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1999年(平成11年)

平成9年広審第89号
    件名
起重機船山城乗組員死亡事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成11年3月30日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

上野延之、杉崎忠志、織戸孝治)
参審員(永井欣一、信川寿
    理事官
前久保勝己

    受審人
    指定海難関係人

    損害
甲板手1人が肺挫傷による呼吸不全で死亡

    原因
甲板作業上の乗組員に対する安全配慮不十分、艤装した製作所の安全な作業方法不指示

    主文
本件乗組員死亡は、乗組員に対する安全配慮が不十分であるばかりか、適切な玉掛け作業を行わなかったことと、艤装した製作所が、安全な作業方法を指示しなかったこととによって発生したものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年5月7日11時33分
広島港
2 船舶の要目
船種船名 起重機船山城
排水トン数 13,407トン
長さ 113メートル
幅 42メートル
深さ 8メートル
3 事実の経過
(1) 指定海難関係人
ア 指定海難関係人A
A指定海難関係人は、昭和38年S株式会社(現T株式会社、以下「S社」という。)に入社して同社の船に甲板員で乗船し、その後甲板長を経て平成9年2月21日R株式会社広島製作所(以下「R社広島」という。)で艤装中の山城に船長として乗船した。
また、A指定海難関係人は、玉掛技能講習を修了するとともにクレーン運転士免許を昭和47年8月14日に取得しており、S社では重量物を運搬することが多く、同社の乗組員は重量物の積卸しに慣れていた。
イ 指定海難関係人R社広島
(ア) 概要
R株式会社(以下「R社」という。)は、船舶、鉄構、原動機、プラント、産業用・一般用機械、航空・宇宙機器、エアコンなどを製造販売し、平成8年3月末資本金2,647億円の株式会社であり、R社広島は、R社の広島における製作所で、観音、江波両工場から構成され、観音工場では、製鉄機械、原動機、包装機械、クリーンルーム、超高圧加圧装置、工場施設エンジニアリング、コンプレッサー、駆動蒸気タービン及び化学機械、また、江波工場では、橋梁、鋼製煙突、荷役運搬設備、物流システム及び航空機の胴体の組立などを営んでいる。
(イ) 代表者B
B代表者は、平成10年4月1日R社広島の所長として就任した。
(ウ) 安全衛生管理体制
R社広島の安全衛生管理は、所長のもと、安全衛生に関係する課及び係が設置されており、安全衛生に関して総務部に安全福祉課、鉄構工作部に安全衛生係及び機械工作部に安全工務係を設け、労働安全衛生管理規則に基づき、労働災害防止及び職場における社員の安全と健康を確保するとともに快適な作業環境の形成を促進することを目的としてR社広島の安全衛生管理の細則を定め、安全衛生管理機構を構築するとともに所、部、課及び係の各衛生委員会を月1回以上を目途として開催し、安全衛生に努めており、特にクレーンなどによる吊り上げ作業の実施要領については、安全作業実施要領で、クレーンの日常点検実施要領については、安全衛生点検・表示基準でそれぞれ定めていた。
更に、R社広島構内において行う設備・機械などの新設、改修などの非定常作業の開始前に関係部門により安全対策を確認するとともに、安全対策の内容の完全実施を図ることにより未然に災害を防止するための事前安全検討会を設けていた。
また、山城の作業に初めて当たる際、協力会社U株式会社(以下「U社」という。)の作業員に安全教育をR社広島が実施していた。
(2) 山城
ア 山城のR社広島に入渠までの動静
山城は、S社がR社に建造を依頼し、平成8年10月R社長崎製作所(以下「R社長崎」という。)で船体が進水し、同月下旬にR社広島に回航され、11月3日から1,600トン全旋回式フローティングクレーン(以下「1,600トンクレーン」という。)とコンチネンタル・マシン・カンパニー・インコーポレイテッド(以下「コンチネンタル」という。)が設計、製作のフカダ固定リング用バージ搭載式杭打ち機(以下「杭打ち機」という。)の取付けなどの艤装工事を始め、翌9年3月8日同クレーン取付工事が長引いたことと、S社の営業上の都合から杭打ち機の試験及び調整を残してS社に引き渡され、同月下旬石川県七尾発電所の作業を行い、翌4月21日大阪港で披露レセプションを開催したのち、25日R社広島の江波工場に入渠し、残工事を始めた。
イ 山城の構造
山城は、船首部甲板上の旋回台に1,600トンクレーン1台及び左舷中央部に80トンサービスクレーン(以下「80トンクレーン」という。)1台を装備し、甲板上後部に3層の居住設備を、その上に監視室を設けた非自航式箱型の台船であった。
(ア) 1,600トンクレーン
主巻きフックによる海上での一般作業と別に米国コンマコ社製86メートルのリーダ(以下「リーダ」という。)及び同社製スポッタを1,600トンクレーンに装着することにより杭打ち作業を行うことができる構造になっており、一般作業で使用する際、クレーンのブームを長さ83メートルとし、杭打ち機の1部分として使用する際、ブームの先端の長さ22メートル中継ぎブーム(以下「22メートルブーム」という。)を取り外して長さ61メートルのブーム(以下「61メートルブーム」という。)とし、それぞれに使用し、取り外した22メートルブームは、左舷後部甲板上に格納するようになっていた。
(イ) 80トンクレーン
左舷中央部甲板上に設置されていて、平素、食料品及び器具類などの積卸しに使用するサービスクレーンである。
(ウ) 杭打ち機
コンチネンタルの設計、製作のもので、旋回式クレーンとリーダ、ヘッドブロック、パイルゲート、スポッタ及び作業用マンリフトから構成されている。
(A) 旋回式クレーン
1,600トンクレーンを61メートルブームとして使用する。
(B) リーダ
杭打ちで使用する際、ヘッドブロック、スポッタ及び吊りワイヤロープでリーダを支えており、リーダは、杭を支え、長さ86メートルの高張力鋼の一辺が2.4メートルのトラス構造で、その上部がスライディング・スイベルとスライディング・べ一スを介して61メートルブームの先端に取り付けられ、リーダに取り付けられたイコライザを主巻きフックに連結してリーダを吊り下げて、リーダが保持され、使用されない際には、右舷甲板上に格納される。
(C) スポッタ
クレーンブームと組み合わされ、杭打ち作業中の必要な範囲をリーダに与え、16.5メートルから40メートルまで伸縮可能であった。
(D) パイルゲート
杭をつかみ、杭をリーダに対して並行に保ち、杭打ちハンマーの下に杭の中心を合わせる。
(E) ヘッドブロック
61メートルブームの頂点に固定され、パイルブロック、ハンマーブロック及び補助ハンマーブロックなどを装備する。
(F) イコライザ
イコライザは吊りワイヤロープとリーダを連結するもので、スポッタ取付部付近のリーダに取り付けられている。また、イコライザは、1辺が2.4メートルで厚さ5センチメートルの鋼鉄製三角形板で、2枚が三角形の先端部で連結され、リーダ側をイコライザベイル、リンク側をブロックイコライザ及び2枚のイコライザリンクから構成されており、リーダとイコライザベイル、イコライザベイルとブロックイコライザ、ブロックイコライザとイコライザリンクは、各々ピンによって連結され、1,600トンクレーンの主巻きフックにピンホールがあって同フックとイコライザリンクもピンで連結されて取付け取外しを行うようになっていた。
(3) 本件発生までの経緯
山城は、A指定海難関係人ほか18人が乗り組み、残工事の杭打ち機の試験及び調整の目的で、船首尾とも3.4メートルの等喫水をもって、同25日R社広島江波工場の新3岸壁に左舷付とし、ヘッドライン及びスターンラインに直径50ミリメートルのワイヤロープを各2本、スプリングに直径85ミリメートルの合成繊維ロープ3本をそれぞれ岸壁に取り、船首、船尾からそれぞれ錨2個を岸壁より150メートル沖の海中に投入して係留した。
A指定海難関係人は、係留後R社広島の工事担当者と残工事ついての打合せを行い、この工事に際して1,600トンクレーンの運転を乗組員で行うこととし、28日から杭打ち機の取付けのため、22メートルブームの取外し作業を開始していたところ、翌5月5日乗組員が1,600トンクレーンのワイヤロープを巻き取る際、荷重をかけずに巻き取ったため起伏ドラムのワイヤロープに弛みが発生し、その調整のために22メートルブームの取外しを中断してリーダを左舷甲板上に格納した状態に戻すこととし、リーダから自重8.5トンのイコライザを取り外すことになった。
R社広島は、起伏ドラムのワイヤロープの弛み調整を10日ごろに予定していたところ、7日朝A指定海難関係人から残工事が遅れているので、重量物の扱いに慣れた乗組員で同調整を行いたい旨の申出を受け、乗組員によって調整することを承諾した。
08時00分A指定海難関係人は、作業前の打合せで乗組員に対し弛み調整を行うことを告げ、同時30分同調整を始め、10時40分スポッタを取り外してイコライザを取り外しにかかったところ、1,600トンクレーンが不調となって、旋回しなくなり、R社広島工事担当者が修理にかかったものの、時間がかかることからA指定海難関係人が80トンクレーンを使用することとしてR社広島に入渠以来同クレーンで食料などの積込みを行い、取扱い操作に慣れているU社の運転士に運転を行わせることとした。
ところで、イコライザを取り外すに際してメーカー仕様では、1,600トンクレーンの2つの主巻きフック中央のそれぞれのホールとイコライザ両リンク上部ピンホールをピンで各々連結してイコライザを吊り上げ、リーダ取付けピンを外してイコライザを取り外すことになっており、取外しは、取付けの順序を逆にたどれば良いことで定常作業の範囲内であったが、80トンクレーンを使用しての取外しは初めてのことで非定常作業となることからR社広島は作業に先立ち事前に安全な作業方法を検討する必要があった。
こうして、R社広島は、乗組員が80トンクレーンでイコライザの取外しを行うこととなったとき、乗組員が重量物の扱いに慣れているので大丈夫と思い、事前安全検討会で作業方法を検討するなどして乗組員に安全な作業方法を指示しなかった。
他方、S社は、安全衛生管理規定で安全衛生管理組織を定め、安全・衛生教育訓練を実施し、玉掛けなどの作業上の安全に関して具体的な作業心得で指示していたものの、A指定海難関係人から80トンクレーンを使用してイコライザの取外しを行うことについての報告をうけなかった。
11時00分A指定海難関係人は、自らイコライザの左舷船尾方の甲板上に位置し、甲板長C及び乗組員1人をイコライザから船尾方のリーダ上に、乗組員6人をイコライザから船首方のリーダ上に、乗組員1人をイコライザ右舷側の甲板上ビティ足場に及び甲板手D(昭和46年1月25日生)及び乗組員1人をイコライザ左舷側の甲板上ビティ足場にそれぞれ位置させた。
A指定海難関係人は、イコライザの操作に当たり、ワイヤロープが破断することはないと思い、イコライザが立て起きて安定した状態になるまでビティ足場の乗組員を甲板上の安全な場所に待機させるなど乗組員に対する安全配慮が不十分のまま、C甲板長に80トンクレーンの運転の指示を任せ、取外し作業を開始した。
A指定海難関係人は、イコライザが特殊な構造のため吊り上げに際して動揺し、巻上げワイヤロープにかかる荷重が増加する状態であったが、イコライザの自重がワイヤロープ破断荷重以内の8.5トンなので大丈夫として、メーカー仕様のとおりイコライザリンク上部ピンホールにピンを使用するなど適切な玉掛け作業を行わず、直径24ミリメートルの玉掛け用ワイヤロープを麻袋だけで養生した。
その後、イコライザリンク上部ピンホールに通した玉掛け用ワイヤロープの弛みをとり、リーダ上に横たわるイコライザを立て起こしたところ、船首側に少し傾いていたのでゆっくり再び立て起こした際、イコライザベイルが前後に、ブロックイコライザが左右に揺れ、クレーンが一旦止まり、C甲板長が微調整の手合図を送ったとき、11時33分麻袋で養生されて2本の玉掛け用ワイヤロープのうち左舷側の玉掛け用ワイヤロープが、イコライザの動揺による荷重の増加で同リンクの角当ての部分から破断し、同ロープを通していた同リンクがその下部ピンホールを中心に左舷側に転倒し、甲板上ビティ足場に待機していたD甲板手の背中を強打した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、港内は平穏であった。
その結果、D甲板手は肺挫傷による呼吸不全で死亡した。
(4) その後の措置
ア A指定海難関係人
本件発生後船内で事故原因を検討し、今後、緊急の際に80トンクレーンを使用する場合、十分に検討し安全に努めるようにした。
イ R社広島
R社広島は、災害発生防止のため、発生状況の再現実験を行うとともに、R社の広島研究所でワイヤロープの静的載荷及び摺動の強度試験並びにクレーンによるイコライザ立て起こし時の挙動解析を行ってイコライザ吊り上げ時の玉掛け用ワイヤロープ破断事故原因究明をし、山城のリーダ及びスポッタ取付並びに試験工事における安全衛生管理に関する事項を定め、労働災害及び障害の発生を防止し、工事の円滑な推進を図ることを目的として安全衛生管理計画書を作成した。

(原因に対する考察)
本件乗組員死亡は、山城がR社広島で艤装されて就航したのち、杭打ち機の試験及び調整の残工事のため、R社広島に入渠し、杭打ち機の取付けを始めたところ、1,600トンクレーンの起伏ドラムのワイヤロープに弛みが発生し、それを調整するため杭打ち機のリーダを格納中、スポッタを外し終えてイコライザの取外しにかかった際、1,600トンクレーンが故障して使用することができなくなり、80トンクレーンを使用して玉掛け作業を行って、イコライザの取外しをしようとしたとき、左舷側の玉掛け用ワイヤロープが破断してイコライザリンクが左舷側に転倒し、これが乗組員を強打して発生したもので、以下本件発生の原因について考察する。
1 イコライザ立て起こし時における玉掛け用ワイヤロープの張力変化について
A指定海難関係人、E、F及びC各証人の当廷における各供述により、イコライザを立て起こした際、イコライザが船首側に傾いたので、吊りワイヤロープを巻き込んでイコライザを垂直にしたとき、左舷に設置された80トンクレーンがイコライザを斜めに吊っていることからイコライザベイが前後に及びブロックイコライザが左右に揺れ、それに伴いイコライザリンクも左右に揺れたため一旦クレーンを停止してイコライザの重心位置とジブの先端位置を合わせようと指示したとき、玉掛け用ワイヤロープが破断した。このことから、イコライザを立て起こした際の玉掛け用ワイヤロープにかかる張力変化を解析すると、別紙イコライザ立て起こし時における玉掛け用ワイヤロープの張力の時刻歴解析からジブ先端の上げ及び巻上げワイヤロープの巻き下げの各運転により、玉掛け用ワイヤロープにかかる張力は、次のとおりになる。
(1) ジブ先端の上げ、巻上げワイヤロープを巻き下げをせず、更に両舷方向への移動をせず、イコライザが上と後方に引っ張られた場合、玉掛け用ワイヤロープに1秒以内に100トン以上の張力が発生する。
(2) ジブ先端の上げ、巻上げワイヤロープを巻き下げ、両舷方向への移動をせず、上と後方に緩やかに引っ張られた場合、玉掛け用ワイヤロープに4.3秒で29トンの張力が発生する。
(3) ジブ先端の上げ、巻上げワイヤロープを巻き下げ、右舷方向への移動して上、後方及び右舷方に緩やかに引っ張られた場合、玉掛け用ワイヤロープに約4.3秒で46トンの張力が発生する。
また、イコライザが鉛直になり、更にジブ先端が上がってイコライザが引っ張られた際、衝撃荷重がかかり、更に玉掛け用ワイヤロープに張力が加わる。
一方、クレーンによるイコライザ立て起こし時の挙動解析書をもとに玉掛け用ワイヤロープの張力の時刻歴解析を行うと同ロープ破断の検証により、同破断時のジブの先端は、イコライザ上端とは水平距離で1.5メートルずれていた。このずれをなくするため、起伏角のみを上昇して修正すると、ジブ先端は1.7メートル上昇する。
なお、ずれをなくするまでの修正時間を5秒間とした場合の玉掛け用ワイヤロープに働く張力の時刻歴を計算したが、5秒間とした根拠は、1.5m/5sec=0.3m/sec、1.7m/5sec=0.34m/secでこの速度は貨物船のデリッククレーンの巻き上げ速度とほぼ同一である。
2 玉掛け作業における作業指揮者の乗組員の安全に対する配慮について
玉掛作業者必携中、「玉掛け作業者は、クレーンの不意の移動があっても吊り荷に激突されたりするおそれのないところに位置する。」旨の記載及びS社の作業標準クレーン作業の注意事項中、「介錯綱を持つ者は吊り荷の動きを考えて安全な位置で介錯する。吊り荷の下に入らない。」旨の記載、並びに結果としてイコライザリンクが左舷側に転倒して乗組員を強打していることから、作業指揮者であるA指定海難関係人は、玉掛け用ワイヤロープが破断してイコライザリンクが左舷側に転倒して乗組員が強打される危険な場所に位置してるのを認めた場合、イコライザが安定した状態になるまで乗組員を甲板上の安全な場所に待機させるなど乗組員に対する安全配慮を十分に行わなかったことは本件発生の原因となる。
3 玉掛け用ワイヤロープ破断について
(1) 玉掛け用ワイヤロープ
本件発生時、メッキG種の直径24ミリメートルの玉掛け用ワイヤロープを使用しており、イコライザ吊り上げ時の玉掛け用ワイヤロープ破断事故原因究明についてと題する報告書写中の同ロープ引張試験結果の記載から破断荷重28.8トンが求められ、また、同ロープ2本を使用していることから重量8.5トンのイコライザを吊ること自体は、一般の玉掛け作業であれば問題はなかった。
(2) 玉掛け用ワイヤロープの状態
本件発生時の使用した玉掛け用ワイヤロープについては、A指定海難関係人の質問調書中の供述記載及びC証人の当廷における供述により、新造時購入して甲板倉庫に保管されていたことから同ロープは良好な状態であった。
(3) 玉掛け用ワイヤロープの養生
本件発生時の玉掛け作業の際、A指定海難関係人に対する質問調書中の供述記載及びC証人の当廷における供述により、イコライザリンク上部ピンホールの角当てに麻袋で玉掛け用ワイヤロープを養生していたものの、C、E両証人の当廷における供述から麻袋が何枚巻かれていたが不明であり、G代理人の当廷における供述から1枚巻かれた場合、ワイヤロープの破断荷重が70パーセントに減少することを考慮すると破断荷重は、41.2トンになる。また、F証人の当廷における供述から、イコライザ吊り上げ時の玉掛け用ワイヤロープ破断事故原因究明についてと題する報告書写中の玉掛け用ワイヤロープ摺動を伴う引張試験結果の記載により、養生しない玉掛け作業で、玉掛け用ワイヤロープに摺動が発生すると破断荷重は18トンとなるが、養生した場合の破断荷重の確たる数値は不明であるが、これらから推定すると摺動が発生した際の破断荷重は25.8トンにになる。従ってイコライザ取外して玉掛け用ワイヤロープを麻袋で養生しただけで、玉掛けワイヤロープの張力変化を考慮されないまま、適切な玉掛け作業が行われず、メーカー仕様のとおりにイコライザリンク上部ピンホールのピンを使用するときと比べても同ロープの破断荷重が減少した事実は玉掛け用ワイヤロープ破断の原因となる。
(4) クレーンの運転
80トンクレーンの運転については、F、C両証人の当廷における供述のとおり、両人とも玉掛け作業におけるクレーンの運転に関して経験豊富で、クレーンは、合図者の手合図の指示どおり運転され、特に大きくクレーンを動かすよう指示をしていなかったこと及びイコライザを立て起こしたとき、イコライザの重心が船首側にずれていて少し前後左右に揺れており、そこでクレーンを一旦停止していたところ、10秒以内に玉掛け用ワイヤロープが破断したこと及び特に激しくクレーンを運転した旨の他の証言もなく、平素の運転が行われたと認められることからクレーンの運転と玉掛け用ワイヤロープ破断との関係はない。
4 まとめ
玉掛け用ワイヤロープ破断は、上記のとおり検討してきたように、同ロープの選定、状態及びクレーンの運転については、直接破断に関係はない。
ところで、イコライザ立て起こしのためにジブ先端を上げ、巻上げワイヤロープを巻き下げ、右舷方に緩やかに引っ張った際、イコライザがわずか船首尾方向に揺れるとともに両舷各方向にも揺れ、左舷の玉掛け用ワイヤロープに張力が加わり、同ロープが破断荷重に達し、40トンに設定された過負荷防止装置の警報も鳴らない瞬時に同ロープが破断した。
80トンクレーンで玉掛け作業を行う際、イコライザリンク上部ピンホールに直に養生した玉掛け用ワイヤロープを使用するのでなく、同ホールにピンを通し、それに同ロープを使用すれば、同ロープの破断はないのではないかとの意見もあるが、前示玉掛け用ワイヤロープの張力の時刻歴解析のとおりイコライザの特殊な構造からから玉掛け用ワイヤロープにかかる張力の増加があり、また吊り荷を短時間に吊り上げる際の衝撃荷重も加わったとき、大幅な張力の増加となって破断する危険が存在する。
メーカー仕様のとおりに1,600トンクレーンを使用してイコライザを取り外す際、2本のフックによりブロックイコライザを左右に動揺をさせないように、更に主巻きフックのホールにイコライザリンクピンを通して前示張力の増加に対応していることから、80トンクレーンを使用する際に安全な作業方法を十分に検討することが必要である。
5 R社広島の指示について
H代理人に対する質問調書中、杭打ち機のリーダを格納するに当たりイコライザを取外し中、1,600トンクレーンが故障してこれを使用することができなくなった際、80トンクレーンを使用して玉掛け作業をR社広島またはU社が行うのであれば非定常の作業として、事前安全検討会で安全な作業方法を検討する必要がある旨の供述記載がある。R社広島が初めてコンチネンタルの杭打ち機を購入して山城に取付け、その試験をする過程で、1,600トンクレーンの起伏ドラムのワイヤロープの弛み調整をしなければならなくなり、山城からその調整を乗組員で行うとの申出により、調整のための作業を開始してイコライザを取外しにかかり、1,600トンクレーンが故障して80トンクレーンを使用する状況になったとき、R社広島は、非定常の作業として事前安全検討会で安全な作業方法を検討して指示を与えなければならない立場にあった。しかるに、V社主任に対する質問調書中の供述記載のとおり、乗組員が重量物の扱いに慣れていると思い、安全な作業方法を指示しなかったことは、玉掛け用ワイヤロープの破断の原因となる。

(原因)
本件乗組員死亡は、R社広島江波工場新3岸壁に左舷付係留中の山城において、80トンクレーンの玉掛け作業でイコライザの取外しを行う際、乗組員を甲板上の安全な場所に待機させるなど乗組員に対する安全配慮が不十分であるばかりか、適切な玉掛け作業を行わなかったことと、艤装した製作所が、安全な作業方法を指示しなかったこととによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
A指定海難関係人が、係留中の山城において、1,600トンクレーンが故障してメーカー仕様のとおりに1,600トンクレーンを使用しないで、80トンクレーンを使用してイコライザの取外しを行う際、乗組員を甲板上の安全な場所に待機させるなど乗組員に対する安全配慮が不十分であったことは本件発生の原因となる。
A指定海難関係人に対しては、その後同人が作業の安全に努めている点に徴し、勧告しない。
R社広島が、係留中の山城において、1,600トンクレーンが故障してメーカー仕様のとおりに1,600トンクレーンを使用しないで、80トンクレーンを使用してイコライザの取外しを行う際、非定常の作業として事前安全検討会で安全な作業方法を検討して指示しなかったことは本件発生の原因となる。
R社広島に対しては、事後、原因を究明し、安全衛生管理計画書を作成し、労働災害及び障害の発生の防止に努めていることに徴し、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。

別紙

イコライザ立て起こし時における玉掛けワイヤロープの張力時刻歴解析

1 イコライザと巻上げワイヤロープの振動系の力学モデル
80トンクレーンによるイコライザ立て起こし時における玉掛けワイヤロープの張力の時刻歴解析を行う。この場合は、イコライザが直立状態から3.3度傾斜した状態からクレーンのジブの起伏角を上昇させてイコライザを直立させるので、イコライザベイル、ブロックイコライザには伸び変形のみが生じ、それらの面外曲げの影響は小さいとみなすことができる。解析においては、イコライザベイル、ブロックイコライザ、主巻きフックの各重心に質量が集中する質点系を考え、これらの質点間はイコライザベイル及びブロックイコライザの伸び剛性、玉掛けワイヤロープ及び巻上げワイヤロープの伸び剛性をもつばねで連結された力学モデルの振動系を考える。
図1に示すように船の横方向にX軸、船の縦方向にY軸、鉛直上方にZ軸をとった3次元座標系において、原点をイコライザベイルの下端のピンに取り、ブロックイコライザ、玉掛けワイヤロープ、主巻きフック、巻上げワイヤロープ、ジブ先端が一直線上にあり、Z軸と3.3度傾斜して、張力がゼロの状態を初期値(時間t=0)と設定する。ジブ先端のX軸、Y軸、Z軸方向の移動速度をそれぞれaX、aY、aZとしてジブの起伏角の上昇、と同時に巻き下ろし速度制御を表現して、振動系の時刻歴を解析する。
2 振動系の時刻歴解析
図1に示すように原点を0、イコライザベイルを質点1、ブロックイコライザを質点2、主巻きフックを質点3、ジブ先端を質点4とする。
表1は、振動系の力学モデルのばねの伸び剛性と長さ、質点の重量などを示す。質点nとn-1の線分のX軸、Y軸、Z軸に対する方向余弦をそれぞれλn、μn、νnとすれば次式で表わされる。



質点nにおける力の釣合い式は、図1より分かるように次のようになる。



ここにn=1、2、3、Wn:質点nの重量、g:動力の加速度、Tn:質点nとn-1間のばねの張力、1n:質点nとn-1間のばねの長さ、EnAn:質点nとn-1間のばねの伸び剛性(2)、(3)式より各質点の座標Xn、Yn、ZnとTnは求められる。これを差分近似式で数値的に解くことにする。中心差分式を用いれば次式となる。ここに、t時間における値がs、t-Δt時間がs-1、t+△t時間がs+1とする。また△tは時間刻み幅とする。



(2)式に(4)式を代入して次式を得る。



(3)式を満たして、(5)式よりXn、Yn、Znのs-1、sから更新s+1の値を求めれば(2)が解けたことになる。そこで(3)式を満足させるため、(3)式を次のようにおき、これにニュートン・ラプソン法を適用して(3)式を満たすTnを求める。すなわち、(3)式を次のようにおく。



ΨnをT1、T2、T3、T4、でテーラ展開して1次の項のみをとれば、次式となる。



ここで、(6)式よりδTnは求められる。正しいTnが求まるまで(7)式で繰り返し計算を行う。
3 数値計算例
図1に示すように、ブロックイコライザがZ軸に対して3.3度の角度で傾斜している状態から、ジブの起伏角を上昇させながら巻上げワイヤを巻き下げてイコライザの中心軸がZ軸と一致し、かつ張力がかからないようにする場合のクレーンの制御を考える。この場合は、ジブ先端の移動量がY軸方向に-1.5m、Z軸方向に-1.7mとなるように制御すればよい。通常のクレーンの移動速度を参考にして、これらの操作を5秒間で行う場合を想定してみる。
そこで、次の操作を行った場合に生じる玉掛けワイヤロープに働く張力T(ton)をシミュレートする。
ここで、T=T3/(2sinφ)、φは玉掛けワイヤロープがY軸となす傾斜角である。
(A) 起伏角のみ上昇させた場合
aX=0、aY=-1.5m/5sec、aZ=1.7m/5sec
巻き下ろし速度=0
(B) 起伏角を上昇させながら巻上げワイヤを巻き下ろすが、巻き下ろし速度が0.1m/5sec足りない場合
aX=0、aY=-1.5/5sec、aZ=0.1m/5sec
巻き下ろし速度=1.7m/5sec-0.1m/5sec=1.6m/5sec
(C) 起伏角を上昇させながら巻上げワイヤを巻き下ろすが、船の横方向に1m/5secの移動速度を伴い、巻き下ろし速度が0.1m/5sec足りない場合
aX=1m/5sec、aY=-1.5m/5sec、aZ=0.1m/5sec
巻き下ろし速度=1.7m/5sec-0.1m/5sec=1.6m/5sec
4 数値計算結果の考察
図2に示すように、Aは起伏角のみを上げて巻き下ろしを全く行わなかった場合である。これより分かるように玉掛けワイヤロープの張力は振動しながら急激に上昇し、0.7秒後には100tonを超える。Bの場合は、図3に示すように、起伏角の上昇に合わせて巻き下ろしは行うが、巻き下ろし速度が0.1m/5sec不足しているときである。
この場合でも振動しながら張力は上昇するが、4.3秒後にはイコライザは直立し、張力は29tonに達する。またCの場合は、図4に示すように、巻き下ろし速度がBの場合と同じ0.1m/5sec不足しており、さらに船の横方向の移動速度1m/5secが加わった場合である。
このような船の横方向の移動速度が加わるとブロックイコライザ直立時の張力は、46tonに達しBの場合より、17ton増加する。したがって、80トンクレーンを使用した場合は、1600ton型のクレーンのようにブロックイコライザの中心線上に主巻きフックの中心が置かれていないので、船の横方向の移動によって、ブロックイコライザの中心線上に主巻きフックの中心がくるような操作が必要になるので注意しなければならない。

図1
3次元直交座標系におかれたイコライザ巻上げワイヤロープの振動系

表1
イコライザと巻上げワイヤロープの質点とばねの振動系の力学モデルの諸元

図2 ジブ先端の移動速度と玉掛け用ワイヤロープの張力及びイコライザ重心の水平移動の時刻暦(A)

図3 ジブ先端の移動速度と玉掛け用ワイヤロープの張力及びイコライザ重心の水平移動の時刻暦(B)

図4 ジブ先端の移動速度と玉掛け用ワイヤロープの張力及びイコライザ重心の水平移動の時刻暦(C)






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