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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年2月12日10時00分 太平洋中部 2 船舶の要目 船種船名
漁船第六十三富丸 総トン数 349トン 全長 63.24メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
1,985キロワット 回転数 毎分320 3 事実の経過 第六十三富丸(以下「富丸」という。)は、平成2年2月に進水した、大中型まき網漁業に従事する漁船で、主機として株式会社新潟鉄工所が製造した6M40CFX型と称するディーゼル機関を備えていた。 主機は、鋳鉄製一体形のシリンダプロックに特殊鋳鉄製のシリンダライナが挿入され、同ブロック上面より上のシリンダライナ肉厚部の外側に冷却水出口を形成するライナーリングがはめられたうえ、各シリンダライナの上にシリンダヘッドが載せられ、シリンダヘッドが各8組のスタッドボルトと締付ナットで締め付けられていた。 冷却水系統は、間接冷却方式で、冷却水として用いられる清水が主機直結冷却水ポンプによってシリンダライナから各シリンダヘッドに至る経路と過給機とに送られ、各部を冷却したのち清水冷却器で海水に放熱し、再び同ポンプに戻るもので、冷却水の容積変化の吸収と空気抜きのために同ポンプ吸込部に接続する容積700リットルの膨張タンクを機関室上部に配置していた。 シリンダライナは、シリンダブロックとの間に形成される下半部を冷却ジャケットとするほか、ピストン上死点付近をボアクーリング方式として前示肉厚部を斜め上方向に貫通する40箇所の冷却孔を有し、冷却水がジャケットを経て冷却孔を通過するもので、ライナーリングとの間に冷却水の水密を保つOリングを装着していた。シリンダヘッドの締付けは、締付ナットをスタッドボルトにかけ、シリンダヘッドの上面に肌付きするまで締めたのち130ないし140度回す角度締めの方式、あるいはスタッドボルトの先端を油圧ジャッキで670キログラム毎平方センチメートル(以下、圧力は「キロ」で示す。)で引っ張った状態で締付ナットをシリンダヘッドの上面に肌付きするまで締める油圧ジャッキ方式のいずれかで行うよう取扱説明書に記載されていた。 指定海難関係人R株式会社塩釜事業所船舶工作部(以下「R社」という。)は、平成7年7月に富丸の定期整備を初めて行い、その際にはシリンダヘッド締付ナットを規定の角度まで締める方式で組み立てたが、作業に時間がかかるので同8年7月の整備時には同社が一般的に行っていた合いマークによる方式に変更した。 合いマークによる方式は、緩める前のシリンダヘッド締付ナットとスタッドボルトに合いマークを付し、あらかじめ指定した順に取り外した締付ナットに紐(ひも)を通してシリンダ毎にくくり、整備を終えて組み立てる際には、締付ナットを元の組合せでスタッドボルトにかけ、合いマークまで締めるというもので、締付ナットをかけ違えると過剰に締め付けるおそれがあった。 富丸は、年間平均して6,800時間ほど運転され、シリンダヘッドについては毎年、またシリンダライナとピストンについては2年毎にそれぞれ整備されており、平成9年7月合入渠のためにR社に入渠した。 A受審人は、平成5年から一等機関士として富丸に乗船し、同8年の出渠後から機関長として機関部全般の管理に当たり、R社に入渠して整備内容及び工程の打合せを行った際、シリンダヘッドの締付けについてR社から具体的に説明を受けなかったが、同年の整備時に合いマークによる方式で締め付けられ、その後過剰な締付けによる問題が生じなかったので大丈夫と思い、シリンダヘッドの適切な締付けを指示せず、組立時にも立ち会わなかった。 R社は、シリンダヘッドの締付けについて前年と同様に合いマーク方式を採り、組立て時に作業員がシリンダヘッドの締付ナットをスタッドボルトにかける順番を間違えたが、肌付きの位置から合いマークまでの残りの角度を確認せず、規定の締付角度を考慮しないまま合いマークに合致するまで同ナットをインパクトレンチで締めた。 主機は、シリンダヘッドの締付ナットの多くが規定の締付角度を大幅に超えて締められ、シリンダライナの肉厚部に過大な圧縮応が加わり、出渠して運転を繰り返すうち全てのシリンダライナについて冷却孔付近に亀(き)裂を生じ、平成9年10月に6番シリンダのライナーリングの腐食のために冷却水漏れが生じて同シリンダヘッドが取り外された際も、締付ナットが合いマークによる方式で再び過剰に締められた。 富丸は、平成10年1月20日09時00分、A受審人ほか19人が乗り組み、船首4.0メートル船尾5.8メートルの喫水をもって、静岡県焼津港を発し、東カロリン諸島沖合の漁場に向かい、漁場に至って操業を続けていたところ、主機の全シリンダライナの冷却孔付近に生じていた亀裂のうち3番シリンダライナの亀裂がOリング溝を越えて進展し、2月12日10時00分南緯02度52分東経163度56分の地点において、3番のライナーリング取付部から冷却水が漏えいした。 当時、天候は曇で風力1の北北東風が吹いていた。 A受審人は、合入渠の前後からライナーリングの腐食及びOリングの摩耗による冷却水の漏えいが続いていたので同じ不具合と考え、冷却水を膨張タンクに補給しながら運転を続けた。 富丸は、同月16日08時30分操業を終了して帰途に就き、24日焼津港に帰港し、ただちに主機の3番と、同様な箇所から漏水していた2、6番の各シリンダヘッドが取り外され、シリンダライナの冷却孔付近に亀裂が発見され、その後、残りのシリンダライナについても同様に亀裂が生じているのがわかり、のち全てのシリンダライナが取り替えられた。 R社は、本件後、ナットの締付作業方法を検討し、シリンダヘッドの締付けが過剰になることのないよう角度締めの方式か、又ば油圧ジャッキ方式のいずれかで行うことに改めた。
(原因) 本件機関損傷は、入渠して主機シリンダヘッドを開放整備するにあたり、シリンダヘッドの締付けについての指示が不十分で、締付ナットが規定の締付角度を大幅に超えて締められ、シリンダライナの肉厚部に過大な圧縮応力が加わったことによって発生したものである。 造船所が作業前に合いマークを付しておいた締付ナットをスタッドボルトにかけ違え、締付角度を考慮しないまま合いマークに合致するまで同ナットを締め、シリンダヘッドを過剰に締め付けたことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為) A受審人は、入渠して主機シリンダヘッドの開放整備作業の打合せをする場合、シリンダヘッドを適切に蹄め付けるよう指示しなかったことは、本件発生の原因となる。しかしながら、同人の所為は、造船所が前年に合いマーク方式で締付けを行ったが、過剰な締付けにならなかった点、及び造船所作業員の締付ナットのかけ違えを想定するのは困難であった点に徴し、職務上の過失とするまでもない。 R社が、合いマークによる方式を採りながら締付ナットをかけ違え、締付ナットの締付角度を考慮しないままシリンダヘッドを過剰に締め付けたことは、本件発生の原因となる。 R社に対しては、本件後、ナットの締付作業方法を検討し、シリンダヘッドの締付けを角度締めの方式又は油圧ジャッキ方式に改めたことに徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。 |