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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年12月15日12時50分 駿河湾 2 船舶の要目 船種船名
押船海王丸 総トン数 192.04トン 全長 30.60メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
1,765キロワット 回転数 毎分720 3 事実の経過 海王丸は、昭和49年2月に進水した、航行区域を沿海区域とする鋼製引船兼押船で、専ら非自航式起重機船美保号の押船として静岡県内の港湾工事に従事しており、主機として、株式会社新潟鉄工所が製造した連続最大出力882キロワットの6L25BX型機関2基を装備し、それぞれ右舷主機及び左舷主機と呼び、上部船橋及び下部船橋に主機の遠隔操縦装置及び警報装置を備えていた。 主機は、各シリンダを船首側から順番号で呼称し、ピストンはヘッド部が鋳鋼製、スカート部が鋳鉄製で、ヘッド内部が軸受潤滑系統の潤滑油で冷却されるようになっていた。過給機は軸受部の潤滑が潤滑油張り込み式で、ケーシングエンドカバーに強化プラスチック製の油面計があり、タービンケーシングが清水冷却されていた。 主機の冷却は、清水冷却で、直結渦巻式の冷却清水ポンプにより吸引、加圧された清水が、入口主管からシリンダジャケット、過給機など機関各部に分岐して冷却したのち出口主管で合流し、温度調整弁及び清水冷却器を経て同ポンプの吸引管に還流するようになっており、冷却水系統内の空気抜き及び清水量調節の目的で設置された両舷主機共通の冷却清水膨張タンクの上部と出口主管及び同タンクの底部と吸引管の間には連絡管がそれぞれ配管されていた。また、直結渦巻式の冷却海水ポンプによりシーチェストから吸引、加圧された海水が、潤滑油、空気及び清水の各冷却器を冷却したのち船外に排出されていた。 主機の冷却清水は、平素航海時の回転数毎分600ないし640のとき約0.9キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に加圧され、入口主管の温度が摂氏約55度(以下、温度については摂氏を省略する。)に調整されて出口主管では約60度となるが、0.2キロ以下に低下したとき、または70度を超えたとき警報が作動するようになっていた。また、冷却海水は、同じ回転数で約0.4キロに加圧されている力が、0.2キロ以下に低下したとき警報が作動するようになっていた。 A受審人は、平成7年3月機関長として乗り組んで主機の運転管理に当たるかたわら美保号での甲板作業などにも従事しており、主機運転中は適宜機関室を点検し、美保号で作業従事中に主機に異常が生じたときは、船橋当直者から警報作動の連絡を受けて対処することとしていた。 海王丸は、A受審人ほか8人が乗り組み、船首尾とも2.7メートルの喫水で美保号を押し、同9年12月15日11時静岡県由比漁港を発し、工事資材積み込みの目的で同県下田港に向かった。出港後間もなく急に南西風が強くなり、波浪及びうねりも大きくなって船体動揺が激しくなったので、船橋当直者は両舷主機回転数を毎分約500に下げ、A受審人ほか乗組員は美保号に積み込んであった工事資材の固縛など荒天航海準備作業に当たっていたところ、両舷主機の冷却海水ポンプがシーチェストから空気を吸引して冷却海水低下警報が作動し、11時30分船橋当直者がA受審人に連絡するとともに両舷主機回転数をさらに毎分約400に下げて続航した。 A受審人は、機関室に赴いたところ、冷却清水膨張タンクが約100リットル減少し、両舷主機の冷却清水及び海水各圧力計指針が大幅に振れ、機体が異常に熱くなっていることを認めた。右舷主機の方がより熱く冷却清水出口主管の温度が約100度に上昇して過熱状態にあったので、船橋当直者に同機のクラッチを切らせ、同機を無負荷状態としたうえで冷却清水膨張タンクヘ清水を補給し、冷却清水及び海水各圧力が正常値となるまで、同機の各冷却水系統の空気抜きを約10分間行い、続いて同様に左舷主機も空気抜きを行った。その後約20分経過して同温度が約70度まで低下し、船橋当直者から警報ランプが消灯したとの連絡を受けたので、同当直者に右舷主機のクラッチを入れて回転数を徐々に上げるよう指示し、荒天が続く中、再度冷却海水ポンプが空気を吸引して過熱するおそれがあったが、冷却清水温度が低下したので大丈夫と思い、運転監視を続けることも、再度警報が作動したとき直ちに連絡するように船橋当直者に伝えることもしないまま、12時30分昼食をとる目的で美保号の食堂に向かった。 こうして海王丸は、A受審人が機関室を離れ、両舷主機回転数を毎分約500として航行中、再度右舷主機の冷却海水ポンプが空気を吸引し、同機が著しく過熱されるまま運転が続けられ、冷却清水系統の全ゴムパッキンが劣化し、各シリンダライナとピストンとのしゅう動部の潤滑が阻害されて3番シリンダが焼き付き状態となり、また、同機過給機の油面計が熱変形し、潤滑油が漏れて過給機軸受が焼き付き、12時50分土肥港南防波堤灯台から真方位264度5海里の地点において、右舷主機が大音を発して自停した。 当時、天候は晴で風力7の南西風が吹き、海上は時化模様で、かなり高い波があった。 A受審人は、食事を終えて機関室に戻る途中異音に気付き、自停した右舷主機が過熱しているのを認め、再始動を試みたものの始動できず、同機が使用不能であることを船長に報告した。 海王丸は、左舷主機のみで最寄りの同県田子漁港に入港し、前示損傷部、劣化した全ゴムパッキンなどが新替え修理された。
(原因) 本件機関損傷は、荒天航海で主機の冷却海水ポンプが空気を吸引する状況となって各冷却水系統の空気抜きを行った際、主機の運転監視が不十分で、再度同ポンプが空気を吸引して主機が過熱するまま運転が続けられ、シリンダライナとピストン、過給機軸受の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、荒天航海で主機冷却海水ポンプが空気を吸引する状況となって各冷却水系統の空気抜きを行った場合、再度同ポンプが空気を吸引したとき直ちにその処置がとれるよう、主機の運転状況を十分に監視すべき注意義務があった。ところが、同人は、一度空気抜きを行って冷却清水温度が低下したので大丈夫と思い、主機の運転状況を十分に監視しなかった職務上の過失により、再度同ポンプが空気を吸引して主機が過熱するまま運転を続け、潤滑が阻害されたシリンダライナとピストン、過給機軸受などを損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |