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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年8月23日12時30分 浜田港北西方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第二三和丸 総トン数 14.88トン 登録長 14.94メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 404キロワット 回転数
毎分1,850 3 事実の経過 第二三和丸(以下「三和丸」という。)は、昭和55年4月に進水した、まき網漁業(しいら)及び小型底びき網漁業に従事するFRP製漁船で、平成2年10月に主機を換装し、それまで使用していたヤンマーディーゼル株式会社製の機関に換えて、同年1月に同社が製造した6LAH−ST型と称するディーゼル機関を装備し、操舵室に主機の監視盤及び遠隔操縦装置を備え、同室から主機の回転数制御及びクラッチの嵌脱(かんだつ)操作ができるようになっていた。 主機は、シリンダ径150ミリメートル行程165ミリメートルで、各シリンダを船首側から順番号で呼称し、特殊鋳鉄製のシリンダヘッドの中央部に燃料噴射弁を、その周囲に吸・排気弁各2個をそれぞれ組み込み、排気弁から排出された排気ガスが同ヘッド排気通路及び排気マニホルドを経て過給機を駆動したのち、煙突から大気に放出されるようになっていた。 また、主機のピストンは、頭部に冷却室を有する一体型アルミニウム製で、燃焼室の燃焼ガスがクランク室内に吹き抜けたり、多量の潤滑油が同室側に運び込まれることのないよう、圧力リング3本とオイルリング1本がそれぞれ取り付けられていた。 主機の潤滑油系統は、クランク室底部に設けられた容量64リットルのオイルパンから直結の歯車式潤滑油ポンプにより吸引が加圧された潤滑油が、ペーパーエレメント内蔵の複式潤滑油こし器及び潤滑油冷却器を経て入口主管に至り、同主管から主軸受、ピストン、過給機ロータ軸受、弁腕装置及びカム軸の各系統にそれぞれ分岐して注油され、各部を潤滑、冷却していずれもオイルパンに戻るようになっていた。 ところで、主機は、運転時間の経過とともに燃料噴射弁、吸・排気弁及び過給機の性能が抵下して燃焼が悪化し、そのまま長期間運転を続けると、シリンダライナやピストンなどの損傷を招くおそれがあり、また、潤滑油の汚損劣化を早めることとなるので、機関メーカーでは、良好な燃焼状態を維持するうえから、燃料噴射弁を2,500時間又は1年ごとに、吸・排気弁及び過給機を5000時間又は2年ごとにそれぞれ開放して整備するよう整備基準を定め、これを主機取扱説明書に記載していた。 三和丸は、島根県仁万漁港を基地として、早朝出港して同県及び仙口県北方沖合の漁場に赴いて操業し、夕方帰港する操業形態で、毎年6月から8月までの期間はしいら漁に、それ以外の期間は底びき網漁に従事していた。 A受審人は、三和丸竣工時に甲板員として乗り組み、同8年9月船長に昇格して機関の運転と保守にもあたり、主機については、燃料に軽油を使用し、修理業者に依頼して1年ごとに燃料噴射弁ノズルチップ及び熱交換器保護亜鉛の取替えを行い、自ら3箇月ごとに潤滑油及び同油こし器ペーパーエレメントの取替え、1週間ごとに過給機ブロワ側に洗浄液の注入及びエアフィルタの取替えなどを行いながら全速力前進時の主機回転数を毎分1,800ないし1,850として、年間約3,000時間運転していた。 また、A受審人は、始動前に潤滑油及び冷却清水タンクの水位などを点検のうえ操舵室で始動し、その後基地に帰港するまで機関室を無人とし、主機の監視は操舵室にある監視盤の計器類に時々注意を払う程度として操業を繰り返していたところ、主機喚装以来、吸・排気弁、ピストン及び過給機などの開放整備を行っていなかったので、同10年に入ってから排気ガスが変色するなど燃焼が不良となり、発生した燃焼残さ物によりピストンのリング溝が汚れたうえピストンリングの摩耗が進んでいたので、いつしか全シリンダの同リングがこう着し始めた。 同10年6月下旬ごろA受審人は、操舵室後方の左舷側甲板上にある主機のオイルミスト管から排出されるオイルミスト量が多くなり、潤滑油の消費量も次第に増加するのを認めたが、消費量に見合う潤滑油を補給すれば大丈夫と思い、早期に修理業者に依頼して、主機の開放整備を行うことなく、操業を繰り返していたので、燃焼ガスのクランク室内への吹き抜けにより、ピストンが過熱され、潤滑油の汚損劣化も進行する状況となった。 こうして、三和丸は、A受審人ほか5人が乗り組み、しいら漁の目的で、船首0.3メートル船尾0.8メートルの喫水をもって、同年8月23日02時30分仁万漁港を発し、04時20分ごろ島根県浜田港北北西方約11海里沖合の操業地点に至り、05時ごろから操業を開始し、同地点より北西方に約1海里間隔で仕掛けた漬けと称する、海面に浮かべた集魚用浮遊物を順に網で囲んでしいらを獲り、これを10回ばかり繰り返して次の漬けに向け、主機を回転数毎分1,800にかけて移動中、ピストンリングのこう着が更に進行して燃焼ガスの吹き抜けが激しくなり、12時30分ごろ北緯35度23分東経131度36分の地点において、ピストンが過熱膨張してシリンダライナに焼き付き、異音を発して主機の回転数が低下した。 当時、天候は曇で風力3の南西風が吹き、海上は穏やかであった。 操舵室にいたA受審人は、異常に気付いて直ちに主機を停止し、機関室に赴いて各部を点検したが、潤滑油が減少しているのを認めたものの、異音の発生箇所が分からず、同油を補給し、主機を冷却したのち始動スイッチを操作したところ、セルモータの作動音が重く感じられたが始動できたので、操業を中止して低速力で帰途に就いた。 三和丸は、仁万漁港において、修理業者により主機各部を精査した結果、全シリンダのシリンダライナ及びピストンにそれぞれ無数の縦傷が、吸・排気弁棒及び弁座に著しい損耗が生じていたほか、過給機のロータ軸受、ロータ軸、ブロワ、タービン翼及び腓気入口ケーシングなどにも損傷を生じていることが判明し、のち損傷部品の取替え修理が行われた。
(原因) 本件機関損傷は、主機のオイルミスト管から排出されるオイルミスト量が多くなり、潤滑油の消費量も増加するようになった際、主機の開放整備が不十分で、ピストンリングがこう着して燃焼ガスがクランク室内に吹き抜けるまま運転が続けられ、ピストンが過熱膨張したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機のオイルミスト管から排出されるオイルミスト量が多くなり、潤滑油の消費量も増加するようになったのを認めた場合、ピストンリングにこう着などの不具合が生じているおそれがあったから、早期に修理業者に依頼して、主機の開放整備を行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、消費量に見合う同油を補給すれば大丈夫と思い、早期に主機の開放整備を行わなかった職務上の過失により、同リングがこう着していることに気付かず、燃焼ガスのクランク室内への著しい吹き抜けを招き、全シリンダのシリンダライナ、ピストンなどを損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |