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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年8月20日13時30分 明石海峡東口東方 2 船舶の要目 船種船名 押船寿丸
バージ寿2号 総トン数 138トン 積トン数 5,000トン 全長 27.50メートル
86.90メートル 幅 18.80メートル 深さ 8.00メートル 機関の種類
ディーゼル機関 出力 1,471キロワット 船種船名 漁船海神丸 総トン数
4.9トン 登録長 11.47メートル 機関の種類 ディーゼル機関 漁船法馬力数
15 3 事実の経過 寿丸は、固定ピッチプロペラ1個を装備した鋼製押船で、A受審人及びB指定海難関係人ほか4人が乗り組み、空倉で船首2.00メートル船尾3.00メートルの喫水となった無人の鋼製バージ寿2号(以下「バージ」という。)の船尾凹部に船首部をはめ込み、油圧式の連結ピンにより結合して全長97.90メートルとし、船首4.00メートル船尾4.80メートルの喫水をもって、バージに設備されているジブクレーン運転席の窓ガラスを修理する目的で、平成9年8月20日12時00分神戸港第3区の深江南町の岸壁を発し、兵庫県姫路港に向かった。 A受審人は、船橋当直を自らと一等航海士及びB指定海難関係人の3人による単独4時間交替の3直制で行っており、出航操船に当たったのち、12時25分ごろ神戸港第7防波堤灯台の南方700メートル付近で、昇橋した同指定海難関係人に当直を引き継ぐこととした。その際、同受審人は、慣れた航路で視界も良かったうえ、B指定海難関係人が単独の船橋当直に長年従事していたことから、問題ないと思い、航行予定海域は漁船の操業するところであるから、見張りを十分に行うよう同人に指示することなく、明石海峡航路の手前で昇橋するつもりで自室に退いた。 単独で当直に就いたB指定海難関係人は、13時00分神戸港和田防波堤灯台から175度(真方位、以下同じ。)1.1海里の地点に達したとき、針路を251度に定め、引き続き機関を全速力前進にかけ、10.0ノットの対地速力で自動操舵により進行した。 13時21分B指定海難関係人は、平磯灯標から097度2.9海里の地点で、針路を明石海峡航路に向く260度に転じ、折からの微弱な東流に抗して9.5ノットの対地速力で、寿丸の操舵室右舷端で高さ約1メートルのいすに腰掛け見張りに当たって続航し、同時26分同灯標から103度2.2海里の地点に差し掛かったとき、正船首1,300メートルのところに、漁ろうに従事中の形象物を掲げ、停留して底びき網を揚収中の海神丸が存在したが、前路に他船がいないものと思い、見張りを十分に行っていなかったので、その存在に気付かなかった。 その後、寿丸被押バージは、海神丸に向首して衝突のおそれがある態勢で接近したが、当直者が、依然として前路の見張りを十分に行っていなかったので、このことに気付かず、漁ろうに従事して停留中の同船を避けることができないまま、同じ針路、速力で進行した。 やがてB指定海難関係人は、いすに腰掛けて見張りを続けるうち、尿意を催すようになり、13時29分明石海峡に差し掛かる前に用を足すことにしたが、このころ海神丸が、船首の陰に隠れるようになって同船の存在に気付くことができずに、すぐ戻るつもりで船橋下のB甲板にある便所に赴いた。 寿丸被押バージは、海神丸に向首したまま続航し、13時30分平磯灯標から112度1.6海里の地点において、原針路、原速力で、その船首が、海神丸の左舷船首部に直角に衝突した。 当時、天候は晴で風力1の南西風が吹き、潮候は下げ潮の末期にあたり、衝突地点付近には微弱な東流があった。 B指定海難関係人は、衝突に気付かずに小用を済ませて昇橋し、再びいすに腰掛けて見張りに当たり、右舷側を見たとき追い掛けてきた海神丸の僚船から停船するよう呼び掛けられたが、よく聞き取れずに何のことか理解できないでいるうち、このころたまたま船尾甲板上に出た機関長が、同船の行動に不審を覚え、A受審人にこのことを報告した。 自室で一服していたA受審人は、機関長からの報告を受けて急いで昇橋したところ、海上保安部からの電話連絡により、衝突を知らされて停船するよう指示されたが、明石海峡航路に差し掛かっていたうえ、近くに同航船や漁船などが多数存在していたので停船を控え、そのまま同航路を西行したのち明石港沖合で錨泊し、事後の措置に当たった。 また、海神丸は、小型底びき網漁業に従事する、汽笛不装備のFRP製漁船で、C受審人が1人で乗り組み、操業の目的で、船首0.20メートル船尾1.20メートルの喫水をもって、同日12時20分兵庫県垂水漁港を発し、同魚港東南東方沖の漁場に向かった。 12時50分ごろC受審人は、平磯灯標から115度1,000メートル付近の漁場に至り、船尾から出した長さ約100メートルの引き索の先端に、長さ約40メートルの底びき網を取り付けて投入し、船尾に漁ろうに従事していることを示す鼓型の形象物を揚げ、棒こき漁と称する漁法により東南東方に向け、2.5ノットの曳網速力で進行した。 C受審人は、13時16分前示衝突地点の約150メートル西方で1回目の曳網を終え、機関を回転数毎分1,000にかけたままクラッチを中立として停留し、操舵室の後方にあるウインチを使用して揚網を開始した。 そしてC受審人は、13時26分前示衝突地点付近において、ウインチを止めて船尾甲板で袋網の手繰りを開始し、このころ船首が170度に向いていたとき、左舷正横1,300メートルのところに、西行する寿丸被押バージを確認することができ、その後同船が自船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近したが、網を揚収することに気をとられ、周囲の見張りを十分に行っていなかったので、このことに気付かなかった。 13時29分C受審人は、寿丸被押バージが300メートルに接近したが、なおも同船の接近に気付かず、警告信号を行う汽笛を装備していなかったのに、機関を前進にかけ移動するなど衝突を避けるための措置をとることなく網の手繰りを続け、同時30分少し前、網の揚収を終えるころとなったので、ふと左舷方を見たとき至近に迫った寿丸被押バージを認め、衝突の危険を感じ、急いで操舵室に行き機関のクラッチを後進に入れた及ばす、海神丸は170度に向首したまま、前示のとおり衝突した。 衝突の結果、バージは、右舷船首部に擦過傷を生じたのみであったが、海神丸は、左舷船首部に破口を生じて浸水し、のち修理され、C受審人が頚部打撲傷などを負った。
(原因) 本件衝突は、明石海峡東口の東方において、寿丸被押バージが、見張り不十分で、停留状態で底びき網を揚収して漁ろうに従事している海神丸を避けなかったことによって発生したが、海神丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。 寿丸被押バージの運行が適切でなかったのは、船長が、無資格の船橋当直者に対して見張りを十分に行うよう指示しなかったことと、船橋当直者が、見張りを十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人等の所為) A受審人は、バージを押して神戸港を出航したのち、無資格の甲板長に船橋当直を引き継ぐ場合、航行予定海域は漁船の操業するところであるから、見張りを十分に行うよう指示すべき注意義務があった。しかるに、同人は、甲板長単独の船橋当直に長年従事していたことから、問題ないと思い、見張りを十分に行うよう指示しなかった職務上の過失により、海神丸に向首接近した際、同船を避けることができずに衝突を招き、バージの右舷船首部に擦過傷及び海神丸の左舷船首部に破口を生じさせたうえ、海神丸の船長に頚部打撲傷などを負わせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 C受審人は、船舶が輻輳(ふくそう)する明石海峡東口の東方において、底びき網の揚収に当たる場合、自船に衝突のおそれがある態勢で向首接近する寿丸被押バージを見落とすことがないよう周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、網の揚収に気をとられ、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、接近する寿丸被押バージに気付かないまま、衝突を避けるための措置をとらずに衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせ、自身が打撲傷などを負うに至った。 以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第項第3号を適用して同人を戒告する。 B指定海難関係人が、単独で船橋当直に当たり、明石海峡東口の東方を西行中、見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。 B指定海難関係人に対しては、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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