|  | (事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成10年8月1日19時10分
 北海道利尻島南西方沖合
 2 船舶の要目
 船種船名 
      漁船第三十五長福丸
 総トン数 19.33トン
 登録長 16.77メートル
 機関の種類 
      過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
 出力 
      481キロワット
 回転数 毎分1,940
 3 事実の経過
 第三十五長福丸(以下「長福丸」という。)は、昭和53年4月に進水したいか一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、主機として株式会社小松製作所が製造したEM679A-A型と呼称するディーゼル機関を装備し、船橋から主機の遠隔操作ができるようになっていた。
 A受審人は、平成7年8月に長福丸を中古で買船したのち船長として乗り組み、操船に当たる一方機関の運転管理にも当たり、弟のB指定海難関係人を機関室内機器の運転保守に当たらせていたところ、同8年2月主機のピストン、シリンダライナなどを焼損したので、前示機関を中古で購入して換装し、その後の操業に従事していた。
 主機の潤滑油系統は、総油量約120リットルで、クランク室底部の油受け内の潤滑油が直結の歯車式潤滑油ポンプ(以下、潤滑油系統の機器名については「潤滑油」を省略する。)によって吸引加圧され、冷却器、フィルタを経て主管に至り、分岐してクランク軸、カム軸、調時歯車装置、ロッカーアーム、過給機などを潤滑する主系統と、主管手前で分岐し、各シリンダ毎に設けられた噴油ノズルを介してピストン内面を冷却するピストン冷却系統とに分かれ、各部を潤滑・冷却したのち油受けに戻るようになっていた。
 ところで、フィルタは、外筒内にペーパーエレメントを内蔵した使い捨てのカートリッジ式のもの2筒で構成され、主機左舷側クランクケースのブラケットに下側から2筒を前後に装着するようになっており、その装着方法は、手でフィルタをブラケットにねじ込んでフィルタのパッキン面がブラケットのシール面に接してから、専用フィルタレンチを用いてフィルタを4分の3ないし1回転ねじ込むもので、外筒表面に装着要領図が記されていた。なお、この専用フィルタレンチは、外筒を挟むステンレス鋼製バンドと同バンドを締め付ける柄の部分とから成る機関メーカー指定の純正工具で、同バンド部分にはビニールが被覆され、締めたとき薄手の鋼板製外筒に傷が付かないようになっていた。
 A受審人は、前示主機を換装したとき機関メーカー指定の専用フィルタレンチが備えられていなかったが、一般工具を使用しても外筒を損傷させることはあるまいと思い、B指定海難関係人に対して専用フィルタレンチを使用するよう十分指示しなかったので、同指定海難関係人が、最寄りの船具店から金属バンドに刻み目の付いた一般工具を買い求め使用していた。
 B指定海難関係人は、長福丸に買船以来甲板員として乗り組んで機関の取扱いにも当たり、主機の潤滑油及びフィルタの交換を、運転時間が約450時間となるほぼ1箇月周期で行っていたが、平成10年7月18日に同交換を行った際、いつものとおり一般工具を使用したところ、2筒のフィルタのうち後側の外筒に、やや締め過ぎたこともあって金属バンドの刻み目で傷を生じさせた。
 その後、主機の運転と停止が繰り返されているうち、フィルタ外筒に生じた傷の箇所が油圧の変動により膨脹、収縮して金属疲労が進行していた。
 こうして長福丸は、A受審人とB指定海難関係人の2人が乗り組み、操業の目的で、翌8月1日04時00分北海道岩内港を発し、主機を回転数毎分1,600(以下、回転数は毎分のものを示す。)の全速力にかけて北海道利尻島南西方沖の漁場へ向かったが、同受審人は、操舵室に設けられた主機警報装置の警報ブザースイッチの投入状態を確認しなかったので、入港時主機を停止したときに切っていた同スイッチが、切られたままになっていることに気が付かなかった。
 15時30分長福丸は、前示漁場に至り、主機を回転数700の中立運転としてシーアンカーを投入したのち操業を開始し、18時50分主機を回転数1,600に上げて集魚灯を点灯したところ、フィルタ外筒に生じた傷が疲労の進行により亀裂を生じて潤滑油が流出し、やがて、油受け内の油量の減少によりポンプが空気を吸引して油圧が低下したものの、警報ブザーが鳴らなかったので、甲板上で漁獲状況などを見回っていたA受審人及びB指定海難関係人が油圧低下に気付かないまま主機の運転が続けられ、クランク軸の各軸受、全シリンダのピストン及びシリンダライナが焼き付き、19時10分北緯44度50分東経140度03分の地点において、主機が停止した。
 当時、天候は晴で風力2の北東風が吹き、海上は平穏であった。
 B指定海難関係人は、機関室へ急行したところ潤滑油が床や壁に飛び散り、油受け内の潤滑油がほとんどなくなっており、潤滑油の漏洩箇所を探した結果、後側フィルタ外筒に縦約4センチメートルの亀裂を生じているのを認め、潤滑油を補給したうえフィルタを予備のものと交換して始動を試みたものの、主機が全く回転せず、運転を断念した。
 長福丸は、救助を求め、来援した僚船に曳航されて岩内港に入港し、修理業者が各部を点検した結果、前示損傷のほかシリンダブロックの主軸受部に変形、連接棒軸受部に焼損なとが認められ、損傷が大きいことから主機を中古機関に換装した。
 
 (原因)
 本件機関損傷は、潤滑油フィルタの交換作業をするに当たり、使用工具が不適切で、フィルタ外筒に傷を生じさせ、主機の発停を繰り返すうちに傷部分が疲労の進行により亀裂を生じて潤滑油が流出したことと、主機警報装置警報ブザースイッチの投入状態の確認が不十分で、同油が流出して潤滑油ポンプが空気を吸引した際、油圧低下が検知されないまま運転が続けられたこととによって発生したものである。
 使用工具が適切でなかったのは、船長が機関を取り扱う甲板員に対し、専用フィルタレンチを使用するよう十分指示しなかったことと、同甲板員が専用フィルタレンチを使用しなかったこととによるものである。
 
 (受審人等の所為)
 A受審人は、機関を取り扱っている甲板員に潤滑油フィルタの交換作業に当たらせる場合、同フィルタ外筒に傷を付けることのないよう、専用フィルタレンチを使用するよう十分に指示すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、一般工具を使用しても外筒を損傷させることはあるまいと思い、専用フィルタレンチを使用するよう十分に指示しなかった職務上の過失により、同甲板員が一般工具を使用してフィルタ外筒に傷を生じさせ、運転中に傷部分が疲労の進行により亀裂を生じて潤滑油が流出する事態を招き、クランク軸、ピストン、シリンダライナなどを焼き付かせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人が潤滑油フィルタの交換作業をする際、専用フィルタレンチを使用せず、一般工具を使用してフィルタ外筒に傷を生じさせたことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、勧告しない。
 
 よって主文のとおり裁決する。
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