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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年9月24日06時10分(日本標準時、以下同じ。) パラオ諸島南方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第一たよ丸 総トン数 18トン 登録長 14.81メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
161キロワット(定格出力) 回転数
毎分1,700(定格回転数) 3 事実の経過 第一たよ丸は、昭和59年に進水した、最大搭載人員が船員6人と定められたまぐろ延縄(はえなわ)漁業に従事するFRP製漁船で、主機として株式会社新潟鉄工所が同年に製造した6NSA-M型セルモータ始動式ディーゼル機関を装備し、操舵室に主機の計器盤及び遠隔操縦装置を備え、同室から発停を含む主機のすべての運転操作が行われていた。 主機の燃料油系統は、各燃料油タンクから移送ポンプによって吸引されたA重油が、機関室内のサービスタンクに送られ、油水分離器、供給ポンプ及び二連式のこし器を順に経て、燃料噴射ポンプに導かれるようになっていた。また、燃料噴射ポンプは集合一体型で、主機架構の左舷側に取り付けられており、同ポンプの船首側に調速機及び船尾側に駆動装置がそれぞれ連結されていた。 本船は、建造後沖縄県の近海で操業していたところ、平成6年3月に第一種中間検査を受検した後、操業基地をインドネシア共和国ビツン港に変え、フィリピン諸島東方海域を漁場としてこれまでと同様、1航海約30日の操業を年間8航海程度行っていたが、同8年9月同基地をフィリピン共和国ダバオ港に移すこととなった。 A受審人は、本船の所有者として運航管理業務に当たるかたわら、機関長として乗り組み、機関の運転菅理にも携わり、操業基地をビツン港に移す際に、那覇市のR株式会社(以下「R社」という。)に国外諸港における入出港及び漁獲物の水揚げなどの手続きのほか、外国人船員の手配を含む船舶代理店業務を依頼し、自らの手配で邦人船長を乗り込ませて出漁していた。 その後、A受審人は、インドネシア人船員に冷却清水や潤滑油の補給など基本的な機関の取扱い要領を指導して機関担当者とし、その間同人は本船から離れ、沖縄県の知人が所有するまぐろ延縄漁船に機関長として乗り組むなどしていたが、操業基地をダバオ港に変更することに伴い、インドネシア人船員に代えてフィリピン人船員を乗船させることになったので、本船に機関長として再度乗り組むこととした。 ところで、主機燃料噴射ポンプは、プランジャとバレルの摺動(しゅうどう)面、噴射油量調整用のラックとピニオンの歯面及びプランジャばねなど、長期間使用すると摩耗やへたりを生ずる多くの可動部品で構成されているため、機関取扱説明書には運転時間が24,000時間に達するごとに、定期的な開放整備を行う必要があることを明記し、機関取扱者に注意を促していた。 ところが、A受審人は、主機の運転状態から判断し、燃料油入口こし器や燃料噴射弁の手入れは行っていたものの、燃料噴射ポンプについては、年間約4,000時間、建造時からの累計で50,000時間を超える長期にわたって使用していたにもかかわらず、整備費用の節減を図ろうと思い、機関整備業者に依頼するなどして同ポンプの開放整備を行わず、また、コントロールラックの作動状態も点検していなかったため、プランジャとバレルの摺動面が異状摩耗し、肌荒れが進行していることに気付かなかった。 こうして、本船は、定員を超えてA受審人及び日本人船長ほかフィリピン人船員8人が乗り組み、操業の目的で、平成8年9月4日16時25分ダバオ港を発し、北緯3度東経132度付近の漁場で操業を続け、同月23日03時ごろ揚縄を終え、いったん主機を停止して漂流したのち、同日07時40分次の投縄を始めようと、船長が操舵室で主機の始動操作を行ったが、燃料噴射ポンプのいずれかのプランジャが固着してコントロールラックが動かなかったため始動しなかった。 A受審人は、船尾で投縄準備を行っていたところ、船長から主機が始動できない旨を知らされ、急ぎ機関室に降りてターニングは可能なことを確認したのち、燃料噴射ポンプのコントロールラックに連結している調速機ハンドルを操作すると固着気味であったので、スプレー式浸透潤滑剤を同ラックの歯面に塗布し、同ハンドルを動かし続けているうち何とか動くようになり、同日17時ごろようやく主機を再始動した。 その後、本船は、漁獲が思わしくなかったこともあり、ビツン港のR社系列会社から、これまでに獲れたまぐろ約1トンをパラオ共和国のマラカル港に水揚げするようにとの連絡を受け、主機を回転数毎分1,600にかけて同国に向け航行中、再び燃料噴射ポンプのプランジャが固着し始め、翌24日06時10分北緯3度15.0分東経133度01.5分の地点において、プランジャに衝撃力が作用し、ケーシングに歪みを生じて全数のプランジャばねが次々に折損し、主機が自停した。 当時、天候は曇で風力4の北風が吹き、海上はうねりがあった。 自室で休息していたA受審人は、直ちに燃料噴射ポンプを調査したが、調速機ハンドルが固くて動かすことができず、自分では修理できないと判断し、前示R社系列会社に救援を依頼した。 本船は、来援した冷凍運搬船によって同月28日にマラカル港に引きつけられ、同社の機関整備士が開放点検した結果、全数のプランジャとバレルなど可動部品のほとんどが損傷して再使用不能であることが判明し、のち燃料噴射ポンプが新替えされた。
(原因) 本件機関損傷は、集合一体型の主機燃料噴射ポンプの開放整備が不十分で、長期間使用されたプランジャとバレルとの摺動面が肌荒れし、プランジャが固着したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、機関の運転管理に当たる場合、主機の燃料噴射ポンプを長期間使用すると、プランジャとバレルの摺動面の肌荒れなどによりプランジャが固着するおそれがあったから、機関取扱説明書に記載の整備基準を参考に、機関整備業者に依頼するなどして、定期的に同ポンプを開放整備すべき注意義務があった。ところが、同人は、整備費用の節減を図ろうと思い、定期的に同ポンプを開放整備しなかった職務上の過失により、プランジャの固着を招き、プランジャばねの折損等多数の可動部品に損傷を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |