日本財団 図書館




1999年(平成11年)

平成11年広審第65号
    件名
旅客船えたじま10号旅客負傷事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成11年11月29日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

杉崎忠志、織戸孝治、横須賀勇一
    理事官
弓田邦雄

    受審人
A 職名:えたじま10号船長 海技免状:五級海技士(航海)
B 職名:えたじま10号機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
旅客1人が全治約4週間の入院加療を要する右第8及び第9肋骨骨折、右肩打撲等

    原因
旅客の安全確保不十分

    主文
本件旅客負傷は、旅客の乗船開始時の安全確保が不十分で、後部客室の中央通路上にある機関室後部開口部のふたが開放されたまま乗船が開始されたことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年11月28日08時53分
広島港
2 船舶の要目
船種船名 旅客船えたじま10号
総トン数 49トン
全長 21.96メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,213キロワット
3 事実の経過
えたじま10号(以下「えたじま」という。)は、平成9年4月に進水し、広島県広島港と同県江田島及び東能美島の各港とを結ぶ定期航路に就航する旅客定員125人の軽合金製高速旅客船で、A受審人及びB受審人が乗り組み、同10年11月28日06時35分東能美島の大柿港を発して運航を開始し、各港の入出港を繰り返しながら船首0.90メートル船尾1.20メートルの喫水をもって、08時23分ごろ宇品灯台から真方位332度1,360メートルの広島港宇品県営第3桟橋(以下「第3桟僑」という。)に右舷付けで着桟した。
えたじまは、船体のほぼ中央前部寄りの上部に操舵室を備え、その下層に船首方から前部客室、両舷に昇降口のある中央エントランス部、次いで後部客室がそれぞれ配置され、同エントランス部前部左舷側に操舵室の昇降階段が設けられていた。

ところで、後部客室は、機関室の上部に配置されており、中央エントランス部より同客室後部まで、船体中央線よりやや右舷寄りに幅約80センチメートルの中央通路が設けられ、同通路を挟んで右舷側に3人掛け、左舷側に4人掛けのいす座席が前向きに固定して7列ずつ並べて置かれ、同通路後部端の右舷側に塗料、はけなどの塗装用具を格納した倉庫、その反体側に便所がそれぞれ配置され、最前列より6列目のいす座席に至る同通路上に一辺約60センチメートル四方の機関室後部開口部(以下「後部開口部」という。)のふたが設けられていた。
機関室は、同室前部寄りの両舷に米国ゼネラルモーターズ社製GM12V−92TA型と称するディーゼル機関各1基を装備し、左舷側主機の船首方に、操舵室の昇降階段の下方に設けられた機関室前部開口部からの昇降階段、及び同主機動力取出軸のプーリによりベルト駆動する操舵機油圧ポンプなどが、後部中央に交流電圧220ボルトの交流発電機を直結した出力17キロワットのディーゼル機関(以下「補機」という。)が、補機の船尾方に容量2,700リットルの燃料油タンク、及び補機の両舷外板寄りに蓄電池がそれぞれ備えられており、後部開口部が補機と同タンク間の天井に位置していて、天井から機関室床面までの高さが約1.4メートルであった。

A受審人は、昭和42年6月にフェリー及び旅客船を運航するR株式会社に入社し、以来甲板員として同社の各船に乗り組んだのち平成5年3月に船長に昇格し、同9年12月からえたじまの船長兼安全担当者として運航業務のほか船体の保守整備にも従事しており、旅客を乗船させる際には、客室内の障害物、危険物、危険個所などの有無を点検したうえで桟橋とえたじまとの間にタラップを渡し、出港時刻の10分前に船内作業員に指名した機関長とともに舷門に立ち、船内に旅客を誘導する手順となっていたが、停泊作業などで忙しいときには旅客の乗船開始前の船内点検をせず、舷門にも立たないまま乗船を開始することがあった。
B受審人は、同7年6月にR株式会社に機関長として入社し、同10年4月にえたじまの機関長として乗り組み、4労2休の就労体制のもとで、もう1人の機関長とともに主機及び補機の潤滑油及び同油こし器フィルタエレメントを定期的に取り替え、停泊時間などを利用して主機駆動の交流及び直流の各発電機、冷却清水ポンプ、同油ポンプの各Vベルト及び過給機エアフィルタの点検、取替えを行うなどして機関の運転と保守に従事しており、同年11月28日朝、運航を開始しようと両主機始動前の点検を行ったところ、操舵機油圧ポンプ用Vベルト(以下「Vベルト」という。)に亀裂(きれつ)が生じているのを認め、08時25分から09時00分まで停泊予定の第3桟橋において、Vベルトを取り替えることとし、広島港に入港する前にその旨をA受審人に連絡した。

また、B受審人は、航行中、機関室前部開口部から機関室に出入りして機関各部の点検を行っていたが、同開口部が操舵室の昇降階段の下にあって狭く、出入りしにくいことから、停泊時に機関作業を行う際には後部開口部のふたを開けて機関室に出入りするようにしていた。
A受審人は、毎年6月及び12月にえたじまを上架して船体整備を行っていたが、船体各部に錆(さび)などによる汚れが次第に目立つようになり、同年11月27日に会社から左舷側外板を塗装するよう指示されたので、各港における停泊時間を利用して同外板の塗装作業を2日間で終える計画を立て、翌28日08時25分第3桟橋着桟時より開始することとした。
08時25分A受審人は、旅客を下船し終え、第3桟橋に降りて塗装作業を行うため着桟替えして左舷付けとし、同時30分ごろ操船を終えて倉庫に行こうと操舵室の昇降階段を降り、船尾方に向けて後部客室の中央通路を歩いていたとき、B受審人が後部開口部から機関室に入り、同開口部のふたが開放されたままとなっていたので、これをまたぎ、倉庫から塗料缶、はけなどを取り出して同作業を1人で開始した。

一方、B受審人は、えたじまを着桟替えしたのち、操舵室で主機を停止して作業服に着替え、旅客の乗船を開始するころまでには十分にVベルトの取替え作業を終えることができると考え、常時携帯していた懐中時計を持たないまま後部開口部のふたを開放して機関室に入り、1人で同作業に取り掛かった。
08時50分ごろA受審人は、左舷側後部外板の塗装作業を行っていたところ、代理店の陸上作業員から旅客の乗船開始時刻となった旨の連絡を受けて同作業を中断し、同作業員とともに桟橋からえたじまにタラップを渡して旅客の乗船を開始しようとしたとき、舷門に立つべきB受審人が見当たらず、いまだ後部開口部のふたが開放されたままになっているおそれがあったが、同人はVベルトの取替え作業を終えて操舵室で作業服を着替えていると思い、旅客の乗船を開始する前に客室内の安全確認を行うことなく乗船を開始し、少しでもやっておこうと直ちに塗装作業を再開した。

そのころ、B受審人は、Vベルトの取替え作業をほぼ終えたとき、懐中時計を携帯していなかったので時間が気にかかり、後部開口部から顔を出したところ、第3桟橋上や船内の様子から旅客の乗船が開始されたらしい状況を認めたが、すぐに同作業が終わるから大丈夫と思い、直ちに同開口部のふたを閉鎖することなく、ふたを開放したまま取り替えたVベルトの張り具合を点検しようと左舷側主機前部に戻った。
こうして、えたじまは、左舷側舷門に陸上作業員だけが立って旅客17人の乗船が順に開始され、数人の友達と連れだって乗船した旅客Cが中央エントランス部から後部客室の中央通路を歩いて便所寄りのいす座席に行く途中、後部開口部のふたが開放されていることに気付かず、08時53分前示の係留地点において、C旅客が同開口部から機関室床面に転落した。

当時、天候は晴で風力2の北北東風が吹き、海上は平穏であった。
左舷側後部外板の塗装作業を行っていたA受審人は、船内から発せられたさけび声を聞き、後部客室に急行してC旅客を救助し、事後の措置にあたった。
この結果、C旅客は、全治約4週間の入院加療を要する右第8及び第9肋骨骨折、右肩打僕などの負傷を負い、広島市内の病院に搬送された。


(原因)
本件旅客負傷は、第3桟橋において、旅客の乗船を開始する際、旅客の安全確保が不十分で、後部客室の中央通路上にある後部開口部のふたが開放されたまま乗船が開始され、同開口部から旅客が機関室に転落したことによって発生したものである。
旅客の安全確保が十分でなかったのは、船長が旅客の乗船開始前に客室内の安全確認を行わなかったことと、機関長がVベルトの取替え作業中に旅客の乗船が開始されたらしい状況を認めた際、直ちに同開口部のふたを閉鎖しなかったこととによるものである。


(受審人の所為)
A受審人は、第3桟橋において、旅客の乗船を開始しようとしたとき、舷門に立つべき機関長が見当たらなかった場合、機関長が後部開口部のふたを開放してVベルトの取替え作業を行っていたのを知っていたのであるから、乗船を開始する前に客室内の安全確認を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、機関長は同作業を終えて操舵室で作業服を着替えていると思い、乗船を開始する前に客室内の安全確認を十分に行わなかった職務上の過失により、同開口部のふたが開放されたまま乗船を開始して旅客の機関室への転落を招き、旅客に右第8及び第9肋骨骨折、右肩打撲などの負傷を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

B受審人は、後部開口部のふたを開放してVベルトの取替え作業中、第3桟橋上や船内の様子から旅客の乗船が開始されたらしい状況を認めた場合、同開口部から旅客が機関室に転落することのないよう、直ちに同開口部のふたを閉鎖すべき注意義務があった。しかしながら、同人は、すぐに同作業が終わるから大丈夫と思い、直ちに同開口部のふたを閉鎖しなかった職務上の過失により、旅客の同室への転落を招き、旅客に前示の負傷を負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。


よって主文のとおり裁決する。






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION