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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年11月8日06時00分 岩手県弁天埼東方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第十一権栄丸 総トン数 156トン 登録長 32.00メートル 機関の種類
ディーゼル機関 出力 698キロワット(定格出力) 回転数 毎分350(定格回転数) 3 事実の経過 第十一権栄丸(以下「権栄丸」という。)は、昭和59年3月に進水した、中型さけます流し網漁業及びさんま棒受網漁業に従事する鋼製漁船で、可変ピッチプロペラを推進器とし、船首部には油圧モーター駆動のサイドスラスターを備え、主機として、株式会社新潟鉄工所(以下新潟鉄工」という。)が製造したM28AFTE型と称する過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関を装備していた。 主機は、各シリンダに船首方から1番から6番までの順番号が付され、6番シリンダの船尾側架構上に排ガスタービン過給機が据え付けられており、排気マニホールド及び給気マニホールドがともに右舷側に配置されていたほか、船首側に設けた増速機を介して、容量250キロボルトアンペアの集魚灯用発電機及びサイドスラスター用等の油圧ポンプを駆動できるようになっていた。 主機の冷却系統は、冷却清水膨張タンクを有する密閉加圧式で、直結駆動の冷却清水ポンプで吸引・加圧された清水により、各シリンダジャケット及びシリンダヘッドを順に冷却し、清水冷却器の入口に設けた自動温度調整弁でシリンダ出口の冷却清水温度を調整できるようになっている一方、電動の冷却海水ポンプで吸引・加圧された海水により、空気冷却器、潤滑油冷却器及び清水冷却器を順に冷却していて、空気冷却器には、同冷却器をバイパスできるよう海水入口管と海水出口管との間に連絡管が配管され、同出口管には海水量が調整できるようにレバーハンドル式バタフライ弁(以下「海水出口弁」という。)が設けられていた。 また、主機の給気系統は、排ガスタービン過給機によっで吸引・加圧された空気が、空気冷却器で冷却されて給気マニホールドに至り、同マニホールドから各シリンダ毎に分岐し、各シリンダヘッドの吸気ポートを経て吸気弁からシリンダ内に供給されており、給気温度の調節は、通常、空気冷却器に通水される海水量を海水出口弁で加減して行うものの、海水温度が低い場合には同弁を全閉できるようになっていた。 ところで、主機のシリンダヘッドは、特殊鋳鉄製で、中央に燃料噴射弁が、同弁の船首側に弁箱形の排気弁が、船尾側に同じく弁箱形の吸気弁がそれぞれ各1個組み込まれ、排気ポートと吸気ポートが右舷側に並んで配置されており、各弁及び各ポートの周囲に形成された冷却水室は、複雑な形状をしていて各ポートのコーナー部等に熱応力の集中し易い部分が存在するので、過冷却給気の供給などによって冷却隔壁両面の温度差が大きくなるような運転が長期間繰り返されていると、同部分に亀裂が発生するおそれがあった。 A受審人は、平成5年4月から機関長として乗り組み、通常航海中は、全速力前進の主機の回転数を毎分350プロペラ翼角を19度とし、給気温度を摂氏48度(以下、温度は「摂氏」を省略する。)前後に調整するなどしながら主機の運転管理に従事していたが、操業中は、同人を含む機関部全員が甲板上での作業に従事し、機関室を無人として時々しか機関室の点検を行っておらず、給気温度の調節についても、機関室を点検する際に調節すれば大丈夫と思い、空気冷却器の海水出口弁を負荷の増加に対応できるような開度にしたまま、負荷変動に応じて適切な調節を行っていなかった。 権栄丸は、毎年5月から7月末にかけて、海水温度がときに零度近くになることもあるカムチャツカ半島東方沖合の漁場でさけます流し網漁に従事しており、同漁場で、主機を運転し、プロペラ翼角を適宜調整したり集魚灯やサイドスラスターを使用して操業を行い、また、主機を無負荷運転したまま長時間漂泊するなど、負荷変動の大きい状態で主機の運転を繰り返しているうち、いつしか、3番及び6番両シリンダヘッド吸気ポート冷却隔壁のコーナー部に熱応力が集中して微細な亀裂が発生し、同亀裂が徐々に進行する状況となっていた。 こうして、権栄丸は、A受審人ほか17人が乗り組み、さんま棒受網漁の目的で、平成9年11月7日12時福島県江名港を発し、銚子沖から岩手県沖合にかけての漁場で適水しながら操業に従事していたところ、シリンダヘッドの冷却隔壁に生じていた亀裂が冷却水側まで貫通して冷却水が漏洩するようになり、翌8日06時00分岩手県弁天埼灯台から真方位059度4.6海里の地点において、機関室を点検していたA受審人によって、冷却清水膨張タンクの清水量が減少しているのが発見された。 当時、天候は晴で風力1の北西風が吹き、海上は穏やかであった。 A受審人は、冷却水の減少がさほど多くはなかったことから、主機の運転状況に注意しながら操業を続け、同年12月10日合入渠で主機の整備を行った際、整備業者にシリンダヘッドを開放点検させ、カラーチェックの結果、3番及び6番両シリンダヘッドの吸気ポート側冷却隔壁に亀裂が発生していることを確認し、両シリンダヘッドを取り替える修理を行った。
(原因) 本件機関損傷は、海水温度が低いカムチャツカ半島東方海域で操業中、主機の運転管理を行うにあたり、給気温度の調節が不十分で、シリンダヘッドの冷却隔壁に過大な熱応力が繰り返し付加されたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、海水温度が低いカムチャツカ半島東方海域で操業中、主機の運転管理を行う場合、シリンダヘッドの冷却隔壁に過大な熱応力が付加されることのないよう、給気温度を負荷変動に応じて適切に調節すべき注意義務があった。しかしながら、同人は、機関室を点検する際に調節すれば大丈夫と思い、空気冷却器の海水出口弁を負荷の増加に対応できるような開度にしたまま、機関室を無人として甲板作業に従事し、給気温度を負荷変動に応じて適切に調節しなかった職務上の過失により、長期間シリンダヘッドの冷却隔壁に過大な熱応力を付加させて同壁コーナー部に亀裂を生じさせ、シリンダヘッドを損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |