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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成7年9月29日05時15分 広島県青木瀬戸 2 船舶の要目 船種船名 貨物船第拾五玉吉丸
貨物船タイシャン 総トン数 499トン
1,230トン 全長 65.74メートル 登録長 65.28メートル 機関の種類
ディーゼル機関 ディーゼル機関 出力 735キロワット
1,176キロワット 3 事実の経過 第拾五玉吉丸(以下「玉吉丸」という。)は、船首部に全旋回式ジブクレーンを備えた船尾船橋型の砂利採取運搬船で、A受審人ほか4人が乗り組み、海砂を採取するため、船首1.20メートル船尾3.15メートルの喫水をもって、平成7年9月28日広島県福山港を発し、途中時間調整のために小佐木島灯台から345度(真方位、以下同じ。)1,200メートルばかりの三原湾内で投錨仮泊したのち、翌29日04時50分航行中の動力船の灯火を点灯して同錨地を発航し同県高根島南西方1海里ばかりの海砂採取場に向かった。 発航後、A受審人は、機関を徐々に増速しながら三原市須波沖合を陸岸に沿って南下し、05時09分少し過ぎ高根島灯台から024度1,300メートルの、青木鼻付近に差し掛かったとき、針路を青木瀬戸に沿う233度に定めて自動操舵とし、機関を11.0ノットの全速力前進にかけ、1人で見張りと操船に当たりながら、折からの順潮流に乗じて13.0ノットの対地速力で同瀬戸の右側端を進行した。 この時、A受審人は、ほぼ正船首1.9海里のところに、青木瀬戸を東航するタイシャン(以下「タ号」という。)の前・後部の各マスト灯及び左舷灯を初めて視認し、同瀬戸を自船と反航する船舶が存在することを知った。 ところで、青木瀬戸は、長さが約2海里、幅員が最狭部で約1,000メートルの、ほぼ東西に伸びる狭い水道で、玉吉丸が同瀬戸を発航地方面から目的地方面へ向かうときには、これを北東から南西へ斜航するのが最短距離の進路となるが、同瀬戸の北端部をこれに沿って西航したのち、目的地をほぼ南方に見るようになったとき、同瀬戸をできる限り直角に近い角度で横切ることが求められるところであった。 ところが、A受審人は、タ号まではまだかなり距離があるので、青木瀬戸を斜航して同船の前路を横切り、これと右舷を対して替わることができると思い、目的地までの最短距離をとることにして、05時10分高根島灯台から016度1,050メートルの地点で、針路を同瀬戸を斜抗する224度に転じた。そして、A受審人は、タ号を右舷船首10度1.6海里に見る態勢とし、同船の方位に僅かな変化しか認められず、青木瀬戸を斜航することによって衝突のおそれが生じる可能性のあることに気付かないまま、同瀬戸の右側端によって航行することなく続航した。 05時12分、A受審人は、タ号がなおも方位に僅かな変化しか認められないまま0.9海里まで接近したのを知ったが、依然同船の前路を近距離で航過し、これと右舷を対して替わることができると思い、青木瀬戸を斜航し続けることによって衝突のおそれが生じる可能性のあることに気付かず、速やかに右転するなどして衝突のおそれを生じさせないための措置をとることなく、同船が吹鳴した長音1回を聞き損ねたまま進行した。 こうして、A受審人は、05時14分タ号の前路400メートルのところを航過し、同船の両舷灯を見るようになったが、そのころ同船が短音1回を吹鳴して右転し始めたことに気付かず、同船は短音2回を吹鳴したものと聞き違えたまま続航した。 やがて、A受審人は、タ号が右転していることに気付き、急いで左舵一杯をとったが、効なく、05時15分高根島灯台から249度1,200メートルの地点において、164度を向首し、速力が約2ノットとなったタ号の船首が、原針路、原速力の玉吉丸の右舷中央部に、後方から60度の角度で衝突した。 当時、天候は晴で風力1の東北東風が吹き、潮候は下げ潮の中央期で付近には約2ノットの西南西流があり、日出は05時59分であった。 また、タ号は、船尾船橋型の貨物船で、船長Bほか大韓民国人1人、フィリッピン人6人の計8人が乗り組み、葉ろう石1,500トンをばら積みし、船首3.75メートル船尾4.95メートルの喫水をもって、同月27日17時40分大韓民国蘆花島を発し、広島県尾道糸崎港に向かった。 翌々29日04時50分、B船長は、大久野島灯台から078度1,250メートルの地点で、動力船の灯火が点灯していることを確認したうえ、針路を青木瀬戸のほぼ中央に向首する059度に定め、機関を10.0ノットの全速力前進にかけて一等航海士を手動操舵に就かせ、自ら操船の指揮に当たりながら、折からの逆潮流に抗して8.0ノットの対地速力で進行した。 04時55分、B船長は、大久野島灯台から068度2,450メートルの地点に差し掛かったとき、青木瀬戸を西航する2隻の反航船の各両舷灯を視認したので、これらの船舶を左舷側に余裕を持って替わすことにし、針路を062度に転じたところ、やがて両船が自船の左舷側を無難に航過していくのを認めた。 こうして、B船長は、三原市幸崎沖合を陸岸に沿って東航するうち、05時09分少し過ぎ高根島灯台から249度2,350メートルの地点に達したとき、左舷船首7度1.9海里のところに前・後部の各マスト灯及び両舷灯を表示した玉吉丸を初めて視認した。 B船長は、玉吉丸も先の2隻の反航船と同様に青木瀬戸をこれに沿って西航する態勢であったので、同船を左舷側に確実に替わすことにし、更に針路を065度に転じたところ、05時10分玉吉丸が右舷灯のみを表示するようになったことを知った。 その後、B船長は、玉吉丸が右舷灯のみを表示したまま接近するのを認めたが、同船の方位に僅かの変化しか認められず、かつ、自船は青木瀬戸の右側を航行しているので、いずれ同船は右転し自船と左舷を対して航過するものと思い、玉吉丸が同頼戸を斜航することによって衝突のおそれが生じる可能性のあることに気付かず、速やかに同瀬戸の右側端に寄るように警告信号を行うことなく続航した。 05時12分、B船長は、玉吉丸が、なおも方位に僅かな変化しか認められないまま0.9海里まで接近したのを知ったが、青木瀬戸の航行は初めての経験で、かつ、先に同船が両舷灯を表示して同瀬戸の右側をこれに沿って西航する態勢をとったこともあって、依然同船はそのうち右転し、自船と左舷を対して航過するものと思い、玉吉丸が同瀬戸を斜航し続けることによって衝突のおそれが生じる司能性のあることに気付かず、速やかに機関を停止するなどして衝突のおそれを生じさせないための措置をとることなく、長音1回を吹鳴しただけで進行した。 こうして、B船長は、05時14分少し前、玉吉丸が右転することなく間近に接近してきたのを認めたものの、同船は右転するものと思い込んだまま左舷を対して替わるつもりで、同時14分短音1回を吹鳴するとともに右舵10度、続いて右舵20度をとった。 しかし、B船長は、玉吉丸がそのまま直進してくるので衝突の危険を感じ、一等航海士に右舵一杯を令し、自ら機関を停止したのち、更に微速力後進にかけたが、効なく、前示のとおり衝突した。 衝突の結果、玉吉丸は、右舷中央部甲板に小破口を伴う凹損を生じ、タ号は、船首部ブルワークに曲損を生じたが、のちいずれも修理された。
(原因に対する考察) 青木瀬戸は、広島県三原市の南部地方と同県高根島との間にあって、付近に幸洋船渠のほか尾道糸崎港、瀬戸田港、井ノ口港及び土生港などの大型船が出入りする港を控えた、長さ約2海里、最狭幅約1,000メートルの、ほぼ東西に伸びる狭い水道で、通航船舶が集中するところであるばかりか、多数の漁船が操業するところでもある。 ところで、狭い水道は、船舶交通が輻輳(ふくそう)する可能性が高いことから、同水道を通航する船舶の流れを整流し、衝突の危険が生じるおそれをあらかじめ防止もしくは緩和する措置が必要となり、そのため、通行船舶は、他の船舶の有無にかかわらず、安全であり、かつ、実行に適する限り、狭い水道の右側端に寄って航行することが義務づけられ、また、狭い水道の内側でなければ安全に航行することができない他の船舶の通航の妨げとなる場合は、同水道を横切ってはならないとも規定されている。 それ故、A受審人が、仮泊錨地を発航したのち、青木瀬戸の北東方面からこれを横切って南西方面の目的地へ向かう際には、タ号が同瀬戸を東航していることを考慮するまでもなく、いったん同瀬戸に沿ってその右側を西航し、タ号を左舷側に十分替わしたのち、できる限り直角に近い角度で同瀬戸を南方に横切って目的地へ向かうことが求められたのである。 ところが、A受審人は、タ号の存在とその動静を知ったうえで、目的地までの最短距離をとろうとして青木瀬戸を斜航する針路としたため、両船の針路が交差することになったのであるが、その際、自船は、タ号の方位が僅かながら右方へ替わっているので、同船の前路を横切って右舷を対して航過できると思っても、タ号は、玉吉丸の方位に僅か変化しかなく、かつ、自船は同瀬戸の右側を航行しているので、玉吉丸と左舷を対して替わろうとし、その結果、衝突のおそれが生じる可能性のあることは十分考えられたのである。 このように、A受審人は、青木瀬戸を航行する際、同瀬戸を斜航すれば、タ号と衝突のおそれが生じる可能性があったのであり、同人は、そのことを容易に予測できたと認められる。 したがって、A受審人が、青木瀬戸を航行するに当たり、その右側端を航行しなかったことは本件発生の原因となる。 また、A受審人は、衝突の約6分前に青木瀬戸の右側端をこれに沿う233度の針路とし、タ号をほぼ正船首1.9海里に見る態勢としたのち、衝突の5分前に左転して同瀬戸を斜航する224度の針路に転じ、タ号を右舷船首10度1.6海里ばかりに見る態勢としている。そして、その後、両船は、方位が1分間に約1度の割合で右方に替わりながら、衝突の3分前には0.9海里まで接近している。 確かに、衝突の3分前以降の2分間は、両船の方位が右方へ1分間に2度及び5度の割合で明確に替わりながら接近しており、衝突の1分前には、玉吉丸はタ号の前路400メートルばかりのところを、同船の左方から右方へ横切っていることが認められる。 しかしながら、衝突の5分前から3分前までの両船の方位の変化は、上述のとおり1分間に約1度の割合であり、かつ、両船の針路は反方位に近く、両船がそのままの針路で進行すると、航過距離は右舷を対して約100メートルの極接近した距離であったのである。 加えて、玉吉丸は、衝突の約6分前に青木瀬戸を通航するに当たり、タ号に対して両舷灯を表示し、その後約1分間をその態勢のまま進行しており、当初は青木瀬戸の右側をこれに沿って航行し、同船とは左舷を対して替わる旨を表明しているのである。 このような状況のもとで両船が接近する場合、玉吉丸は、青木瀬戸を斜航する針路をとり続けることによってタ号の前路を横切り、同船と近距離ながら右舷を対して替わることができると思っても、タ号は、衝突のおそれがあると認め、かつ、玉吉丸はいずれ右転して青木瀬戸に沿う針路に転じるものと思い、間近に接近してからでも同船と左舷を対して大きく替わるつもりで右転すればよいと判断し、その結果、衝突のおそれが生じる可能性のあることは十分考えられたのである。 このように、A受審人は、青木瀬戸を斜航し続ければ、タ号と衝突のおそれが生じる可能性があったのであり、同人は、そのことを容易に予測できたと認められる。したがって、A受審人が、青木瀬戸を斜航してタ号に接近中、速やかに右転するなどして同船と衝突のおそれを生じさせないための措置をとらなかったことは本件発生の原因となる。 一方、B船長は、玉吉丸が青木瀬戸の右側を航行することなく、同瀬戸を斜航する態勢をとったとき、両船の針路が交差するのを認めたが、その際、タ号は、玉吉丸の方位に僅かな変化しかなく、かつ、自船は同瀬戸の右側を航行しているので、いずれ同船は右転するものと考え、玉吉丸と左舷を対して替わろうと思っても、同船は、タ号の方位が僅かながら右方に替わっていることから、同船の前路を横切って右舷を対して替わろうとし、その結果、衝突のおそれが生じる可能性のあることは十分考えられたのである。 このように、B船長は、玉吉丸が青木瀬戸を斜航すれば、同船と衝突のおそれが生じる可能性があったのであり、同人は、そのことを容易に予測できたと認められる。 したがって、B船長が、玉吉丸が青木瀬戸を斜航するのを認めたとき、同船に対して青木瀬戸の右側端に寄って航行するよう警告信号を吹鳴しなかったことは本件発生の原因となる。 また、B船長は、玉吉丸がその後も引き続いて自船の前路を横切る態勢で接近するのを認めたが、その際、タ号は、衝突のおそれがあると判断し、かつ、玉吉丸は青木瀬戸を通航するに当たって左舷を対して替わる旨を表示していたことから、いずれ同船は右転して同瀬戸に沿う針路に転じるものと思い、間近に接近してからでも同船と左舷を対して大きく替わるつもりで右転すればよいと思っても、玉吉丸は、なおも同瀬戸を斜航する針路をとり続けることによってタ号の前路を航過し、同船と近距離ながら右舷を対して替わることができると思い、その結果、衝突のおそれが生じる可能性のあることは十分考えられたのである。 このように、B船長は、玉吉丸が斜航を続けると、衝突のおそれが生じる可能性があったのであり、同人は、このことを十分予測できたと認められる。 したがって、B船長が、玉吉丸が青木瀬戸を斜航し続けるのを認めたとき、速やかに機関を停止するなどして衝突のおそれを生じさせないための措置をとらなかったことは本件発生の原因となる。
(原因) 本件衝突は、日出前の薄明時、狭い水道に該当する広島県三原市沖合の青木瀬戸において、玉吉丸が、同瀬戸の右側端に寄って航行しなかったばかりか、これを斜航中、同瀬戸の右側を針路が狭い角度で交差し、かつ、航過距離が小さい態勢で東航するタイシャンと接近した際、衝突のおそれを生じさせないための措置をとらなかったことによって発生したが、タイシャンが、同瀬戸を斜航する玉吉丸に対して警告信号を行わなかったばかりか、同船と接近した際、速やかに衝突のおそれを生じさせないための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為) A受審人が、日出前の薄明時、狭い水道に該当する広島県三原市沖合の青木瀬戸において、同瀬戸を斜めに横切るように西航中、針路が狭い角度で交差し、かつ、航過距離が小さい態勢で同瀬戸の右側を東航するタ号を視認し、同船の方位に僅かな変化しか認められないのを知った場合、タ号が左舷を対して替わるつもりで右転すると、衝突のおそれが生じる可能性があったから、速やかに右転するなどして衝突のおそれを生じさせないための措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、このまま進行してもタ号の前路を横切り、近距離ながら同船と右舷を対して替わることができると思い、速やかに右転するなどして衝突のおそれを生じさせないための措置をとらなかった職務上の過失により、タ号の船首と玉吉丸の右舷中央部とを衝突せしめ、タ号の船首に凹損を、また、自船の右舷外板に小破口を伴う凹損を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文平成9年8月22日広審言渡(原文縦書き) 本件衝突は、タイシャンが、新たな衝突の危険を生じさせたことに因って発生したが、第拾五玉吉丸が、衝突を避けるための措置をとらなかったこともその一因をなすものである。 受審人Aを戒告する。
参考図
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