日本財団 図書館




1999年(平成11年)

平成9年神審第90号
    件名
旅客船さんらいず機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成11年3月25日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

山本哲也、佐和明、西林眞
    理事官
岸良彬

    受審人
A 職名:さんらいず機関長 海技免状:三級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
左舷機1番シリンダの排気弁用カムが剥離片を噛み込み、タペット破断脱落、ゴム製膨張継手が発煙、カム及びローラ13組が異状摩耗

    原因
主機整備業者の定期整備工事にあたってのカム軸の点検不十分

    主文
本件機関損傷は、定期整備工事にあたり、カム軸の点検が十分でなかったことによって発生したものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年3月17日18時34分
神戸港外
2 船舶の要目
船種船名 旅客船さんらいず
総トン数 275トン
全長 41.00メートル
機関の種類 過給機付4サイクル12シリンダ・ディーゼル機関
出力 3,868キロワット
回転数 毎分1,475
3 事実の経過
さんらいずは、昭和62年6月に進水した、2基2軸の双胴形軽合金旅客船で、主機として、富士ディーゼル株式会社(以下「富士ディーゼル」という。)が同年に製造した12PA4V-200VGA型と称する、連続最大出力1,934キロワットのV形ディーゼル機関を両舷船胴に各1基装備し、両推進軸系にそれぞれクラッチ式逆転減速機を備え、操舵室に設けた遠隔操縦装置により、両舷の主機及び逆転滅速機の運転操作がすべて行えるようになっていた。
主機は、フランス共和国のS.E.M.T.ピールスティック社(以下「セムト社」という。)によって設計開発され、ライセンス契約のもと富士ディーゼルが製造した機関で、燃料に軽油を使用し、各シリンダにいずれも船尾側から、左バンクが1番から6番の、右バンクが7番から12番の順番号が付されていた。また、同機は、タイミングギヤ室が架構の船首側に設けられ、V字形に配列された両バンク谷間部分の、上方に突出した架構の内側がカム軸室となっていて、吸排気弁用カム軸(以下「カム軸」という。)が各クランク室隔壁を前後に貫通して納められていた。
カム軸は、表面焼入れされた一体構造の鍛鋼軸2本を中央で焼ばめしたもので、両端部及び各隔壁貫通部の合計7箇所に軸受が各軸受間に左右両シリンダの吸気及び排気弁用カム合計4個が、それぞれ配置してあり、船首端に取り付けた駆動ギヤを介してクランク軸によって駆動されていた。
カム軸室は、横断面が台形状で、上面に軸受間ごとの点検口を設け、平素は鋼製のふたがボルト止めされており、両側斜面には吸排気弁用タペット案内の円形挿入孔がそれぞれ12個開けられ、各タペット案内を斜め上方から挿入したうえ、同案内フランジ部両側のボルト穴に通した植込みボルトにナットを掛けて固定してあった。また、同室下面には仕切りがなく、クランク室ドアを開放すれば、下方からカム軸を目視することができ、少し無理をして手を伸ばせば、カムやタペットローラ(以下「ローラ」という。)を触手点検することが可能であった。
各タペットは、筒形本体の内部にプッシュロッド受け金具を設け、表面焼入れされたローラを、ローラピンを中心にブッシュを介して自由に回転する状態で下端部に取り付けたうえ、タペット案内に装着されており、吸気弁または排気弁のスプリングで、ロッカーアーム及びプッシュロッドを介し、ローラをカムに圧着することにより、カムの回転運動に伴って上下運動し、吸気弁あるいは排気弁を開閉する構造となっていた。また、タペット案内は下部が二股状になっていて、同切欠き部で上下するローラの左右の振れを防止していた。
カム軸各部の潤滑は、潤滑油主系統から分岐した同油が、各クランク室隔壁内の油孔を通り、それぞれカム軸軸受メタル背面の油溝を経て同メタル内に注油され、軸受部を潤滑する一方、ローラとの接触面など各カム周辺は、クランク室内の飛沫油で潤滑されていた。
ところで、各カムは、運転中、特にローラ押上げ面に、回転周期に伴う大きな繰返し応力が作用するので、経年により振動や負荷変動時の衝撃等の影響を受けて、ローラとともに表面に異状磨耗が発生するおそれがあり、これを早期に察知できるよう、定期的に表面を点検する必要があった。そこで、富士ディーゼルは、主機の整備基準を作成するにあたり、セムト社の基準及び本船の年間稼動時間が約4,500時間であることを勘案し、2年ごとにカム軸室点検口を開放し、タペット案内を取り外したうえ、カム及びローラを点検するよう定めていた。
本船は、S株式会社(以下「S社」という。)が運航する、神戸港、大阪港、徳島県徳島小松島港、同県撫養(むや)港及び関西国際空港付属の泉州港の5港を組み合わせた3系統の定期航路に、僚船7隻とともに順次就航していたもので、機関部乗組員2人については、一括公認を受けた主席機関長、次席機関長及び一等機関士兼任機関長が各1人と一等機関士2人の計5人が、午前便と午後便とに分けて半日交代で、4日乗船後1日休日の就労体制のもと乗下船を繰り返していた。
また、本船は、主機定期整備について、就航時から富士ディーゼルと契約が結ばれ、全面的に整備を請け負った同社が、整備基準に基づいて毎年各部を点検整備し、定期検査の年には両主機を工場に搬入して完全開放するなど、計画整備を行っていたが、同社がディーゼル機関の製造を中止した平成2年以降は、同契約が更改され、同社のアフターサービス業務を引き継いだ、指定海難関係人R株式会社(以下「R社」という。)に任せられるようになった。
R社は、本船主機の計画整備にあたり、富士ディーゼルの整備方式をほぼ踏襲したが、S社の了解を得ながら、独自の整備基準を作成したうえ、問題が発生する都度、各部の整備間隔や手順等を改正したり新たに決定していた。そして、カム軸については、当初から点検間隔を2年ごとから毎年に短縮していたが、併せて4年ごとに定期検査工事の際に抜き出して磁気探傷検査することとしたので、1年ごとの点検の際には、クランク室ドアからの目視点検にとどめていた。
同8年11月R社は、本船が第1種中間検査工事のため大阪市所在の造船所に入渠した際、担当技師及び作業員約10人を派遣し、主席機関長立会いのもと製造後10年目の主機整備にあたり、両主機の全シリンダヘッド分解、全ピストン抜出し等を施行したうえ、カム軸については、それぞれ点検口のふた及びタペット案内装着のまま、クランク室ドア付近から目視点検を行ったが、触手点検するなど入念な点検を行わなかったので、左舷機のカム軸最船尾側に配置された、1番シリンダ排気弁用のカム及びローラに、経年疲労による肌荒れが生じていることに気付かないまま、両主機を復旧した。
本船は、同月21日出渠して徳島小松島港に回航され、翌22日から運航を再開していたところ、前示のカム及びローラの肌荒れが徐々に進行し、カムの接触面に表面剥離が発生し始めた。
A受審人は、同6年12月に、所属していた客船運航会社がS社に吸収合併され、以来本船と本船の姉妹船とに、ほぼ1箇月交代で次席機関長として乗り組み、会社が定めた就労体制に従って乗下船を繰り返していたが、就労中は、主として機関の監視及び運転保守にあたり、特に異状がない限り、機関を開放点検することはなかったので、前示カム接触面が剥離して急速に異状磨耗するとともに、他のカム及びローラにも肌荒れが生じ始めたことに気付くことができなかった。
こうして本船は、A受審人ほか3人が乗り組み、旅客28人を乗せ、同9年3月17日16時55分上り3便として徳島小松島港の沖洲ターミナルを発し、神戸港に向け両主機を回転数毎分1,420の全速力にかけて航行中、左舷機1番シリンダの排気弁用カムが剥離片を噛み込み、ローラが回転方向に対して直角の力を受け、タペットがタペット案内の内面をこすりながら上下するようになり、同案内の二股部分が付け根付近に繰返し曲げ応力を受けて破断脱落し、ローラが落下して1番シリンダ排気弁が開弁しなくなり、過熱した圧縮ガスが給気マニホルドに逆流してゴム製膨張継手が発煙し、18時34分神戸灯台から真方位162度2,200メートルの地点で、機関室火災警報装置が作動した。
当時、天候は晴で風力3の北北西風が吹き、海上には小波があった。
A受審人は、発航後機関室を巡視したのち操舵室で機関計器を監視中、間もなく火災警報が作動したので驚き、機関室に急行して左舷機給気マニホルドからの発煙を認め、操舵室に連絡して左舷機を停止した。
本船は、右舷機のみで続航し、神戸港に入港して乗客を下船させたのち、徳島小松島港に回航のうえ、R社の手により左舷機を開放して精査の結果、前示損傷のほか、カム及びローラ13組が異状磨耗していることが判明し、のち、左舷機はカム軸及びタペット仕組み14組、ほか損傷部品をすべて新替えして修理された。
R社は、事故原因の究明にあたり、当該部分の潤滑や材質の不具合の検討、各部寸法やカム及びローラの表面硬度の計測等とともに磨耗部分の外観状況を点検し、経年疲労による細かな表面剥離が異状磨耗に進展したものと結論付け、S社に報告したうえ、関係先に本件を事故例とするサービス情報を配布して注意喚起し、同種事故の再発防止に努めた。

(原因)
本件機関損傷は、主機整備業者が、定期整備工事にあたり、主機を開放のうえ整備基準に従って各部の点検を行った際、カム軸の点検が十分に行われなかったことから、接触面に肌荒れを生じたカム及びローラが新替えされないまま運転が再開され、その後の運転中、同肌荒れが進行してカムが異状磨耗したことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
R社が、主機の定期整備を一任され、開放のうえ整備基準に従って各部の点検を行った際、カム軸の点検を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
R社に対しては、事故原因を究明して再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION