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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年11月27日09時40分 歯舞(はぼまい)諸島多楽島南方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第八十一久榮丸 総トン数 160トン 全長 39.84メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
1,029キロワット 3 事実の経過 第八十一久榮丸(以下「久榮丸」という。)は、主としてオッタートロール式沖合底びき網漁僕に従事する2層甲板型鋼製漁船で、推進器として可変ピッチプロペラ1個を備え、上甲板上には、前部に船首楼、船橋及びトロールウインチが設けられ、その後部から船尾にかけて長い漁ろう甲板となっており、中央部にマスト、漁ろうブーム及びウインチが配置され上甲板の船尾中央部は後方に傾斜して幅2.6メートルのスリップウェイとなり、その後端に高さ3.5メートルのギャロースが設けられていた。 スリップウェイ後部両舷則の上甲板上にはスリップウェイのインナーブルワーク及びギャロース支柱に接する長さ1.5メートル幅2.2メートル高さ0.9メートルのオッターボード専用の作業台を設け、同作業台上の高さ0.4メートルのインナーブルワーク上縁に高さ0.2メートル長さ1.5メートルの横ローラガイドレールを設け、同作業台後部及び外側に高さ0.4メートルの囲壁を設けていた。 オッターボードは、縦3.05メートル横2.00メートル、空中重量2.3トンの翼型の鋼製開口板で、その後縁の上端及び下端に直径25ミリメートル長さ約9メートルのオッターペンダントチェーンが取り付けられ、前面中央部にはブライドル及び長さ約3メートルのトーイングチェーンが取り付けられ、漁場移動航行中は、いつでも操業を再開できるよう、トーイングチェーンをギャロースのトップローラ一杯まで引きつけて、上甲板にストッパーをとって吊り下げており、オッターボードをギャロースに固縛していないので、オッターボードの下端がギャロース外側に大きくはみだしてハの字状に開いた状態となっており、風波が高まると船体の動揺でオッターボードが揺れて船尾外板に打ち当たり損傷を生じるおそれがあった。 オッターボードを航海中に固縛する手順は、上甲板中央の両舷側の漁ろうブームのカーゴフォールを両オッターボードのブライドルにかけてウインチでギャロースに引き寄せ、両オッターボード下部外側のリングにワイヤロープを取り付け、これを漁ろう甲板の中央部両舷側インナーブルワークのレールスタンションに回して漁ろう甲板後部に導き、これをギャロース上部中央のホイストのカーゴフォールで巻いて両オッターボード下部を内側に引き寄せて直立させたのち、オッターボードに固縛チェーンを外回しにかけてギャロース支柱に係止し、その後オッターボード後縁上下2本のオッターペンダントチェーンをシャックルで連結して両舷側のウインチで前方に引きつけるが、このとき下方のオッターペンダントチェーンが完全に引きつけられずにスリップウェイに垂れ下がって船体動揺によりインナーブルワークに打ち当たるため、上方のオッターペンダントチェーンと共にロープで束ね、インナーブルワーク上縁の横ローラガイドレールに固縛するというものであった。 久榮丸は、安全衛生担当者を兼ねるA受審人、B指定海難関係人ほか10人が乗り組み、平成9年11月18日07時45分青森県八戸港を発し、択捉(えとろふ)島南方沖合40海里ばかりの漁場に向かい、同月20日01時00分同漁場に至り、02時30分操業を開始し、すけとうだら約35トンを獲て操業を中止し、船首2.0メートル船尾5.0メートルの喫水をもって、同月26日21時00分北緯44度39分東経148度40分の地点を発し、北海道花咲港沖合の漁場に向け移動を開始した。 A受審人は、翌27日04時00分から単独船橋当直に就き06時50分色丹(しこたん)島灯台から180度(真方位、以下同じ。)14.0海里の地点に達したとき、針路を225度に定めて自動操舵とし、機関を回転数毎分670の全速運転とし、推進器の翼角を前進15度の全速力にかけ、10.2ノットの対地速力で進行し、間もなく昇橋したB指定海難関係人に当直を任せて休息した。 B指定海難関係人は、09時00分多楽島灯台から152度18.6海里の地点に達したとき、南西の風波が強まり、縦揺れにより左舷船首方から上甲板に波しぶきが上がるようになったので、花咲港沖合漁場で操業を再開することを断念し、八戸港に帰航することにして船内放送により甲板員全員を漁獲物処理場の魚の整理作業に就かせた。 09時20分B指定海難関係人は、多楽島灯台から161度20.0海里の地点に達したとき、吊り下げたままのオッターボードが船体動揺により振れて船尾端に打ちつけられるようになったので、甲板員全員がオッターボード固縛作業に取り掛かるよう船内放送し、推進器の翼角を前進3度の微速力に減じ、4.0ノットの対地速力で続航した。 A受審人は、漁獲物処理場で船内放送を聞き、09時30分昇橋したところ、時折高波が左舷船首ブルワークを越えて上甲板上に打ち込む状況であることを知ったが、これまで荒天航行中にオッターボード固縛作業を乗組員に行わせて何事もなかったことから大丈夫と思い、同作業を開始する前、乗組員に船尾甲板の命綱の設置、安全ベルトの使用、作業用救命衣の着用などの海中転落防止措置を十分にとらせることも、船橋当直の漁ろう長に対し、高波に対する監視を行うよう指示することもなく、B指定海難関係人が無線電話で僚船と交信するのを聞いていた。 B指定海難関係人は、09時33分甲板長C(昭和26年6月29日生)ほか5人の甲板員が船尾上甲板でオッターボード固縛作業を開始するのを一見したが、僚船との交信に気を取られ、高波に対する監視を行わなかった。 C甲板長は、作業用救命衣を着用しないままヘルメット、雨ガッパ、ゴム長靴を着用して2人の甲板員とともに右舷船尾甲板に赴き、手順のとおり作業に当たったところ、右舷オッターボード固縛作業が早く終わったので、左舷船尾オッターボード作業台に移動し、03時39分右舷船尾方を向いて、上下のオッターペンダントチェーンをロープで束ね、これをインナーブルワーク上縁の横ローラガイドレールに固縛する作業に取り掛かった。 B指定海難関係人は、09時40分少し前、左舷船首方から波高3.5メートルの高波が接近するのを視認できる状況であったが、高波に対する監視を行っていなかったので、前示固縛作業中のC甲板長に知らせることができず、09時40分多楽島灯台から164度20.5海里の地点において、左舷側オッターボード作業台に打ち込んだ高波により、同甲板長がスリップウェイから海中に転落した。 当時、天候は曇で風力8の南西風が吹き、海上は風波が高かった。 A受審人は、作業中の甲板員の大声でC甲板長の海中転落を知り、左航一杯をとり、B指定海難関係人を見張りに当たらせて左転中、左舷船首方に浮上した同甲板長を見つけたが、間もなく海中に没し、行方不明となった。 その後、翌12月2日夕刻まで巡視船と多数の同業船が捜索を続けたが、C甲板長は発見されず、のち死亡と認定された。
(原因) 本件乗組員行方不明は、歯舞諸島多楽島南方沖合において、荒天航行中に乗組員をオッターボード固縛作業に従事させる際、命綱の設置、安全ベルトの使用、作業用救命衣の着用などの海中転落防止措置が不十分であったことと、船橋における高波に対する監視が不十分で、乗組員が、作業用救命衣を着用しないまま左舷船尾オッターボード作業台で同固縛作業に当たっていたこととによって発生したものである。 高波に対する監視が不十分であったのは、船長が、船橋当直の漁ろう長に対し、乗組員がオッターボード固縛作業中、高波に対する監視を行うよう指示しなかったことと、漁ろう長が、高波に対する監視を行わず、高波の接近を同固縛作業中の乗組員に知らせなかったこととによるものである。
(受審人等の所為) A受審人は、歯舞諸島多楽島南方沖合において、荒天航行中に乗組員をオッターボード固縛作業に従事させる場合、左舷船尾オッターボード作業台上に高波が打ち込むおそれがあったから、同作業を開始する前、乗組員に命綱の設置、安全ベルトの使用、作業用救命衣の着用などの海中転落防止措置を十分にとらせ、船橋当直の漁ろう長に対し、高波に対する監視を十分に行うよう指示すべき注意義務があった。ところが、同人は、これまで荒天航行中に同固縛作業を乗組員に行わせて何事もなかったことから大丈夫と思い、海中転落防止措置を十分にとらず、漁ろう長に対し、高波に対する監視を指示しなかった職務上の過失により、乗組員に作業用救命衣を着用させないまま同作業台で同固縛作業に就かせ、同作業台に打ち込んだ高波によりスリップウェイ から海中に転落させ、行方不明とさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B指定海難関係人が、歯舞諸島多楽島南方沖合において、荒天航行中に乗組員がオッターボード固縛作業を行う際、高波に対する監視を行わず、高波の接近を同固縛作業に従事している乗組員に知らせなかったことは、本件発生の原因となる。 B指定海難関係人に対しては、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。 |