かず、同船を避けないまま船尾方からの風浪により船首を左右に振りながら進行し、06時44分神島灯台から181度3.5海里の地点において、原速力のまま、144度に向首した健幸丸の船首が、忠清丸の右舷側後部に、前方から40度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力5の北西風が吹き、潮候は上げ潮の初期で、視界は良好であった。
また、忠清丸は、底刺網漁僕に従事するFRP製漁船で、B受審人及び甲板員1人が乗り組み、操業の目的で、船首0.25メートル船尾0.85メートルの喫水をもって、同日05時00分同県神島漁港を発し、鯛島礁周辺の漁場へ向かった。
B受審人は、忠清丸に汽笛が装備されていないのに、有効な音響による信号を行うことができる手段を講じずに出港し、05時20分漁場に至って、白色のスパンカーを船尾マストに揚げ、前部甲板の左舷側にある揚網機に甲板員を配し、自らが後部甲板上で舵柄を握って操舵にあたり、漁携に従事していることを示す形象物を掲げないまま、前日に入れておいた長さ約240メートルの刺し網5枚の揚網を開始した。
B受審人は、揚網に合わせて機関を時々使用し、刺し網1枚の揚網に約25分かけて2枚の揚網を終え、06時35分神島灯台から180度3.5海里の地点において、281度に向首し、回転数毎分650にかけた機関のクラッチを入れたり切ったりしながら、前回と同じ速さで、3枚目の刺し網の揚網を開始した。
B受審人は、06時40分少し前神島灯台から180.5度3.5海里の地点に達したとき、右舷船首27度1海里に南下する健幸丸を視認することができる状況であったものの、このことに気付かないまま揚網を続け、同時43分3枚目の刺網の約3分の1を場網したとき、同方位440メートルに、漁撈に従事中の自船に向首し、衝突のおそれのある態勢で接近してくる健幸丸を初めて視認したが、避航を促す音響信号を行うことができなかった。
B受審人は、その後も健幸丸の動静を監視しながら揚網を続け、06時43分少し過ぎ同船が右転してその左舷側を見せる態勢となったので、揚網中の自船を避航してくれるものと思って自船も右舵をとり、同時43分半船首が307度を向いたとき、正船首220メートルに接近した健幸丸が左転したので衝突の危険を感じ、左舵一杯として衝突回避に努めたところ、同時44分少し前同船が再び右転して右舷側至近に迫ったことを認め、あわてて右舵一杯としたが及ばず、船首が284度を向いたとき、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、健幸丸は、忠清丸を乗り切ってシューピース及びプロペラ軸にそれぞれ曲損を生じたが、のち修理され、また、忠清丸は、右舷側後部及び機関室囲壁を圧壊し、浸水して転覆し、のちに廃船とされ、B受審人が肋骨骨折等を負った。

(原因)
本件衝突は、神島南方の漁場において、健幸丸が、見張り不十分で、漁携に従事中の忠清丸を避けなかったことによって発生したが、忠情丸が、有効な音響による信号を行うことができる手段を講じず、避航を促す音響信号を行わなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
A受審人は、神島南方の漁場を航行する場合、漁撈に従事中の忠清丸を見落とすことのないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、魚群探知器を見ることに気を取られ、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、漁撈に従事中の忠清丸を避けることなく進行して同船との衝突を招き、健幸丸のシューピース等に曲損を生じ、忠清丸の右舷側後部を圧壊し、B受審人が肋骨骨折等を負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は、神島南方の漁場において、漁撈に従事中、衝突のおそれのある態勢で接近する健幸丸が避航の気配を見せないまま間近に接近した際、有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったことから、避航を促す音響信号を行わなかったことは本件発生の原因となるが、船首を左右に振りながら揚網中の自船に接近する健幸丸に対して転舵を繰り返し衝突回避のために尽力していた点に徴し、このことを同人の職務上の過失と認めるまでもない。

よって主文のとおり裁決する。

参考図






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