|  | (事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成9年7月30日06時00分
 大隅海峡東部
 2 船舶の要目
 船種船名 
      漁船第32福栄丸
 総トン数 16トン
 登録長 14.95メートル
 機関の種類 
      過給機付4サイクル・ディーゼル機関
 出力 
      297キロワット
 回転数 毎分2,200
 3 事実の経過
 第32福栄丸(以下「福栄丸」という。)は、昭和58年9月に進水した、まき網漁業船団に所属するFRP製灯船で、主機としていすゞ自動車株式会社が製造したUM12PBlTCH型と呼称するディーゼル機関と逆転減速機を装備し、主機の船首側に油圧湿式多板型クラッチ(以下「発電機クラッチ」という。)を介して駆動する、集魚灯用で50キロボルトアンペアの三相交流発電機を配置していた。
 主機は、12シリンダを1番から6番まで及び7番から12番まで各列にシリンダ番号を付した90度V形配置とし、並列する2シリンダが共通のクランクピンに連接棒大端部を取り付け、カム軸及び燃料ポンプの駆動のための伝導歯車装置を6番クランクスローの後部に設けていた。また、クランク軸の船首側に、バッテリー充電用発電機、操舵機油圧ポンプ及びウィンチ用油圧ポンプの各駆動ベルトプーリを兼ねる出力取出軸を取り付けていた。
 発電機クラッチは、主機の出力取出軸に接続された入力軸が、油圧シリンダで押し付けられる6組の摩擦板とスチルプレートを通して出力軸を回転させ、出力軸がタイヤ式継手を介して前示発電機を駆動するもので、本体ケーシングの両側に左右に張り出した鋼板溶接構造の2本の足を取り付け、足の下部が外径15ミリメートルの4本の寸切り長ねじと各2個のナットを据付ボルトとして機関台に締め付けられていた。
 ところで、発電機クラッチは、本体ケーシングから長い足を張り出して機関台に据え付けられていたので、据付ボルトにわずかな緩みがあっても全体が振動して主機のクランク軸に重大な影響を与えるおそれがあった。
 A受審人は、平成9年6月下旬に主機が定期整備のために陸揚げされ、ピストン抜き整備を終わって整備業者の手で再び据え付けられたのち、陸揚げするときにいったん移動してあった発電機クラッチを船主の息子と一緒に機関台に取り付けたが、据付ボルトとナットのねじ山を掃除しなかったので、十分に締め付けができないまま運転を開始した。
 A受審人は、7月10日から操業に入り、漁場で魚群の探索作業に備えて発電機クラッチを嵌入する都度、異音が発生することに気付いたが、普段から他の船に比べて振動が多いと感じており、嵌入後は異音がしないので大丈夫と思い、同クラッチの据付ボルトを点検することなく、運転を続けた。
 福栄丸は、発電機クラッチの据付ボルトとナットが十分に締め付けられていなかったので、発電機駆動状態で運転中、同クラッチが芯ずれして出力取出軸を通して主機の1番クランクアームに曲げ応力が加わるようになり、クランクピン隅部に亀裂を生じた。
 こうして、福栄丸は、A受審人が船長として単独で乗り組み、船首0.5メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、平成9年7月29日18時30分内之浦港を発し、内之浦町沖合の漁場に至って操業をするうち前示クランクアームの亀裂が進展し、翌30日05時50分ごろ主機を回転数毎分1,800にかけて帰港の途に就いたところ、06時00分火埼灯台から真方位196度8.1海里の地点において、主機の1番クランクアームが折損し、クランクピンと1番及び7番の連接捧がオイルパンを突き破って轟音を発し、主機の回転力が低下した。
 当時、天候は晴で風力1の北西風が吹いていた。
 A受審人は、いったんストップ回転とし、機関室に入って点検したところ、白煙がたちこめたなかで主機のオイルパンの船首側底部に破口を生じ、また船首側の駆動ベルトが全て停止していたので運転不能と判断し、僚船に応援を依頼して内之浦港に曳航された。
 主機は、陸揚げされ、精査の結果、1番クランクスローのクランクアームがピン隅部で折損し、1、7番のピストンとシリンダライナが割損していることが分かり、のち同型中古機関に換装された。
 
 (原因)
 本件機関損傷は、主機の開放整備後、発電機に動力を伝達する発電機クラッチの据付ボルトの締付けが不十分で、同クラッチが芯ずれしたことと、運転開始後クラッチ嵌入時の異音に気付いた際の点検が不十分で、主機のクランクアームに曲げ応力が加わるまま運転が続けられたことによって発生したものである。
 
 (受審人の所為)
 A受審人は、主機の開放整備のあと、運転開始後に発電機クラッチの嵌入の都度異音が生じることに気付いた場合、発電機クラッチの据付ボルトが緩んでいるおそれがあったから、主機クランク軸に異常な曲げ応力が加わらないよう、同据付ボルトを点検すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、同クラッチの嵌入後は異音がしないので大丈夫と思い、据付ボルトを点検しなかった職務上の過失により、出力取出軸を通してクランクアームに曲げ応力が加わり、クランクピン隅部に亀裂が生じる事態を招き、クランクアームが折損して運転不能となる損傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 
 よって主文のとおり裁決する。
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