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1999年(平成11年)

平成10年那審第48号
    件名
旅客船フェリーかけろま機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成11年3月2日

    審判庁区分
地方海難審判庁
門司地方海難審判庁那覇支部

井上卓、東晴二、小金沢重充
    理事官
寺戸和夫

    受審人
A 職名:前フェリーかけろま機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定・就業範囲)
    指定海難関係人

    損害
冷却清水ポンプ一式新替え

    原因
整備業者の主機直結冷却清水ポンプの組立て整備にあたっての点検不十分

    主文
本件機関損傷は、整備業者が、主機直結冷却清水ポンプの組立てにあたり、同ポンプ駆動軸歯車の締付ナットと同歯車との間に入れた、爪付き座金の状態の点検が十分でなかったことによって発生したものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年5月8日16時00分
奄美大島古仁屋港
2 船舶の要目
船種船名 旅客船フェリーかけろま
総トン数 194トン
全長 35.52メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,029キロワット
回転数 毎分800
3 事実の経過
フェリーかけろまは、平成6年7月に進水した、鹿児島県古仁屋港内の奄美大島古仁屋のフェリー発着所、同港内の加計呂間島生間(いけま)地区のフェリー発着所及び加計呂間島瀬相の桟橋の間で定期運行される鋼製旅客船兼自動車渡船で、主機として、ヤンマー・ディーゼル株式会社が製造したT240A-ET型ディーゼル機関を、軸系に逆転減速機をそれぞれ据え付け、船橋に主機の遠隔操縦装置を備え、検査のための入渠期間を除き、年間を通して毎日運航し、1日の主機運転時間が約6時間であった。
ところで、主機は、シリンダブロック前端に鋳鋼製のギヤケースカバーを備え、同ブロックと同カバー内側との間の空所約18センチメートルをギヤケースとし、同ケース内にクランク軸歯車、カム軸歯車、冷却海水ポンプ駆動軸歯車、冷却清水ポンプ駆動軸歯車、潤滑油ポンプ駆動軸歯車、ガバナ駆動軸歯車、燃料油供給ポンプ駆動軸歯車及び中間歯車を組み込んでいた。
冷却清水ポンプ駆動軸(以下」ポンプ軸」という。)は、長さ356ミリメートル(以下「ミリ」という。)最大直径39ミリのステンレス鋼製で、前部がポンプ駆動軸歯車(以下「歯車」という。)の取付け部となっており、歯車のボス部をはめ込む箇所がテーパー仕上げされ、幅7ミリ長さ30ミリ深さ約5ミリのキー溝が掘られ、ポンプ軸前端部長さ27ミリにねじが切られ、締付けナット(以下「ナット」という。)で歯車を締め付け、主機の回転速度の約2倍の回転速度で回転するようになっており、同軸前端とギヤケース内側面との間には、約5ミリの隙間(すきま)があった。
ポンプ軸と歯車の組立ては、歯車のボス部を同軸にはめ込み、歯車に堀り込んだキー溝と同軸のキー溝を合わせて平行キーを打ち込み、次に直径53ミリ内径20ミリ厚さ1ミリの一般用冷間圧延鋼板製の爪(つめ)付き座金(以下「座金」という。)を歯車にかぶせ、座金の外周の一部に切り開かれた幅7ミリ深さ約5ミリの爪部分を折り曲げて歯車のキー溝に入れ、二面幅41ミリ高さ20ミリの六角ナットを30キログラムメートルのトルクで締め付けたのち、座金の一部をナット側に折り曲げることにより、ナットの回り止め措置がなされるものであった。
ところで、ナット締付け時に座金がナットの座面との摩擦抵抗が大き過ぎたときなどに、ナットの動きに連れて座金が回転し、歯車のキー溝に入っている座金の爪部が根元から切断されることがあるので、ナット締付けの前に座金と歯車に合いマークを入れ、ナット締付け後に同マークの位置にずれが生じていないことを確認するなどして、座金の爪部が正常な状態で歯車のキー溝に入っているかどうかの点検を行う必要があった。
また、歯車は、種類がはすば歯車で、運転中には常に後方へのスラストを受け、仮にナットが緩んでも、直ぐに歯車の噛(か)み合いから離脱するものではなかった。
A受審人は、平成8年5月1日よりフェリーかけろまの機関長として乗り組んでいたもので、第1種中間検査受検工事の目的で、同9年11月3日R株式会社に入渠し、機関部所掌の工事の監督して、重要部品の受検、組み立てに立会い、また、乗組員の手による船内作業を実施した。
B指定海難関係人は、S株式会社の市場サービス部舶用技術部舶用技術課課長で、主としてヤンマーディーゼル株式会社が製造した機器の整備に26年間ほど携わってきたもので、S株式会社がR株式会社から請け負ったフェリーかけろまの工事の担当技師として工事を行うこととなり、シリンダヘッド、ピストン等と共に取り外した冷却清水ポンプを、同ドックから1キロメートルほど離れた自社の工場へ持ち込み、分解し点検整備後、同年11月13日A受審人の立会いを求めて受検した。
翌々15日B指定海難関係人は、A受審人など船側の立会いを求めず、自らの責任で冷却清水ポンプの組立てにあたり、ポンプ軸に歯車をはめ込み、歯車に新品の座金をかぶせ、座金の爪を折り曲げて歯車のキー溝に入れ、ナットを手で軽く締め付けたのち、同人のほか作業員1人がトルクレンチのハンドルを握り、30キログラムメートルのトルクで一気に締め付けたとき、座金がナットと共に回って爪が切断されたが、座金の爪部が正常な状態で歯車のキー溝に入っているかどうかの点検を行わなかったので、座金の爪が切断されてナットの回り止め機能を失ったことに気付かなかった。
フェリーかけろまは、同月17日第一種中間検査工事を完工し、翌18日07時00分から運航を開始してのち、翌年の平成10年5月1日A受審人がC機関長と交代して下船するまでの間、主機の始動回数が約1,000回、運転時間が約1,040時間となるうち、ナットが徐々に緩み、締付けトルクが減少する状況となったが、日常の運転状況及び外部点検で発見できるものではなく、また、受検時以外に開放点検する場所でもなかったことから、このことに気付かれないままとなった。
こうして、フェリーかけろまは、C機関長ほか4人乗り組み、旅客23人、車両5台を乗せ、船首1.4メートル船尾2.2メートルの喫水をもって、平成10年5月8日15時25分生間地区フェリー発着所を発し、古仁屋フェリー発着所に向い、主機を回転数毎分600とし、対地速力11.5ノットの半速力で航行中、ナットの締付けトルクが完全に失われて、ナットが急速に緩み、16時00分少し前ナットがギヤケースカバーの内側面に接触し、16時00分奄美瀬戸埼灯台から真方位151度2.5海里の地点において、接触した部分のギヤケースカバーの鋼板が直径約40ミリの大きさで灼熱(しゃくねつ)し、ギアケース内に立ち込めている潤滑油の蒸気が引火し、同ケースに通じるクランク室の安全弁が作動して機関室に白煙を噴出すると同時に煙突上部のガス抜き管から白煙を噴き上げた。
当時、天侯は晴で風力1の南西風が吹き、海上は隠やかであった。
ガス抜き管から噴出する白煙に気付いた甲板員の報告を受けたC機関長は、主機を停止回転の毎分400まで下げて機関室に急行し、主機を点検してギヤケースカバーに灼熱した箇所を発見し、それが冷却清水ポンプ軸心の前方に当たることから、同ポンプに異状が生じたと判断して主機を停止した。
フェリーかけろまは、投錨し、運行管理者に事故の報告と、乗客の移送等を依頼し、乗客は間もなく到着した代替え船に移乗して古仁屋フェリー発着所に送られ、本船は引船によって同発着所に引き付けられた。
この結果、ポンプ一式を新替えして修理された。
B指定海難関係人は、その後、社内の整備関係者に対する通知事項として、ナット締め付ける前に座金と歯車に合いマークを入れ、締付け後合いマークの位置にずれが生じていないことを確認すること、ナットは必ず新替えすることを伝え、これを徹底するようにした。

(原因に対する考察)
本件は、総トン数194トンの旅客船が、第1種中間検査工事において、メーカーの関連会社が主機の開放、受検、復旧工事を請け負い、ポンプの開放・受検も行ったが完工したのち、約6箇月間運航したとき、ナットが緩んでギヤケースカバーに接触したものである。
以上の状況を踏まえ、本件の原因について考察する。
1 ナットが著しく緩んだ原因
本件後の点検において、キー溝の中から座金の爪が切断された状態で発見され、ナット側の折り返しはしっかりとなされていたことが確認されていることから、爪がポンプの組立て時に切断されたのか、運転中に切断されたのかを検討する。
なお、ナットは検査工事時までに使用していたものを再使用したことが、B指定海難関係人の供述等から明らかである。
初めに運転中に切断されたとした場合を検討する。爪が切断されるには、ナットが主機の運転振動や、主機の発停の際にナットの慣性等によって爪がキー溝の左右の壁部に当たるような動きを続けて爪部が摩耗した場合に起こり得るが、これは、下記の点から、運転中に切断されたとは考えられない。
(1) 開放時にナットの座面に凹凸の傷が生じたものを再使用した場合、規定のトルクで締め付けても運転中に凸部が機関振動等によって摩耗して低くなり、自然に締付け力が低下した可能性も考えられるが、ナットが左右の壁に当るような動きをするには、ナットと座金もしくは歯車上面との間に隙間が生じ、ナットが軽く動く状態にならなければ起きないと考えられ、そのような状態となるにはナット座面に大きな傷が生じていたこととなり、ナット締付け前に十分に点検していなかったとしても、軸のねじ部にナットを手で回して仮締めするときに発見できたと考えられる点
(2) 組立て時にトルクレンチを使用して規定のトルクで締め付けたと認められる点
(3) 損傷写真中の切断された爪にはナットが左右に動いたと思われるような傷、まくれなどが見られない点次に、爪がポンプ組立て時に切断される場合について検討すると、下記の点から、組立て時に切断されたものと考えられる。
(1) ナットの座面に小さな傷が生じるなどして座金との間の摩擦抵抗が増加すると、ナット締付け時にナットの動きと共に座金が回って爪部を切断することが考えられ、爪部が切れた後は、運転中、徐々にナットが緩み、締付けトルクが全くなくなるまで緩めば、急速に緩むと考えられる点
(2) B指定海難関係人が、「過去にも、ポンプ開放時に、ナット側に折り曲げられた座金を伸ばすために使用するたがねの刃先が当るとかして、ナット外縁の下部または座面の縁部に傷を生じることがあった。」旨の供述をしている点
(3) 締付け中には、座金はトルクレンチ締付け部の下になり見えないのでナットと共に回ったかどうか確認することはできない点
(4) B指定海難関係人が、「座金の切断した部分と爪はきれいに切れた状態となっていた。」旨の供述をしている点
以上により、組立て時に爪が切断され、ナットが緩む状態となっていたことが、本件発生の原因と考えるのが相当と判断する。
2 A受審人の所為
同人は検査工事のポンプ組立て時に立会っていないが、このようなポンプ組立ては、通常の注意を払えば支障を生じることもなく、まして、メーカーの関連会社が行っているのであるから、信頼して任せたことを責められるものではない。また、その後の運転中に、ナットの緩みが発見できる箇所ではないことから、同人の所為は本件発生の原因とならない。
3 B指定海難関係人の所為
同人は、ナットを締め付ける際に、ナットの動きと共に座金が回るおそれがあることも、トルクレンチを掛けて締め付けると、座金の動きを見ることができない状態になることも認めていたのであるから、ナットの締付け後に爪部が正常な状態で歯車のキー溝に入っているかどうかの点検を行わなかったことは、本件発生の原因となる。

(原因)
本件機関損傷は、整備業者が、主機直結冷却清水ポンプの組立てにあたり、同ポンプ駆動軸歯車締付けナットを規定トルクで締め付けた際、同ナットと同ポンプ駆動軸歯車との間に入れた、爪付き座金の状態の点検が不十分で、締付け時に爪が切れて同ナットの回り止め機能を失ったままとなり、運転中、同ナットが緩んだことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
B指定海難関係人が、第1種中間検査のため開放した主機直結冷却清水ポンプの組立てにあたり、同ポンプ駆動軸歯車締付けナットを締め付けた際、爪付き座金の爪部が正常な状態で同ポンプ駆動軸歯車のキー溝に入っているかどうかの点検を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、その後、同ナット締付け前に同座金と同歯車に合いマークを入れ、締付け後合いマークの位置にずれが生じていないことを確認するなどして同ナットの緩み防止策を、徹底している点に徴し、勧告しない。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






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