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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年9月9日22時30分 瀬戸内海備讃瀬戸 2 船舶の要目 船種船名
貨物船三春丸 総トン数 498トン 全長 62.90メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
1,029キロワット 回転数 毎分360 3 事実の経過 三春丸は、平成4年3月に進水した、主に液体化学薬品の国内輸送に従事する鋼製油タンカー兼引火性液体物質・液体化学薬品ばら積船で、主機として阪神内燃機工業株式会社が製造した6LUN30AG-D型と称するディーゼル機関を装備し、操舵室に主機の回転計及び潤滑油圧力計などの計器並びに潤滑油圧力低下及び冷却清水温度上昇など警報装置が組み込まれた主機遠隔操縦装置を設け、同室で主機の増減速及びクラッチのかん脱操作が1本の操縦ハンドルで行うことができるようになっていた。 主機は、シリンダ径300ミリメートル(以下「ミリ」という。)ピストン行程480ミリで、船尾側の6番シリンダとフライホイール間のギヤケース内に装備されたカム軸伝動歯車装置、及び同ケースの上部右舷側に株式会社ゼクセル製RHD6-PC型と呼称する調速機を備えていた。 主機の潤滑油系統は、クランク室下部の油だめから直結の歯車式潤滑油ポンプにより吸引加圧された潤滑油が、複式潤滑油こし器及び潤滑油冷却器を経て、右舷側架構の下方にある呼び径80ミリの潤滑油入口主管に至り、同主管からシリンダごとに分流して主軸受、クランクピン軸受及びピストンピン軸受を順に潤滑したうえピストンを冷却するほか、同主管の船尾側端から分岐した呼び径15ミリのカム軸伝動歯車装置注油管が更に船尾方に延び、同注油管から外径6ないし10ミリの鋼製注油枝管5本により中間歯車、中間歯車軸、調速機駆動歯車、同駆動歯車軸及びカム軸の船尾側端に取り付けられた始動空気管制弁などにそれぞれ供給されるようになっていた。 ところで、主機のカム軸伝動歯車装置は、クランク軸歯車からクロムモリブデン鋼製中間歯車を介してカム軸歯車及び調速機駆動歯車をそれぞれ駆動して主機の発停、燃焼及び回転数などを制御するもので、ギヤケースの右舷側及び左舷側に各1箇所、船尾側に2箇所の歯車点検孔が設けられていて、同孔の鋼製ふたを開放することにより各歯車を容易に点検することができるようになっており、機関メーカーでは、注油不良、長期間の運転による機関の振動及びクラッチのかん脱時の急激な負荷変動による衝撃力などで、各歯車の歯面にピッチングが生じたり、中間歯車軸の取付けボルトなどに緩みを生じて同軸の軸心が不正となることがあるので、半年ごと、又は運転時間2,000ないし3,000時間ごとに各歯車の歯面、同軸ブッシュ及び同ボルトの緩みなどを点検するよう主機取扱説明書に記載していた。 また、中間歯車軸は、機械構造用炭素鋼製で、直径65ミリ長さ126ミリの軸の一端に直径240ミリ厚さ20.5ミリのフランジ部を設け、同軸のフランジ部を主機架構にねじの呼び径20ミリ長さ50ミリの取付けボルト5本で固定し、他方の同軸端を、直径176ミリ厚さ15ミリのフランジ部の中心に注油枝管取付け孔及び内径65ミリ厚さ12.5ないし15ミリのテーパー状となった長さ28ミリの軸挿入部を有する同軸支え金具(以下「支え金具」という。)で支持されており、支え金貝のフランジ部がギヤケース後部のほぼ中央にねじの呼び径16ミリ長さ40ミリの支え金具取付けボルト6本で取り付けられ、いずれの同ボルトにも、隣り合う2本のボルトを1組として回り止め用ワイヤが施されていた。 A受審人は、約3箇月乗船して約1箇月休暇の就労形態で所属会社の船舶に機関長として乗り組んでおり、本船には同5年1月及び同8年7月にそれぞれ乗り組んだのち、再び同9年7月から本船に乗り組み、機関の運転管理に従事していたもので、機関当直を単独4時間交替の3直制とし、自らは08時から12時まで同当直に就いて主機の運転監視を行い、クランク室点検を1箇月ごとに、潤滑油こし器フィルタエレメントを2週間ごとに開放のうえ掃除しながら主機の出力を75ないし80パーセントとなる状態で、月間に約400時間運転していたところ、定期的な点検が行われていなかった支え金具取付けボルトが、長期間にわたる機関の振動などの影響を受けるうち、いつしか緩みを生じ、中間歯車、クランク軸歯車などの各歯車のかみ合わせ状態に変化を生じるようになった。 A受審人は、同年8月上旬ごろから主機のカム軸伝動歯車装置の作動音が次第に大きくなり、しばらくして潤滑油こし器フィルタエレメントに金属粉が付着するのを認めた。しかしながら、同人は、4時間ごとに計測する主機の運転諸元に異常がなく、付着する金属粉が少量で主軸受など軸受メタルのものではないので、しばらくは大丈夫と思い、歯車点検孔のふたを開放するなどして、速やかに同装置の中間歯車軸の点検を行うことなく主機の運転を続けたので、支え金具取付けボルトの緩みが更に進行して同軸の軸心の不正が大きくなり、各歯車の歯面に衝撃力が生じ、支え金具の軸挿入部や同軸のフランジ側付け根部に過大な繰り返し応力が作用しはじめ、それらが材料疲労により損傷する状況となっていることに気付いていなかった。 翌9月6日01時40分ごろA受審人は、山口県岩国港から福岡県三池港に向けて航行中、調速機駆動歯車用注油枝管が折損して潤滑油が噴出しているのを認め、直ちに主機を停止し、折損した同注油枝管を応急修理のうえ航行を再開したが、同年5月に取り替えたばかりの同注油枝管が再度折損したことや、ほかの注油伎管の振動も激しいことから防振金具を取り付けることとし、ギヤケースのそばでその取付け位置を検討していたところ、支え金具取付けボルトがすべて緩んで支え金具のフランジ部が振動しているのを見付け、三池港に入港したのち同ボルトの増締めを行ったものの、中間歯車軸の軸心の不正により、既に中間歯車とかみ合う調速機駆動歯車の歯面の摩耗及び同駆動歯車軸の材料疲労も進行するようになっていた。 こうして、本船は、A受審人ほか6人が乗り組み、オルトクロロニトルベンゼン500トンを積載し、船首2.2メートル船尾4.2メートルの喫水をもって、同月8日15時00分三池港を発し、和歌県和歌山下津港海南区向けて主機を回転数毎分320にかけ、全速力前進で備讃瀬戸南航路を航行中、かねてより材料疲労が進行していた調速機駆動歯車軸が折損し、翌9日22時30分牛島灯標から真方位133度2,200メートルの地点において、主機の回転数が大きく変動した。 当時、天候は晴で風力2の南西風が吹き、海上は穏やかであった。 機関当直に就いていたA受審人は、主機回転計の針が大きく振れるのに気付き、操舵室に主機の不調を連絡のうえ回転数を減じ、本船が航路外に出たのち主機を停止し、燃料油に起因すると考えて燃料噴射弁、燃料噴射ポンプ及び同ポンプ駆動装置などを点検したが、原因か判明せず、そのまま主機の回転数を減じて航行を続けた。 本船は、翌10日06時45分和歌山下津港海南区に入港し、同港において、機関メーカーの技師により主機のカム軸伝動歯車装置各部を精査した結果、クランク軸歯車、中間歯車、中間歯車軸、同軸スラストカラー、支え金具、調速機駆動歯車、同駆動歯車軸及び調速機下部箱などの損傷か判明し、のち損傷部品の取替え修理が行われた。
(原因) 本件機関損傷は、主機カム軸伝動歯車装置の作動音が次第に大きくなり、しばらくして潤滑油こし器フィルタエレメントに金属粉が付着するようになった際、同装置の中間歯車軸の点検が不十分で、長期間にわたる機関の振動などにより同軸支え金具取付けボルトに緩みを生じ、同軸の軸心が不正となったまま運転か続けられ、過大な応力の繰り返し作用により同軸、調速機駆動歯車軸などが材料疲労したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機カム軸伝動歯車装置の作動音が次第に大きくなり、しばらくして潤滑油こし器フィルタエレメントに金属粉が付着するのを認めた場合、中間歯車軸の軸心が不正となって各歯車のかみ合わせに変化を生じているおそれがあったから、歯車点検孔を開放するなどして、速やかに同軸の点検を行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、4時間ごとに計測する主機の運転諸元に異常がなく、付着する金属粉が少量で主軸受など軸受メタルのものではないので、しばらくは大丈夫と思い、速やかに同軸の点検を行わなかった職務上の過失により、同軸支え金具取付けボルトに緩みを生じていることに気付かないまま運転を続け、同軸の軸心の著しい不正を招き、クランク軸歯車、中間歯車、中間歯車軸、同軸スラストカラー、同軸支え金具、調速機駆動歯車及び同駆動歯車軸などを損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |