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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年1月16日19時20分 熊本港沖合 2 船舶の要目 船種船名 引船第3海陽丸
浚渫船伸栄 総トン数 196トン 全長 30.50メートル 50.00メートル 幅
20.00メートル 深さ 3.00メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
2,059キロワット 3 事実の経過 第3海陽丸(以下、「海陽丸」という。)は、航行区域を限定沿海区域とし、2基2軸を備えた綱製引船兼押船で、A受審人ほか4人が乗り組み、喫水が船首尾とも1.80メートルの鋼製浚渫船伸栄を回航する目的で、同船を船尾約180メートルに引いて全長約260メートルの引船列とし、船首2.00メート船尾3.80メートルの喫水をもって、平成9年1月13日14時30分大阪港を発し、多数ののり養殖施設が設置された島原湾の東部に位置する熊本港に向かった。 ところで、熊本港の西方海域ののり養殖施設は、毎年10月中旬から翌年4月中旬までの期間設置されていたが、その範囲が年々広がったため、本来の同港入口を示す熊本港第1号灯浮標及び同第2号灯浮標に加え、同期間中、この2灯浮標からほぼ西方に延びる水路が設けられ、同水路西端に熊本港沖第1号灯浮標及び同第2号畑浮標が設置され、その旨海図にも記載されていた。 ところが、A受審人は、それまで大阪港や神戸港等での土砂運搬船の押航に従事していて、長い間島原湾方面に就航していなかったが、約10年前に他船で3度ほど同湾内を航行した経験があったことから、同湾内の状況は分かっているつもりで大丈夫と思い、海図に当たったり、関係先に問い合わせたりするなどの水路調査を十分に行うことなく、熊本港の西方海域では、のり養殖施設が従前より沖合まで広がっていることを知らないまま、前示のとおり発航した。 発航後、A受審人は、船橋当直を一等航海士と2人で単独6時間交替で行い、関門海峡を経由して早崎瀬戸に入り、霧模様で視界がやや狭められた状況下、熊本港港界に近い、住吉灯台から298度(真方位、以下同じ。)4.6海里の地点に投錨仮泊することとし、同月16日18時00分同灯台から253度12.7海里の地点で、一等航海士を船橋配置に就け、針路を予定錨地に向く054度に定め、機関を全速力前進にかけて6.4ノットの速力とし、同錨地がのり養殖施設内にあることに気付かないまま、レーダーと肉眼による見張りに当たりながら自動操舵で進行した。 19時05分A受審人は、住吉灯台から273度6.4海里の地点に達したとき、予定錨地まで3.0海里に接近したので、機関の回転数を下げて半速力前進の4.0ノットの速力として続航するうち、レーダー画面上に点々とした映像を認め、その後、前路にのり養殖施設の存在を示す黄色点滅式簡易標識灯の灯火を認めるようになったものの、これらを漁網か工事用の灯浮標かと思いながら進行中、19時20分住吉灯台から280度5.6海里の地点において、原針路、原速力のままのり養殖施設に乗り入れた。 当時、天候は霧雨で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の末期に当たり、視程は約1,000メートルであった。 その結果、海陽丸引船列に損傷はなく、自力でのり養殖施設から脱出して長洲港中合に投錨仮泊したが、のり養殖施設ののり網、浮子、錨索等に損傷を生じた。
(原因) 本件のり養殖施設損傷は、島原湾の東部に位置する熊本港に向けて大阪港を発航するにあたり、同湾内の水路調査が不十分で、熊本港の西方海域ののり養殖施設内に進入したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、多数ののり養殖施設が設置された島原湾の東部に位置する熊本港に向けて大阪港を発航する場合、長い間同湾内を航行していなかったから、同湾内に設置されたのり養殖施設内に進入しないよう、海図に当たったり、関係先に問い合わせたりするなどの水路調査を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、約10年前に他船で3度ほど島原湾内を航行した経験があったことから、同湾内の状況は分かっているつもりで大丈夫と思い、水路調査を十分に行わなかった職務上の過失により、熊本港の西方海域ののり養殖施設が従前より沖合まで広がっていることを知らないまま発航して、同施設内に乗り入れ、のり網、浮子、錨索等に損傷を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |