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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年6月28日06時00分 福井県福井港沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船春香丸 総トン数 42.85トン 登録長 21.51メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 478キロワット 回転数
毎分750 3 事実の経過 春香丸は、第1種の従業制限を有し、昭和53年9月に進水した沖合底びき網漁に従事する鋼製漁船で、主機として、ヤンマーディーゼル株式会社が同年に製造した6UB−UT型ディーゼル機関を装備し、同機の各シリンダには船首側から順に番号が付されていた。 主機の潤滑油系統は、直結の潤滑油ポンプによりクランク室底部の油だめから吸引加圧された潤滑油が、複式こし器(以下「こし器」という。)及び油冷却器を通り、圧力調整弁で4.5キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に調圧されて入口主管に至り、主機各部に注油されてクランク室に戻る経路のほか、ポンプ出口で分岐して系統内の張込み量を増やす目的で設けられた補助タンクに送られ、同タンクのオーバーフロー油がクランク室に戻る側流経路が設けられており、油だめ及び補助タンクの容量はいずれも200リットルであった。 また、主機の潤滑油は、運転時間の経過とともにスラッジやカーボン粒子などの不純吻が生成されて汚損劣化が進行することから、主機メーカーでは、潤滑油の新替え基準を1キロワット当たり約1.4リットルの油量保持の場合で1,500ないし2,000時間としていたほか、こし器の開放掃除を200時間ごとに行うよう定め、これを取扱説明書に記載して機関取扱者に注意を促しており、1キロワット当たりの張込み量が少ない場合には、それに応じた新替え周期に短縮する必要があった。 A受審人は、平成7年6月に機関長として乗り組み、1人で機関の保守運転管理に携わり、通年にわたってあまえび漁を行っているほか、冬期にはかに漁に従事し、2日で1航海の操業を繰り返し行い、主機を1箇月当たり400時間ばかり運転しており、同8年4月主機のピストン抜きを含む全開放整備を行った。 ところで、A受審人は、主機の潤滑油について、従来から習慣的に補助タンクを使用せず、油だめのみに200リットル張り込んだ油量が少ない状態で主機の運転を続けていたばかりか、前示取扱説明書に示された新替え基準により、本船では1キロワット当たりの油量が0.42リットルであったことから、500時間程度で新替えを要すところ、それを大幅に超える半年ごとに潤滑油を新替えし、こし器の開放掃除も2箇月ごとに行っており、潤滑油を新替えの際には、同油の汚損が激しく、油だめの底にスラッジが多量に堆積していることを認めていた。 しかしながら、A受審人は、これまで主機の運転に支障がなかったので大丈夫と思い、補助タンクを使用して張込み量を増やしたり、潤滑油の新替え周期を適正間隔に短縮することなく、これまでと同様の要領で翌9年3年末に潤滑油を新替えし、翌4月中旬から操業を開始した。 その後、春香丸は、操業を繰り返して行っていたところ、主機潤滑油の汚損が急速に進行する状況となり、4番ピストンとシリンダライナの摺動面(しゅうどうめん)に油中の不純物がかみ込み、1番及び2番のピストンリングが膠着(こうちゃく)して燃焼ガスがクランク室に吹き抜け始め、ミスト抜き管からのミスト量が徐々に多くなっていった。 越えて5月10日ごろA受審人は、主機ミスト抜き管からのミスト量が増加していることに気付き、様子を見守りながら運転を続けているうち、吹抜けによってクランク室内の圧力が上昇し、同月23日主機船首側に設けられたギヤケース下部のケース合わせ面のガスケットから潤滑油が漏洩しているのを発見し、翌24日に修理を依頼することとしたが、当面は前示ガスケットを取り替えて澱洩箇所を修理しておけば問題ないものと考え、ピストン及びシリンダライナの状況を点検するよう指示することなく、自ら潤滑油を新替えして運転を続けた。 春香丸は、引き続き操業を続けたのち、翌6月21日から漁場海底を鉄製ローラで地ならしする耕転と称する作業に参加していたところ、膠着した4番ピストンの1番及び2番ピストンリングがやがて折損し、燃焼ガスの吹抜けが激しくなって潤滑油中の不純吻が急激に増加するようになり、こし器が短時間のうちに目詰まりして約1週間で油圧が3.8キロに低下するようになったため、その都度開放掃除をしなければならない状況となった。 こうして、春香丸は、A受審人ほか5人が乗り組み、耕転作業に従事する目的で、平成9年6月27日07時30分福井県福井港三国区を発し、10時00分同港北方沖合の漁場に至り、主機を回転数毎分700にかけて作業を続けているうち、残り全数のピストンとシリンダライナの摺動面も潤滑阻害となって肌荒れを生じるとともに、燃焼ガスの吹抜けが更に激しくなり、翌28日06時00分雄島灯台から真方位311度18.5海里の地点において、主機ミスト抜き管から多量の潤滑油の飛沫が噴出した。 当時、天候は曇で風力1の北西風が吹き、海上は穏やかであった。 春香丸は、折から船尾甲板にいたA受審人がこれを認め、主機の運転継続は無理と判断したことから、直ちに耕転作業を終えて帰途につき、修理業者によって調査が行われた結果、前示損傷のほか、全数のピストン及びシリンダライナにかき傷を生じていることが判明し、のちピストン3個、全数のピストンリング、全数のシリンダライナなとが新替えされた。
(原因) 本件機関損傷は、主機潤滑油の性状管理が不十分で、長時間の使用によって張込み量の少ない同油の汚損劣化が進行し、ピントンリングが膠着して燃焼ガスが吹き抜けたことと、ミスト量が増加した際、シリンダ内の点検が不十分で、燃焼ガスの吹抜けが更に激しくなるまま運転が続けられ、ピストン及びシリンダライナの摺動面の潤滑が阻害されたこととによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、補助タンクを使用せず潤滑油の張込み量が少ない状態で主機の保守運転管理に当たる場合、同油が汚損劣化することのないよう、機関取扱説明書に記載された新替え基準を参考にし、適正な周期で潤滑油を新替えするなど、性状管理を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、これまで主機の運転に支障がなかったので大丈夫と思い、取扱説明書の新替え基準を大幅に超える半年ごとに潤滑油を新替えし、同油の性状管理を十分に行わなかった職務上の過失により、ピストンとシリンダライナの摺動面に油中の不純物がかみ込んで、燃焼ガスのクランク室への吹抜けを招き、潤滑が阻害された全数のピストン及びシリンダライナにかき傷を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |