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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年2月14日16時00分 択捉(えとろふ)島南方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第二十五興富丸 総トン数 125トン 全長 36.61メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
1,323キロワット 回転数 毎分1,000 3 事実の経過 第二十五興富丸(以下「興富丸」という。)は、昭和61年6月に進水の沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で、5月ごろに上架して行われる船体及び機関の整備時期を除き、年間を通して青森県東岸沖合から千島海域にかけてを主な漁場として操業していた。 主機は、株式会社新潟鉄工所(以下「新潟鉄工所」という。)が製造した6PA5L型と呼称するディーゼル機関を搭載し、各シリンダには船尾側を1番として順番号を付け、推進器には可変ピッチプロペラを装備して船橋から主機及びプロペラ翼角の遠隔操作ができるようになっていた。 主機のピストンは、球状黒鉛鋳鉄(材料記号FCD60相当)製一体形ピストンで、ピストンリングとして、コンプレッションリング3本とオイルリング2本をピストンピンより上部に装着していた。 主機潤滑油の主系統は、クランク室油だめと別置きタンクを合わせて循環油量2,000リットルの潤滑油が、直結の歯車式潤滑油ポンプ(以下、潤滑油の機器名については「潤滑油」を省略する。)によって吸引加圧され、冷却器及びノッチワイヤ式こし器を経て主管に入り、各シリンダの枝管を分流して主軸受、クランクピン軸受を潤滑し、連接棒を縦通する油穴を立ち上がってピストンピンを潤滑した後、ピストンを内部から冷却し、クランク室内に落下するようになっていた。なお、ピストン摺(しゅう)動面の潤滑は、クランク室内に落下する油滴のはねかけで行われるようになっていた。 A受審人は、平成9年7月興富丸に機関長として乗り組み、機関室当直を、漁場の往復時には機関員と交代で、また、操業中に漁獲が多いときには作業甲板において処理作業を手伝うものの、それ以外は主に機関室内に設けられた監視室で機関の運転管理に当たり、4時間ごとに潤滑油圧力、冷却清水温度、各シリンダの排気温度などを機関日誌に記載しており、同年12月末ごろにその年の操業を終え、同月30日整備業者が主機の燃料噴射弁の整備を行い、年末年始の休みをとったのち、翌10年1月初めから操業に従事していた。 興富丸は、A受審人ほか13人が乗り組み、操業の目的で、同年2月11日09時00分青森県八戸港を発し、翌12日15時30分千島海域の漁場に至り、操業を続けていたところ、主機6番シリンダの燃料噴射弁の噴霧が燃料油中の異物の影響を受けるかして不良となり、同シリンダが燃焼不良状態で運転されたためピストン摺動面において、潤滑油が過熱される一方、燃焼不良によって生じた炭化物がかみ込まれ、次第に同摺動面の潤滑が阻害されるとともにピストンリングが膠(こう)着して燃焼ガスが吹き抜け、クランク室のミストガスが増加するようになった。 ところが、A受審人は、6番シリンダの排気温度が前航海より高負荷運転時にやや高くなっていたものの、各シリンダの排気温度の最高と最低との差がほほ摂氏30度以内に収まっていたこともあって、運転諸元に格別異状を感じず、主機は正常に運転されているものと思い、シリンダ毎に排気温度の変化を前航海のものと入念に比較検討することや、甲板上に排出されているクランク室のミストガスを点検することなど運転状態の監視を十分に行っていなかったので、同シリンダが燃焼不良を生じ、排気温度が高くなって燃焼ガスがクランク室に吹き抜けていることに気が付かなかった。 その後、主機は、6番シリンダのピストン摺動面の潤滑阻害と燃焼ガスの吹き抜けが更に進むとともにピストン及びシリンダライナが著しく摩耗し、やがて、それらから生じた摩耗粉が潤滑油中に混入してこし器のエレメントが目詰りするようになり、同月14日13時ごろ、主機を回転数毎分700、プロペラ翼角前進8度にかけて揚網中、監視室で当直中のA受審人が、主機の潤滑油圧力が通常6.0キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)のところ5.1キロに低下しているのに気が付き、応急的にこし器エレメントを逆洗ブローしながら運転を続けて揚網し、同時30分揚網後に主機を停止してこし器エレメントを開放掃除したうえ、クランク室内を点検したところ、16時00分択捉島南方沖合の北緯44度24分東経148度26分の地点において、6番シリンダのシリンダライナ下部から冷却水が漏洩(えい)しているのを認めた。 当時、天候は曇で風力4の西北西風が吹き、海上にはやや波があった。 A受審人は、船主と電話で協議した結果、操業を中止して自力航行で北海道根室市花咲港へ向かうことになり、17時00分前示地点を発進し、清水膨張タンクの水位の監視及び潤滑油こし器エレメントの点検を行いながら、主機を回転数毎分600、プロペラ翼角を前進6度の微速力にかけて航行していたが、約3時間運転した後、損傷の拡大が懸念されることから運転継続を断念し、20時00分主機を停止した。 興富丸は、救助を求め、翌15日07時00分来援した巡視船に曳(えい)航されて翌16日08時00分花咲港の港外に至り、続いてタグボートに引かれて同港の岸壁に着岸し、その後手配していた修理業者が各部を点検した結果、6番シリンダにおいて、ピストンとシリンダライナが異常摩耗しているうえにピストンのスラスト側に大きな亀裂を生じ、また、シリンダライナ下部の漏水止めゴムOリングに過熱硬化を生じているのが判明し、同シリンダのピストン、シリンダライナ及び連接棒を取り替え、潤滑油を新替えした。
(原因) 本件機関損傷は、主機の運転状態の監視が不十分で、燃料噴射弁の噴霧が不良となって燃焼不良を生じたまま運転が続けられ、ピストン摺動面の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機の運転管理に当たる場合、燃焼不良の兆候を見逃すことのないよう、シリンダ別に排気温度の変化を把握したり、クランク室ミストガスの排出状況を点検したりするなどして運転状態の監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、運転諸元に格別異状を感じず、主機は正常に運転されているものと思い、シリンダ別に排気温度の変化を把握したり、クランク室ミストガスの排出状況を点検したりするなどの運転状態の監視を十分に行わなかった職務上の過失により、燃焼不良によりピストン及びシリンダライナの潤滑が阻害されたまま運転を続け、それらに異常摩耗を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |