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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年11月27日19時30分 隠岐諸島島後南方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第一天祐丸 総トン数 18.57トン 登録長 15.98メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
481キロワット 回転数 毎分1,940 3 事実の経過 第一天祐丸は、昭和55年7月に進水した、中型まき網漁業に裏こぎ船として従事するFRP製漁船で、主機とし株式会社小松製作所が製造したEM679A-A型と称するディーゼル機関を装備し、同機の動力取出軸に集魚灯用交流発電機を直結するほか、同軸にプーリを装着してベルトで駆動する充電用発電機及び操舵機用油圧ポンプをそれぞれ備え、操舵室の主機監視盤に潤滑油圧力低下及び冷却清水温度上昇の各警報装置を設け、同室で主機を遠隔操縦できるようになっていた。 主機の潤滑油管系は、容量約120リットルのオイルパンから直結の歯車式潤滑油ポンプにより吸引、加圧された潤滑油が、潤滑油冷却器及びカートリッジ式潤滑油こし器を順に経て潤滑油入口主管に至り、同主管から各シリンダごとに分流して主軸受、クランクピン軸受及びピストン冷却噴油ノズルに流入するほか、主機架構左舷側に設けられた一体型燃料噴射ポンプ駆動装置、過給機ロッカーアーム、調時歯車装置などにも流入して各部を潤滑あるいは冷却してオイルパンに戻り循環しているもので、同主管の潤滑油圧力が0.7キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)以下になると同圧力低下警報装置が作動するようになっており、全速力前進時の同圧力が3.0ないし5.0キロで、アイドル回転数毎分600時の同圧力が約1.5キロであった。 また、燃料噴射ポンプ駆動装置の潤滑油戻り管(以下「戻り管」という。)は、外径10ミリメートル肉厚0.7ミリメートル長さ約29センチメートルの鋼管で、その両端にアイジョイント形継手がろう付けされており、一方が同駆動装置ケーシングの下部に、他方が主機架構左舷側の下部にそれぞれジョイントボルトで固定されていて、同駆動装置に流入した潤滑油がオイルパンに戻るようになっていたが、振動防止のための振れ止め金具などが取り付けられていなかったこともあって、主機振動の影響を長期間受けるうちに同駆動装置ケーシング側アイジョイント形継手(以下「ポンプ側 継手」という。)のろう付け部が疲労するようになった。 本船は、島根県西郷港を基地として、まき網船団に所属する網船、灯船及び運搬船とともに夕刻出港して隠岐諸島周辺の漁場に至って操業し、翌朝帰港するいわゆる日帰り操業形態をとり、年間に約200日間の操業を行っていた。 A受審人は、平成3年12月に船長として乗り組み、主機の運転管理にもあたっていたもので、同7年3月に主機のピストン抜き整備を行ったのち、定期的に潤滑油及び潤滑油こし器のカートリッジを取り替え、約7回の出漁に1回の割合で、主機を始動する前に潤滑油を補給して検油棒目盛の高位と低位の約7分目にオイルパン内の油量を維持し、出港にあたっては、機関室に赴いて直流電源主スイッチを入れ、適宜潤滑油量及び冷却清水量を点検し、操舵室で主機を始動して20ないし30分間ほど暖機運転を行ったうえで主機を回転数毎分約1,800の全速力前進にかけて基地と漁場とを往復していたが、始動してから停止するまで運転中の主機を見回ることをしていなかった。 ところで、本船は、操業を繰り返しているうち、いつしか戻り管のポンプ側継手のろう付け部に亀裂(きれつ)が生じ、これが次第に進展するおそれのある状況となっていた。 同9年11月27日15時40分ごろA受審人は、漁場に向け出港するにあたり、いつものように機関室に赴いて直流電源用主スイッチを入れ、操舵室で主機を始動して暖機運転を開始した。しかしながら、同人は、数日前に潤滑油を補給したから大丈夫と思い、主機の始動後に潤滑油管系を点検することなく、戻り管のポンプ側継手のろう付け部に亀裂が生じて潤滑油関係が漏洩(ろうえい)していることに気付かないまま、甲板に出て出港準備に取り掛かり、更に警報ブザーストップスイッチの切替え位置を確認しないまま、同位置を「切」にした状態で同準備を終えた。 こうして、本船は、A受審人ほか1人が乗り組み、操業の目的をもって、同日16時00分船団の僚船とともに西郷港を発し、17時ごろ同港東方沖合の漁場に至って操業を1回行ったあと、主機を回転数毎分約1,700の全速前進にかけて魚群探索を行いながら漁場を移動中、かねてから戻り管のポンプ側継手のろう付け部に生じていた亀裂が大きく進展して多量の潤滑油が流出し、やがてオイルパン内の油量が不足するようになり、潤滑油ポンプが空気を吸入して潤滑油が低下したものの、警報ブザーが鳴らず、A受審人がこのことに気付かないまま運転を続けているうち、潤滑不良となった主軸受及びクランクピン軸受が焼損し、19時30分西郷岬灯台から真方位170度2.5海里の地点において、主機の回転数が低下した。 当時、天候は晴で風力2の北風が吹き、海上は平穏であった。 操舵室にいたA受審人は、主機の回転数が変化したのに気付いて異常を知り、操縦ハンドルを少し下げたところ主機が停止したので、急ぎ機関室に赴き、戻り管のポンプ側継手から潤滑油が流出し、同室床上に多量の潤滑油が滞留していて、検油棒に潤滑油が付着せず、オイルパン内がほとんど空になっていることを認めて運転不能と判断した。 本船は、救助を求め、来援した僚船に引かれ、西郷港に至って主機を精査した結果、戻り管のポンプ側継手のろう付け部に半周以上にわたる亀裂を生じていることか判明し、前示の損傷のほかクランク軸、過給機、燃料噴射ポンプ、駆動装置なども損傷しているのが発見され、のち修理費の関係で主機が換装された。
(原因) 本件機関損傷は、漁場に向けて出港するにあたり、主機始動後の循環油管系の点検が不十分で、燃料噴射ポンプ駆動装置の潤滑油戻り管に亀裂が生じ、潤滑油が漏洩したまま運転が続けられたことと、警報ブザーストップスイッチの切替え位置の確認が不十分で、オイルパン内の油量が著しく減少して潤滑油ポンプが空気を吸入し、潤滑油圧力が低下しても警報ブザーを発しないまま運転が続けられ、主機各部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、漁場に向けて出港する目的で主機を始動した場合、潤滑油が漏洩してオイルパン内の油量が著しく減少することのないよう、始動後の潤滑油管系の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、数日前に潤滑油を補給したから大丈夫と思い、始動後の潤滑油管系の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、燃料噴射ポンプ駆動装置の潤滑油戻り管に亀裂が生じていることに気付かず、オイルパン内の油量の不足により潤滑油ポンプが空気を吸入して潤滑油圧力の低下を招き、主軸受、クランクピン軸受、クランク軸、過給機などを損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |