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1999年(平成11年)

平成9年広審第118号
    件名
旅客船回天機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成11年7月29日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

杉崎忠志、黒岩貢、横須賀勇一
    理事官
弓田邦雄

    受審人
A 職名:回天船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
弾性継手、ピロー型ユニット軸受など損傷、前部駆動軸曲損

    原因
主機調速リンク装置の停止レバー用ストッパボルトの調整不適切

    主文
本件機関損傷は、主機調速リンク装置の停止レバー用ストッパボルトの調整が不適切で、同ボルトが著しく緩められ、主機が急回転を起こしたことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年4月10日09時30分
山口県大津島(刈尾)漁港
2 船舶の要目
船種船名 旅客船回天
総トン数 19トン
全長 19.95メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 375キロワット
回転数 毎分2,400
3 事実の経過
回天は、平成9年3月に進水した、山口県大津島(馬島)漁港(以下「馬島」という。)と同県徳山下松港第1区フェリーのりばふ頭間の定期航路に就航する鋼製旅客船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が製造した6GX-GT2型と称するディーゼル機関を備え、同機の動力取出軸に弾性継手を取付け、ピロー型ユニット軸受3個で支持された直径35ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ約1.2メートルの前部駆動軸を接続し、同軸に装着したプーリによりベルト駆動される容量25キロワットの船内電源用直流発電機、操舵機用油圧ポンプ、空調機用冷却海水ポンプ及び空調機用コンプレッサを備え、操舵室に主機の潤滑油圧力計、始動スイッチ及び停止用押しボタンスイッチが組み込まれた主機操縦装置を設け、同室で主機の増減速及びクラッチのかん脱操作が1本の操縦ハンドルで行うことができるようになっていた。
主機の調速リンク装置は、操舵室で操縦ハンドルを始動位置にして始動スイッチを操作すると、操縦ハンドルからの電気信号が機側に設けられたアクチュエータユニットで機械式信号に変換され、これが主機後部にあるタイミングギヤケースの左舷側上部に設置された油圧式調速機の入力軸に作用する一方、セルモータが回転してクランク軸歯車、中間歯車及び調速機駆動歯車が駆動され、調速機に内蔵した調速ばねの力とバランスウエイトの遠心力との不均衡力によって、調速機付ギアポンプからの高圧作動油が出力ピストンを作動させて調速機の出力軸に伝え、同軸から出力レバー、緩衝ばねを有する連結稈、各種のレバー及びコネクタなどを介してレイシャフトが連動し、燃料噴射ポンプと燃料噴射弁が一体となったユニットインゼクタのコントロールラックを制御して操縦ハンドルで設定した回転数になるよう燃料油の噴射量を調整する機構となっており、また、操舵室で停止用押しボタンスイッチを操作すると、調速機の入力軸が停止位置となって調速機の出力軸、出力レバー、レイシャフトなどが連動し、各シリンダのユニットインゼクタの同ラックを燃料油無噴射位置にして主機を停止するようになっていた。
ところで、主機の調速リンク装置には、機側で主機を停止できるよう調速機の出力レバーとレイシャフトとの間に停止レバーが設けられていて、停止時のユニットインゼクタのコントロールラックを燃料油無噴射位置とする位置決めと、停止操作時にレバー、コネクタなどに無理な力が掛かるのを防止する目的で、ねじの呼び径8ミリ、ピッチ1.25ミリ、長さ約30ミリの停止レバー用ストッパボルトが停止レバーの下部に当たるよう調速機の下方に取り付けられていた。
A受審人は、山口県徳山市から本船の運航委託を受けたR株式会社の船員で、竣工時から船長として乗り組み、主機の運転管理も担当しており、09時過ぎに本船を係留している大津島(刈尾)漁港(以下「刈尾」という。)に赴き、始動前に潤滑油、冷却清水及び燃料油の各量の点検を行って操舵室で主機を始動し、馬島を10時00分発航の第1便に間に合うよう本船を回航したのち、1日に4往復の運航に従事していた。
また、A受審人は、係留地で主機を始動する際、調速機の出力レバー及び連結稈、これに続くレバー、コネクタ、コネクタリンクボールなどの各接続部に少し当たりの強い箇所やこじれを生じていて、調速リンク装置の動きがやや妨げられて出力レバーの動きを円滑にユニットインゼクタのコントロールラックに伝達できないことがあり、特に主機冷態時に始動不良となることがときどき発生していたことから、R株式会社を通して機関メーカーにその原因調査を依頼するとともに、その際には停止レバーを手動で引き上げ、燃料油噴射量が増大する方向に同ラックを移動させた状態で始動スイッチを入れていた。
一方、機関メーカーは、R株式会社から始動不良の原因調査の依頼を受けて主機各部を点検したものの、その原因をなかなか特定できず、訪船を繰り返して調査を行った結果、調速リンク装置のレバー軸、コネクタリンクボールなどのしゅう動部に問題が生じていると考え、同年4月10日18時00分発航の徳山下松港最終便を終える本船に技師を派遣し、同装置を開放のうえ点検、整備することとしてその旨を運航関係者に伝えていた。
同日09時20分ごろA受審人は、船首0.6メートル船尾1.3メートルの喫水をもって、岩島灯台から真方位314度2.8海里の刈尾の浮き桟橋に、船首を西方に向けて左舷付け係留していた本船に赴き、回航に先立ち、いつものように主機の潤滑油、冷却清水などの各量の点検を行ったのち、操舵室で始動スイッチを入れても主機が始動しなかったので停止レバーを引き上げて始動し、主機の回転数が停止回転数の毎分500となったのを確認してクラッチを投入したものの、すぐに主機が停止することから停止レバー用ストッパボルトの設定位置を調整することを思い立った。しかしながら、同人は、同ボルトを緩めて停止レバーを引き上げたままの状態にしておけば、負荷が増加しても主機が停止することはあるまいと思い、事前に機関メーカーの技師に問い合わせるなどして同ボルトを調整することなく、停止レバーが接触している位置から著しく同ボルトを緩めたので、調整後の同ボルトの設定位置がユニットインゼクタのコントロールラックの燃料油無噴射位置を大きく超えており、始動直後に調速機が燃料油噴射量を減少させるよう作動しても調速リンク装置が追従できず、瞬時的に中立運転時の同ラックの範囲を超えて主機が急回転を起こすおそれのあることに気付いていなかった。
こうして、本船は、A受審人ほか1人が乗り組み、発着地である馬島に回航する目的で、操舵室で同受審人が始動スイッチを入れたところ、09時30分前示係留地点において、燃料運転に入った主機の回転数が上昇して調速機が作動したものの、ユニットインゼクタのコントロールラックが燃料油噴射量を減少させる方向に作動せず、主機が激しい振動とともに急回転を起こした。
当時、天候は晴で風力2の南西風が吹き、海上は穏やかであった。
操舵室にいたA受審人は、主機回転計の指針が急上昇したのを認め、停止用押しボタンスイッチを操作しても主機が停止しないので、機関室に急行し、調整した停止レバー用ストッパボルトを抜き出したのち、停止レバーを押し下げて主機を停止させたが、動力取出軸の弾性継手が損傷して船内電源用直流発電機、操舵機用油圧ポンプなどが運転できなくなったことから運航不能と判断し、その旨をR株式会社に報告した。
本船は、引船により徳山下松港に引き付けられ、同港において機関メーカーの技師により主機各部を精査した結果、主機のシリンダライナ、ピストン、クランクピン軸受などに損傷を生じていなかったが弾性継手が損傷したほか、前部駆動軸が曲損し、ピロー型ユニット軸受などが損傷していることが判明し、のち損傷部品の取替え修理が行われた。

(原因)
本件機関損傷は、主機調速リンク装置の停止レバー用ストッパボルトの調整が不適切で、同ボルトが著しく緩められたまま始動スイッチが操作され、主機が急回転を起こしたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、主機調速リンク装置の停止レバー用ストッパボルトの設定位置を変更する場合、主機が急回転を起こすおそれがあったから、事前に機関メーカーの技師に問い合わせるなどして同ボルトの調整を行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、同ボルトを緩めて停止レバーを引き上げたままの状態にしておけば、負荷が増加しても主機が停止することはあるまいと思い、事前に機関メーカーの技師に問い合わせるなどして同ボルトの調整を行わなかった職務上の過失により、調整した同ボルトの設定位置がユニットインゼクタのコントロールラックの燃料油無噴射位置を大きく超えていることに気付かず、主機の急回転を招き、前部駆動軸を曲損させ、弾性継手及びピロー型ユニット軸受などを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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