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1999年(平成11年)

平成11年仙審第9号
    件名
交通船第三くじら丸乗客負傷事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成11年8月24日

    審判庁区分
地方海難審判庁
仙台地方海難審判庁

長谷川峯清、上野延之、内山欽郎
    理事官
大本直宏

    受審人
A 職名:第三くじら丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
乗客1人が全治3箇月の腰椎圧迫骨折、同1人が全治1週間の腰部打撲、同1人が全治1箇月の腰椎圧迫骨折、同1人が全治3週間の仙骨骨折及び腰椎損傷

    原因
乗客に対する安全配慮不十分(船体の動揺)、船舶所有者の乗客の安全確保についての指導不十分

    主文
本件乗客負傷は、他船の航走波を乗り切る際、船体の動揺が乗客に危険を及ほすことについての配慮が十分でなかったことによって発生したものである。
船舶所有者が、乗客の安全確保についての指導を十分行っていなかったことは、本件発生の原因となる。
受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年5月5日11時55分及び同日12時20分
宮城県鮎川港沖合
2 船舶の要目
船種船名 交通船第三くじら丸
総トン数 4.4トン
全長 10.80メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 147キロワット
3 事実の経過
第三くじら丸(以下「くじら丸」という。)は、宮城県鮎川港を基地として専ら同県金華山港との間約4.3海里をほぼ20分問で結ぶ、船体中央後部寄りの上部に操舵室、船首甲板に客室及び操舵室後部に客席がそれぞれ配置された乗客定員12人の、通称高速船というFRP製交通船で、A受審人が1人で乗り組み、乗客8人を乗せ、船首0.8メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、平成9年5月5日11時40分金華山港を発し(以下「先便」という。)、鮎川港に向かった。
B指定海難関係人(四級小型船舶操縦士免状受有)は、昭和59年から鮎川、金華山両港間の航路(以下「金華山航路」という。)の交通船の営業を始め、平成3年に漁船として建造使用されていたくじら丸を同6年に購入し、改造を施して客室を設け、同元年に船長として雇用していたA受審人を同船に乗船させ、自らも他の1隻の所有船である水中展望船に船長として乗船し、同航路の乗客が多いときには、これら2隻により両港間の往復運航を行っていた。
ところで、金華山航路は、鮎川港を出航後、牡鹿半島南方に突出した半島の陸岸に沿って南下し、陸前黒埼灯台(以下「黒埼灯台」という。)に並航したのち東航し、同半島南端に接航して黒埼に並航後、南北方向に通航する船舶がある金華山瀬戸を北東進して金華山港に向かい、復路はこの往路を逆行するもので、鮎川港と金華山及び同半島の南西に位置する離島各港との間を頻繁に定時運航している牡鹿町営の総トン数100ないし200トンの定期船航路と、ほぼ平行のやや陸岸寄りになっていた。このため、くじら丸は、金華山航路航行中、同瀬戸の通航船舶や同定期船と横切り、行き会いあるいは追い越し各関係になった際に、これらの船舶の航走波を受けて船体が大きく動揺することが予想されるときには、乗客に危険を及ぼすことについて配慮し、大幅に減速して同波を乗り切るなどの措置を取る必要があった。
B指定海難関係人は、身体障害者などが乗船するときには、介添え役としてくじら丸に便乗することもあり、その際、離着岸時に急発信や急停止するなどA受審人の操船に荒っぽさを感じ、毎朝始業時の打ち合わせのときなどに、同人に対し、慌てずに落ち着いて操船するよう指導していたものの、航行中に他船の航走波を乗り切る際には、大幅に減速して船体の動揺を軽減するなど、乗客の安全確保についての指導を十分に行っていなかった。
先便発航後、A受審人は、操舵室中央の操舵輪後部にロープで固定したいすに腰掛けて前路の見張りに当たり、金華山瀬戸を南西進し、11時50分黒埼灯台から224度(真方位、以下同じ。)350メートルの地点において、針路を290度に定め、機関を港内全速力にかけて12.0ノットの対地速力で、手動操舵により進行した。
11時52分少し過ぎA受審人は、黒埼灯台から272度1,050メートルの地点に達したとき、鮎川港口に向けて針路を346度に転じ、同じ速力で続航した。
11時55分少し前A受審人は、鮎川港から出港してきた総トン数約100トンの牡鹿町営の定期船を認め、間もなく同船と左舷を対して約50メートルの近距離で航過し、同船の航走波を左舷船首約20度から受ける状況となったが、平素船首方から受ける航走波を乗り切っても操舵室で大きな動揺も衝撃も感じていなかったことから、このまま同航走波を乗り切っても大丈夫と思い、船体の動揺が乗客に危険を及ぼすことについて配慮することなく、原速力のまま進行中、11時55分黒埼灯台から308度1,600メートルの地点において、同航走波を乗り切ったところ、船体が大きく上下に動揺し、客室のソファー最前部に腰掛けていた乗客2人が、それぞれ上方に放り出されたのちに座席などに身体を打ち付けて負傷し、他の乗客も床に投げ出された。
その後A受審人は、乗客が負傷したことを知らないまま鮎川港に入港して着岸し、下船した乗客に船体の動揺によって負傷したことを告げられて初めて事態を知り、B指定海難関係人に事後の措置を委ねた。
B指定海難関係人は、くじら丸に負傷者が乗船していたことを知ったが、金華山港向けの次便(以下「後便」という。)の出港を岸壁で待っていた乗客を気遣い、A受審人に対して乗客負傷の原因を確認することも、他船の航走波を乗り切る際には大幅に減速して船体の動揺を軽減するなど、乗客の安全確保についての指導を十分行うこともしないまま、同人に後便の運航準備に取りかからせ、自らは同負傷者の事後の措置に当たった。
12時05分A受審人は、後便の乗客5人を乗せて鮎川港を発し、金華山港に向けて航行中、12時20分黒埼灯台から051度2,350メートルの地点において、牡鹿半島東端と金華山西端との間の水道を南下する4隻の漁船群の航走波を船首に受ける状況となったが、またも、船体の動揺が乗客に危険を及ぼすことについて配慮することなく同波を乗り切り、船体を大きく上下に数回続けて動揺させて2人の乗客を負傷させた。
当時、天候は晴で風力4の北西風が吹き、潮候は上げ潮の中央期であった。
この結果、先便の乗客Cが全治3箇月の腰椎圧迫骨折、同Dが全治1週間の腰部打撲を負い、後便の乗客E全治1箇月の腰椎圧迫骨折、同Fが全治3週間の仙骨骨折及び腰椎損傷を負った。

(原因)
本件乗客負傷は、鮎川、金華山両港間の交通船の航路において、乗客を乗せて航行中、他船の航走波を乗り切る際、船体の動揺が乗客に危険を及ぼすことについての配慮が不十分で、大幅に減速するなど船体の動揺を軽減する措置を取らないまま同波を乗り切り、船体が大きく上下に動揺したことによって発生したものである。
船舶所有者が、船長に対し、航行時の乗客の安全確保についての指導を十分に行っていなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
A受審人は、鮎川、金華山両港間の交通船の航路において、乗客を乗せて航行中、他船の航走波を乗り切ろうとする場合、船体の動揺が乗客に危険を及ぼすことについて配慮すべき注意義務があった。ところが、同人は、平素他船の航走波を乗り切っても操舵室は大きな動揺も衝撃も感じないから、このまま同航走波を乗り切っても大丈夫と思い、船体の動揺が乗客に危険を及ぼすことについて配慮しなかった職務上の過失により、相次ぐ先便及び後便において、それぞれ大幅に減速するなど船体の動揺を軽減する措置を取らないまま他船の航走波を乗り切って船体の大きな動揺を招き、各便2人ずつの乗客を負傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B指定海難関係人が、船長に対し、他船の航走波を乗り切る際には、大幅に減速して船体の動揺を軽滅するなど航行時の乗客の安全確保についての指導を十分に行っていなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、本件発生後、新たに別の船長を雇い、乗客の安全確保に関する運航上の指導を十分に行い、事故再発防止に努めている点に徴し、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。






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