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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年11月1日23時40分 千葉県九十九里浜東方沖合 2 船舶の要目 船種船名
貨物船ニッコウ8 総トン数 493トン 登録長 70.07メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 735キロワット 回転数
毎分353 3 事実の経過 ニッコウ8は、昭和63年1月に竣工し、航行区域を沿海区域と定めた鋼製貨物船で、阪神内燃機工業株式会社が同62年9月に製造したLH28RG型と称する連続最大出力1,029キロワット同回転数毎分395(以下、主機の回転数については毎分を略す。)のディーゼル機関を主機とし、船内発電用の発電機として、主機の回転数が200以上で使用可能な定格電圧225ボルト同容量125キロボルトアンペアの主機駆動発電機及び定格出力102キロワットのディーゼル機関(以下「補機」という。)駆動の発電機のほか、停泊時専用発電機を備え、航海中は所要電力が約60キロワットで専ら主機駆動発電機を使用し、主機の燃料油を航海中はC重油、出入港時はA重油とし、補機はA重油専焼としていたところ、平成5年7月主機に出力制限装置を取り付けて主機の計画出力735キロワット同回転数353とし、年間の主機運転時間が4,000ないし5,000時間程度となった。 また、主機は、船首側から順に1番から6番までのシリンダ番号を付け、各シリンダヘッドにいずれも耐熱鋼製のポペット弁を組み込んだ弁箱式の排気弁と吸気弁を一組ずつ備え、両弁とも弁棒と弁座の合わせ面にステライト盛金を施し、排気弁については、水冷式としてバルブローテータを取り付け、弁棒と弁案内とのすき間に強制注油するようになっていたものの、同ヘッドにはカバーをかぶせてなくて、随時、両弁の作動状態などを点検し、吸気弁に手差し注油するようになっており、取扱説明書中、1,500ないし3,000時間ごとに排気弁の開放整備を、3,000ないし6,000時間ごとに吸気弁の開放整備をそれぞれ行い、両弁のみならず、ピストン、シリンダライナ、シリンダヘッド等の熱負荷増大による損傷防止のため、過給機が故障して無過給で運転しなければならない場合でも、シリンダ出口の排気温度を400度(摂氏、以下同じ。)以上としないように記載されていた。 ところで、本船は、竣工前の昭和62年11月瀬戸内海大三島沖合において、平均喫水2.24メートルでもって実施された、A重油使用による主機の海上公試運転結果によると、主機駆動発電機不使用時の主機の出力が連続最大出力の50パーセント、75パーセント、85パーセント及び100パーセントのときは、主機の回転数が314、359、374及び395、主機各シリンダ出口排気温度の平均が282度、322度、335度及び354度、船速が10.865ノット、12.381ノット、12.786ノット及び13.092ノットであって、前示主機の出力変更後、定期用船されて用船契約速力を10ノットと定め、毎年1回入渠して船体の清掃や塗装などを行っていたものの、入渠時期近くになると、船底やプロペラなどが著しく汚損し、同速力を維持しながら主機駆動発電機を運転していると、主機シリンダ出口排気温度が350度を大幅に上回るようになっていた。 一方、A受審人は、平成8年11月R株式会社に入社し、同社は本船のほかに本船と同様な2隻の貨物船を有していること、乗組員はおおよそ4箇月乗船して40日ばかりの休暇をとりながら3隻の船に代わる代わる乗り組み、同社への勤務年数が長い者が上位職に就くこと、本船は定期用船されていてA重油の消費を極力節約するように要請されており、主として乗組員4人で穀物輸送に従事することなどを知り、同月29日本船に一等機関士として乗り組んだ。 本船に乗り組んだA受審人は、主機のピストン抜出し整備は2年ごとに工場側が行うことになっていて、前年12月の定期検査持に実施されていること、主機吸・排気弁の開放整備間隔は特に定めてなく機関長の判断によること、航海中の機関室当直は単独6時間交代制で、主機駆動発電機から補機駆動発電機への切替えは当直者の判断に任されていることなどを知り、自ら当直中に時化模様となったならば同切替えを行い、機関長とともに、翌12月8日2番、明けて平成9年1月9日1番及び4番、翌2月16日5番及び6番の各シリンダの排気弁を予備品と取り替えて整備し、同年3月13日休暇をとって下船した。 その後本船は、同年4月1日から3日間入渠して船底やプロペラの清掃を行うとともに、主機の過給機、空気冷却器、清水冷却器、潤滑油冷却器等の開放整備のほか、吸気弁箱の改造を済ませたのち、同年7月4日に1番シリンダの排気弁取替えを行い、運航に従事していたところ、僚船で4箇月ばかり一等機関士として勤務したA受審人が同年9月17日再び一等機関士として乗り組み、翌10月14日2番及び3番両シリンダの排気弁取替えを行い、同月21日機関長が下船したことから、A受審人が機関長となって運航を続けた。 ところが、A受審人は、再乗船後、主機の回転数をほぼ全速力として10ノットの速力を維持し、補機駆動発電機を停止して主機駆動発電機を運転しながらの航海中、船底やプロペラなどの汚損が進行してきたため、気象・海象が悪化した際には、主機シリンダ出口の排気温度が異常に上昇して400度を超えるようになったことを認めていたが、僚船では主機のメーカーが異なるも、同温度が420度ぐらいまで上昇していて格別の支障を生じなかったことから、同温度の異常上昇の程度は何とか許容できるものと思ったうえ、用船者側からA重油の消費を極力節約するように要請されていたこともあって、かなりの時化にならない限り、主機駆動発電機から補機駆動発電機への切替えによる大幅な主機の負荷軽減措置をとることなく、主機回転数の若干の低下と過給機ブロワ側の水洗を行う程度で、いつしか主機排気弁の弁俸に熱疲労を生じてきたことに気付かないまま、運航に従事していた。 こうして本船は、大豆かす約1,200トンを積載し、船首3.5メートル船尾4.5メートルの喫水をもって、翌11月1日13時00分京浜港を発して新潟港に向かい、主機駆動発電機を運転し、主機の回転数をほぼ全速力の340として用船契約上の速力を維持しながら、A受審人が機関室当直に就いて九十九里浜東方沖合を北上中、主機4番シリンダの排気弁の弁棒に熱疲労による曲げを生じて同弁棒が弁案内と固着するようになり、A受審人がこれに気付かないでいるうち、同弁棒の傘部がピストン頂面にたたかれて付根から切損し、シリンダ内に落下してピストンとシリンダヘッドに挟撃され、同日23時40分犬吠埼灯台から真方位200度12.5海里ばかりの地点において、主機が異音を発するとともに、回転数の著い低下をきたして主機駆動発電機の発生電圧が低下した。 当時、天候は晴で風力2の北東風が吹き、波高は1.5メートルであった。 A受審人は、直ちに主機を停止し、補機駆動発電機を運転して点検したところ、主機4番シリンダの吸気弁弁箱破損、排気弁弁棒切損、ピストン頂部異物かみ込み等を認め、主機の運転不能と判断してその旨船長に報告した。 本船は、関係先に主機運転不能の旨を連絡して救援を求め、来援した引船に引かれて鹿島港に入って精査した結果、主機4番シリンダの損傷のほか、過給機タービン側のノズルリング、ロータ等にも損傷を生じていることが分かり、これら損傷部品の新替えと4番シリンダ以外の全シリンダの排気弁の整備を行った。
(原因) 本件機関損傷は、用船契約速力を維持しながら航海中、船体の経時汚損と気象・海象の悪化により、主機排気温度の異常上昇をきたした際、主機の負荷を軽減する措置が不十分で、主機排気弁の弁棒に熱疲労による曲げを生じたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機の回転数をほぼ全速力として用船契約速力を維持したうえ、主機駆動発電機を運転して航海中、船底やプロペラなどの汚損と気象・海象の悪化による主機排気温度の異常上昇を認めた場合、主機各部に同温度異常上昇による損傷をきたすことのないよう、主機駆動発電機から補機駆動発電機への切替えによる大幅な主機の負荷軽減措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、僚船と比較して同温度の異常上昇の程度は何とか許容できると思ったうえ、用船者側からA重油の消費を極力節約するように要請されていたこともあって、主機回車転数の若干の低下と過給機ブロワ側の水洗を繰り返す程度で、かなりの時化にならない限り、大幅な主機の負荷軽減措置をとらなかった職務上の過失により、主機排気弁の弁棒が熱疲労して切損し、ピストン、シリンダヘッド、過給機等を損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |