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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年4月22日23時30分 長崎県男女群島南方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第十八海興丸 総トン数 288トン 登録長 49.00メートル 機関の種類過
給機付4サイクル8シリンダ・ディーゼル機関 出力
1,154キロワット 回転数 毎分560 3 事実の経過 第十八海興丸は、平成元年2月に竣工した長船尾楼付一層甲板船尾機関室型鋼製漁船で、可変ピッチプロペラ(以下「CPP」という。)を装備し、上下2段に分かれた機関室の下段中央に主機を据え付け、主機の後端に、主機クランク軸の回転数を3分の1に減じてCPPに伝えるとともに、CPPからの推力を受ける減速機を接続し、機関室の上段左舷側に機関監視室を設けて同室内に機関室警報盤を備え、長崎県福江島の樫ノ浦漁港を基地とする大中型旋網漁業船団の運搬船として、毎年、7月から8月にかけての約1箇月にわたる定期的入渠期間、1月ないし2月の合入渠期間、月夜間と称する満月前後数日間の休漁期間及び荒天時等を除き、主として九州北部海域での操業に従事し、年間の主機運転時間が4千時間強であった。 ところで、減速機は、新潟コンバーター株式会社大宮工場が昭和63年に製造した、MGR4043VC85型と称する垂直異心形で、全体が機関室下段の床板の下方に位置し、油圧ピストン、焼結金属板、鋼板、駆動リング、組立ボルト等から構成される湿式多板型クラッチ(以下「クラッチ」という。)、いずれも転がり軸受である入力軸及び出力軸付きの軸受、減速小歯車、減速大歯車、目の粗さ60メッシュの金網式潤滑油こし器(以下「一次こし器」という。)などを内蔵して、主機のシステム油と同じ銘柄の潤滑油を油だめに約100リットル張り込んであり、外部には、入力軸駆動の歯車式潤滑油ポンプ、クラッチ油圧調整弁、クラッチ油圧力計、潤滑油圧調整弁、潤滑油圧力計、潤滑油クーラー、目の粗さ150メッシュのノッチワイヤ式潤滑油こし器(以下「二次こし器」という。)、クラッチ嵌脱切替弁、潤滑油圧低下警報用スイッチ等を取り付けたうえ、CPP用の作動油が減速機の潤滑油と共用であったので、CPP用の作動油ポンプも入力軸駆動として取り付けてあったが、CPP用の作動油圧調整弁、翼角調整弁、作動油圧低下警報用スイッチ等は、別に配置されていた。 なお、減速機の潤滑油ポンプにより、油だめから一次こし器を経て吸引加圧された潤滑油は、クラッチ油圧調整弁で24ないし25キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)の圧力に調整され、クラッチ用二次こし器とクラッチ嵌脱切替弁を順に経てクラッチの油圧ピストンに至るクラッチ油系統と、クラッチ油圧調整弁で同系統から排出され、潤滑油クーラーと潤滑用二次こし器を順に経てから、潤滑油圧調整弁で4ないし5キロに減圧されて軸受、減速小歯車の歯面、クラッチ等に導かれる潤滑油系統とに分かれ、潤滑油系統については、常時潤滑油が流れているが、圧力が0.5キロ以下になると潤滑油圧低下警報用スイッチが入り、主機の運転中のみ機関室警報装置が作動し、機関室警報上で同圧力の異常低下を示す赤ランプが点灯するとともに、機関室内で警報ブザーが吹鳴するようになっており、クラッチ油系統については、クラッチ嵌脱切替弁がクラッチ嵌の位置にある限り、また、CPP用の作動油系統については、翼角調整弁を閉じている限り、いずれも系統内が密封状態となっていて油圧が保持されていた。 一方、A受審人は、本船に新造時から機関長として乗り組み、減速機に関しては、適時二次こし器の開放掃除を行いながら、毎年7月から8月にかけての定期的入渠時に油だめと一次こし器の開放掃除を行って潤滑油を新替えし、平成8年7月の定期検査の際、修理業者に依頼して総分解点検を行い、メーカーの推奨によると、クラッチの組立ボルトと軸受がいずれも4年ごとに交換することになっていたので、同ボルトは新替えし、軸受は経年劣化による若干の磨耗があるものの、継続使用可能と判断されてそのまま使用することとし、同時に機関室警報装置の点検と整備を行った。 その後、A受審人は、機関室警報盤上のランプテストボタンを押すと、主機潤滑油圧低下、減速機潤滑油圧低下、CPP用作動油圧低下等を示す各赤ランプがすべて点灯するし、主機停止時にはCPP用作動油圧低下の警報を発することから、機関室警報装置は正常に作動しているものと思い、減速潤滑油圧低下警報用スイッチの作動を確認するなどの同装置に対する点検を十分に行わなかったので、同スイッチの作動値が狂ったためか、いつしか主機の運転中に減速機潤滑油圧が0.5キロ以下になっても警報を発しなくなったことに気付かないでいた。 また、本船は、平成9年8月CPPのメーカーによる点検に加え、A受審人による減速機の油だめと一次こし器の開放掃除を行い、これらに格別の異状を認めないで潤滑油を新替えしたものの、次第に軸受の経年による摩耗が徐々に進行し、減速機の振動が微妙に変化して付属配管などに悪影響を及ぼすようになり、同10年3月27日僚船とともに樫ノ浦漁港を発し、長崎県男女群島沖合の漁場に至って操業に従事していたところ、翌々29日06時30分ごろ機関室内巡検中のA受審人が、減速機の潤滑油ポンプ出口側配管のフランジ付け根の溶接部沿いに、ほぼ全周にわたる亀裂を生じて潤滑油が噴出しているのを認め、直ちに主機を停止して同配管の溶接修理を行い、減速機に潤滑油を補給し、主機を運転して操業を再開した。 越えて同年4月3日A受審人は、水揚げのために長崎県松浦港へ入航中、機関監視室で当直にあたり、何ら警報が発生しないうち、間もなく着岸となった09時40分ごろ、機関室の下段後方から「ガクン」というような音が聞こえたので調査したところ、前示溶接修理した配管に再び亀裂を生じて潤滑油がほとんど流出しているのを認めるとともに、減速機の振動に異常な変化をきたしていることに気付き、直ちに主機を停止して入港した。 ところが、入港後、A受審人は、減速機の二次こし器を開放掃除し、同こし器に格別の異状を認めなかったので、減速機内部に支障を生じていることはあるまいと思い、亀裂部の修理と配管に振動止めを施しただけで、油だめ内や一次こし器の汚れ状況を確認するなどの減速機内部に対する点検を十分に行うことなく、油だめ内に軸受やクラッチの磨耗粉が少なからずたまっていることに気付かないまま、減速機に潤滑油を補給して出港し、その後も減速機については、潤滑油クーラー出口潤滑油管、減速小歯車用注油管等の漏油修理や振動止めを行っていた。 こうして本船は、A受審人ほか7人が乗り組み、福岡県博多港での水揚げを終えたのち、同月22日04時15分同港を発し、男女群島南方沖合の漁場に至って僚船と合流し、A受審人が機関監視室で当直中、漁獲物積込みのために網船に接近し、CPPの翼角を0度に保持していたところ、減速機の一次こし器のみならず、二次こし器も金属磨耗粉で急速に目詰まりし始め、やがて潤滑油圧力が0.5キロ以下となったものの、同油圧力の異常低下を示す警報を発しないでいるうち、軸受が著しい給油不足となって焼き付くとともに、潤滑油ポンプの吸入側が著しい負圧になって異音を発するようになり、23時30分北緯31度40.2分東経128度15.0分の地点において、異音が大きくなったのに気付いたA受審人が主機を停止した。 当時、天候は晴で風力4の南西風が吹き、海上はやや波があった。 A受審人は、直ちに事態を船橋に報告して減速機を点検した結果、二次こし器内に多量の金属磨耗粉が付着し、入力軸船尾側の軸受が破損しているのを認め、減速機の運転不能と判断してその旨船橋に報告した。 本船は、僚船に曳航されて翌23日12時30分長崎港に入り、後日、減速機を総分解し、軸受、クラッチ部品の新替え等を含む修理を行った。
(原因) 本件機関損傷は、機関室警報装置の点検が不十分で、主機減速機潤滑油圧力低下の警報を発しないまま同装置が放置されていたことと、軸受の経年劣化と潤滑油の流出により、運転中の振動に異常な変化をきたすようになった同減速機に対する点検が不十分で、同減速機の油だめに軸受やクラッチなどの磨耗粉が放置されていたこととのため、長崎県男女群島南方沖合の漁場において、漁獲物を積み込もうとして網船に接舷中、同磨耗粉によって潤滑油こし器が急速に目詰まりし、軸受への給油量が著しく不足したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、長崎県松浦港へ入航中、主機減速機の潤滑油ポンプ出口側の配管に亀裂を生じて潤滑油がほとんど流出しているのを認めた場合、同減速機は、振動に異常な変化をきたしていたうえ、新造以来9年間も軸受を継続使用していたのであるから、軸受などに異状を生じたまま同減速機を運転することのないよう、油だめ内部や潤滑油一次こし器の汚れ状況を調べるなどの同減速機に対する点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、潤滑油ポンプ出口側に配管された潤滑油二次こし器を開放したところ、格別の異状を認めなかったので、減速機内部に支障を生じていることはあるまいと思い、亀裂部の修理と配管に振動止めを施しただけで、同減速機に対する点検を十分に行わなかった職務上の過失により、軸受やクラッチなどの磨耗粉を少なからず油だめ内に放置する事態を招き、これらの磨耗粉が両こし器に目詰まりして軸受、クラッチ等に給油不足による損傷を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |