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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年12月23日05時45分(日本標準時) ハワイ諸島東方沖合 2 船舶の要目 船種船名 漁船第五十一日之出丸
漁船第十八大吉丸 総トン数 346トン 229トン 全長 51.11メートル 43.12メートル 機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関 出力
735キロワット 661キロワット 3 事実の経過 第五十一日之出丸(以下「日之出丸」という。)は、まぐろ延縄漁業に従事する長船尾楼型鋼製漁船で、A受審人、B指定海難関係人ほか日本人11人及びインドネシア人7人が乗り組み、操業の目的で、船首3.0メートル船尾4.0メートルの喫水をもって、平成9年10月28日04時00分(日本標準時、以下同じ。)アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル港を発し、ハワイ諸島東方沖合の漁場に向かい、翌月3日から毎日1回の操業を開始した。 日之出丸は、まぐろ延縄漁具を海中に投入する(以下「投縄」という。)時に使用する投縄機を船尾甲板に、同機の繰り出し速度調整のための投縄機操作盤を船橋右舷側後部にそれぞれ設置し、同操作盤には、総延長140キロメートルで直径7ミリメートルの黒色の幹縄に取り付けられた枝縄、浮玉又はラジオブイが投縄機を通過する度にブザー音を発する装置が組み込まれていた。 投縄は、約10ノットの速力で航走しながら、投縄作業直の乗組員が、投縄機から船尾方に繰り出される幹縄40メートルごとに、13本を1枚と称する枝縄、同1枚ごとに直径30センチメートルのオレンジ色浮玉1個又は同40枚ごとに浮玉の代わりにラジオブイの取付けを順次行うとともに、幹縄が投縄機から船速よりも速い速度で繰り出されるため、繰り出しが順調に行われて縄成りが良くなるよう、船橋当直者が、投縄開始から同終了まで投縄機操作盤の回転計やブザー音に注意し、同開始直後と終了間際には適宜繰り出し速度の調整を行い、その所要時間は平均5時間8分であった。 日之出丸では、船長が、漁場到着後の操業に関連する移動及び操船などの運航指揮をすべて漁撈長に任せ、投縄時には、漁撈長が単独の船橋当直に就いて操舵操船及び投縄機の繰り出し速度調整に当たり、船長を含む乗組員のうち5人が毎日交替で、船尾甲板において枝縄に餌を付けて幹縄に取り付けるなどの投縄作業直に就き、非直の乗組員は自室で休息していた。 A受審人は、漁場あるいは港に向かう航海中には、船橋当直者に対して口頭で、船橋を離れるな、接近する他船があれば知らせ、他船の動きを無線で入手した上で付近に操業船がいるようなので注意しろなど当直中の注意事項を指示していたが、漁場到着後には、主として船橋当直に就く漁撈長に対し、同人が操業中の統括責任者であるから同当直中の注意事項については言うまでもないと思い、見張りを十分に行うことや他船が接近するときには速やかに報告することなどの指示を徹底することなく、自らは漁撈長指揮のもとで漁撈作業に従事していた。 ところで、ハワイ諸島東方沖合の漁場に出漁するまぐろ延縄漁船は、投縄を風下に向かって日出から正午ごろまでの時間帯に行うこと、無線による船間連絡により出漁各船の運航及び漁獲状況についての情報交換を行うことなどが習慣になっていたことから、漁場に向けて航行あるいは漁場内を移動する際には、事前にこれらの情報を得て同業種船の運航及び操業状況を把握し、操業を行うに当たっては現在操業中の同業種船から4海里以上の距離を離して行っていた。 越えて12月23日A受審人は、同日の投縄を開始する際、自船の運航実態を示す鼓形形象物及び漁具の方向を示す円錐形形象物各1個(以下「漁業形象物」という。)を掲げることなく、B指定海難関係人に操業中の運航をすべて任せ、投縄作業直の非番であったので自室で休息していた。 01時00分B指定海難関係人は、北緯19度50分西経132度20分の地点において、針路を310度(真方位、以下同じ。)に定めて自動操舵とし、機関を全速力前進より少し落とした回転数毎分340にかけ、10.0ノットの速力で進行した。 B指定海難関係人は、A受審人が漁業形象物を掲げなかったことを知らないまま、船橋右舷側に固定したいすに腰掛け、前方の見張りに当たりながら同いすの周囲約1メートルの範囲内に装備されたGPSプロッター、魚群探知機、水温計及び投縄機操作盤の回転計などを監視しながら、ときどき海水温確認のために針路を少し変えては原針路に戻しながら続航した。 04時15分B指定海難関係人は、北緯20度11分西経132度46分の地点に達したとき、海水温が自ら予定した温度ではなくなったことから、針路を218度に転じ、同じ速力で投縄を続行した。 05時38分B指定海難関係人は、右舷船首28度2.0海里のところに第十八大吉丸(以下「大吉丸」という。)を視認でき、その後同船と互いに接近する状況であったが投縄機操作盤のブザー音を気にしながら同機の回転計、魚群探知機の映像及び水温計の表示値の変化などに気を取られ、周囲の見張りを十分に行わず、大吉丸が接近していることに気づかないまま、同じ針路、速力で進行した。 05時42分B指定海難関係人は、投縄機操作盤のブザー音によって残り縄数が10枚となり、投縄が終わりに近づいたことを知っていすから立ち上がり、投縄機操作盤に移動して船尾を向き、同機の速度調整操作を始めたとき、大吉丸が、同方位約1,500メートルのところに接近していることを視認できる状況となったが、依然周囲の見張りを十分に行っていなかったので、このことに気づかず、A受審人に同船の接近についての報告をできなかったことから、大吉丸と互いに衝突のおそれがある態勢で接近していたが、警告信号が行われることも、同船との衝突を避けるための措置もとられないまま続航中、05時45分北緯19度59分西経132度56分の地点において、日之出丸の船首が、大吉丸の左舷前部に前方から57度の角度で衝突した。 当時、天候は曇で、風力4の北東風が吹き、視界は良好であった。 また、大吉丸は、日之出丸と同業種の漁業に従事する長船尾楼型鋼製漁船で、C受審人、D指定海難関係人ほか日本人11人及びインドネシア人6人が乗り組み、船首2.5メートル船尾3.5メートルの喫水をもって、同年12月10日08時00分ホノルル港を発し、同月13日からハワイ諸島東方沖合の漁場で操業を重ね、同20日23時10分北緯22度01分東経144度47分付近の海域を発進し、さらに東方の西経129度ないし130度の漁場に向けて移動を開始した。 大吉丸では、船長が、漁場到着後の操業に関連する移動及び操船などの運航指揮をすべて一等航海士を兼務する漁撈長に任せ、漁場移動時には、船橋当直を3時間6直体制とし、船長が単独で、他の5直を無資格の日本人甲板部員及びインドネシア人各1人の2人で行っていた。 C受審人は、船橋当直者に対し、航行中に他船を認めて不安を感じたり判断できないときには直ちに船長に報告することなど、同当直中の注意事項を日本語とインドネシア語とで紙にワープロ印刷し、これを船橋内の壁に張り出して指示していたが、同当直者がその指示どおり行うものと思い、見張りを十分に行うことについての指示を徹底することなく、自らも漁撈長の指揮のもとでの漁場移動の船橋当直に加わっていた。 越えて23日04時00分D指定海難関係人は、北偉20度00.5分西経133度13.5分の地点において、インドネシア人1人とともに船橋当直に就き、前直者から針路095度、機関を全速力前進にかけて9.5ノットの速力で引き継ぎ、自らは右舷側前部のいすに、インドネシア人は左舷側前部のいすにそれぞれ腰掛けて前路の見張りに当たり、自動操舵により進行した。 05時05分ごろD指定海難関係人は、船体動揺から床に落ちて背表紙が破損した航海日誌の修理に当たることとし、いすから立ち上がって船橋内の引き出しの中など補修用の接着テープを探し始めた。 05時38分D指定海難関係人は、左舷船首29度2.0海里のところに、日之出丸を視認でき、その後同船と互いに接近する状況であったが、航海日誌を修理することに気を取られ、周囲の見張りを十分に行わず、左舷側で見張りに当たっていたインドネシア人からも何ら他船についての連絡がなかったので、日之出丸と互いに接近していることに気づかず、C受審人にその接近について報告しないまま続航した。 05時42分D指定海難関係人は、日之出丸が同方位約1,500メートルに接近したことを視認できる状況であったが、航海日誌の修理に専念し、依然周囲の見張りを十分に行っていなかったので、このことに気づかず、C受審人に同船の接近についての報告をできなかったことから、日之出丸と互いに衝突のおそれがある態勢で接近していたが、警告信号が行われることも、同船との衝突を避けるための措置がとられることもないまま、同じ針路、速力で続航中、同時45分少し前D指定海難関係人が航海日誌の修理を終え、ふと前方を見て左舷船首至近に同船を初めて視認したものの、何する間もなく、05時45分前示のとおリ衝突した。 衝突の結果、日之出丸は左舷船首部外板に折損及び球状船首部に破口を伴う凹損を生じ、のちホノルル港のドックで修理されたが、大吉丸は左舷前部及び同直下の船底各外板にそれぞれ破口を生じで浸水し、乗組員は全員日之出丸に移乗したが、船体は翌24日04時15分に転覆し、同時37分北緯19度48分西経133度06分の地点において沈没した。
(原因) 本件衝突は、ハワイ諸島東方沖合のまぐろ延縄漁場において、漁業形象物を表示せずにまぐろ延縄漁の幹縄を投縄している日之出丸と漁場移動のため航行している同業種船の大吉丸とが、互いに衝突のおそれがある態勢で接近中、日之出丸が見張り不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことと、大吉丸が、見張り不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。 日之出丸の運航が適切でなかったのは、船長が、操業中の運航を漁撈長に任せるに当たり、見張りを十分に行うことについての指示を徹底しなかったことと、投縄時の船橋当直に就いていた漁撈長が、見張りを十分に行わなかったこととによるものである。 大吉丸の運航が適切でなかったのは、船長が無資格の船橋当直者に対して見張りを十分に行うことについての指示を徹底しなかったことと、同船橋当直者が、見張りを十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人等の所為) A受審人は、ハワイ諸島東方沖合のまぐろ延縄漁場において、操業中の運航を漁撈長であるB指定海難関係人に任せる場合、投縄を指揮しながら船橋当直に就く漁撈長に対し、見張りを十分に行うことや他船が接近するときには速やかに報告することなどの指示を徹底すべき注意義務があった。ところが、同人は、漁撈長が操業中の統括指揮者であるから同当直中の注意事項については言うまでもないと思い、見張りを十分行うことや他船が接近するときには速やかに報告することなどの指示を徹底しなかった職務上の過失により、投縄時の船橋当直に就いていた漁撈長が、見張りを十分行わず、大吉丸が衝突のおそれがある態勢で接近した際に報告を受けられず、警告信号を行うことも、衝突を避けるための措置をとることもできないまま、投縄を続けながら進行して同船との衝突を招き、日之出丸の左舷船首部外板に折損及び球状船首部に破口を伴う凹損並びに大吉丸の左舷前部及び同直下の船底各外板に破口をそれぞれ生じさせ、大吉丸を沈投させるに至った。 なお、A受審人が投縄作業を行うに当たり、自船の実態を示す漁業形象物を表示していなかったことは、本件発生の直接の原因となるものではないが、形象物の表示は法定灯火の表示と同様に当該船舶の航法上の状態を示すものであり、いかなる状態の船舶であるかその客観的識別を容易にかつ的確にして航法判断の誤りを防ぐのに必要不可欠のものであるから、船舶間の衝突を防止し、船舶運航の安全を確保するため、操業時には漁業形象物を必ず表示しなければならないことは言うまでもない。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 C受審人は、ハワイ諸島東方沖合のまぐろ延縄漁場において、漁場移動のため航行中、無資格者を船橋当直に就かせる場合、見張りを十分に行い、他船が接近するときには速やかに報告するなどの当直中の注意事項についての指示を徹底すべき注意義務があった。ところが同人は、船橋当直の注意事項について日本語とインドネシア語とで記載した紙を船橋に張り出してあるから、同当直者はその指示どおりに行うものと思い、船橋当直者に対して見張りを十分に行うことなどの当直中の注意事項についての指示を徹底しなかった職務上の過失により、無資格の船橋当直者が、見張りを十分に行わず、日之出丸が衝突のおそれがある態勢で接近した際に報告を受けられず、警告信号を行うことも、衝突を避けるための措置をとることもできないまま進行して同船との衝突を招き、前示のとおり両船に損傷及び大吉丸の沈没を生じさせるに至った。 以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B指定海難関係人が、ハワイ諸島東方沖合のまぐろ延縄漁場において、漁撈長として操業を指揮し、自ら船橋当直に就いて投縄を行う際、周囲に対する見張りを十分に行わなかったことは、本発生の原因となる。 B指定海難関係人に対しては、勧告するまでもない。 D指定海難関係人が、ハワイ諸島東方沖合のまぐろ延縄漁場において、漁場移動のための航行中に船橋当直に就いた際、周囲に対する見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。 D指定海難関係人に対しては、勧告するまでもない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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