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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年6月7日20時00分 津軽海峡 2 船舶の要目 船種船名
漁船第八十八長陽丸 総トン数 14.96トン 登録長 14.99メートル 機関の種類
過給機付4サイクル8シリンダ・ディーゼル機関 出力
408キロワット 回転数 毎分2,000 3 事実の経過 第八十八長陽丸(以下「長陽丸」という。)は、昭和56年12月に進水し、いか一本釣漁業に従事するFRP製漁船で、主機として三菱重工業株式会社が製造したS8AMTK-1型と呼称するV型ディーゼル機関を装備し、シリンダには、右列側に船首側から1ないし4番、左列側に同じく5ないし8番の順番号をそれぞれ付し、主機の動力取出し軸にはエアクラッチを介して集魚灯用発電機が、主機とプロペラ軸との間には逆転減速機が備えられていた。 機関室は、中央に主機、両舷側に燃料油タンクが設けられ、両タンクの船尾側上部にはグレーチングが船横に渡され、そのグレーチングの両側から主機両側の敷板に垂直梯子が降ろされており、機関室出入口の引き戸が機関室囲壁の右舷側後部に設けられていた。また、主機のセル始動用キースイッチが、機関室の右舷側板に取り付けられた主機計器盤内に組み込まれており、同スイッチの操作を、機関室出入口から入ってすぐのグレーチング上で行うようになっていた。 主機の潤滑油系統は、オイルパン内の潤滑油が直結の潤滑油ポンプ(以下、潤滑油系統の機器名については「潤滑油」を省略する。)によって吸引加圧され、冷却器、こし器を経て主管に至り、各枝管を分流して主軸受、ピストン、カム軸、ロッカー軸、過給機などに送られ、各部を潤滑・冷却したあとオイルパンに戻るようになっていた。 こし器は、複式のノッチワイヤこし器で、主機左舷側クランクケースの中ほどに横向きにして前後に設けられ、円筒形状のエレメント及びケースがそれらの中心を縦通する取付けボルトで本体にねじ込んで取り付けられ、ケースが取り付けられる本体の円形状の溝には、耐油ゴム製角形パッキン(以下「パッキン」という。)がはめ込まれて油密が保たれるようになっていた。 A受審人は、平成3年4月に本船を中古で購入し、毎年、いか釣り漁が解禁される6月1日から6月末までを船長として1人で乗り組み、同月末からは出稼ぎから帰省した弟と2人乗り組んで操業に当たり、翌年1月末に漁を切り上げて船体を上架しており、機関の保守整備を主に弟に任せ、主機潤滑油の交換を月に一度、こし器エレメントを2箇月に一度同油を交換する折りに掃除を行い、主機の運転中には常時両方のこし器を使用していた。 ところで、こし器ケース取付け部のパッキンは、同6年5月に整備業者が主機を開放整備したとき、こし器エレメントを掃除して同パッキンを新替えしたが、それ以来一度も新替えされずに長期間継続使用されていたので、いつしか硬化するとともに変形してシール機能が著しく低下していた。 A受審人は、同10年5月20日、操業準備のため本船を下架して吉岡漁港の岸壁に係留し、鉄工所に防食用亜鉛棒を交換させ、翌6月4日自ら主機の潤滑油を交換するとともに、こし器から取り外したエレメントを鉄工所に持ち運び、石油洗いとエア吹かしを行って掃除したのち、エレメントを復旧することになった。ところが、同人は、パッキンが前示新替え後4年間継続使用されていることを知っていたものの、取付けボルトを十分締めるから潤滑油がケース取付け部より漏曳することはあるまいと思い、パッキンを新替えしないでケース取付け部の油密保持を十分に行わないまま、こし器のエレメント及びケースを組立て復旧した。 また、このとき同人は、主機を始動してこし器からの漏油の有無を確認しなかったので、油圧がかかるとパッキンのシール機能が低下していた後側こし器のケース取付け部より、潤滑油が下方の敷板に漏洩する状態となることに気が付かなかった。 こうして、長陽丸は、A受審人が1人乗り組み、こし器エレメント掃除後初めての操業を行う目的で、同月7日14時00分吉岡漁港を発して同港東方沖合の漁場へ向かい、18時ごろ同漁場に至ってシーアンカーを投入し、主機を回転数毎分1,800の中立運転とし、集魚灯を点灯して操業を開始したところ、後側こし器のケース取付け部から潤滑油の漏曳が進み、次第にオイルパン内の油量が減少し、やがて、ポンプが空気を吸引して各部への潤滑油の供給が途絶し、2、6番シリンダのクランクピン軸受メタル、ピストン、シリンダライナなどが焼き付き、20時00分吉岡港第2西防波堤灯台から真方位087度4.2海里の地点において、主機が停止した。 当時、天候は晴で風力4の東北東風が吹き、海上にはやや波があった。 A受審人は、船首甲板上でいかの整理作業中、主機の回転低下と煙突からの黒煙に気が付いて機関室に急行したところ、潤滑油圧力低下警報装置が作動し、主機左舷側の敷板及び左舷側燃料油タンク下方に潤滑油が飛び散っているのを認め、主機の運転を断念して付近で操業中の僚船に救助を求めた。 長陽丸は、来援した僚船により曳航されて吉岡漁港へ入港し、修理業者が主機を陸揚げして各部を点検した結果、2、6番シリンダのピストンがピストンピン付近で上下に破断してピストンクラウンがシリンダライナに焼き付いたまま残り、同クラウンにより吸排気弁の動きが制限されて同弁、プッシュロッド、カム軸などに曲損を生じているのが判明し、修理に日数を要することから主機を新替えした。
(原因) 本件機関損傷は、潤滑油こし器エレメントを掃除後復旧するに当たり、同こし器ケース取付け部の油密保持が不十分であったことと、同ケース復旧後、漏油の有無の確認か不十分であったこととにより、同ケース取付け部より潤滑油が漏洩したまま運転が続けられ、油量が減少して潤滑油ポンプが空気を吸引したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、潤滑油こし器エレメントを掃除後復旧する場合、同こし器ケース取付け部のパッキンが長期間継続使用されてシール機能が著しく低下しているおそれがあったから、運転中に同ケース取付け部より潤滑油が漏洩することのないよう、パッキンを新替えして同ケース取付け部の油密保持を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、同ケースの取付けボルトを十分締めるから潤滑油が漏洩することはあるまいと思い、パッキンを新替えしないで同ケース取付け部の油密保持を十分に行わなかった職務上の過失により、同ケース取付け部より潤滑油が漏洩したまま運転を続け、潤滑油ポンプが空気を吸引してピストン、シリンダライナ、クランク軸などを焼損させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |