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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年2月13日12時05分 徳島県粟津港 2 船舶の要目 船種船名 漁船水野丸
漁船山本丸 総トン数 1.77トン 1.77トン 全長 7.65メートル 7.65メートル 機関の種類
電気点火機関 電気点火機関 漁船法馬力数 60 30 3 事実の経過 水野丸は、FRP製和船型漁船で、A受審人が妻のC甲板員と2人で乗り組み、船首0.10メートル船尾0.20メートルの喫水をもって、平成8年2月13日10時30分、粟津港内にある粟津漁港を発し、粟津港南防破堤灯台(以下「南防波堤灯台」という。)から040度(真方位、以下同じ。)1.9海里のわかめ94養殖漁場に至り、わかめの刈取り作業などを行ったのち、11時58分わかめ約350キログラムを載せて同漁場を発し、2基搭載の船外機をほぼ全速力前進にかけ、20.0ノットの速力で帰途に就いた。 粟津港は、鳴門海峡の南方に位置し、旧吉野川の河口部にある港則法の適用のない地方港湾で、奥行が東西に約1.2海里あり、港口は東に面して北防波堤と南防波堤とに囲まれ、港奥の左岸側に粟津漁港及びその東側に漁船などを係留する船だまりなどが、右岸側に貨物船が係留する松茂岸壁などがそれぞれ設けられていた。そして、粟津漁港や同船だまりと対岸の松茂岸壁との距離は約600メートルであったが、同船だまりと北防波堤との間に陸岸が約350メートル対岸に向けて突き出ており、この突出部南端と松茂岸壁側との間の水路幅が約250メートルで、これによって港口部と港奥部とが分けられていた。 また、南防波堤灯台の北東方約0.5海里から同方向2海里ばかりにかけて、海岸線に沿ってわかめ養殖漁場があり、同漁業に従事する粟津港内の漁船は、同漁場までの往復に北坊波堤のほぼ中央部にある切り通しと、海岸線沖合に設けられている消波堤の内側を通航路としていたが、切り通しを通過して粟津漁港などに向け入航する漁船と、同漁港などから出航する漁船とが前示陸岸の突出部南端で出会うときは、同突出部によって見通しが妨げられ、互いに接近するまで相手船を視認することができない状況であった。 このため粟津漁港などに入出航する地元の漁船は、陸岸突出部付近では互いに出会い頭の衝突を防ぐため、減速し、同突出部を左舷に見る出航船はこれから遠ざかり、入航船はこれに近寄って航行していた。 12時03分半少し過ぎA受審人は、北防波堤の切り通しを通過し、C甲板員を船首部に座らせ、自らは船外機の前に立って舵柄を左手で握って操船に当たり、同時04分半南防波堤灯台から277度660メートルの地点に達したとき、針路を陸岸突出部南端付近に向く252度に定め、陸岸突出部が迫っていたが、当時、空模様が悪くなって雨が降り出しそうで、浜辺に干しておいたわかめのことが気になり、安全な速力に減速することなく、引き続き20.0ノットの過大な速力のまま進行した。 12時05分少し前A受審人は、右舷前方の陸岸突出部南端付近に差し掛かったので、陸岸に接近してこれを約30メートル離して付け回す状態で右転しながら続航中、同時05分わずか前正船首方向わずか左約100メートルに、同突出部の陰から現われて急速に接近する山本丸を初めて視認し、その直後に同船が左転するのを認めて右舵一杯をとったが効なく、12時05分南防波堤灯台から274度1,030メートルの地点において、020度を向いた水野丸の船首が山本丸の右舷船首部に前方から65度の角度で衝突し、次いで互いの船尾部が衝突した。 当時、天候は曇で風はほとんどなく、潮候は高潮時であった。 また、山本丸は、水野丸と同型のFRP製漁船で、B受審人が妻のD甲板員と2人で乗り組み、わかめ刈取り作業に従事する目的で、船首0.08メートル船尾0.10メートルの喫水をもって、同日12時03分、南防波堤灯台から308度920メートルの前示船だまり内の係留地を発し、同灯台の北東方1海里ばかりにあるわかめ養殖漁場に向かった。 ところで、B受審人は、同船だまりから前示陸岸突出部の南端を付け回して左転したのち、東行して北防波堤中央部にある切り通しに向かう予定であったが、平素は、同突出部に接近して入航する漁船などとの出会い頭の衝突を避けるため、同突出部から遠ざかり、減速航行することにしていたが当日は午前中に病院へ行って出航が遅れたうえ、天候が悪くなりそうな様子なので、先を急いでいた。 こうして、B受審人は、1基搭載の船外機の前に立って舵柄を右手で握り、D甲板員を船首部に座らせて同船だまりを南下し、12時04分少し過ぎ南防波堤灯台から291度970メートルの地点に達したとき、針路を陸岸突出部から十分な距離を保つことなく、出来るだけ航程を短くするつもりで、これに接近する212度に定め、安全な速力とせず、機関を全速力前進にかけて14.0ノットの速力で進行した。 12時04分半少し過ぎB受審人は、南防波堤灯台から281度1,030メートルのところで、陸岸突出部の南端に向かうためこれに沿って左回頭しながら続航中、12時05分わずか前、ほぼ正船首方向100メートルばかりに同突出部の陰から現われた水野丸の船首を認め、あわてて左舵一杯をとったが及ばず、ほほ船首が135度を向いたとき、前示のとおり衝突した。 衝突の結果水野丸は船首部外板及び左舷船尾部外板に擦過傷を生じ、山本丸は右舷船首部及び船外機に損傷を生じたが、のちいずれも修理され、また、B受審人は右足骨折などの負傷をした。
(航法の適用及び原因に対する考察) 本件は、地方港湾である粟津港内において、両船が陸岸が突出して前方の見通しの悪い海域を航行中、ほぼ出会い頭に衝突した事件であるが、以下適用航法及び原因について検討する。 港則法第17条において、港内では防波堤、ふとうその他の工作物の突端などを右舷に見て航行するときはできるだけこれに近寄り、左舷に見て航行するときはできるだけ遠ざかって航行しなければならないと定められている。これは港内における見通しの悪い場所において、船舶が出会い頭の衝突を避けるため、できるかぎり早期に互いに視認し、かつ、互いに右側航行を行うという趣旨のものである。 一方、海上衝突予防法第9条で、狭い水道等においては実行に適する限りその右側に寄って航行しなければならない旨定められており、さらに、狭い水道等の見通しの悪い湾曲部その他に接近する場合は、十分注意して航行しなければならないとも定められている。 本件は、港則法が適用されない粟津港において発生したもので、同法の適用がなく、また、陸岸突出部付近における水路幅と両船の大きさとの関係及び両船の日常の運航模様を勘案すると、海上衝突予防法の狭い水道等という概念をあてはめて律することも相当でない。 しかしながら、粟津港に入出航する多くの地元の漁船は、見通しの悪い同陸岸突出部付近を航行するにあたり、出会い頭の衝突事故防止のため、船員の常務として減速のうえ右側通行を行っており、本件においても船員の常務で律するのが相当である。 したがって、山本丸が、右側通行ができるよう陸岸突出部から遠ざかって航行しなかったうえ、相手船を視認したとき衝突を避けるための時間的余裕ができるよう安全な速力としなかったことが本件発生の原因となる。また、陸岸突出部を右舷に見てこれに接近して航行する水野丸が、相手船を視認したとき、衝突を避けるための時間的余裕ができるよう安全な速力で進行しなかったことも本件発生の原因となる。
(原因) 本件衝突は、港則法が適用されない地方港湾である徳島県粟津港内において、見通しの悪い陸岸突出部を左舷に見て出航する山本丸が、これから遠ざかって航行しなかったうえ、安全な速力としなかったことによって発生したが、同陸岸突出部を右舷に見て、これに接近して入航する水野丸が、安全な速力としなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為) B受審人は、粟津港内の見通しの悪い陸岸突出部を左舷に見ながら出航する場合、入航する他船との出会い頭の衝突を避けることができるよう、陸岸突出部から遠ざかって航行すべき注意義務があった。しかるに、同人は、天候が悪化する様子があったことと、所用で出航が遅れたことから、航程を短縮しようと思い、左舷に見る陸岸突出部から遠ざかって航行しなかった職務上の過失により、同突出部に接近して進行し、陸岸に接近して入航中の水野丸との衝突を招き、同船の船体に軽損を、自船の右舷船首部及び船外機に損傷をそれぞれ生じさせたほか、自身が右足骨折などの負傷をするに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項3号を適用して同人を戒告する。 A受審人は、粟津港内の見通しの悪い陸岸突出部を右舷に見て、これに接近して入航する場合、出会い頭の衝突を防ぐため、安全な速力とすべき注意義務があった。しかるに、同人は、天候が悪化する様子があり、浜辺に干していたわかめの取り込みを急ぐあまり、安全な速力としなかった職務上の過失により、過大な速力で同突出部に接近し、出航中の山本丸との衝突を回避できずに衝突を招き、前示のとおり両船に損傷を生じさせ、B受審人を負傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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