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1999年(平成11年)

平成9年第二審第40号
    件名
貨物船ヒュー・マーチャント貨物船イラン・シャリアティ衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成11年1月29日

    審判庁区分
高等海難審判庁
原審横浜

山崎重勝、松井武、平田照彦、雲林院信行、吉澤和彦
    理事官
金城隆支

    受審人
A 職名:ヒュー・マーチャント水先人 水先免状:東京湾水先区
B 職名:イラン・シャリアティ水先人 水先免状:横須賀水先区
    指定海難関係人

    損害
ヒュー号…右舷船首ブルワーク曲損
イラン号…右舷後部外板及びハンドレール曲損

    原因
イラン号…動静監視不十分、狭視界時の航法(速力)不遵守、船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
ヒュー号…船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

    二審請求者
受審人A、補佐人峰隆男

    主文
本件衝突は、イラン・シャリアティが、視界制限状態における運航が適切でなかったばかりか、動静監視不十分で、ヒュー・マーチャントを目視できるようになった際衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したがヒュー・マーチャントが、イラン・シャリアティを目視できるようになった際、衝突を避けるための措置が遅れたことも一因をなすものである。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年7月13日07時05分
千葉港
2 船舶の要目
船種船名 貨物船ヒュー・マーチャント
総トン数 30,987トン
全長 201.02メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 12,356キロワット
船種船名 貨物船イラン・シャリアティ
総トン数 25,768トン
全長 181.06メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 8,458キロワット
3 事実の経過
ヒュー・マーチャント(以下「ヒュー号」という。)は、船尾船橋型の貨物船で、船長Cほか23人が乗り組み、製材29,484トンを載せ、船首8.84メートル船尾9.68メートルの喫水をもって、平成8年7月12日京浜港川崎区を発して千葉港港外に向かい、翌日着岸する予定で、同日21時12分千葉航路に接続する掘り下げ水路の西方約1海里にあたる、京葉シーバース灯から351度(真方位、以下同じ。)1.2海里の地点に左舷錨を投じ、錨鎖4節を延出して錨泊した。
ところで、堀り下げ水路は、千葉航路と同じ南西方向に延びる港則法の航路に該当しない、水深18メートル、幅約400メートル、長さ約4.3海里の水路で、両側端には約2,000メートルの間隔で第1号から第8号までの千葉港口灯浮標(以下、千葉港口灯浮標については「千葉港口」を省略する。)が設置され、千葉航路に入出航する大型船舶などが通航していた。
翌13日05時50分A受審人は、ヒュー号を水先して千葉港千葉第三区三菱木材埠頭(ふとう)に着岸させる目的で、霧模様のなか、同港出洲埠頭で引船熊野丸に乗船し、引船だいおうを伴ってヒュー号に向かい、掘り下げ水路出入口の第1号灯浮標付近に達したとき、熊野丸の船長から視程が1,000メートル以上ある旨の報告を受け、06時40分同号に乗船し、同水路を経て千葉航路に入ることとして同時45分揚錨を始めた。
A受審人は、当日の水先作業予定表で、イラン・シャリアティ以下「イラン号」という。)が06時ごろ千葉港千葉第三区ニューポート産業バースを発航して港外に向かうことを知っており、06時55分船首が070度を向いて揚錨を終えたとき、第3号灯浮標付近を航行しているイラン号のレーダー映像をほぼ正船首2.3海里に認めた。
そこで、A受審人は、掘り下げ水路沖で互いに左舷を対して航過するつもりで、その旨を国際VHFを使用してイラン号に云えるようだいおうに指示し、間もなく機関を微速力前進に令し、舵及び引船を使用して回頭を行い、針路を105度に定め、霧中信号を行いながら進行を開始した。
A受審人は、だいおうが日本語でイラン号を呼び出しているのをヒュー号の国際VHFで傍聴しながら水先業務にあたり、その後だいおうからイラン号との連絡がとれない旨の報告を受けたが、自ら英語を使用して同号との連絡をとらないで続航した。
06時57分A受審人は、半速力前進として徐々に速力を上げ、同時58分京葉シーバース灯から357度2,100メートルの地点に達し、速力が2.5ノットになったとき、イラン号が左舷船首35度1.6海里に接近しており、著しく接近することを避けることができない状況であったが、自らレーダーによって同号の位置や接近状況を確認しないまま進行していたところ、07時00分だいおうからイラン号が間もなく第1号灯浮標を通過する旨の報告を受け、著しく接近することを避けることができない状況であることを知った。
A受審人は、掘り下げ水路の出入口を1,000メートル余り離す針路としており、自船の速力が3ノット余りしかないので、当時の視界模様から互いに視認してからでも対応できると思い、左舷船首方を注視しながら針路を保つことができる最少限度の速力で原針路のまま続航中、07時01分京葉シーバース灯から006度1.1海里の地点に達したとき、左舷船首33度1,600メートルにイラン号のマス頂部と霧にかすんだ同号の船体を認めるようになった。
07時02分A受審人は、速力が4.4ノットになったとき、左舷船首32度1,200メートルに針路が交差する態勢で接近するイラン号の船体をはっきりと目視できるようになり、衝突の危険があることを知ったが、同号が転舵して自船を替わすものと思い、直ちに全速力後進をかけるなど衝突を避けるための措置をとらず、機関停止を令した後、短音3回を吹鳴し、機関回転数の変化を見ながら順次微速力後進、半速力後進、全速力後進、左舵一杯を令したが及ばず、07時05分京葉シーバース灯から021度1.1海里の地点において、行きあしがほとんど停止したとき、ヒュー号の右舷船首が、原針路のまま、イラン号の右舷後部に前方から57度の角度で衝突した。
当時、天候は霧で風力1の東北東風が吹き、潮候は下げ潮の末期で、視程は1,200メートルであった。
また、イラン号は、船尾船橋貨物船で、船長Dほか22人が乗り組み、空倉のまま、船首4.36メートル船尾6.95メートルの喫水をもって、東京湾水先区水先人の嚮導(きょうどう)のもと、同日06時05分ニューポート産業バースを発し、オーストラリアのヘイポイント港に向かった。
横須賀水先区水先人であるB受審人は、発航時から乗船し、06時35分東京湾水先区水先人が千葉航路第一号灯浮標までの水先を終えたので水先業務を引き継ぎ、同水先人を下船させ、同時37分千葉灯標から289度1,500メートルの地点で、針路を掘り下げ水路に沿う238度に定め、そのころ視程が1,200メートルに制限されていたが、前任の水先人から入航船があることを聞いていたので、できるだけ早く同水路を通過しておこうと思い、霧中信号を行いながら機関を港内全速力前進にかけて11.8ノットの速力で進行した。
その後、B受審人は、操舵室に出入しながら水先にあたり、06時55分第3号灯浮標に接近したところ、だいおうが国際VHFで日本語によってイラン号の呼出しを行ったが、操舵室の外に出ていてこのことを知らなかった。
06時58分B受審人は、京葉シーバース灯から041度2.2海里のところで、レーダーによって右舷船首12度1.6海里のところにヒュー号とその付近に他の2隻の映像を初めて認めたが、これらがいずれも掘り下げ水路の出口付近で錨泊している船舶のものと思い、継続して動静監視を行わなかったので、同号が同水路の出入口沖を東南東方に向けて極微速力で進行しており、著しく接近することを避けることができない状況であることに気付かず、進路を保つことができる最小限度の速力に減じないまま、依然11.8ノットの過大な速力で続航した。
07時01分少し過ぎB受審人は、第1号灯浮標を通過し、同時02分右舷船首15度1,200メートルのところに、針路が交差して衝突の危険のある態勢で接近するヒュー号を目視することができる状況となったが、依然、動静監視を行わなかったのでこれに気付かず、左右いずれかに転舵するなど衝突を避けるための措置をとらず、同時02分右舷船首16度950メートルのところに同号の船体を初めて目視して衝突の危険を感じ、全速力後進を令し、同時05分少し前左舵一杯を令したが及ばず船首が228度を向いたとき、約5ノットの速力で前示のとおり衝突した。
衝突の結果、ヒュー号は右舷船首ブルワークに、イラン号は右舷後部外板及びハンドレールにそれぞれ曲損を生じたが、のちいずれも修理された。

(主張に対する判断)
ヒュー号側補佐人は、「視程について、A受審人が07時01分イラン号のマスト頂部、続いて船体を認めているから、同時刻における両船の船間距離1,600メートルが視程である。また、適用航法について、当時視程が1,600メートルであったから、イラン号が海上衝突予防法(以下「予防法」という。)第6条にいう、そのときの状況に適した距離で停止できるよう、安全な速力で航行していさえすれば、両船の運動性能よりみて、互いに相手船を視認してからでも、予防法に定められた横切り船の航法に従って行動することにより、衝突を回避することができた。したがって、予防法第19条の適用は相当でなく、同法第15条を適用すべきである。」旨主張する。
一方、イラン号側補佐人は、「視程について、A受審人がイラン号のマスト頂部をかろうじて視認したものの、その後船体を視認するようになったのは、07時02分ごろで、そのときの両船の船間距離1,000メートルを視程とするのが相当である。
また、適用航法について、当時視程が約0.5海里であったから、視界制限状態の航法が適用され、両船が互いに相手船を視認することができる状況となった以後は、避航の措置をとる余裕はないから、予防第19条第6項が適用される。」旨主張する。
以下、視程及び適用航法について判断する。
1 視程について
A受審人は、同人に対する質問調書中及び当廷において、「引船からイラン号が間もなく第1号浮標に達する旨の報告をけてその方向を注視していた。
07時01分ごろマスト頂部が見え、続いて船体が見えてきたので同時02分に機関停止とした。」旨述べている。
このA受審人の供述から、同人は07時01分にイラン号の船体全体を認めておらず、マスト頂部を認めたのみであるから、この時点こおける両船間の距離をもって視程とみなすことはできず、ヒュー号が機関停止とした07時02分に互いに相手船を視認することができたと認められ、両船の運行模様から作図によって求めた、同時刻における両船の距離1,200メートルをもって視程と認めるのが相当である。
2 適用航法について
本件は、霧のため視程が1,200メートルに制限された千葉港において、掘り下げ水路出入口から入航するため、東南東方に向けて航行中のヒュー号と同水路を通過し南西方に向けて航行中のイラン号とが、互いに針路を交差する態勢で衝突したものである。
ヒュー号側補佐人は、「イラン号が安全な速力で航行していさえすれば」との仮定条件の下に、互いに視認し得る状況となった後の横切り船の航法の適用を主張するが、航法の適用は、両船のおかれた当時の状況において判断されるべきであり、仮定条件の下に判断されるべきでない。
本件においては、衝突3分前両船が距離1,200メートルに接近し、互いに視認し得る状況となったときには、ヒュー号が4.4ノット、イラン号が11.8ノットの速力で航行中であり、両船の大きさ、水域、衝突までの時間的及び距離的余裕を総合すると、すでに衝突の危険が切迫しており、両船ともこの危険を回避するための措置をとるべきであり、横切り船の航法を適用するのは相当でない。
次に、イラン号側補佐人が主張する、予防法19条第6項の適用こついては、両船が1,200メートルに接近するまでは、互いに相手船を視認することがでず、自船の正横より前方から互いに接近し、著しく接近することを避けることができない場合であったから、予防法第19条第6項中の「その速力を針路を保つことができる最小限度の速力に減じなければならず」とする規定が適用されるのは当然であるが、当時、ヒュー号の速力は針路を保つことができる最小限度の速力と認められ、この規定の違背とはならない。
また、「必要に応じて停止しなければならない」時期は、各船の速力、運動性能及び水域などによって判断すべきであり、両船が1,200メートルに接近して互いに視認し得る状況となる前に、ヒュー号が停止することは望ましいことではあっても、当時の同号の速力及び運動性能などから、停止すべき義務があったとは認められない。

(原因)
本件衝突は、千葉港において、イラン号が、視界制限状態の堀り下げ水路を出航する際、動静監視不十分で、前路に探知したヒュー号と著しく接近することを避けることができない状況となったとき、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、ヒュー号を目視できるようになった際、転舵による衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが、ヒュー号、イラン号を目視できるようになった際、直ちに機関を全速力後進にかけず、衝突を避けるための措置が遅れたことも一因をなすものである。
 
(受審人の所為)
B受審人は、視程が1,200メートルに制限された千葉港において、イラン号の水先にあたって掘り下げ水路を出航中、レーダーによって前路にヒュー号と他の2隻の映像を認めた場合、継続して動静監視を行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、これらを錨泊船の映像と思い、動静監視を行わなかった職務上の過失により、ヒュー号と著しく接近することを避けることができない状況であることに気付かず、針路を保つことができる最小限度の速力に減じないまま、11.8ノットの過大な速力で進行し、ヒュー号の目視が遅れて衝突を招き、同号の右舷船首ブルワーク並びにイラン号の右舷後部外板及びハンドレールにそれぞ曲損を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、視程が1,200メートに制限された千葉港において、ヒュー号の水先にあたって掘り下げ水路の入口付近に向けて、低速力で進行中、衝突の危険がある態勢で接近するイラン号を目視できるようになった際、衝突を避けるため機関を全速力後進にかける時機がわずかに遅れたことは本件発生の原因となるが、衝突時行きあしが停止していた点に徴し、このことを同受審人の職務上の過失と認めるまでもない。

よって、主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成9年11月27日横審言渡(原文縦書き)
本件衝突は、ヒュー・マーチャントが、視界制限状態における運航が適切でなかったことと、イラン・シャリアティが、視界制限状態における運航が適切でなかったこととに因って発生したものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。

参考図






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