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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年2月7日23時30分 伊豆諸島八丈島北北東方沖 2 船舶の要目 船種船名
漁船第五大師丸 漁船第十八大師丸 総トン数 99トン 135トン 全長 43.52メートル 43.37メートル 機関の種類
ディーゼル機関 ディーゼル機関 出力 786キロワット
860キロワット 3 事実の経過 第十八大師丸(以下「十八号」という。)は、大中型まき網漁業に従事し、可変ピッチプロペラを装備した船首楼付き鋼製網船で、探索船の第五大師丸(以下「五号」という。)ほか運搬船3隻など計5隻で船団を構成し、いわし漁の目的で、船長D、船団長であるB受審人、C指定海難関係人ほか26人が乗り組み、船首2.0メートル船尾3.5メートルの喫水をもって、平成8年2月7日11時30分僚船4隻とともに静岡県戸田漁港を発し、途中魚群探索を行いながら伊豆諸島御蔵島、八丈島間の漁場に向かい、八丈島の北北東方34海里付近に至るも魚群を発見できず、23時ごろ操業を断念して帰港することとした。 ところで、十八号は、僚船に比べてやや低速力であったので、漁場移動や帰港に際しては、しばしば僚船の曳航による増速の支援を受け、そのため、曳航する船から出される合成繊維製の曳航索(以下「ファイバ曳航索」という。)との連結用に、長さ約7メートル直径24ミリメートル(以下「ミリ」という。)でワイヤロープ製の曳航索(以下「ワイヤ曳航索」という。)を用意し、その後端を船首材に取り付けたアイピースに結止し、前端には、引揚げ索として使用する直径45ミリで合成繊維製の係留索(以下「引揚げ索」という。)の先端をシャックルでつなぎ、曳航されていないときにはワイヤ曳航索の前端を船首楼甲板上に引き揚げるようにしていた。 そして、十八号が曳航されるときにおける両曳航索の連結等の曳航準備作業は、同船の船首右舷側に15メートルほど隔てて曳航する船の船尾を並べ、両船が約4ノットの速力で並航し、曳航する船から渡されたファイバ曳航索の後端を十八号の船首楼甲板上に取り込み、同船のワイヤ曳航索の前端とつなぎ、曳航索等3本のロープが結ばれた部分を海中に投下し、その後曳航する船がファイバ曳航索を伸出しながら増速する手順で行われ、同索の伸出が終わるころから十八号も曳航索を急激に緊張させないよう、同索の張り具合を視認しながら増速を始めることにしていた。 D船長は、十八号の曳航作業の安全に関し、日頃から安全担当者とともに曳航索などの点検等を行い、曳航準備作業においても、総指揮を行う船団の漁労長であるB受審人と打合せを行い、同人の指揮のもとで十八号の操船を担当し、手動による操舵や機関などの操作をしていた。 C指定海難関係人は、十八号の曳航準備作業において、船首配置の作業責任者として指揮を執り、自船の船首右舷側に曳航する船の船尾が接近して並航したときその船に先取り索を送り、同索によって同船からのファイバ曳航索を自船に取り込み、自船のワイヤ曳航索と連結して海中に投入し、引揚げ索の弛みをとったあと、曳航索が緊張して曳航状態になる前に作業を行っていた乗組員を船首楼甲板から退避させており、乗組員が退避した後、曳航索が張り合わされて曳航される状態となっていた。 こうしてB受審人は、帰港するに当たり五号に十八号の曳航を行わせることとし、曳航準備作業を夜間に行うことは初めてであったものの、船首楼後端から約9メートル後方にある船橋内の前面右舷側窓際に置いてあるいすに座り、片手に船内指令装置のマイクロホンを、もう一方の手に五号との連絡などのために無線電話のマイクロホンを持って曳航準備作業の総指揮を執り、五号の操船をA受審人に、十八号の操船をD船長に担当させ、C指定海難関係人に同船の船首楼甲板における曳航索の連結作業などの作業指揮に当たらせることとした。 帰途についた後、23時20分B受審人は、十八号及び五号に曳航準備作業開始を伝え、D船長に指示して北緯33度38.8分東経140度03.8分の地点で、機関を約4ノットの微速力前進にかけ、針路を288度(真方位、以下同じ。)に定めて手動操舵で進行した。 B受審人は、23時25分右舷船首に15メートル隔てて五号が自船よりやや速い速力で並航するのを認め、船首楼甲板上で行われている曳航索の連結作業を見守り、同時27分ワイヤ曳航索と五号から渡されたファイバ曳航索(以下「五号曳航索」という。)がシャックルで連結されたのを確認したとき、A受審人に両曳航索が連結されたことを伝え、その後五号が同船の曳航索を伸出するため、増速して船首方に離れて行くのを認めたが、夜間で五号曳航索の伸出状態を視認できず、自船の増速時機を判断できないまま、五号は幾度も十八号の曳航作業を行っており、慣れているので大丈夫と思い、曳航索が急激に緊張することのないよう、同船と相互に綿密な連絡を取り合って曳航準備作業の進捗状況を確認し、船首楼甲板上の乗組員に退避指示をするなど、同作業に対する適切な安全措置をとることなく、同じ速力で進行した。 一方、C指定海難関係人は、曳航準備作業開始の指示により、作業責任者として作業服にゴム長靴を着用してヘルメットを被り、同様の服装をした5人の乗組員とともに船首配置につき、23時25分右舷側近くを平素の曳航準備作業時より速い速力で並航している五号を認めながら曳航索連結作業を始め、同船に先取り索を送って五号曳航索を自船に取り込み、同時27分ワイヤ曳航索と五号曳航索をシャックルで連結した。その後引揚げ索もつないである連結部を海中に投下し、平素の作業手順のとおり、船首楼甲板上先端部中央のフェアリーダを介して同甲板上右舷側のキャプスタンにとっていた引揚げ索の弛みを取ることにし、海面上の曳航索の状態を見たところ、平素の曳航準備作業中はまだ弛んでいる同索が、曳航中のように張っているのを認めたが、B受審人からの退避指示がなかったこともあり、曳航索が切れることはないと思い、乗組員を退避させるなどの措置をとることなく、急ぎ6人全員で手張りによって引揚げ索の弛みを取る作業を始めた。 23時29分B受審人は、五号曳航索の伸出状態を視認できないまま、五号が次第に離れて行くので自船も増速することとし、A受審人に同索の状態を確認したところ、同索の繰り出しは終了した旨の報告があり、直ぐに曳航索が張ると思い、同時29分半急ぎ自船の増速を指示するとともに、船首楼甲板上で作業を続けている乗組員を退避させようとして、船内指令装置のマイクロホンを使用するつもりで、五号との連絡用の無線電話のマイクロホンを使用したため船首楼との連絡がとれず、作業を中断して後方に退避させるつもりで「ええや、ええや。」と連呼したが、船首楼甲板上の乗組員には伝わらないまま作業が続行され、23時30分北緯33度39.0分東経140度03.0分の地点において、288度に向首して8.0ノットとなった十八号のワイヤ曳航索が、急激に緊張して同船の船首のアイピースから5メートルのところで切断し、その際引揚げ索が跳ねてフェアリーダから外れ、同索の弛み取り作業を行っていた乗組員全員を強打した。 当時、天候は晴で風力4の西風が吹き、海上にはわずかなうねりがあった。 また、五号は、大中型まき網漁業船団に所属する、可変ピッチプロペラを装備した鋼製探索船で、A受審人ほか5人が乗り組み、船首1.2メートル船尾4.0メートルの喫水をもって、同日11時30分僚船とともに戸田漁港を発し、八丈島の北北東方沖合に到着し、魚群の探索を行ったが、魚群の発見に至らず、23時ごろ操業を断念して帰港することとなった。 A受審人は、これまでに幾度か十八号の曳航を経験していたが、夜間に曳航準備作業を行うのは初めてで、B受審人の指示を受けて十八号の右舷船首部に近づき、23時25分十八号と同針路の288度とし、機関を毎分500回転、翼角10度として4.5ノットの速力で同船と並航し、左舷船尾から合成繊維製で直径50ミリの五号曳航索を渡して両曳航索が連結されるのを待ちながら進行した。 23時27分A受審人は、B受審人から曳航索が連結された旨の連絡を受け、機関を全速力前進の毎分680回転、翼角18度として増速しながら五号曳航索を繰り出し、同索の伸出状況を確認しないまま続航するうち、同時29分B受審人から同索の状態確認の問い合わせを受け、不審に思って翼角を下げ、船尾配置の乗組員から同索を400メートル繰り出した旨の報告があったので、この旨を更にB受審人に報告して曳航開始の指示を待った。 23時29分半A受審人は、無線電話でB受審人の「ええや、ええや。」の声を聞いて曳航開始の指示と受け取ったが、曳航索の繰り出しを終えているので、一気に増速しても大丈夫と思い、曳航を開始する際は急激な負荷を曳航索にかけないよう同索の張り具合を確認しながら増速する必要があったが、夜間で曳航索の状態を視認できない状況下、船尾配置の乗組員に同索の張り具合を確認することなく、徐々に機関の回転数や翼角を増すなど適切な増速の措置をとらず、機関を毎分700回転、翼角20度に上げて曳航を開始して間もなく、前示のとおりワイヤ曳航索が切断し、その際跳ねた引揚げ索が同索の弛み取り作業を行っていた乗組員全員を強打した。 その結果、十八号は八丈島神湊漁港に緊急入港して負傷者全員を病院に移送したが、船首楼甲板上で作業をしていた6人の乗組員のうち、機関員E(昭和33年9月24日生)が急性循環不全により翌8日早朝死亡し、機関員Fが約6箇月の入院加療を要する左下肢開放性骨折及び右手骨折を負ったほか、4人が10日から6週間の加療を要する骨折や打撲傷を負った。
(原因) 本件乗組員死傷は、夜間、伊豆諸島八丈島北北東方沖において、大中型まき網漁業の船団を構成する両船が戸田漁港に向けて帰港するに当たり、十八号が五号に曳航されて増速の支援を受けるため、曳航を開始する際、十八号が、曳航準備作業の進捗状況の確認が不十分で、曳航索が緊張したときの退避指示など、適切な安全措置をとらなかったことと、五号が、曳航開始時に曳航索の張り具合の確認が不十分で、曳航索を急激に緊張させないように、適切な増速措置をとらなかったこととにより、曳航索が急激に緊張して切断し、同索に連結されていた引揚げ索が跳ね、十八号の船首楼甲板上で曳航準備作業をしていた乗組員を強打したことによって発生したものである。 十八号の安全措置が適切でなかったのは、曳航準備作業の総指揮者が、船首楼甲板上の作業中の乗組員に対する退避指示が不十分であったことと、船首楼甲板上の作業指揮者の退避措置が不十分であったこととによるものである。
(受審人等の所為) B受審人が、夜間、伊豆諸島八丈島北北東方沖において、まき網船団による操業を終えて戸田漁港に向けて帰港するに当たり、十八号が五号の曳航による増速の支援を受けるため、曳航を開始する場合、曳航索を急激に緊張させると同索が切断するおそれがあるから、五号と相互に綿密な連絡を取り合い、曳航準備作業の進捗状況を確認し、曳航索が緊張したときに、船首楼甲板上で曳航準備作業中の乗組員に対して退避指示するなど、適切な安全措置をとるべき注意義務があった。しかし、同受審人は、五号は十八号の曳航作業の経験が幾度かあって慣れているので大丈夫と思い、曳航準備作業に対する適切な安全措置をとらなかった職務上の過失により、船首楼甲板上で作業中の乗組員を退避させることができず、曳航索が切断したことによって跳ねた引揚げ索が、同索の弛み取り作業を行っていた乗組員を強打し、1人を死亡させ、5人に骨折及び打撲傷を負わせるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第2項を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。 A受審人が、夜間、伊豆諸島八丈島北北東方沖において、まき網船団による操業を終えて戸田漁港に向けて帰港するに当たり、五号が十八号を曳航による増速を支援するため、曳航を開始する場合、曳航索を急激に緊張させると切断するおそれがあるから、同索が急激に緊張することのないよう、同索の張り具合を十分に確認したうえで、徐々に機関の回転数や翼角を増すなど、適切な増速措置をとるべき注意義務があった。しかし、同人は、曳航索の繰り出しを終えているので、一気に増速しても大丈夫と思い、船尾配置の乗組員に曳航索の状態を報告させるなど、同索の張り具合を確認しないまま急速に増速した職務上の過失により、同索を急激に緊張させて切断を招き、前示のとおり乗組員の死傷に至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第3項を適用して同人を戒告する。 C指定海難関係人が、夜間、伊豆諸島八丈島北北東方沖において、まき網船団による操業を終えて戸田漁港に向けて帰港するに当たり、十八号が五号の曳航による増速の支援を受けるため、十八号の船首楼甲板上で曳航準備作業中、曳航索が張ったのを認めた場合、作業中の乗組員を退避させなかったことは、本件発生の原因となる。 C指定海難関係人に対しては、B受審人からの退避指示がなかったことに徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。 |