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1999年(平成11年)

平成11年神審第57号
    件名
引船第七十三たけ丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成11年12月1日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

佐和明、工藤民雄、西林眞
    理事官
岸良彬

    受審人
A 職名:第七十三たけ丸機関長 海技免状:三級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
右舷側排気弁割損、同シリンダヘッド排気通路冷却壁亀裂

    原因
造船業者の機関修繕部門の弁傘部シート面の点検不十分

    主文
本件機関損傷は、造船業者の機関修繕部門が、主機吸・排気弁を旋盤削正して整備した際、弁傘部の点検が不十分であったことによって発生したものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年10月20日10時30分
静岡県石廊埼沖合
2 船舶の要目
船種船名 引船第七十三たけ丸
総トン数 297.69トン
登録長 32.60メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 2,353キロワット
回転数 毎分720
3 事実の経過
第七十三たけ丸(以下「たけ丸」という。)は、昭和52年2月に進水したZ型推進装置を有する2基2軸の鋼製引船で、主機として、株式会社新潟鉄工所が同年に製造した6L28BX型と称する連続最大出力1,176.8キロワットのディーゼル機関を、機関室の左右両舷に各1基装備し、各主機の各シリンダには船首側からの順番号が付されていた。
主機の冷却は間接冷却方式で、直結の冷却清水ポンプで吸引加圧された清水が、清水冷却器を経て入口主管に至り、各シリンダライナ及びシリンダヘッドを冷却して出口管で合流したのち、冷却清水ポンプに戻るようになっていた。

また、主機のシリンダヘッドには、船尾側に吸気弁、船首側に排気弁がそれぞれ各2個ずつ直付けにより組み込まれており、このうち排気弁は、耐熱鋼製の全長394ミリメートル(以下「ミリ」という。)、弁傘直径97ミリ、シート面の内縁と触火面との垂直方向の厚さ11.2ミリで、弁及び弁座のシート面には運転中の摩耗を軽減するためステライトが溶着されていた。
たけ丸は、昭和63年に現船舶所有者が買船したもので、主として大阪港において大型船の出入港支援作業に従事するほか、年間2ないし3回阪神と京浜との間などで大型作業台船を曳航する作業も行い、主機を年間約1,500時間運転しており、平成8年4月定期検査工事のために入渠し、指定海難関係人株式会社R工作部(以下「R工作部」という。)において主機の開放整備が行われた。
ところで、肌荒れした主機吸・排気弁のシート面を整備する場合には、一般的に旋盤で規定の角度に薄く削正するとともに、シート面の摩耗が著しいものや弁棒に曲がりが生じているものを取り替えたうえ、弁座ととも摺りの要領で摺り合わせが行われるが、旋盤で削正する際、誤ってシート面内縁の弁傘部に加工溝が残されているおそれがあり、組み込む前にはシート面を含む弁傘部の仕上げを十分に点検する必要があった。

R工作部は、たけ丸の主機開放整備及び復旧工事を担当し、吸・排気弁については、付着したカーボンを除去したのち、専門の同社職員が弁及び弁座のシート面を旋盤による削正加圧を行い、シート面の摩耗が著しいものなど排気弁棒10本及び弁ガイド16本を新替えしたものの、旋盤加工からその後の摺り合わせに至る工程において、継続使用する排気弁傘部の仕上げが滑らかに行われていることを十分に点検しなかったことから、右舷機3番シリンダ右舷側に組み込む排気弁の、母材とステライト溶着部との境界部に機械加工溝が残されたまま復旧されていることに気付かないまま、工事を終えた。
一方、A受審人は、平成6年10月に機関長としてたけ丸に乗り組み、機関の保守管理に当たっており、R工作部において主機シリンダヘッドなどの開放整備を行わせた際、同工事に立ち会ったが、吸・排気弁の摺り合わせに先立ち、シート面の旋盤による削正加工及びカラーチエックが施工され、継続使用する弁については特段の報告を受けなかったので、弁傘部に加工溝が残されていることには思いもよらず、シート面の当たりが適正に形成されているかを点検したのち、シリンダヘッドに組み込ませた。

こうして、たけ丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、非自航式の大型作業台船を曳航し、同8年10月18日18時00分和歌山県由良港を発し、京浜港横浜区に向け、主機を回転数毎分650にかけて航行中、右舷機3番シリンダの右舷側排気弁傘部の前示加工溝に、応力集中によって亀裂が生じて円周方向に進展し、翌々20日10時30分石廊埼灯台から真方位193度3.1海里の地点において、同弁傘部の周囲が約5分の1にわたって割損し、給気圧力が上昇するとともに、欠損した破片が排気通路冷却壁に亀裂を生じさせ、冷却清水系統に排気ガスが侵入し始めて冷却清水圧力が低下した。
当時、天候は晴で風力5の東風が吹き、海上は波立っていた。
A受審人は、機関当直中、機関制御室から右舷機給気圧力及び同冷却清水圧力の異状を認め、冷却清水ポンプ付空気抜きコックから空気抜きを行ったのち、指圧図を採取すると3番シリンダのみ最高圧力が低下していたため、右舷機を停止し、燃料噴射弁取替え等の措置をとったが、事態が好転しないことから船長にその旨を報告した。

本船は、その後左舷機のみで続航したが、天候が悪化してきたことから救助を要請し、来援した引船に曳航されて同月21日京浜港横浜区に引き付けられ、修理業者が右舷機3番シリンダを開放点検した結果、右舷側排気弁が割損し、同シリンダヘッド排気通路冷却壁に亀裂を生じていることが判明し、のち損傷したシリンダヘッド及び排気弁などを新替えして修理された。
R工作部は、たけ丸において同年11月20日に再び右舷機5番シリンダの排気弁で同様の割損事故があり、主機メーカーが調査を行い、同弁母材とステライト溶着部との境界部に旋盤による加工溝が残されていたことが割損の原因と判明したことから、今後はこのような機械加工溝を見落とすことのないよう、吸・排気弁シート面の旋盤加工時及びその後の摺り合わせなどの工程中に、弁傘部が滑らかに仕上げられていることを注意して点検するように周知徹底し、同種事故再発防止のための対策を講じた。


(原因)
本件機関損傷は、造船業者の機関修繕部門が、定期検査工事において主機吸・排気弁を旋盤削正して整備した際、弁傘部シート面の点検が不十分で、右舷機3番シリンダの排気弁傘部に機械加工溝が残されたままシリンダヘッドに組み込み、同箇所に応力集中が生じたことによって発生したものである。


(受審人等の所為)
R工作部が、主機吸・排気弁の開放整備を行った際、排気弁シート面の削正加工及び摺り合わせを行ったのち、弁傘部シート面の仕上げが滑らかに行われていることを十分に点検せず、同部に機械加工溝が残されたまま復旧したことは、本件発生の原因となる。
R工作部に対しては、その後弁傘部に残った機械加工溝を見落とすことのないよう、吸・排気弁シート面の旋盤加工時及びその後の摺り合わせなどの工程中に、同部が滑らかに仕上げられていることを注意して点検することを周知徹底させるなど、同種事故の再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。


よって主文のとおり裁決する。






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