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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年3月2日08時20分 択捉(えとろふ)島南方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第六十三幸福丸 総トン数 141トン 登録長 29.43メートル 機関の種類
過給機付4サイクル5シリンダ・ディーゼル機関 出力
591キロワット(計画出力) 回転数
毎分810(計画回転数) 3 事実の経過 第六十三幸福丸(以下「幸福丸」という。)は、昭和59年2月に進水し、さけ・ます流し網漁業などに従事する鋼製漁船で、主機として株式会社新潟鉄工所が製造した5PA5L型ディーゼル機関を装備し、主機の両舷側に、ディーゼル原動機(以下「補機」という。)駆動の主発電機が備えられており、主機の遠隔制御には電気空気式が採られていた。 補機は、いずれも、定格出力220キロワット、同回転数毎分1,200(以下、回転数は毎分のものを示す。)のヤンマーディーゼル株式会社が製造した6LAAL-DTN型4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関で、船尾側に容量270キロボルト・アンペアの発電機を連結しており、右舷側のものを1号機、左舷側のものを2号機と称し、シリンダには船首側から順番号を付していた。 補機の潤滑方法は、直結の潤滑油ポンプによる強圧注油法で、主軸受、クランクピン軸受、ピストン、弁腕装置などを潤滑・冷却した後、クランク室底部の油受に戻るようになっており、同油受には潤滑油が約70リットル入れられていた。 ところで、幸福丸は、例年5月中旬から7月末までさけ・ます流し網漁業、8月20日から11月末までさんま棒受け網漁業、12月から3月半ばまでたら延(はえ)縄漁業に従事しており、さけ・ます流し網漁業及びたら延縄漁業の期間には、2号機を船内電源用(以下「常用機」という。)として1号機を休止し、さんま棒受け網漁業の期間には、1号機を常用機として2号機を集魚灯電源専用に使用していた。 A受審人は、平成8年12月幸福丸に機関長として乗り組んで操業に従事し、翌9年3月半ばから休漁期間に入り、僚船の機関長4、5人の手を借りて主機及び補機のピストン抜き、潤滑油の新替えなどの機関整備を行ったのち、同年5月中旬さけ・ます流し網漁業を開始し、同年8月初めに2号機、同年11月末に1号機の潤滑油をそれぞれ新替えしてその後の操業に従事していた。 幸福丸は、平成10年2月10日ごろ、常用機としていた2号機の系統の不具合を修正するため、根室市内の修理業者が一体型燃料噴射ポンプを陸場げ修理したところ、復旧取付けに当たって同ポンプと駆動軸との継手の組立てが適切でなかったものか、その後の操業において、次第に燃料噴射のタイミングがずれるようになって排気温度が上昇し、操業を終えて根室市花咲港に向け帰港中の同月18日、運転中の2号機が異音を発するとともに、各シリンダの排気温度が排気管に赤熱を生じるほど異常上昇した。そこで、A受審人は、常用機を1号機に切り替えたところ、1号機の燃焼状態も思わしくなかったので、帰港後、同じ業者によって、2号機の燃料噴射ポンプ及び1号機全シリンダの燃料噴射弁ノズルチップを新替えした。 このとき2号機は、前示のように排気温度が異常に高い燃焼不良状態で運転されたので、炭化物が多量に発生するとともに、高温のシリンダ壁から油受内に掻き落とされる潤滑油が著しく汚損劣化したが、A受審人は、燃焼不良状態で運転されても潤滑油にはそれほど影響あるまいと思い、潤滑油の性状を十分に点検しなかったので、同油が著しく汚損劣化していることに気が付かなかった。 幸福丸は、A受審人ほか15人が乗り組み、たら延縄漁業の目的で、同年2月20日19時30分花咲港を発してロシア連邦カムチャッカ半島東岸沖合の漁場に向かい、越えて23日10時(日本標準時、以下同じ。)ごろ目的の漁場に達して2号機を回転数1,200にかけて操業中、同機が潤滑油の著しい汚損劣化状態で運転されたので、同日14時30分、北緯49度42分東経155度46分の地点において、1番シリンダのクランクピン軸受が潤滑不良となって焼き付き、2号機が停止した。A受審人は、急ぎ1号機を運転して常用機とし、2号機を点検したが、ターニング不能となっていることから、船内での修理は困難と判断し、1号機だけで操業を続行することとした。 ところが1号機は、前示燃料噴射弁ノズルチップの新替え時に同噴射弁の戻り油管取付けが適切でなかったものか、全シリンダの同管取付け部ユニオン継手が緩み、これより燃料油のA重油が漏洩しており、シリンダヘッド上に流下した漏油が弁腕注油に混入して油受に戻っていた。 A受審人は、1号機を常用機とした後、間もなく潤滑油が少量増加しているのを認めたものの、乳化している兆候が全くなかったことから燃料油の混入と予想し、シリンダヘッドカバーを開放してシリンダヘッド上を見回したところ、弁腕注油の飛沫があったこともあって漏油箇所を突き止めることができなかったが、潤滑油圧力に変化がないので帰港してから漏油箇所を調べても大事に至ることはあるまいと思い、同機を一時停止するなどして燃料油の漏洩箇所を十分に調査しなかったので、燃料油が漏洩する状態で運転が続けられ、次第に潤滑油の粘度が低下するようになった。 こうして幸福丸は、操業を終え、2月28日13時30分カムチャッカ半島南方沖合を発進し、主機を回転数800にかけて花咲港に向け航行中、3月2日08時20分択捉島南方沖合の北緯43度38分東経147度12分の地点において、回転数1,200で運転中の1号機が燃料油の混入による潤滑油の粘度低下が進み、2ないし5番シリンダのクランクピン軸受が潤滑不良となって焼き付き、同機が停止した。 当時、天候は晴で風力4の東北東風が吹き、海上は平穏であった。 幸福丸は、電源を喪失し、主機の運転が不能となって救助を求め、僚船に曳航されて花咲港へ帰り、修理業者が開放点検した結果、1及び2号機において前示損傷のほか、いずれも油中への軸受メタル片の混入により潤滑油ポンプ、過給機ロータ軸が損傷しているのが判明し、のち損傷箇所を新替えした。
(原因) 本件機関損傷は、2号補機が排気温度の著しく上昇する異常燃焼状態で運転された際、潤滑油の性状点検が不十分で、著しく汚損劣化した潤滑油が新替えされず、クランクピン軸受が潤滑不良となったこと、及び2号補機が運転不能となって1号補機を常用機とした後、1号補機の潤滑油量が増加して燃料油の混入を予想した際、燃料油の漏洩箇所の調査が不十分で、燃料噴射弁戻り油管取付け部から漏洩した燃料油が潤滑油に混入したまま運転が続けられ、粘度低下した潤滑油によりクランクピン軸受が潤滑不良となったことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、2号補機が運転不能となって1号補機を常用機とした後、1号補機の潤滑油量が増加して燃料油の混入を予想した場合、粘度低下により各部が潤滑不良となるおそれがあったから、燃料油の漏洩箇所を発見できるよう、同機を一時停止するなどして燃料油の漏洩箇所を十分に調査すべき注意義務があった。しかるに、同人は、潤滑油圧力に変化がないので帰港してから漏油箇所を調べても大事に至ることはあるまいと思い、同機を一時停止するなどして燃料油の漏洩箇所を十分に調査しなかった職務上の過失により、燃料油が燃料噴射弁戻り油管取付け部から漏洩して潤滑油に混入したまま運転を続け、粘度低下した潤滑油によりクランクピン軸受が焼き付く事態を招き、電源を喪失して主機の運転が不能となるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |