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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年10月2日11時55分 愛媛県八幡浜港南西沖合 2 船舶の要目 船種船名
油送船興凌丸 総トン数 2,634トン 全長 100.97メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
2,942キロワット 回転数 毎分220 3 事実の経過 興凌丸は、平成4年11月に進水した、主にガソリン、ナフサ及び軽油などの輸送に従事する鋼製油送船で、主機として株式会社赤阪鐵工所が製造したA45SF型と称するディーゼル機関を装備し、同機の動力取出軸に連結されたエアクラッチ及び増速機を介して全揚程7.5キログラム毎平方センチメートルにおける吐出量毎時1,500立方メートルの荷役ポンプ2台、同吐出量毎時400立方メートルのストリッピングポンプ2台及び交流電圧220ボルト容量450キロボルトアンペアの発電機1台をそれぞれ駆動するようにし、主機フライホィール内側に設けられた圧縮空気作動式摩擦クラッチ(以下「主機クラッチ」という。)、スラスト軸及び中間軸などを介して可変ピッチプロペラに動力を伝達するようになっており、荷役ポンプなどを駆動する際には主機クラッチを切ってスラスト軸との連結を解いたうえで、エアクラッチを嵌合(かんごう)するようになっていた。 また、操舵室には、主機の回転数制御を行う主機操縦ハンドル、翼角制御ダイヤル及び各種計器のほか、主機、発電機などの主要機器各部の状態を監視、警報する装置としてCRTモニター及びデータロガーが設けられていた。 主機のスラスト軸受は、スラスト軸スラストカラーの前進側及び後進側にホワイトメタルを鋳込んだ扇形のスラストパッドをそれぞれ6個ずつ配置したミッチェル型のもので、可変ピッチプロペラから伝わるスラストを受け止めて同軸受ケーシング据付け台を介して船体に伝えるようになっており、スラスト軸が同ケーシング内の前後端に設けられたホワイトメタル式平軸受で支えられていた。 主機の潤滑油系統は、主機据付け台の下方にあるサンプタンクから潤滑油一次こし器を経て直結の歯車式潤滑油ポンプにより吸引、加圧された潤滑油が、潤滑油二次こし器及び潤滑油冷却器を通り、主機架構の右舷側上部に配管された呼び径125ミリメートルの潤滑油入口主管に至り、同主管からシリンダごとに分流して主軸受、クランクピン軸受、ピストンピン軸受及びピストンに流入するほか、カム軸及び調時歯車装置などに流入して各部を潤滑、冷却したのち、同タンクに戻るようになっていた。 一方、スラスト軸受の潤滑油系統は、主機の潤滑油入口主管内の潤滑油が、同主管後部端に設けられた同軸受用潤滑油入口弁(以下「入口弁」という。)から呼び径25ミリメートルの枝管を経て同軸受ケーシングの潤滑油入口部に至り、スラストパッ及び平軸受を潤滑してサンプタンクに戻るようになっており、計器として、同ケーシング頂部に温度計及びCRTモニター用温度センサーが、機関室下段床面近くの同ケーシング左舷側に同軸受用潤滑油圧力計がそれぞれ設けられていて、同ケーシング内の温度が摂氏65度に上昇すると、警報装置が作動欄してCRTモニターに表示されるとともに警報ブザーが鳴るようになっていたが、操舵室及び機関室には同圧力計が備えられていなかった。 ところで、入口弁は、主機の潤滑油入口主管の上方にある冷却水入口主管後部端に設けられた冷却水落とし弁より20センチメートルばかり船首寄りで、機関室下段右舷側床面から高さ約1メートルの主機架構に同落とし弁と並列して取り付けられていたことから、シリンダヘッドの開放時及びシリンダライナの取替え時など冷却水の排水、はり込みを行う際に、同落とし弁と間違えて操作されるおそれがあったので、平素開弁のままとしてハンドルがロープで固縛されていた。 A受審人は、同7年12月に一等機関士として乗り組んだのち乗下船を繰り返し、同9年8月に再び乗り組み、主機の整備と運転管理を担当していたもので、入出港時には、機関長が操舵室で主機回転数、翼角制御及びCRTモニターの監視を行うようになっていたので、機関室で主機の発停を行い、その運転監視に就いていた。 本船は、翌9月18日第二種中間検査工事のため愛媛県八幡浜市にある株式会社R(以下「R社」という。)に入渠し、主機工事として、全シリンダのシリンダヘッド及びピストンの開放整備を行うほか、潤滑油の消費量過多の対策として使用中のシリンダライナを改造型のものと取り替えるため、栗之浦ドック側が冷却水落とし弁を開弁して同工事を開始し、越えて22日船体塗装及び可変ピッチプロペラなどの整備を終えて修繕岸壁に係留された。 A受審人は、第二種中間検査工事中、機関長及び機関メーカーの技師とともに立ち会ってピストン、主軸受及びクランクピン軸受などを受検し、R社側が主機を復旧して冷却水をはり込んだのち、各種配管に漏洩(ろうえい)箇所がないか点検を行って各部に異常のないことを確認したものの、全シリンダのシリンダライナ及びピストンリングの取替えを行ったことから、主機の運転を再開するにあたり、それらが早くなじんで焼付きなどを生じないようならし運転を行うこととし、エアクラッチと主機クラッチを切った状態で、同月24日から修繕岸壁で30分ないし1時間ほど主機を毎分150のアイドル回転数にかけ、シリンダ注油量を調整しながら同運転を繰り返し、同月28日にこれを終えたが、このとき機関長から海上試運転を行う前にスラスト軸受など主機の軸系を点検するよう指示された。 翌10月2日09時00分A受審人は、海上試運転に先立ち、機関室で主機を始動して低回転数で運転を続けているうち、本船が修繕岸壁からタグボートで曳航(えいこう)されて同時30分八幡浜港外に投錨を終えたので、修理した荷役主管の水圧試験を行うためエアクラッチを嵌合し、主機回転数を毎分190として荷役ポンプ2台を駆動して同試験を行ったのち、11時00分ごろ抜錨して海上試運転に取り掛かった。しかしながら、同人は、主機の潤滑油圧力が正常値まで上昇しており、第二種中間検査工事中にスラスト軸受を開放していないので大丈夫と思い、入口弁の開弁状態及び同軸受用潤滑油圧力計を確認するなどして、海上試運転前に同軸受の給油状況を点検することなく、主機に冷却水をはり込む際に冷却水落とし弁とともに入口弁をR社側が閉弁するかして、同軸受に給油されない状況となっていることに気付いていなかった。 こうして、本船は、機関長が操舵室で主機の遠隔操作の配置に就き、主機クラッチが嵌合され、機関メーカー作成の海上試運転方案に従い、翼角11度として主機回転数を徐々に上昇しながら航走中、潤滑不良となっていたスラストパッドが焼損し、11時55分佐島灯台から真方位269度1海里の地点において、スラスト軸受温度上昇の警報装置が作動した。 当時、天候は雨で風力3の北北東風が吹き、海上は平穏であった。 機関当直に就いていたA受審人は、警報ブザーでスラスト軸受の異常に気付き、直ちに主機を停止して調査したところ、同軸受用潤滑油圧力計の指針が上がっておらず、入口弁が閉弁されているのを認めてその旨を機関長に報告した。 本船は、海上試運転を中止し、低速力でR社に引き返してスラスト軸受を開放した結果、前進側及び後進側のスラストパッドが焼損していたほか、前部の平軸受も損傷していることが判明し、のち取替え修理が行われた。
(原因) 本件機関損傷は、第二種中間検査工事で主機の開放整備を終えて海上試運転を行う際、スラスト軸受の給油状況の点検が不十分で、同軸受用潤滑油入口弁が閉弁されたまま主機の運転が行われ、同軸受の潤滑が著しく阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、第二種中間検査工事で主機の開放整備を終えて海上試運転を行う場合、スラスト軸受用潤滑油入口弁と冷却水落とし弁が近接していて、間違えて閉弁されているおそれがあったから、同入口弁の開弁状態及び同軸受用潤滑油圧力計を確認するなどして、海上試運転前に同軸受の給油状況を点検すべき注意義務があった。しかしながら、同人は、主機の潤滑油圧力が正常値まで上昇しており、同工事中に同軸受を開放していないので大丈夫と思い、海上試運転前に同軸受の給油状況を点検しなかった職務上の過失により、同入口弁が閉弁されたまま主機を運転し、スラストパッド及び平軸受を焼損させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |