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1999年(平成11年)

平成10年広審第79号
    件名
漁船第一長幸丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成11年3月16日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

杉崎忠志、黒岩貢、横須賀勇一
    理事官
弓田邦雄

    受審人
A 職名:第一長幸丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
全シリンダの圧力リングの固着、シリンダライナの摩耗量増大、ピストン外周縁に亀裂、主軸受及びクランクピン軸受などに損傷

    原因
主機潤滑油の性状管理不十分

    主文
本件機関損傷は、主機潤滑油の性状管理が不十分であったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年7月28日10時00分
境港
2 船舶の要目
船種船名 漁船第一長幸丸
総トン数 82トン
登録長 26.85メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 507キロワット
回転数 毎分720
3 事実の経過
第一長幸丸は、昭和59年7月に進水した、沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が製造したT220A-ET2型と称するディーゼル機関を装備し、操舵室に回転計及び主機操縦装置並びに潤滑油圧力低下及び冷却清水温度上昇の警報装置を設け、同室で主機の遠隔操作できるようになっていた。
主機のピストンは、アルミニウム合金製一体型のもので、その頭部に冷却油管が螺旋状(らせんじょう)に鋳込まれており、4本の圧力リングと2本の油かきリングを装着し、浮動式ピストンピンで連接棒の小端部と連結されていた。
主機の潤滑油系統は、セミドライサンプ方式で、容量200リットルのクランク室底部の油だめから直結の歯車式潤滑油ポンプ(以下、潤滑油系統の機器については「潤滑油」を省略する。)により吸引、加圧された潤滑油が、複式こし器及び冷却器を経て圧力調整弁を備えた入口主管に至り、同主管から主軸受、クランクピン軸受及びピストンピン軸受を順に潤滑したうえピストンを冷却して油だめに戻り、クランクピン軸受及びピストンピン軸受などに供給された同油の一部がクランク軸の回転によってはね飛ばされ、その飛沫(ひまつ)がピストンとシリンダライナのしゅう動部を潤滑するほか、呼び径50ミリメートルの同ポンプ吐出管から分岐した呼び径20ミリメートルの枝管、流量調整弁を経て主機右舷側上方に設置されている容量700リットの補助タンクに流入し、同タンクからサイトグラス付きの呼び径65ミリメートルのオーバーフロー管に導かれて油だめに戻るようになっており、入口主管部の同油圧力が3.0ないし4.0キログラム毎平方センチメートルであった。
ところで、主機の潤滑油は、運転時間の経過とともにスラッジなどの異物が混入したり、高温にさらされたりして汚損劣化が進行するほか、同油を取り替える際に補助タンク及び油だめの内部掃除を行わないままハンドポンプなどで旧油をくみ出したのみで、そのまま新油のはり込みを繰り返していると、同タンク内などに残留していたカーボン・スラッジ、金属粉及び旧油などの影響を受けて汚損劣化が早く進行するので、主機各部の良好な潤滑及び冷却を維持するうえから主機取扱説明書を参照し、主機の運転状況、整備模様及び設けられている清浄装置なども考慮して潤滑油の取替え時期を決定するものであった。
本船は、兵庫県浜坂港を基地とし、9月から翌年5月までの操業期間中、日本海の隠岐周辺漁場で1航海が約5日間の沖合底びき網漁を繰り返し、主機の運転時間が年間約4,500時間であった。
A受審人は、平成元年6月から機関長として乗り組み、主機の運転と整備に従事し、毎年、休漁期間中に島根県八束郡美保関町にあるR株式会社に上架して船体を整備したのち、同受審人船長及び甲板員の3人が乗り組んで本船を浜坂港に回航し、同港で主機のピストン、燃料噴射弁、過給機などの整備を行っていたほか、潤滑油の取替え作業については、業者の手により従来どおり油だめ内のふき取り掃除を行っていたものの、補助タンクの内部掃除をしないまま新油をはり込み、9月初旬から操業を開始し、その後定期的にこし器の開放掃除、燃料噴射弁の整備などを行い、操業中及び航行中における主機の回転数を毎分約680までとしていた。
同8年9月4日A受審人は、主機を全速力前進にかけて航行中、主機の開放整備時に混入したカーボン、砂、糸屑(いとくず)などの異物で油こし器こし網が目詰まりして潤滑油圧力が低下したことから、補助タンクに至る流量調整弁の開度を大きく絞って同圧力を上昇させ、帰港したのちにこし器の開放整備を行ったものの、同調整弁の開度を調整しないでそのままの状態としていたため、同油が同タンクをほとんど循環せず、油だめ内の油量のみで主機各部を潤滑及び冷却する状態となったまま、消費分に対して新油を補給しながら主機の運転を続けた。
同年11月下旬ごろA受審人は、主機のこし器を開放した際、こし器こし網に付着するスラッジなどの異物が次第に増加し、手ざわりなどで潤滑油の粘度が上昇したことを認めた。しかしながら、同人は、本船と同じような同油系統を有する僚船が1年ごとに同油の取替えを行っているので、僚船と同じように使用しても大丈夫と思い、速やかに同油を取り替え、補助タンクに循環する油量を調整するなどして、同油の性状管理を十分に行うことなく続け、同油の汚損劣化が進行するにつれてピストンの冷却油管内部が汚損し始め、その冷却効果が低下するとともに主機各部の潤滑が阻害されるようになったことに気付かなかった。
その後、本船は、A受審人ほか8人が乗り組み、隠岐周辺の漁場で操業を繰り返すうち、主機のピストンが次第に過熱し、圧力リングが固着気味となって燃焼ガスのクランク室側への吹き抜けを生じ、更にシリンダライナとピストンの潤滑が次第に阻害されるようになり、同ライナの摩耗が徐々に進行し、やがて圧縮圧力が低下して主機の始動性も低下したまま同9年5月下旬まで操業を続け、翌6月10日船体整備のためR株式会社に入渠したのち、同整備を終えて境港去ルガ鼻灯台から真方位028度1,060メートルの桟橋に係留された。
こうして、A受審人は、船体整備を終えた本船を回航するに先立ち、翌7月28日09時30分ごろ主機の始動確認を兼ねた試運転の目的で係留していた本船に1人で赴き、交流発電機駆動用原動機を運転し、潤滑油のプライミング及びターニングを行ったのち始動空気を投入したものの、全シリンダの圧カリングの固着及びシリンダライナの摩耗量の増大により主機の圧縮圧力が著しく低下しており、再三の始動操作を行っても燃料油に着火せず、10時00分前示の係留地点において、主機を始動させることができなかった。
当時、天候は曇で風力3の西北西風が吹き、港内は穏やかであった。
A受審人は、約30キログラム毎平方センチメートルに圧縮空気を充填(じゅうてん)していた始動空気タンクが2本とも空となり、始動不能と判断し、地元の業者に修理を依頼して主機各部を調査した結果、前示の損傷のほか、ピストン外周縁に亀裂(きれつ)を、主軸受及びクランクピン軸受などに損傷を生じていることが判明し、のち損傷部品の取替え修理を行った。

(原因)
本件機関損傷は、主機潤滑油の性状管理が不十分で、同油が著しく汚損劣化したまま運転が続けられ、ピストンの冷却及び主軸受などの潤滑が阻害されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、主機潤滑油こし器こし網に付着するスラッジなどの異物が次第に増加し、同油の粘度が上昇したのを認めた場合、ピストンの冷却及び主軸受などの潤滑が阻害されることのないよう、速やかに同油を取り替え、補助タンクに循環する油量を調整するなどして、同油の性状管理を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、本船と同じような同油系統を有する僚船が1年ごとに同油の取り替えを行っているので、僚船と同じように使用しても大丈夫と思い、速やかに同油を取り替え、補助タンクに循環する油量を調整するなどして、同油の性状管理を十分に行わなかった職務上の過失により、補助タンクに至る流量調整弁が閉弁されていて同油が循環していないことに気付かず、主機各部に同油の著しい汚損劣化による冷却及び潤滑阻害を招き、各シリンダのピストン、主軸受、クランクピン軸受及びシリンダライナなどを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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