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1999年(平成11年)

平成10年第二審第28号
    件名
貨物船明福丸引船第五末広丸引船列衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成11年10月26日

    審判庁区分
高等海難審判庁
原審広島

伊藤實、米田裕、山崎重勝、吉澤和彦、上中拓治
    理事官
松井武

    受審人
A 職名:明福丸船長 海技免状:五級海技士(航海)
B 職名:第五末広丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
C 職名:第八末広丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
明福丸・・・・・・右舷前部外板に破口を伴う凹損
台船・・・・・・船首右舷端の外板に破口を伴う凹損

    原因
明福丸・・・・・・動静監視不十分、船員の常務(引船列の通過を待たなかった)不遵守(主因)
末広丸引船列・・・警告信号不履行(一因)

    二審請求者
理事官田邉行夫、補佐人鈴木邦裕

    主文
本件衝突は、音戸瀬戸において、北上する明福丸が動静監視不十分で、南下する第五末広丸引船列の通過を待たなかったことによって発生したが、第五末広丸引船列が、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。
受審人Cを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年11月12日04時13分
瀬戸内海音戸瀬戸
2 船舶の要目

船種船名 貨物船明福丸
総トン数 102トン
全長 32.77メートル
幅 6.20メートル
深さ 3.10メート
機関の種類 ディーゼル機関
出力 220キロワット
船種船名 引船第五末広丸 引船第八末広丸
総トン数 19トン 19トン
全長 16.00メートル 13.44メートル
幅 4.50メートル 5.00メートル
深さ 1.80メートル 2.10メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 558キロワット 588キロワット
船種船名 台船第1001号
総トン数 600トン
全長 44.00メートル
幅 12.00メートル
深さ 3.80メートル

3 事実の経過
明福丸は、専ら鋼材を輸送する船尾船橋型貨物船で、A受審人ほか2人が乗り組み、空倉で船首0.4メートル船尾1.8メートルの喫水をもって、平成8年11月11日12時10分大阪港を発し、広島県呉港に向かった。
A受審人は、自らと機関長の2人による単独の4時間交替の船橋当直を行いながら瀬戸内海を西行し、日没時に法定灯火を掲げ、翌12日04時00分呉市観音埼南方沖合で、機関長から当直を引き継ぎ、音戸瀬戸南口灯浮標(以下、灯浮標の名称については「音戸瀬戸」を省略する。)に向けて自動操舵で進行した。
ところで、音戸瀬戸は、広島県安芸郡倉橋島北部の三軒屋ノ鼻及び呉市南側の警固屋間を北口、同島清盛塚及び同市の鼻埼間を南口とする、ほぼ南北に延びる長さ約700メートル、最狭部の可航幅が約60メートルの狭い水道で、鼻埼の北方約100メートルの最狭部に音戸大橋が架けられており、南北の水道入口が大きく湾曲していて水道の見通しが悪く、潮流が最強時には約4ノットにも達する通航の難所であるうえに、一日平均約700隻の船舶が通航することから、操船者にとっては十分な注意が要求されるところであった。

そのため、海上保安庁では、音戸瀬戸の北側及び南側に北口灯浮標及び南口灯浮標をそれぞれ設置し、通航船舶はこれらの灯浮標を左に見て航行すること、速力はできる限り落として航行すること、行き会う際には、早目に右転して左舷対左舷で航過すること、総トン数200トンを超える船舶は他船を追い越したり、行き会いを避けることを現場等で指導するとともに、このことを瀬戸内海水路誌に掲載し、冊子類を船舶運航関係先に配布するなどして周知を図っていた。
04時10分少し前A受審人は、南口灯浮標まで200メートルに接近したとき、レバーによる操舵に切り替え、同時10分半少し前に右転を開始し、同時11分少し前音戸灯台から179度(真方位、以下同じ。)850メートルの地点で、針路を音戸大橋橋梁灯(C1灯)(以下、橋梁灯については「音戸大橋」を省略する。)に向く009度に定め、機関を約8ノットの全速力前進にかけて進行した。

04時11分音戸灯台から179度800メートルの地点に達したとき、A受審人は、右舷船首7度520メートルのところに、第五末広丸及び第八末広丸の両船(以下「両末広丸」という。)がそれぞれ連掲する白、白、白3灯のマスト灯を初めて視認し、両末広丸が並航して曳航物件を引いている引船列(以下「末広丸引船列」という。)で、音戸瀬戸を南下しているものと判断した。そして、同受審人は、このときそのまま北上すると同引船列と水道の最狭部付近で行き会うこととなり、同引船列の大きさや水道の可航幅から、互いに行き会うことが危険な状況であったが、自船の方が先に最狭部付近を通過できるものと思い、レーダーや双眼鏡などを使用して、両末広丸の舷灯、被曳航物の灯火、同引船列の大きさやその曳航状態などを確かめるなどして、その動静を十分に監視しなかったので、このことに気付かず、同引船列が呉市側に寄っていたので、その様子を見ようとして機関を4.0ノットの微速力前進に減じ、折からの潮流に乗じて6.5ノットの対地速力で北上した。
04時11分半わずか前A受審人は、音戸灯台から178度720メートルの地点に達し、末広丸引船列の方位が変わらないで400メートルの距離に認めるようになったとき、両末広丸の舷灯などの灯火の状況から、同引船列が水道の中央に向けて航行してきており、更に北上すると最狭部付近での行き会いは避けられない状況であったが、依然、その動静を十分に監視せず、直ちに行きあしを止めたり、右転するなどして南側の広い水域で同引船列の通過を待つことなく続航した。
04時12分わずか前A受審人は、鼻埼沖の石灯籠を右舷前方60メートルに認めたとき、末広丸引船列が更に右に転じた針路となっていたことにも気付かないまま、同引船列と右舷を対して航過するつもりで、閃光による操船信号を行って徐々に水道の左側に寄せた。そして、同受審人は、同時12分わずか過ぎ音戸灯台から178度580メートルの地点に達したとき、針路をほぼ橋梁灯(L1灯)に向く010度とし、同時12分半わずか過ぎ音戸大橋に至ったとき、同引船列が既に水道の右側に寄っていたものの、なおも同引船列を右舷側に替わそうとして、左舵をとって359度として進行した。

A受審人は、04時13分少し前、両末広丸を右舷至近に替わした直後、右舷船首方近くに台船第1001号(以下「台船」という。)を初めて視認し、衝突の危険を感じたが、どうすることもできず、04時13分音戸灯台から174度400メートルの地点において、明福丸は、原速力、原針路のまま、その右舷前部が、台船の船首右舷端に前方から13度の角度で衝突した。
当時、天候は曇で風がほとんどなく、潮候は上げ潮の初期で、衝突地点付近には2.5ノットの北に向かう潮流があった。
また、両末広丸は、専ら台船の曳航業務に従事する鋼製引船で、第五末広丸には、B受審人ほか1人が乗り組み、船首0.8メートル船尾2.2メートルの喫水をもって、一方、第八末広丸には、C受審人ほか1人が乗り組み、船首1.0メートル船尾2.6メートルの喫水をもって、非自航の鋼製台船を曳航する目的で、共に同月12日01時00分広島県佐伯郡能美町中田港高田の係留岸壁を発航し、台船が錨泊している、笠磯灯標から085度1.0海里の地点に向かった。

B受審人は、前示錨泊地に到着したところで、第五末広丸の右舷側に第八末広丸を配置し、かき殻約400トンを積載して、喫水が船首1.2メートル船尾1.6メートルとなった台船の曳航準備にかかり、両末広丸の船首部ビットに直径50ミリメートル長さ5メートルの合成繊維製ロープをとって両船を並列につないだ。そして、同受審人は、台船の船首部左右舷先端部のビットにそれぞれ係止した、直径32ミリメートル長さ6メートルのワイヤーロープをブライダル状態としてシャックルで連結し、これに両末広丸の各曳航フックからそれぞれ延ばした、直径60ミリメートル長さ35メートルの合成繊維製ロープを繋(つな)ぎ、第五末広丸の船尾から台船の後端までの長さを80メートル、末広丸引船列全体の長さを96メートルとしたうえで、同日01時30分同錨泊地を発し、C受審人
を指揮しながら福山港に向けて曳航を開始した。
B受審人は、台船を曳航するに当たり、同船に法定灯火として舷灯及び船尾灯を表示しなければならなかったものの、これらの灯火を表示しないで、台船の前部で甲板上の高さ7メートルの箇所と、後部マストで甲板上の高さ9.5メートルの箇所に、2秒1閃の白色点滅灯各1個を、同マストで甲板上の高さ9メートルの箇所に、黄色回転灯をそれぞれ点灯した。また、同受審人は、第五末広丸には、引船の船尾から曳航物件の後端までの距離が200メートルを超えていなかったものの、法定灯火のほかにマスト灯1個を増掲してマスト灯3個を点灯し、第八末広丸にもこれと同じ灯火を点灯させていた。
発航後、B受審人は、単独で船橋当直に就いて手動操舵に当たり、ときどきC受審人に必要な指示を与えながら、5.5ノットの曳航速力で音戸瀬戸に向かい、04時06分北口灯浮標を左舷側50メートルに見て航過したのち、潮流の緩やかな呉市警固屋側寄りを南下し、同時08分半音戸灯台から078度270メートルの地点に達したとき、針路を水道の東側側端に向く196度に定め、折からの潮流に抗して4.5ノットの対地速力で進行した。

04時10分半少し過ぎB受審人は、音戸灯台から144度310メートルの地点で、針路を橋梁灯(C2灯)に向く205度に転じて南下し、同時11分半わずか前同灯台から157度360メートルの地点に至り、水道の最狭部付近に差し掛かったとき、C受審人からの報告で、左舷船首9度400メートルのところに、明福丸の白、緑2灯を初めて視認した。そして、B受審人は、明福丸がそのまま北上してくると、水道最狭部付近で互いに行き会い、危険な状況になることを知ったが、これまでも他船の方が末広丸引船列の通過を待ってくれることが多かったので、明福丸も水道の南側で待ってくれるものと思い、自船側の通過を待つよう警告信号を行わず、水道の右側端に寄せることとして、C受審人に指示したうえ、右転して針路を清盛塚に向く215度とし、折から強まった潮流に抗して右方に20度流されながら、3.6ノットの対地速力で続航した。
C受審人は、単独で船橋当直に就いて手動操舵に当たり、04時11分半わずか前音戸瀬戸の最狭部付近に差し掛かったとき、左舷船首方に来航する明福丸の白、緑2灯を初めて視認して、B受審人にその旨を報告したところ、同受審人が警告信号を行う様子がなかったが、同船が水道の南側で自船側の通過を待ってくれるものと思い、B受審人に対して警告信号を行うことを進言することも、また、自身がこれを行うこともなく南下した。
04時12分半B受審人は、自船側が陸岸に近付き過ぎたことに気付くとともに、明福丸が音戸側に寄って接近してきたので、同船との衝突の危険を感じ、C受審人に対して左舵一杯を命じて自身も左舵一杯をとったが及ばず、両末広丸の船首が橋梁灯(R2灯)に向首する150度を向いたとき、台船は、その船首が192度を向いて、前示のとおり衝突した。

衝突の結果、明福丸は、右舷前部外板に破口を伴う凹損を生じ、台船は、船首右舷端の外板に破口を伴う凹損を生じたが、のちいずれも修理された。

(主張に対する判断)
本件は、音戸瀬戸の最狭部付近において、北上中の明福丸と南下中の末広丸引船列とが衝突した事件である。
1 明福丸側補佐人は、「明福丸及び末広丸引船列の両船が、水道の最狭部付近において互いに行き会う際に、その経過時間が短く、両船の相互作用等の影響は少なく、海上衝突予防法第9条の適用を排除するものではないから、同条を適用すべきである。仮に同法第39条の船員の常務を適用するとしても、対象となる船舶は、海上保安庁の指導では、総トン数200トン以上の船舶となっていることから、明福丸はこれに該当しない。また、明幅丸は、同引船列が水路の左側端に寄って南下したために、左舷を対して航行することが不可能であると判断し、発光信号を行って左側端に寄って航行したもので、正当である。」旨主張する。

以下、明福丸と末広丸引船列とが、音戸瀬戸の最狭部付近において、安全に航過できるかどうかについて検討する。
(1) 側壁影響について
船舶が、水深が急激に深くなった狭水道を航行するときには、水道の一方に偏在すると、流体作用により、船体に岸側への吸引力、更に船首が反対方向に回頭する反発力の側壁影響が発生し、これらは、船体の中心線から海岸線である側壁までの距離が船幅の2倍以下になると顕著に現われるとされている。したがって、この側壁影響が生じることが予想される音戸大橋付近の水道の最狭部においては、明福丸は、その船幅が6.24メートルであることから、船体の中心を海岸から12.5メートル以上、末広丸引船列側は、台船の幅が12メートルであるから、船体の中心を海岸から24メートル以上それぞれ離して航行することが必要となる。

(2) 船舶間の相互作用の影響について
2船が互いに接近して航走するときには、両船間の流体作用により、各船が左右不釣り合いの回頭モーメントを受け、針路が保持できなくなる相互作用を生じる。一般的に相互作用は、その航過距離が両船の長さの和以下に接近すると発生し、両船の長さの和の1/2以下に達すると、その影響が急激に増加して危険であるとされている。したがって、末広丸引船列と明福丸とが安全に航過するには、両船舶間の相互作用の影響を考慮して、安全な航過距離を保つことが必要で、明福丸の垂線間長は29.9メートル、台船の長さは44メートルであることから、36.95メートル以上の船間距離をとらなければならないことになる。
以上のことから、末広丸引船列と明福丸とが、狭い水道において安全に航過するために必要とされる可航幅は、側壁影響によるものが36.5メートル以上、船舶間の相互作用の影響によるものが37.0メートル以上で、これに台船の船幅12.0メートルと明福丸の船幅6.2メートルのそれぞれ1/2を加えると82.6メートル以上が必要となる。

したがって、音戸大橋付近の水道の最狭部の可航幅は、約60メートルであることから、側壁影響及び船舶間の相互作用の影響を考慮すると、同最狭部付近において、末広丸引船列と明福丸とが互いに行き会うことは、危険な状況であるということになる。
また、「音戸瀬戸における航行安全対策」写によれば、2船が並航して航行可能な船舶の上限は、2船が同じ大きさの船舶とした場合、水道の最狭部では、船舶の長さが28メートルで、それに相当する約130総トン、水道北部の両岸間の距離が170メートルのところでは、船舶の長さが45メートルで、それに相当する約200総トンとなり、それぞれ、それを超える大きさの船舶の追い越し及び行き会い状態は理論上危険であるとしている。
このことから、海上保安庁では、200総トンを超える船舶は、音戸瀬戸の清盛塚から音戸灯台までの間において、他船を追い越したり、行き会うことを避けるように指導しているものであり、「音戸瀬戸における航行安全対策」写の算定根拠からは、単に一方の船舶が200総トン以上でない船舶であれば安全であるというものではなく、本件の場合、明福丸は102総トンで、200総トン以下であるものの、台船の大きさは600総トンであることから、同水道の最狭部付近における、行き会いは危険であり、避けなければならないことになる。

(3) 水道最狭部の通過を待つべき船舶について
水道最狭部付近の行き会いを避けるために、明福丸及び末広丸引船列のいずれの船舶が待つべきかについては、同最狭部付近において行き会う状況となることを認め得る時点において、待機することの容易性、両船の操縦性能等から判断されるものである。
本件の場合、明福丸と比較して末広丸引船列の方が、操縦性能が劣り、その長さが可航幅よりも長いうえに、両船側が互いに相手船を認める時点では、引船列の方が既に水道の最狭部付近に差し掛かっていた。一方、明福丸は、水道南側の広い水域におり、同引船列の通過を待つことが容易で、かつ、操縦性能が同引船列より優れていたことから、船員の常務により、明福丸が同引船列の航過を待たなければならないことになる。
以上のことから、側壁影響、船舶間の相互作用の影響を考慮した場合、明福丸と末広丸引船列の大きさ等からして音戸瀬戸の最狭部付近において、両船が互いに行き会うことは危険な状況であったものと認められることから、海上衝突予防法第9条の適用の余地はない。更に両船の操縦性能の違いや待機措置の難易度等から、北上する明福丸が、水道の南側で同引船列の通過を待つべきであったと認めるのが相当であり、明福丸側補佐人の主張は、これを採用することはできない。

2 次に、末広丸引船列側補佐人は、「同引船列が、警告信号を行わなかった点については、仮に同信号を明福丸が聴取したとしても、既に同船に衝突を回避することが不可能であり、衝突との因果関係がない。」旨主張する。
以下この点について検討する。
末広丸引船列側において、音戸瀬戸を北上する明福丸を認め、同船がそのまま北上すると最狭部付近で行き会うことを知った際、同船は鼻埼の150メートル手前で、その操縦性能等から見て、まだ水道の南側で特機することが十分可能であったものと認められる。この時点で、同引船列側が警告信号を行っていたならば、その信号を聴取した明福丸において、レーダーや双眼鏡等を使用して同引船列の灯火や、その大きさ、曳航状況等を確かめることが促されることとなり、その結果、同引船列と最狭部付近で互いに行き会うことは、その大きさや水道の可航幅から危険な状況であるとの判断がなされ、北上を続けることを思い止まった可能性が十分にあったものと認められる。

以上のことから、末広丸引船列側補佐人の主張は、これを採用することはできない。

(原因)
本件衝突は、夜間、音戸瀬戸において、明福丸と末広丸引船列とが同瀬戸の最狭部付近で行き会う状況となった際、北上中の明福丸が、動静監視不十分で、南下中の同引船列の通過を待たなかったことによって発生したが、末広丸引船列が、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
末広丸引船列の運航が適切でなかったのは、第五末広丸の船長が、警告信号を行わなかったことと、第八末広丸の船長が、第五末広丸の船長に対し、同信号を行うことを進言しなかったこととによるものである。


(受審人の所為)
A受審人は、夜間、音戸瀬戸の最狭部に向けて北上中、両末広丸のそれぞれ連掲する白、白、白3灯のマスト灯を視認し、両末広丸が曳航物件を引いて南下中であることを認めた場合、末広丸引船列と最狭部付近で行き会うことになるかどうか、同引船列の大きさや水道の可航幅から互いに安全に行き会うことが可能かどうかを判断できるよう、レーダーや双眼鏡等により、同引船列の灯火や曳航状態を確かめるなどして、その動静を十分に監視すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、自船の方が末広丸引船列よりも先に最狭部付近を通過できるものと思い、同引船列の動静を十分に監視しなかった職務上の過失により、互いに水道の最狭部付近で行き会い、危険な状況であることに気付かず、水道の南側の広い水域において行きあしを停止するなど末広丸引船列の通過を待つことなく、そのまま進行して同最狭部付近で同引船列との衝突を招き、明福丸の右舷前部外板及び台船の船首右舷端の外板にそれぞれ破口を伴う凹損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2号の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して、同人を戒告する。
B受審人は、夜間、末広丸引船列の指揮をとって音戸瀬戸の最狭部付近を南下中、北上する明福丸の白、緑2灯を視認し、同船がそのまま北上すると、最狭部付近で互いに行き会い、危険な状況になることを知った場合、自船側の通過を待つよう、直ちに警告信号を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、これまでも他船の方が自船側の通過を待ってくれることが多かったので、明福丸も水道の南側で待ってくれるものと思い、警告信号を行わなかった職務上の過失により、同最狭部付近で明福丸との衝突を招き、前示のとおりの損傷を生じさせるに至った。

以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2号の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して、同人を戒告する。
C受審人は、夜間、B受審人の指揮の下、音戸瀬戸の最狭部付近を南下中、北上する明福丸を認めてB受審人に報告したのち、同受審人に警告信号を行う様子がなかった場合、警告信号を行うことを同受審人に進言すべき注意義務があった。しかるに、C受審人は、明福丸が水道の南側で自船側の通過を待ってくれるものと思い、B受審人に警告信号を行うことを進言しなかった職務上の過失により、同最狭部付近で明福丸との衝突を招き、前示のとおりの損傷を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2号の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して、同人を戒告する。


よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成10年8月27日広審言渡
本件衝突は、明福丸が、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったばかりか、左転して狭い水道の左側端を航行したことと、第五末広丸引船列が、狭い水道の右側端に寄って航行しなかったばかりか、衝突を避けるための措置をとらなかつたことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。


参考図






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